第七話:銀河と朝と騒乱
超銀河群連邦雷光星
未明。
超銀河群連邦加盟星雷皇星皇室特務機関広域宇宙危機管理委員会緊急会議は大混乱に陥っていた。
巨大スクリーンには、青い星が映されている。
それこそ、混乱の元凶である。
「監視衛星より入電。最重要監視区域、未開惑星『地球』より、安全基準数値を超える高エネルギー反応を観測。解析の結果、『瑠璃』の生体反応を確認しました。」
どよめきが走る。そして絶望。
「なんだと! 宗彰様の封印が解けたと!?」
「なんと……なんと忌々しき事じゃ……宗彰様の悲願、たったの千年しか持たぬとは。」
「終りだ。また、銀河は戦乱となる……一夜に幾千もの星が潰える。ああ、悪夢の再来だ。」
「いや、悪夢ならばいずれ覚めもしよう。だが宗彰様もなき今では……希望という朝も無い。絶望だ。」
「早急に銀河群総戦力をもって『地球』に総攻撃をすべきです」
なにやら只ならぬ様相である。その時、
「それはどうかしら!?」
凛とした声が響いた。
「百合香様?」
皆の視線が、青い髪の美しい女性へと注がれる。
すっと白い指が、画面を指差した。
「早まっちゃだめ。だって、『ちきゅう』とか言う星、まだ丸いじゃない。」
「は……?」
「『瑠璃』が本当に復活したなら、今頃跡形も無く消し飛んでるはずよ。」
「そ、それは……確かに、そうだが……。しかし現に『瑠璃』の生体エネルギーが観測されている。」
「何か理由があって、思いとどまって居るのかもしれない。下手に刺激をするのは、眠っている獅子を蹴る様なものよ。今までだってそうだったじゃない。」
「」
「状況を正しく見定めなければなりません。あんな画面でも数値でもなく、誰かが、実際に、その目で!」
「し、しかし……あんな危険区域に一体誰が……」
百合香の唇が、ほろりと笑む。
「偶〜然! ワタクシ、うってつけの人材を知っております!」
それはそれは、満面の笑みだったという。
***
チュンチュン……
ひらひらと、桜の花びらが窓から迷い込む。
眩しい太陽が地球に降り注ぎ、俺の瞼を焦がす。
朝。それは希望。光に満ちた一日の始まりである。しかし一方、甘い眠りは最高の現実からの遊離であり、未だ人類の逃れがたい三大欲求の一翼を担っているのである。その力を侮ってはいけない。
何が言いたいかって言うと、
眠い。
「う〜……あと二分〜……」
ベッドの中で、寝返りをうつ。
重い瞼をこじ開けようと試みるも、敗北。
「ん〜〜〜〜〜〜っ。」
俺は、絡み付く睡魔を振り切ろうと、思いきりのよい伸びをした。指差までいっぱいに広げて
もにゅ
「ん?」
何か、恐ろしくやわらかい物が手に当たった。
何だ? 覚えず、感触をまさぐる。
もにゅもにゅん
恐ろしく柔らかで、それでいて弾力があって、温かくてプルンプルン……
――!
瞬間、一気に目が覚める。背筋に寒いものが走った。カッ目を開けると、物凄い勢いで布団をめくる。
半裸の美少女がいた。
美少女はすぅすぅと寝息をたて、鼻先約十センチ横にその身を埋めていた。
それはそれは、天使のようにあどけない寝顔だった。
そして、俺の手は……あろうことか、大胆にはだけた胸元をもぎたてピーチ掴み取り収穫祭。
「づっぁぁぁぁあああああ!!!!」
物ッ凄い速さで、昨日の記憶が蘇る。そうだ! 俺は昨日洞窟で美少女を発掘して爆発して追いかけられて殺されかけて泣かれて結局保護して……えーっと、確かその後とりあえず客間に寝かせたんだよ。こっそり。
って、なんで俺のベッドに居るんだぁああ!!!!
落ち着け、落ち着け俺。何もやましい事はしていない。たぶんしていない。まずは、速やかにこの場を離れ、庭であざとく爽やかにラジオ体操をするのだ。絶対に誰にも見られてはいけない!
カチャリ、と不吉な音が響いた。ドアが開く。
「おはよ! コウ、起こしに来てあげたわよ! まったく、休日だといつも昼まで起きないんだか……ら……」
ドアから、遠慮なく弥生が入ってきて……止まった。
時が止まった。
弥生の目が驚きに見開かれる。そして、たっぷり三秒間、ベッドに眠る半裸の瑠璃を見た。天井を見た。そして、俺を見た。
般若でした。
「コウ……。この………輝くばかりに美しい娘さんは誰かしら……? 答えによっては……千切る。」
どこを!?
***
それから俺は小一時間、ただひたすらに宥めたりすかしたり土下座したり殴られたり蹴られたり吐血したり宙を舞ったりしてやり過ごした。いや、過ごせてないけど。
その間、この大出血祭りの元凶は、さんさんと日の光を浴び「ぴすす」「んうぅ〜」「むにゅ……」などと音を立て、子猫のように大安眠中であった。
もちろん、お手ては可愛くグーのポーズで。
こいつ、ロケットに括りつけて宇宙まで発射したろうか。
やっと、なんとか弥生が聞く耳持ってくれたのは、瑠璃が気持ちよさげに十五回目の寝返りを打った頃であった。
「……つまりアンタは、あの爆裂美少女は洞窟の奥で氷漬けになっていたのを拾ったものだ、すぐ飛んだり爆発したりするので非常に危険である。なぜ俺のベッドで寝ていたのかは全く解らないが、もちろん粉微塵もやましい事はしていない、と言うのね?」
腕を組み、眉を釣り上げる弥生。その表情は、奇跡体験アンビリバボーの超能力対決とかを見ている時と同じだ。信じてねえなこりゃ。
はぁ〜、まあそれが普通の反応だよなぁ〜。
「信じるわよ」
「へ?」
「だってそんな事でもない限り、ゴミ虫以下のアンタがこんな超メガ級美少女とベッドイン出来るわけないでしょ。」
「ごもっともでス……」
ああ弥生、信じてくれてありがとう。洞窟でファンタジーよろしく美少女を拾う確立VVVV俺に彼女出来る確立ってことですね、わかります。死にてぇ……。
「んぅ〜…宗彰ぉ〜………うー…? ここぁどこ? ほれひれ〜?」
もぞもぞとベッドから声が上がる。
お姫様の起床の様だ。
「ふぅあ〜〜、何このベッド、粗末でごあごあしておまけに臭〜〜い! 超サイアクー。」
その割には爆睡でございましたが。
むくりと瑠璃が身を起こす。長い白銀の髪がサラサラと肌を滑り落ちていく。とろーんと閉じた瞳は、己の素肌露出面積の著しさにも気付かぬご様子。あ、そんな状態でいきなり伸びなんてしないでください。辛うじて隠れているセクシーゾーンが……あぁー…。
やっ、だから決して故意に見ようとした訳じゃなくてですね、不可抗力で目に飛び込んで来たんですよ! 痛い痛い痛い! だから弥生ちゃんお願い目玉を抉らなで!!
そんな俺の世界規模で見れば実にしょーもない苦悩を他所に、瑠璃は爽やかに思う存分伸びきると、泥だらけの身体を見渡して。
「温泉! 持って来いっ!」
実に爆裂マイペースな命令を発したのであった。
***
温泉はデリバリーするものに非ず。入りに行くものです。
というわけで瑠璃はひとまず我が家の風呂場に連れて行く。扇情的過ぎるボディはひとまずTシャツの下に収納していただいた。ふよふよと宙を浮いて移動する瑠璃を見て、流石の弥生も絶句する。
我が家の浴室を見て瑠璃は絶句した。
「なんぞこれ?」
「お風呂だよ。」
「おフロ!? この狭くて足も伸ばせないドブ溝が!?」
「なんだと!? 日本のごく一般家庭風呂にケチを付けるか。これでも一応奮発して日本秘湯の元とか入れてんだぞ」
「おフロなのに滝も無いのっ!? 無重力体感深海風呂は!? 黄金の砂風呂は〜っ!?」
ねーーよ。どんなサバイバル風呂だ。
「イヤァァァぁぁああ〜〜!! 温泉んんん………!!」
ぱたん。
俺は浴室のドアを閉めた。悲痛な叫びを残して。
やがて、諦めたのか衣擦れの音、そして涼しげな水の音が響きだす。ぶちぶちと文句と共に。
「あうう〜……狭いぃー…」
「はう〜……温泉んー…う〜。はうぅ〜」
「はう〜〜…ぁあ〜、びばのんのん」
満喫してんじゃねぇか!
***
腹が減っては戦は出来ぬ。
と言うわけで、一時台所へ戦略的撤退。
「どうすんのよ、アレ……。……飛んでたわよ、空。」
カパンと生卵をご飯に落とし、弥生が問いかける。
「ビームも出ますぜ、旦那。んく、……どうするったってなあ……ズズ〜。」
味噌汁のワカメをすする。成り行きとは恐ろしいもので、気がつけば前門の虎後門のわけわかめ。
「うふふ、あらぁ弥生ちゃんコンニチわぁ〜。ゆっくりしていってね〜。」
お袋が満面の笑みでアジの開きを運んでくる。今日はいつに無く上機嫌だ。全く、見知らぬ美少女に風呂場を占拠されているのも知らないで、呑気なもんだよ。
……ん?
俺は食卓に並べられた皿に目をやる。ひーふーみーよー……一膳多い!?
「うふふ、昨日コウがベッドインしていたカワイコちゃんのご飯よぉ〜。あら、今はおフロかしらぁ〜?」
ニコニコとおふくろが笑う。
しええええ。
「うふふ、昨日は、お楽しみでしたねぇ〜。ずっと部屋に閉じこもってギシギシバタバタ。お母さん、興奮しちゃってお父さんと久々に電話で……」
電話で!? 電話で何をしたの!? でも知りたくない……!
「お、おおおふくろっ、違うんだってばよ!」
「あら〜〜? いいのよぉ〜〜? 母さん過激な恋愛にはイタリア人並に開放的だからぁ〜〜。それに、あんな超絶美少女連れ込むなんて、母さん鼻が高いわぁ〜。今日は弥生ちゃんも混ぜるのね?」
聞いちゃいねえー。って、混ぜ……?
「うふふ、思い出すわア。コウが赤ちゃんの頃、オシメ換えのたびにこりゃあ女泣かせになるぞって、親戚中で感心したものヨ☆」
ほうっ、と、遠く思いを馳せるおふくろ。一生知りたくなかった新事実発覚。黒歴史にも程がある!
「……でも」
そっ……と、おふくろが湯呑を握る。
「男の子の責任はちゃんと取りなさいネ?」
ピシッ
湯呑にヒビが走った。
お母様、責任の取り方がわかりません……。
***
生きた心地のしない朝食、終了。
続いて
「……それにしても、そのピチピチハチキレムンムンボディーに布切れ一枚は、とぉってもセクシイすぎるわねぇ〜〜〜」
ハイパー着せ替えお人形ごっこ開始。
「あらあら〜、ぴったり! あらあら、可愛い! お母さんこのワンピース、サイズ間違えて困ってたのよぉ〜〜〜。これは運命だったのね。」
無邪気に歓声をあげるおふくろ。って
「なんでミニスカチャイナ服なんだよ……」
「可愛いからよ?」
一言で済ます母。可愛いは正義!
って、ねえ、可愛いからって、それ、普段着にする気かよ? コスプレだよね? 大体、なんでそんな異常に丈が短いんだ。っていうか、それどう見ても男物の上着だよね? ワンピースって言い張ってるけど、上着だよね!? セクシーさに拍車が掛かってますヨ???
「うふふ〜、素敵、とぉってもセクシーで、おまけに可愛くなったわぁ〜。もう向かう所敵ナシよお! 最強よぉ! お母さん嬉しい!」
おふくろ、自重しろ。
「でもオバサンのお古じゃあやっぱり少し華がないわね〜?」
首を傾げるおふくろ。
「仕方ないわね! また今度、私が何着か持ってきてあげるわよ。」
さっすが、ガキ大将気質な分、なんだかんだで根は面倒見の良い弥生である。
「っえ〜〜〜っ、この貧乳娘の服を着ろっていうの? ムリムリ、このバストが収まるわけないよ〜。胸が押し潰れちゃう!!!」
「んなっ!」
ビギッ!!
空間に亀裂が走った。
くるっと、華麗に回る瑠璃。迫力のたわむバスト。その姿は薔薇の様に愛らしかった。そして、固まる弥生をスルーして鏡の前で決めポーズを始める瑠璃。その姿にきゃーあ可愛いだの、わーお素敵などと嬌声をあげるおふくろ。手にはちゃっかりデジカメ装備。
ぽん、と、俺の肩に弥生が手を置いた。
「コウ……あんのクソ生意気な爆乳女は、一体いつ洞窟にお帰りになるのかしらねぇぇ……? あんた……責任取んなさいよ……。」
爪が、爪が痛いです弥生さんー!!!!