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大体世界というのは神様が作ったことになっている。
この世界もそうだった。
想像もつかない程の昔々―――、まだ混沌以外に何もなく、時間も空間も意味もない頃。
神が混沌を回転させ始めると、有なるものが分かたれ、ひとりの男神が生まれる。
最初の神は己をエル・ダーナと名乗り、新たに生まれた神はエムリスと名乗った。エル・ダーナはエムリスを自分の弟とし、二人で有なるものを回した。
それは幾柱もの神々達を生み、有なるものはやがて星になる。
エル・ダーナとエムリスの兄弟は星が存在できる宇宙を創造した。太陽と月、それらを取り巻く他の星を。自分達以外の神々には星に大地や空、海、植物や諸々の生物などを創らせた。
星は水と緑に溢れ、気候が安定し生き物たちが増え出すと、エル・ダーナは自分達神に似た姿の『人間』を創り出したのである。
そう、エル・ダーナが人間をお創りになられたのだ。
エル・ダーナは人に知恵を与えた。『人間』は神々を崇め、言葉を話し道具を扱う。人間達を見ているうちに、弟神エムリスも人間を創ってみたくなった。
そして兄神に黙って、人間を創造してしまったのである。
エル・ダーナは怒った。「勝手に人間を増やしては生態系のバランスが狂う。今すぐ彼らを消せ」と弟神に命ずる。
しかしエムリスも「せっかく生まれ出てた命を消せとはあまりにもひどい」と言って聞かない。
二人はどちらも言い分を聞かず、とうとう兄弟神は争いを始めた。
それは己の創った人間達をも争わせ、他の神々が創った生き物を巻き込むものだった。当然それらを創造した神達は己の創ったものが破壊されていくのを嘆き、ある神は兄弟神を諌めようとし、ある神は兄か弟のどちらかに付いて争い出す。
兄弟神は人間に対する考え方も違っていた。
兄神エル・ダーナは、知恵があるために悪に走る人間の心から悪を消し去ろうとした。だが弟神エムリスは悪も人間の一部だから矯正する必要はないと考え、必要悪という仕組みを作ればいいと言った。そこでも兄弟は対立し、中々決着がつかない。
争いは季節が4巡りするまで続き、大地は荒れ生き物や人間の数が半分ほどに減った時、兄弟神は自分達のしたことに気付き、これ以上人間や生き物達の生命を奪うことはできないと、諍いを止めることにしたのだった。
しばらく世界に平和が続き豊かな状態を取り戻した頃、エル・ダーナは自分達神々が世界を治める時は終わったと他の神々に告げる。
人はもう神々がいなくても自分達で歩んでいけるだろう。神々はまた別の世界を創る時が来たのだ。
しかし、世界には神々の争いの際に創られた普通の獣より凶暴な異獣がまだ多数存在していた。非力な人間にはそれらから身を守る術はない。それを不安に思い神々を引き止める人間達に、エル・ダーナとエムリスは力を与えた。
エル・ダーナが創った人間達には、争いの時エル・ダーナに従った神々の力を借りる術、『神術』を授けたのだ。
エムリスの創った人間達には、同様にエムリスに従った神々の力を借りる神術を。
神術を使うためには、力を呼び出す口式が必要になる。兄弟神はそれぞれの人間達に数々の口式を記した書物を残した。後に、神術を使う人間はどんな職であれ口式が必要となるので、総じて『式使い』と呼ばれるようになる。
そして神々はこの世界から去って行った。
が、他の星の創造でも兄弟神は争いを起こし、今もどこかの次元で争いと平和を繰り返しているのである―――。
「―――というのが、世界に伝わる天地創造の神話です」
14、5歳くらいの少年は、そう締めくくって椅子に座った。
顔立ちはまだ幼さがあり、可愛らしさの方が際立っている。緑色の瞳は大きめで、少し怯えた小動物のようだ。癖のある黒髪が毛先を跳ねさせたり丸めたりしていているが、手入れがされていないという感じではなく、彼に似合っていた。背丈は今の所は並みだが、これからの成長に期待。
指先を切った手袋をし、つば広でとんがった帽子に足首まで届く長いマントは全部紺色で、街中では目立つが、ここではそうではない。
その部屋には少年と同じ格好をした同年代の子供達が10人ほどいた。机と椅子の席が二列、整然と並んでいる。先ほどの少年の席は後ろの列の一番左端だ。皆の机の上には開かれた本と筆記用具。
部屋の前方の壁一面には黒板があり、少年達と似たような格好だがもっと高級そうな帽子やマントを身に付けた大人の男が一人、彼らの方を向いていた。
ここは教室だった。
何を学ぶ所かと言えば、もちろん、神に授かった力『神術』を学ぶ学校なのである。
神術学園エリドゥラ というのがこの学校の名前。
学校であるゆえに、少年達のマントや帽子は基本の制服なのだった。
大人の男―――彼は先生なのだ―――は満足そうにうなずいた。
「そうだ、完璧だったぞキョウヤ」
キョウヤと呼ばれた少年は少し頬を赤らめてうつむく。先生に指されて発表するというのは、何度やっても緊張してしまって困る。
まだ年若く、太めの眉にはっきりした目鼻立ちのジャルジュ先生は、皆を見渡して先を続けた。
「学園に入学したら一番最初に習うことだが、これが基本だ。しっかり覚えておいて欲しい。そして神術を使える人間は、純血の血を持った我々だけなのだ。」
エル・ダーナ側の人間とエムリス側の人間は、長い時が流れるにつれて混血してしまった。混血の人間は神術が使えず、だんだん式使いの数は減っていった。
神術を使うためにはエル・ダーナ人かエムリス人の純血で、『神力』を持っていなければならない。
この神術学園『エリドゥラ』は、世界中から神力を持ったダナーンを集め、エル・ダーナ神の属性の神術を教える学校なのだ。当然、エムリス神側の式使いになるための学園『アンリヘイム』もあり、お互いライバル関係にある。
「我々式使いにはひとつの誓いがある。それは何か、分かっているな? ケミー、答えて」
と先生が別の男子生徒を指名すると、彼は立ち上がった。
「はい、それは『絶対に神術を悪いことに使ってはいけない』ということです」
「その通りだ」
ジャルジュ先生は再び微笑んで、ケミーを座らせる。
「式使いが神術を悪いことに使うと、次第に神力がなくなり最終的には全く術を使えなくなってしまうんだ。どうしてそうなるかは分かっていない。だが、これは神々が我々の行いを見ているという証拠だと、式使い達は考えている。誰もこの誓いからは逃れられない。くれぐれも肝に銘じ、正しきことに術を使うように」
「「はい!」」
ジャルジュ先生の言うことに皆がしっかりと返事をする。
「それじゃ最後に、昨日の小テストを返す。名前を呼ばれたら取りに来るように。えー、アトラ=ペペット」
何人か呼ばれていき、キョウヤの名前が呼ばれた。
「キョウヤ=イシュバラ」
おずおずと先生の所に行って、答案を受け取るキョウヤ。
「今回も満点だ。この調子で実技も頑張るんだぞ」
「は、はい」
席に戻ると、友達のケミーがキョウヤの答案を覗き込んで感心した声を上げる。
「すごいなキョウヤ! また満点じゃん! 筆記試験はよくできるのにな」
最後の言葉に悪気はない。キョウヤ自身もよく解っている。
「そうなんだよね……。僕、筆記は得意なんだけど」
式使いとしての本領、『神術』を実際に使うとなると、キョウヤは出来が悪いのだった。いや、『出来が悪い』程度なら良かったのだが。
「それじゃあ、神話学の時間はこれで終わりだ。次の時間は儀式の間に集合!」
全員の答案を返し終えた先生がそう告げて、授業が終わった。
式使いにはいくつかの職があり、キョウヤは『精霊使い』だった。
学園には基本的に読み書き、簡単な計算の教育を終えた10歳前後から入学可能になり、一年間は基礎の神話や式使いとしての学問的なことをみっちり学ぶ。二年目からは自分の好きな職を選び、その職の特性や実際に口式を唱え術を使うことを学んで、一人前の式使いを目指すのだ。
そして大体18歳になる頃にはその職での式使いとして学園を卒業し、各国へ派遣されてゆく。
キョウヤは今15歳。
『精霊使い』を職として選び4年目になっていたが、未だ術を使えたことがなかった。
『精霊使い』はまず『どんなものにも精霊が宿っている』という理念の下、その精霊達と契約を結び力を行使するというものだ。
皆すでに何かしらの精霊と契約していて、優秀な生徒だと三つ四つの精霊と契約している者もいる。ケミーは鉄の精霊と契約していた。定期的に更新しないと精霊の力を使えなくなってしまい、一から信頼を築き直さなければならない。
でもキョウヤにその心配はなかった。
なぜなら、どの精霊とも契約できていなかったから。
儀式の間は窓はなく、蝋燭の明かりだけが光源だ。古臭い部屋なのに、どこか厳かな雰囲気のする空間。
部屋の中央の床には直径3mほどの法円が描かれており、四方に蝋燭を何度も立てた跡が残っている。左の壁際には儀式に必要な物や本をしまってある棚が据え付けられていた。
生徒達は一人ひとり、法円に自分の精霊との契約に必要な式を描き込み、円の中央に立って口式を唱える。中には自分の力量以上の精霊を呼び出そうとして失敗した生徒や、精霊の機嫌を損ねて契約を切られた生徒もいたが、大体の生徒は無事契約を更新した。
他の生徒が全員儀式を終えた後、キョウヤはジャルジュ先生の指導の下、儀式を行うことになった。
「そうだな……、一番簡単な、子供であれば契約可能な『玩具の精霊』と契約してみるか?」
「でも先生、玩具の精霊は探し物くらいしか役に立ちませんよ……?」
ケミーが心配そうに意見を述べる。
「いいんだ、とにかくキョウヤでも『精霊と契約できる』というきっかけが欲しいんだから。玩具の精霊なら細かい付等具も必要ないし。何しろこういうケースは俺も初めてでな……、ちゃんと神力はあるし、どこも間違ってないのになぜキョウヤだけ何の精霊とも契約できないのか……」
首をかしげる先生に、キョウヤは言った。
「先生、僕『玩具の精霊』でもいいです。儀式やってみます」
「そうか。じゃあ法円の組式と口式は分かってるな?」
「はい、大丈夫です」
キョウヤは床の法円の必要な場所に白いチョークで神聖文字を書いて、四方に置いた蝋燭に火を点ける。
他の精霊なら精霊の好む色の服を着るとか宝石を持つとか時間帯等、色々な条件―――それを付等具という―――が必要になる。当然高位の精霊になるほど細かく付等具が設定されている。が、この玩具の精霊ならそういう物は必要ない。成人していない子供でありさえすればいい。
ケミーや他の生徒達は皆黙ってキョウヤの動作を見守っていた。
キョウヤが法円の中心に立って、口式を唱え始める。
「『心和ませ安らぎを与える汝 楽しげな声と純粋なる心の友 我が声に応え姿を現したまえ』……」
普通ならここで精霊が姿を見せるのだが―――。
たっぷり間を取り待つも、精霊は応えてくれなかった。
「もう一度、最初からきちんと手順を確認しながらやってみろ」
先生のアドバイスに従いながら、キョウヤはあと2回同じ儀式を繰り返してみたが、成果は出なかった。
「うーーむ、なぜだ? どこも間違ってはいない。一番簡単な儀式だぞ? 職を選択した最初に契約可能な精霊なのに」
先生はしきりに不思議がっている。でもこの部屋にいる者の中で一番そう思っているのはキョウヤ自身だ。
結局儀式の授業はいつもこんな感じで、一度も成功したことがないのだった。
「仕方ない。今日はこれで終わりだ」
落ち込んでうなだれているキョウヤに『また頑張ろう』と声を掛けてから、先生はあっと何かを思い出したように声を上げる。
「そうだ、今日はこれから対抗試合のメンバー発表がある。皆、帰らないですぐ講堂に行くように!」
生徒達からわあっと歓声が上がって、早速講堂へと向かう。
その中、キョウヤにチラリと気の毒そうな視線を向ける生徒も何人かいた。
「あいつ、ホントは純血じゃないんじゃない?」
「純血じゃなきゃ神力持てないだろ」
「神力持ってても向いてない職がある人間がいるんだよ」
「このままじゃあと3年で卒業なんてできないよね」
ひそひそと囁き合いながら部屋を出て行く。
声を潜めていはいたけど、それらの言葉はちゃんとキョウヤに聞こえていた。しかしキョウヤは聞こえないふりをして、儀式の後片付けに取り掛かる。
クラスメイト達は始めのうちは慣れていないからだと慰めてくれたものの、今はもうキョウヤ自身に何らかの問題があるのではと思っていた。
「キョウヤ、あの……」
ケミーが片付けを手伝いながら、何と言えばいいか分からずもじもじしている。友達のキョウヤを励ましたいけど、どうすればいいのか分からない、といった感じがありありと分かった。
だからキョウヤはにこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ、もういつものことだし。そりゃあ僕だって何で出来ないのか理由があれば知りたいけど……、しょうがないよ。できるようになるまでやるだけさ」
「気にするな、とは言えないけどな……。学園長や他の先生にもお前のことは相談してるんだが、原因はよく解らない、というのが正直なところだ」
ジャルジュ先生も複雑な表情をして、言いにくそうに告げた。
「何なら、職を変えてみるか? 確かに自分の望んだ職の方が身に付きやすい。だがもしかしたら例外的に、特定の者には向いていない職があるのかもしれない」
職を選んで1、2年してから、自分に合わないと感じ職を変える生徒が全くいないわけではない。キョウヤも自分の中に確固たる思いがなければ、もっと前に精霊使いを辞めていただろう。
けれども、キョウヤは頑なに首を振って先生を見上げる。
「―――職を変えるのは嫌です。僕は『精霊使い』になりたいんです」
父さんと同じ『精霊使い』に。
それがキョウヤの望みだった。
「……そうか、分かった。お前にそこまでの気持ちがあるなら、私もとことんまで付き合おう」
「あ、ありがとうございます!」
「さ、それじゃ今は講堂へ急げ! 遅れたら恥ずかしいぞ!」
「はい。行こうケミー」
キョウヤとケミーが講堂へ入ると、全校生徒を収容してもかなりの余裕がある広い講堂に、すでに生徒達が集まっていた。教師陣もそろって前方の壁寄りに並んでいる。最後ジャルジュ先生がそこに加わるのが見えた。
生徒達は全員同じ紺色のとんがり帽子にマントといった姿で、これだけいると誰が誰だか分からない。でも向かって右から学年と職業順に並んでいるので、キョウヤ達も自分のクラスを見つけて最後列についた。
「今年は誰が選ばれるのかな?」
「生徒会長のキュリアさんは確実じゃない?」
「ディディオ先輩も選ばれるはずだよ!」
誰もがワクワクしながら噂している。
対抗試合とは。
このエリドゥラ学園の選抜生徒とアンリヘイム学園の選抜生徒が神術を使い行う試合のことだ。
神話の時代、エル・ダーナ神とエムリス神はお互いの創った人間の存在をかけて4年間争ったという。それにちなんで、4年間も試合を行うのは無理だから、4年に一度、試合を行うことにしたのだ。
これは学園が創立した時からの伝統で、大体実力は五分ではあるが、最近はエリドゥラ学園が3試合連続で勝っていた。
この試合で勝利すると、神話時代から伝わるという『聖杯』が学園に授けられ、次の試合までの4年間、勝った側の属性の神力が若干高まる効果があった。
この試合のメンバーに選ばれるのは当然、学園でも実力者に決まっている。
試合は世界最大の娯楽であり、それこそ世界中から見物人が集まる。娯楽というだけでなく、試合で活躍すれば大国から国お抱えの式使いに~なんていうスカウトもあったりして、それはもう色々注目度が高いイベントなのだ。
「なあ、キョウヤは誰が選ばれると思う!?」
興奮気味にケミーが後ろから囁いてくる。
「そりゃあもちろん、キュリアさんもディディオさんも、グネヴィエラさんだって……」
「だよなだよな!」
三人とももうすぐ立派な式使いとなって卒業していくであろう、学園内でも優秀だと噂の高い先輩達だ。
対抗試合はキョウヤも楽しみにしているイベントだが、メンバー選出はキョウヤとは無縁のもの。キョウヤはどこかぼんやりとした気持ちになった。
「『あー、皆静粛に!』」
壇上に上がった歌術師の先生が、自分の声を生徒全員に届かせた。これは歌術師にとっては基本の術だ。
皆が口をつぐみしん、とする。
歌術師の先生はそれで満足したように小さくうなずいてから下がり、入れ替わりに学園長先生がステージの真ん中に立った。
学園長といえども式使い。生徒達と同じように(豪華さは段違いであるが)とんがり帽子とマントを身に着けていた。額に皺があり髪にも蓄えられた口髭にも白いものが目立つ。老齢に差し掛かってはいるが、溌剌としていて威厳というか、オーラの感じられる高レベルの『祈祷師』だった。
そんな外見同様、厳かに響く声で学園長は言った。
「皆さん、あと一ヶ月後にアンリヘイム学園との対抗試合が行われます。我が学園はこれまで3試合連続で勝ち続けており、向こうも今年こそはと躍起になっていることでしょう。ダナーンとエムリストのどちらの神術が優れているということは基本的にありませんが、勝てば再び今後4年間の恩恵と名誉が与えられます」
生徒達の期待が高まるのを学園長は感じた。皆がこれから学園長が口にするであろう名前を聞き逃すまいと耳を澄ませている。
「それでは、さっそく対抗試合メンバーを発表したいと思います。呼ばれた者は壇上に上がるように!」
一瞬、それまで以上の静寂に包まれる。
「まず一人目は、キュリア=ペリナード!」
わあああっ
一斉に歓声が上がった。
彼は最上級生の『召喚師』で、生徒会長を務めている。実力はもちろんのこと、淡いブルーの長めの髪に切れ長の青い瞳、そして女性のような美麗さを兼ね備えた美形でありながらも人格者で、女子からの人気がとても高かった。
キュリアが選ばれることは誰もが予想していたことだったので、講堂内は大いに盛り上がりを見せる。
キュリアは慣れた様子で皆に手を振りながら、堂々と学園長の斜め後ろに立った。
「続いて二人目は」
また皆がしんとなる。
「ディディオ=エルロウ!」
おおおおっ
これもまた大歓声。
ディディオも最上級生で、『異獣使い』の男子生徒だ。キュリアとは親友関係にある。
金茶の髪はたてがみのように流れ、首の後ろで結ばれ短めの尻尾みたいに揺れていた。力強さのある瞳は琥珀色で、端正な男らしい顔立ちというキュリアとはまた違った美丈夫だ。
クールな雰囲気は女子にも人気があったし、ちょっとやんちゃするタイプの男子からも一目置かれていた。
ディディオはこういうふうに騒がれるのは苦手な様子だったが、それでもどこか誇らしげで、壇上に上がるとキュリアと拳を合わせてお互い選ばれたことを喜び合った。
「三人目を発表します」
再び静まる講堂。
「グネヴィエラ=バーレンアーニ!」
わあああっ
やはり皆納得の拍手が沸き起こる。
グネヴィエラもキュリアと同じ生徒会メンバーで、女子代表のような位置にいる最上級生だ。彼女は『歌術師』で、その歌声は美しさと可愛らしさの相まった外見同様、とても綺麗だと評判である。
ふんわりした赤毛を背中まで伸ばし、大きな瞳はオレンジ色。細面で、滑らかで柔らかそうな頬、小さめの唇。当然、男子生徒の人気が高い。
彼女も選ばれた喜びを素直に表現しながら、壇上のディディオの隣に立った。彼らは関係上一緒にいることが多く、仲が良い。
選抜メンバーは4人。
とうとう残すはあと一人になった。
最後は誰だろうか。キョウヤもちょっとドキドキしてきた。
職で言えば『精霊使い』が有望だろうか? もちろんキョウヤのクラスの、ではない。上級生の、優秀な先輩が選ばれる可能性はある。それとも回復や防御に特化した『祈祷師』か―――。
「それでは最後の一人」
皆最後の一人については色々意見が分かれているらしく、固唾を飲んで学園長の言葉を待った。
「最後の一人は、キョウヤ=イシュバラ!」
講堂内の全ての動きが止まった。
「―――え?」
キョウヤは我が耳を疑った。
「キョウヤ、今お前の名前が呼ばれなかったか?」
後ろからケミーの声がするが、キョウヤには全くどこか遠くの声にしか聞こえない。
まずキョウヤのクラスがざわつき始める。
「キョウヤって言ったよな……?」
「嘘でしょ? 他に同じ名前の生徒がいるのよ」
そんな訳ない。
「5年生精霊使い科のキョウヤ=イシュバラ! 壇上に上がりなさい!」
学園長先生の声が響いて、もう間違いなくキョウヤ本人が呼ばれていることが分かった。
「そんな、バカな!」
「すごいな、キョウヤ!」
嬉しそうにケミーが背中を叩いてくる。
だけどキョウヤ本人はそんなふうにはしゃぐことができない。
これは悪い冗談だ。
だって僕は何の精霊とも契約できない落ちこぼれなんだぞ!? そんな僕が選ばれるはずなんてあるわけないじゃないか!
周りの生徒がチラチラとキョウヤを見てくる。
「ホラ、早く行って来いよ!」
ケミーがキョウヤを前に押す。でも、とキョウヤは抵抗した。
「違うよ、これは間違いだ。僕じゃないよ」
「キョウヤ=イシュバラ!」
再び名前を呼ばれて、キョウヤはとにかく行くしかないことを悟った。
生徒全員の好奇の視線にさらされながら、キョウヤはこれは間違いだと、キョウヤ本人を見た学園長が間違いだったと言ってくれることを切望しながら、キョウヤはおずおずと壇上に上がる。
キョウヤは縮こまって、誰かがもう戻っていいと言うはずだと思っていたが、キュリアやディディオはやや複雑な顔をしていたものの、学園長はキョウヤの顔を見てうなずいた。
学園長にグネヴィエラの隣に立てと手で示され、キョウヤは指示されるまま、なるべく皆に見られないようにグネヴィエラの少し後ろに立った。
どうやら間違いじゃないらしい。
キョウヤは本当に対抗試合のメンバーに選ばれてしまったのだ!
講堂内のざわつきが一層大きくなった。
それはそうだろう。無名の、どちらかといえば落ちこぼれで知られているキョウヤが名誉ある試合のメンバーに選ばれるなんて、誰も予想だにしていなかったのだ。キョウヤより優秀な式使いはそれこそたくさんいるのに。
なのになぜキョウヤが?
全員がそう思っていた。誰よりも強く思っているのはキョウヤ本人ではあるが。
「皆静粛に!!」
学園長が声を張り上げて皆を静める。
「今年度の対抗試合はこのメンバーに決定した! 彼らに我がエリドゥラの、ひいてはダナーンの栄誉が掛かっていると言ってもいいでしょう! 皆彼らに惜しみない応援と協力をしてくれることを望みます!」
学園長が力強く言い切った。
ならもうそれは生徒が意義を唱えられるものではない。
生徒達は釈然としない気持ちを持ちながらも、壇上の4人に大きな拍手を送った。
キョウヤは驚きに目を見開き、放心したままその拍手の音を聞いていた。頭にあるのは『どうすれば辞退できるか』ということだけだ。
そして学園長が壇上から降りる際、キョウヤに
「この後学園長室に来なさい」
と告げたのだった。