第六話:デッドチェイスと俺。
ああ、この洞窟、随分な山奥まで食い込んでたんだなぁ……。
久しぶりに再会した空は、オレンジ色に染まっていた。
朱と藍の入り混じった空を背に、キラキラと星をばら撒いた様な瞳が、キッと俺を見据えている。
綺麗だ……。どんな男だって0.一瞬でK・O確実。
えー、まあ実際、洞窟が一瞬で吹き飛んだわけですが!
ひゅう。と、風が少女の長い髪をなぶる。ついでにボロボロに擦り切れた服がはためいて、あ、見えてます、もうポロリなんてレベルじゃないです。
じつに鼻の下が伸びる、もとい、芸術的な光景であった。が。
きっ! っと、少女が俺を見据える。
えー、美少女さん、浮いてます。軽く重力無視です。
「いやああっ!!! も〜〜っ! サイアク! 本っ当、サイアク!! やっとやっとやっとやっと、愛しの宗彰が、瑠璃を助けに来てくれたと思ったのに〜〜〜っ!!!! それなのに、なに!? この腐りかけのエノキみたいな男!!!!」
腐りかけのエノキ……。
ひゅんっ!
と、何かが顔をかすめる。じゅっ、頬に赤い線が走った。何だ今の? フォース!? フォースの力か!? 理不尽です。
「ぁあああっ!!! しかもしかぁもっ、こんなじゅくじゅくの潰れた水虫みたいな奴に私ったら、この美しい身体を弄ばれて!! イジり倒されて! あんなとこもこんなとこも弄られて〜〜っ!!! ああ、唇まで!! いやあっ! 汚らわしい!! まだお便所に口づけする方がマシだわ。」
身悶えし、ぺっぺっ! と、必死で美少女さんが唾を飛ばす。
「ちょ、弄んでないし。唇奪ってないし! むしろ俺の鼻がびちゃびちゃに汚されたんですが。」
「黙れクソ虫!」
「はひぃ……」
「ああっ!!! 瑠璃はこんなド辺境の星で、愛しの宗彰にも会えずに野蛮人の夜の奴隷にされてしまうんだわ!!! 悲劇のヒロイン!!! 助けてそうしょお!!!」
瞳いっぱいに涙を溜め、泣き叫ぶ美少女。聞く耳もっちゃねぇ。
「あの、る、瑠璃さん? ホント、一ミリでいいから、お話を聞いてくれませんかね!? 宗彰さんって誰ですかねぇ!? っていうか、あなたは誰なんですかね!?」
「瑠璃は瑠璃で宗彰は瑠璃の王子様でラブラブなの〜〜っ!」
うわぁ……この子、頭が可愛そうな子だ……。絵文字と小文字だらけのブログで、前世での聖戦とか語ってそう。
「はい、そうですか、あのね、瑠璃さん、どうしてアナタあんな洞窟の奥で冷凍マグロになって死んでて生き返ってしかも爆発なんて起こせたりしちゃうんですか。」
「だって、私、瑠璃だもん。」
答えになってない!!!
「る、瑠璃さん? 落ち着こう? 落ち着いてください。ね? とにかく、建設的な会話をしましょう? レッツコミュニケーション!」
「むぅ……」
考えこむ瑠璃。よかった。やっと日本語が通じた……! いや、違う、アレは絶対、「『建設的』とは何ぞや?」って考えてる顔だ! 日本語通じてねぇぇええ!
ひゅうううう。
一際つよい風が走り抜けた……瞬間、
サラサラ……
かなり頼りなげだった瑠璃の服が、サラサラと灰になって飛んでいった。
ああ、だいぶ風化してたから……なのに何回も爆発とかしたからな〜……。
「って、見てません!!! 俺はな〜〜〜〜んにも見てません!!!! たわわでプルンプルンなプリンちゃんとか、全ッッッ然見てませんから!!!」
ヤバい、コレはもう、ブチ殺される。核爆発とか起こる。
ところが、意外な事に満面の笑顔。笑顔は敵意の無い証拠。ってアレ? 怒ってない!?
「うん、いいの。風のイタズラは仕方が無いもの。……でも」
ぽわわわわ
瑠璃の手の中に、光の粒が集まっていく。あれ、何か漫画で見たことがあるような。っていうか、ジャンプを開けば毎週どこかのページにあるような光景。
「もう瑠璃、現代社会のストレスやらなんやらで押し潰されそう! もう、何もかも破壊しない事には収まらないわ!」
「破壊―ッ!? 何が!? 何が収まらないんですか!? バストですか!?」
ひゅんっ!!
瑠璃が、テニスボール大に成長した光の玉を思いっきりブン投げる!
「取り合えず、アンタは絶対、殺す!!!!」
どがああぁぁ―――――――――んっ!!!!!!
「ぎゃあああぁぁああああああああ!!!!!!!!!!11111」
地面にが抉れ、巨大なクレーターが出来る。
地形が、地形が変わりましたよ!? あああああ!!! 見たことある!! こういうの、映画で見たことある!!! ビームを発射してたのはシュワちゃんだったけど!!!!!!
「ふふ、意外とすばしいんだぁ? でも大丈夫、すぐにこの星ごと消してあげるから!」
微塵もだいじょばないです! 穏やかじゃないです! すでに話がドラゴンボール規模に!!
満面の笑顔の瑠璃。
なんか、ふっ切れてる。
っていうか、キレてるぅぅ!!!!
***
カァーカァー……
夕暮れの境内。
弥生は、むっつりと石段に腰掛けていた。コウが洞窟に入ってからかなり経つ。
「コウの奴、遅いわね……」
正直、壮絶に暇であった。
アホーアホー……
「誰がアホよ! 酢漬けにするわよ。」
カラスに悪態をつくも、むなしい。
ぐう!
お腹がなる。
帰ろうかしら……。
しかし、弥生も鬼ではない、少しはコウの事が心配である。
探しにいこうかしら……。
二つの選択肢が頭の中でせめぎあった。―その時
「あっ!」
彼女は思い出した。今日は夕方から『ハブられ刑事・純愛派』の再放送がある事を。
「帰ろっ!」
弥生様は鬼であった。
***
「ぎゃいあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ―――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る!!!!!!!!!!!!!!!!!!
桜の森の中を、転がり走る!!!
後方には、猛スピードで追いかけてくるバケモノ女!ハードは美少女だけどソフトはターミネ―タと寸分違わぬ模様ー!!!
もうね、カールルイスも真っ青の走りッぷり!! ほんと、人間、命かかると力の絞り方が違ってくるからね!!!
「まぁぁああああああてえええええええええ!!!!!!!!」
この状況で待てと言われて待つ奴ぁ、真の勇者か真性の美少女マニアだけじゃ!! ボケが!!!
どがーん!
どがーん!
どがーん!
どがーん!
どがーん!
岩が飛ぶ!!
地が砕け散る!!
辺り一面、乱れ飛ぶ光の弾丸。
あっ、なんかこういうゲームしたことある!! 弾幕! 美少女の弾幕避けるやつ!!!
「ぎゃあああぁぁぁぁぁああバケモノおおぉぉっぉお!!! フリーザ!!! フリーザだ!!! 美少女の皮を被ったフリーザだぁぁ!!!」
フリーズされてただけに。
「バケモノですってぇぇぇええ!? 乙女の心踏みにじってぇ! 人の心の痛みを考えなさいよおぉ!!!」
がごおおん!!
心が痛むってレベルじゃねえぞ!!!!! 砕けたよ!? 岩が砕けたよ!?
「こんの冷凍マグロ女ぁぁぁ!!!! お前こそ岩の気持ち考えろや!!! ちょっと超絶に可愛いからって、何してもいいってわけじゃねーぞ!!!」
「マ、マグロだとぉ〜っ!!?? 違うもん! 瑠璃はむしろ感度抜群だもんっ!!!」
意味不明の方向で逆鱗スイッチに触れてしまった様だ。
「んんんんんぅん、もぅお許さないんだからぁぁあああ!!!! 瑠璃必殺!! えたあなるふぉーすぶりぶりざぁぁあああど!!!!!!!!!!!」
ネーミングセンス悪っ!
ごおっ!!
「うわああああ!!!!!!!!!!」
さっきまでとは桁違いの、巨大な火の玉が向かってくる!
「どこがブリザードだああああああ!!!!!!!!」
あ、無理。これは避けきれないわ。
今度こそ俺、死ぬな……。
ああ、簡単に壊れてしまうんだな。日常って。
こんな事なら、もっと本気出して生きてみたら良かったな、はは……。
ーっ!!
俺は、観念して目を瞑った。
世界が赤に染まる。
どおおおおおおおっ!!!!!
……
……。
―――ん?
「生きて、る……?」
なんで……?
こわごわ目を開けてみる。
そこには、愕然と立ち尽す瑠璃が。
「何で……? なんであんた……無傷なの!?」
「え、さあ……?」
「う〜〜〜ん、とらいあげいん!」
げえ。
再び絶体絶命!!
が、
ぽひゅー
出たのは、不思議な擬音とケムリのみ。
「ケホッ! んぅぅぅうう!?」
ぽひゅー
ぽひー…
ぽ
「ううううう〜、おかしいにゃ……力が出にゃい……何で? ど〜して?」
ガス欠じゃない?
おろおろと慌てふためく瑠璃、やがて、ハッと足元を見やった。
「うあ?」
ほっそりと美しい踝……。そこに、ふわふわくるくると白い光の輪がはまっていた。
「ふぇええ!!! 何にゃこにゃああ?? あう……でも、ここから力が吸い取られてく……まさか、封印!?」
あー、そういえば、じいちゃんも、洞窟の鬼には強力な封印がとか言ってたな。小粋なアクセサリーかと思ってた。
まあ、なんにせよ、命拾いしたようだ。ありがとう、昔の偉い人。
へたりと、崩れ落ちる瑠璃。瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちた。
「そんな……。宗彰……。ひっく、瑠璃の事、捨てただけじゃなくて、こんな足枷まで……どうして……。ろうしてこんな事するの……? ぐす、わからない、わかあないよ宗彰……。うわぁぁあああああああああん。」
大声で泣き出す瑠璃。
「あー……なんかよくわからにあけど、宗彰さん? もさ、何か、事情があったんじゃないかな、ね。」
「うぁぁぁああああん。」
だめだ、泣き止まない。
「……い、一緒に探してあげるからさ、ね、元気出しなよ……」
「うぇ、ひっく…………本当?」
あーあ、言っちまった。
***
「ただいま〜……はぁ〜。なんでこんな事に。」
力ない声が玄関に響く。もう、全身ボロボロ。
背中には、ぐっすりと眠りこける美少女。はい、当たってますとも。色んなところに色んなものが。
あの後、少女は電池が切れたようにコテンと眠りこけてしまった。このまま一生起きなければいいのに。
このまま警察に突き出せば……なんて考えが一瞬よぎったが、翌朝テレビで警察署謎の大爆発、なんてトップニュースが流れそうな気がして思いとどまった。第一、何て説明したらいいんだ。
「うう……何なんだよコイツ……鬼……じゃあ、ないよなぁ。鬼だったらまだ良かったのに。こんな美少女、家族に何て説明したらいいんだよ。」
ブツブツとひとりごちる。
ハッ
俺は嫌な視線を感じて振り向いた。
そこには、じーちゃんが、じとーっと柱から顔半分だけ覘かせていた。なんとも、微妙な表情をして。
そして、ポソリと一言。
「だから、頭からまるっと食われるって言ったのに……」
えええええええええええええええ。
そうして、最後のトドメの刺し主は、ニタリと笑い、満足そうに頷いて、のっそりと台所へと消えていったのだった……。