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エーテルの精霊使い  作者: 久遠由純
落ちこぼれの精霊使い
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2

 講堂での対抗試合メンバー発表のあとすぐ、キョウヤは他のメンバーと共に学園長室にいた。

 どこかの貴族の部屋ほどの行き過ぎた豪華さではなく、使い込まれた机が重厚さを出していたり、さりげなく飾られている花瓶が実は凝った物であったりという落ち着いた雰囲気を兼ね備えている部屋だった。

 経験豊かで実力もある式使いの学園長らしく、天井まで届く本棚が壁一面を占拠しており、古い本や研究書、学園長自らが記した本など、神術に関するあらゆる本がぎっしり詰まっている。


 そして、本棚の反対の壁には簡易祭壇のようなものが設えてあり、4年前の対抗試合で勝ち取った聖杯が鎮座していたのだった。

 

 キョウヤは学園長室に入るのは初めてだった。落ち着かなげに辺りを見回し、このたくさんの本の中に、自分が精霊と契約できない理由が書いてある書物などないだろうか、などとぼんやり考えていた。

 他の面々も、少し緊張した様子で学園長の座る机の前に並んで立っている。キョウヤはその一番端っこで、『実はさっきのは間違いだった』と言ってくれやしないかと不可能に近い願いを抱いてみるのだった。

「さて、メンバーに選ばれた諸君には、疑問があることだろうと思う」

 学園長が一人ひとりの顔を見ながら、切り出した。

「それはまぁ……そうですねぇ」

 ディディオが言いにくそうにしながら、チラリと視線をキョウヤの方に向ける。

 試合のメンバーは教師の意見を取り入れながら最終的に学園長自らが決めること。不正など起こるはずもなく、公正に決めた結果だと重々分かってはいる。

 それでも、やはり疑問は疑問だ。

 学園長が決めたことに口出ししてもいいものか、とディディオは迷っていた。

 そんなディディオの心情を汲み取ったのか、または自分が生徒の代表だという責任感からか、キュリアが穏やかに口を開いた。

「失礼ながら、俺もディディオと同感です。この試合のメンバーは実力者を選ぶもののはずです。っと、ごめんよ、キョウヤ。キミに対して悪気があるわけではないんだ」

 キュリアはあくまで爽やかに、キョウヤに謝罪の言葉を言った。嫌味な感じは全くなかったので、キョウヤはぶんぶんと首を振る。本当のことなのだから、キョウヤに不満などあるわけがない。むしろ学園生徒の憧れの的、生徒会長その人に話しかけられたことが嬉しかった。

「その……、キョウヤはどちらかというとあまり優秀ではない生徒だと俺は記憶してますが。精霊使い(エレメンタラー)として向いていないのではという話も聞きます。もちろん、彼も今後の努力次第では高レベルの式使いになる可能性はありますが、今年の試合のメンバーに選出するにはまだ実力不足だと言わざるを得ません」

 学園長は静かにキュリアの意見を聞き、重々しくうなずいた。

「確かに、キュリアの言う通りだ。私もまさかキョウヤ=イシュバラを選ぶことになるとは全く予想外だったが、君らには―――むろんキョウヤ自身にも、これを認め受け入れてもらわねばならん」

「どういうことです?」

 キュリアが訝しげに眉根を寄せる。


「今年のメンバーは、トヨカ=ヤオンジョウが選んだからだ」


「「!」」

 校長の出した名前に、全員が驚きを隠せなかった。

「本人の口から説明してもらった方が良いだろう。入ってきなさい」

 校長がドアに呼びかけると、一人の女子生徒がそっと入って来た。

「失礼します」

 長い黒髪を後ろで一つに束ね、背が高く細身でたおやかな美人だ。両目を閉じているが、彼女の美しさが損なわれている訳ではない。

 彼女がトヨカ=ヤオンジョウ。

 ある意味学園内で一番の有名人である。キュリアたちと同じ最上級生で、当然キョウヤも彼女のことは知っている。


 彼女は学園でただ一人の、世界でも数人しかいない特殊職『霊視師(ファーシーア)』の式使いなのだ。しかもかなり能力が高い。


 彼女が目を閉じているのは、盲目だからではない。

 『見えすぎてしまう』からだ。

 透視は当然のことながら、その目で見た人、場所、物など、そのものに起こった過去の出来事や、これから起こるであろう出来事などが、意識しなくても勝手に見えてしまうのだという。

 だから普段は見えすぎないように目を閉じているのだ。

 その能力によって、最近は予言めいたこともしており、的中率は9割にもなるらしい。

 そんな能力を持つトヨカがメンバーを選んだということは―――。


「トヨカが、キョウヤを選べば試合に勝てると予言したんですか!?」

 グネヴィエラが意味を悟り声を上げた。

 そうか、とキュリアとディディオも理解する。

 そんなわけない、とキョウヤは思うが驚きすぎて声が出なかった。

 トヨカは微笑み、上品に部屋の中央まで歩み入る。目は閉じたままなのに調度にもぶつかることなく、動作に迷いがなかった。

 そしてキョウヤの方を向いた。

「説明する前に、キョウヤを視させて。他の人は彼から離れてね」

「ええ!?」  

 トヨカに『視られた』なら、本人が隠していることやプライベートのことまで知られてしまうという。キュリア達は言われるまますぐにキョウヤから離れた。

「……あなたは動かないで……」

 トヨカの瞼がゆっくり開かれていく。海の底のような深い碧の瞳が、キョウヤに焦点を合わせた。

 キョウヤはどきどきして、昨日自分は何をしたかとか、子供の頃の失敗のこととか、どうでもいいことを思い出していた。そういうことも全部、彼女に知られてしまうのだろうかと思うと、とても恥ずかしくて逃げ出したい。

 しばらくキョウヤを視ていたトヨカは、やがて目を閉じた。

「な、何が見えたんだ? もったいぶらずに教えろよ!」

 ディディオが興味津々で急かす。

 自分が視られるのはごめんだが、彼女がこうやって他人を実際に『視る』ことは珍しい。彼女自身、他人の個人的なことを知る危険を知っているからだ。

 トヨカはふう、とひとつ息を吐いて、説明を始めた。

「私は、学園長に頼まれて聖杯や試合場を視てみたの。近い未来、つまり試合に出ていたのはあなたたちだったわ。そして、キョウヤは特に聖杯と関わりがある。今彼を視てもそうだった」

「で、でも僕は精霊使いとしては全然ダメなんですよ!? 戦うなんてできません! トヨカさんの予言だって外れることあるかもしれないじゃないですか!」

 ようやく、キョウヤは自分の主張をする。

「そうだぜ、今年はアンリヘイム学園も躍起になってるはずだ。落ちこぼれを出して勝てるほど対抗試合は甘くない!」

 トヨカの先見を無条件に信じられないディディオも言う。言ってることはキョウヤにとって嬉しくないことではあるが、その通りだと認めざるを得ない。

 キュリアもグネヴィエラも、控えめながらディディオと同意見だという面持ちだ。

 それでもトヨカは自分の視たものを翻さなかった。

「そうね、確かにキョウヤの他に、もっと相応しい式使いがこの学園にはいるでしょう。その人が出て試合に勝てる未来もある。でもね、私は『一番確実な未来』を視ているのよ。それがあなたが試合に出ること」

「……本当にそれが『一番確実な未来』なんだな?」

「ええ」

 キュリアの念押しに、トヨカはためらいなくうなずく。

 それでキュリアも納得したようだった。

「解った。それなら俺はもう何も言わない。これから試合までの一ヶ月、キョウヤのレベルアップに全力を尽くそう」

「そこまでトヨカがはっきりと言うのなら、私もトヨカの能力を信じてるし、協力するわ。頑張りましょう!」

 グネヴィエラがキュリアに賛同する。

「―――ちっ、お前らがそー言うならしょーがねーじゃねぇか。試合で無様な戦いは見せられねぇ。おいキョウヤ、明日から早速特訓だからな!」

 ディディオも最終的には納得するしかなかったようだ。

「ええーーッ!」

 キョウヤはもう開いた口が塞がらない。特訓が困るかいうことではない。結局皆がキョウヤの参戦を認めてしまったことにだ。

「そ、そんな! トヨカさん、未来の僕は式を使えてたんですか? どうやったらできるのか見えましたか? 僕が何をしたら試合に勝てるんです!? 教えてください!」

 キョウヤの必死な問いに答える代わりに、トヨカは優しげに微笑んだ。

「これ以上のことは教えてあげられないの。未来を知りすぎては道が変わってしまうかもしれないわ。だからあなたは今出来ることを一生懸命やりなさい。そうすれば、おのずと私の視た未来に導かれるはずよ。いずれ私の言ったことが解るようになるでしょう」

「そ、そうですか……」

 明確な答が得られず落胆するキョウヤを、トヨカは閉じた眼でじっと見つめる。

 目は開いていないのに、『視られている』とキョウヤは感じた。

「あの……、なんですか? まだ僕に何か……?」

「何か、というほどのことではないのだけれど……あなたは視えにくいわね」

「? どういうことです?」

「時々いるのよ。もしかしたら、あなたの中には秘められた力が眠っているのかもしれないわ。私より強い、力がね」

 トヨカは意味深ににこりと笑った。

 

「さて、それでは皆の疑問も解消したかな?」

 学園長がひとつ手を叩いて全員の注意を自分に向ける。

「はい、これで俺たちが試合のメンバーだということに疑問はありません。あとは精一杯やるのみです」

 キュリアが頼もしく宣言すると、ディディオもグネヴィエラも引き締まった表情で学園長に向き直った。

 キョウヤはといえば他の三人ほどトヨカの予言に確信が持てなかったが、もう逃げられないのだということだけは理解した。

「よろしい。君達は明日から試合のための特殊な事情として、授業に出ずとも特訓などを優先して構わない。それに必要な物は全て学園側が用意する。心おきなく、試合に集中するように。期待している」

「「はい!」」

 そうして4人が学園長室から出て行くと、トヨカが残された。

 薄く目を開けて聖杯を見ている。

「トヨカ? これでいいのだろう?」

 学園長が少し遠慮がちに言った。学園長といえども、彼女の霊視からは逃れられない。全てを見透かされてしまうのだ。

「ええ……」

 トヨカはどこか上の空で答える。

(未来は変わっていない……でも)

「試合に勝つことは、重要じゃないのかもしれない」

 ポツリとつぶやいた彼女の言葉の意味を、学園長はまだ解っていなかった……。 



 学園は全寮制だ。

 学園が丘の上に建っていて、その丘の下に生徒達の暮らす寮がある。

 寮制度のおかげで、もう身寄りがないキョウヤは住む所に困らず助かっているのだが―――、今日だけは帰りたくない気持ちで一杯だった。

 寮に帰ると夕食時で、ケミーにさっさと食堂に連れて行かれる。ちなみに、食堂は男女合同ではなく、女子寮は女子寮で食堂がある。

 基本的に誰がどこに座っても自由なのだけれども、昔からの暗黙の了解というかしきたりというかそういう感じで、何となく学年ごとにテーブルが決まっていたりする。上級生になるほど、窓際の明るい席になるのだ。

 キョウヤが食堂に入ると一瞬全員が彼の方を向き、すぐに元に戻る。いつものように仲間たちと普通に食事をし、雑談をしているように見える。だが実際の意識はキョウヤに向けられているのを、キョウヤは肌で感じた。

 こういう雰囲気は苦手だ。でもケミーは鈍感なのか気にする必要はないと思っているのか、どんどんカウンターへと歩いて行く。仕方なくキョウヤも付いて行くしかなかった。

 メニューは2品から選べ、欲しい方のメニューのカウンターに行くと、担当の人がそれを出してくれるという形式である。

 キョウヤは今日はカレー麺を選んだ。ケミーは豚肉の生姜焼きにサラダとご飯のセットだ。

「なあなあ、学園長室でどんなこと話したんだ?」  

 中央付近にあるテーブルの隅っこの席に着いた途端、ケミーが尋ねてきた。

 今日のキョウヤはほとんど困惑した表情しかしてなかった気がするが、今、今日一で困り果てた顔になった。

 学園一の落ちこぼれに等しいキョウヤが試合のメンバーに選ばれたことで周りの視線が痛いというのに、皆が耳をそばだてているここで、そんな話をする気にはなれない。


 今までは誰もキョウヤのことなんか気にしたことなどなかったのに。


 それだけ対抗試合が皆の大きな関心事なのだろう。

「何か秘密の式とか教えてもらえるのか?」

 ケミーはキョウヤ本人より興奮している。

 キョウヤがいなかったらケミーが一番の落ちこぼれというレッテルを貼られるということを、ケミー自身よく解っているのだ。ケミーとキョウヤは同じ落ちこぼれ仲間だという認識があり、そのキョウヤが栄えある対抗試合のメンバーに選ばれたことを、ケミーは自分のことのように喜んでいる。

「そんな都合のいい話じゃないよ……。明日から特訓だから頑張りなさいってさ。逃げるなって釘刺されたようなもんだよ」

 当のキョウヤは小声で憂鬱に答える。

「そんな顔すんなよ! 特訓でキョウヤも式が使えるようになるかもしれないじゃないか。そんで試合に勝ったなら、誰もキョウヤを馬鹿に出来なくなるぜ!」


「何だ、お前試合に出る気なのか? 落ちこぼれだと自覚しているくせに随分と図々しいんだな」


 知らない生徒が三人、キョウヤの背後に立っていた。

「学園長室で辞退してきたのかと思ったら……お前なんかが試合に出ていいと思ってるのか?」

「対抗試合は実力を見せるチャンスなんだ。実力もないお前は見せるものなんかないだろ?」

 三人とも言葉も顔つきも厳しい。上級生なのはすぐ分かった。そしてきっと実力があると自負してて…、自分こそがメンバーに選ばれると思っていたに違いない。一歩前にいる一人がリーダーのようなもので、後の二人は取り巻きといったところだろう。

 ケミーは思わず口をつぐみ、怯えた目でその上級生を見上げている。

「ええ、僕も辞退しようとしたんですけど。ダメだと言われてしまいました」

 もうどうにでもなれという気持ちでキョウヤが言った途端、張り手が飛んで来た。

「!!」

 その勢いでキョウヤの体がカレー麺の器を倒し、中身がこぼれてしまう。

「キョウヤ!」

「ふざけるな! 今すぐ辞退して、俺を推薦してこい!」

 彼の怒号に食堂中がしんとなり、皆の目がキョウヤ達に注がれた。けれども誰も上級生達を止めようとはしない。

「ムチャ言わないでください! これは学園長が決めたことなんですよ!?」

 ケミーがキョウヤをかばうように立つ。

「うるさい! お前ら落ちこぼれのくせに、俺に口答えするのか!? 俺がどれだけ努力してきたか……!! なのに何でお前なんかが選ばれたんだ!!」

 ケミーを突き飛ばして、二人の取り巻きがキョウヤを両脇から押さえ付けた。

「例えば、お前が試合までに治りそうもない怪我をすれば、メンバーを変えるしかなくなるよなあ。そうなれば今度は正当に俺が選ばれるはずだ」


「やめて!」

 ケミーが叫び、再びリーダー格の腕が上がった。

 キョウヤは為す術もなく、また殴られたら痛いんだろうなぁ、などと頭の奥で思った時。


 その腕は振り下ろされなかった。

「食堂で騒ぐんじゃねぇ」

 ディディオが彼の腕を取っていた。

 取り巻きの二人はビビってあたふたとキョウヤから身を引く。

「ディディオさん……」

 ディディオはぼんやりと彼の名を呼ぶキョウヤを横目で見下ろしてから、食堂にいる全員に聞こえるように、

「対抗試合のメンバーはキョウヤだ。これは学園長が自らお決めになり、俺達も同意したこと。変更はない。お前の言いたいことは分かるけどな、だからってこういうやり方は気に入らねー。そこまで自分に自信があるなら、直接学園長に直談判にでも行けばいいだろ。決めるのは学園長なんだからよ」

 キョウヤを張り倒した生徒の目を睨みつけるディディオ。

 リーダー格の生徒は掴まれた腕を引き離そうとするが、ディディオはものすごい力で彼の手首を掴んでおり、離そうとしない。

「それとも何だ、お前は、実力の低いキョウヤ一人いることで俺達が負ける程弱いとでも思っているのか? それよりもお前がいた方が確実に勝てるって?」

「い、いえそんなつもりじゃ……!!」

 ディディオの迫力に押され、その生徒は悔しそうにしながらもそれ以上キョウヤをどうこうしようという気は吹き飛んでしまったようだった。

「そうだよな、足手まとい一人くらいいたって、ディディオさん達なら勝てるんじゃないか?」

 誰かが小声で言い、他の生徒からもそうだそうだという声が聞こえてきた。

 上級生ら三人の顔が居たたまれない程歪められると、ようやくディディオはリーダーの生徒を解放する。三人はそそくさと食堂から出て行ってしまった。


「大丈夫か?」


 声の主はキュリアだった。こぼれたカレー麺の後始末をしている。

「キュリアさん! そんな、僕が自分でやりますから!」

 恐縮したキョウヤが止めようとするが、キュリアは手際良くさっさと掃除を済ませてしまい、キョウヤとケミーがあっけにとられているうちに二人分のカレー麺を運んで来て、彼らの向かい側に座った。

「ほら、キミの分だよ」

 とカレー麺のひとつをキョウヤの前に差し出す。

 ディディオも生姜焼きセットを持ってキュリアの隣に座った。

「まあ、キミが選ばれたのは皆にとって予想外のことだったし、多少の嫌がらせはあると思っていたけどね。こんなにすぐであからさまとは」

 キュリアは苦笑いしながら食事を始める。

「悪事に『神術』を使わなければいいだけだからな。式使いの中にだって、卑怯なヤツも性根の腐ったヤツもいる。そんで俺はああいう奴らが嫌いってだけだ」

 さっきのことは何でもなかったことのように、ディディオも肉を食べご飯をかき込んだ。

 上級生と同じテーブルで食事するなんて。しかもキョウヤもケミーだって尊敬する二人と!

「あの…、お二人共、ありがとうございました」

 小さく頭を下げるキョウヤ。

 キュリアはにこりと微笑んで、固まってる後輩らに食事を促す。

「そのことはいいから、冷めないうちに食べなよ」

「食べねぇと力出ねーぞ? ホラ、俺の野菜やるから」

 ディディオが自分のサラダを皿ごとキョウヤに押し付けると、コラ、とキュリアがたしなめた。

「ディディオは野菜が嫌いなだけだろ? 上手いこと言ってキョウヤに押し付けようとしてもダメだ。ちゃんと自分で食べなさい」

「あぁ? 何だよ、キュリア。母親みたいなこと言うなよな~」

「キミこそ小さな子供みたいなこと言うのは止めたらどうだい?」

 戻されたサラダにディディオが口を尖らせる。

「………」

 キョウヤとケミーはお互い顔を見合わせた。

 憧れの先輩のこんな一面を見ているなんて、意外すぎる。

 二人のやり取りが楽しくて、思わず笑ってしまった。いい具合に緊張が解けて、キョウヤ達も食事に手を付けるのだった。


「キミはケミーだっけ? キョウヤとは友達なのかい?」

 食べながら、キュリアが聞いた。

「はい。学園に入った時から寮が同室で、気が合ったんです」

「そうか。いい友達だな、キョウヤ」

「はい」

 褒められてケミーは照れている。

 キョウヤもキュリアからそう言ってもらえて嬉しかった。ケミーはホントに学園で最初の、そしてただひとりの友達だったから。

 それから改まって、キュリアは話しだした。

「キョウヤが選抜メンバーに選ばれたのは、たぶん学園の歴史においても異例のことだ。キミ自身にしてみればまだ信じられないだろうし、自信もないだろう」

 キョウヤは黙って聞いている。

 ディディオも真面目な顔つきでキュリアの話すがままに任せていた。

「だけど、こうしてキミが選ばれたと言うなら、それには何か意味があるんだろう。キミには自覚を持ってもらいたい。落ちこぼれだからと投げやりになって卑下するのではなく、このエリドゥラ学園の名誉のために選ばれたのだと」

「!」

「落ちこぼれてようがなんだろうが、お前がやる気にならなきゃ始まらねえ。そんでやる気になったんなら、俺達は全力でお前をサポートする。誰が何を言っても気にするな。お前はもう仲間だからな!」

 ディディオも力強く言った。

「キョウヤ、頑張ってみなよ! これがきっかけになるかもしれないじゃないか!」

 ケミーからも背中を押されて、キョウヤの中の小さな希望に火が灯った。


 本当に?

 僕がやる気になれば、必死になれば、術が使えるようになるかもしれない?

 そして試合を勝利に導く手助けができれば。

 トヨカの先見の通りに。

 それは自分にとって最高のシナリオだ。

 やる気にならなきゃ始まらない……。


 キョウヤの心は決まった。

「……分かりました。僕、少しでも皆さんのお手伝いができるよう頑張ります。何でもやりますから、お願いします!」

「よし。じゃあ明日は授業開始の時間に裏庭で特訓だ」

「遅れるなよ」

 満足そうに笑って、キュリアとディディオは自室に帰って行った。



 こうして、キョウヤの特訓が始まった。


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