第一話:幼馴染と俺。
ぐるりと山脈に包囲された、そこそこ栄える盆地。
それが俺の住む町。
夏は暑く、町にうだった鹿が溢れる。冬は寒く、積もった雪の上をイノシシが転ぶ。
ここでは人間は自然様に寄生するちっぽけな存在でしかない。
町から離れること、数十分。
連なる山脈にへばりつくようにして、ぽつんと神社がある。
それが俺の家。
健気に大山脈にへばりつくその姿は、まるで必死に抵抗する文明のよう。
正直、半分くらい山に飲まれてる。
山、「なめんじゃねーよ」ってか。
俺ん家のすぐ背中からは、つつけば仙人やら天狗やらが出てきそうな、怒涛の大山脈だ。
俺たちは幼少のころより、暇さえあれば山で遊んでいた。なにしろ裏山が大山脈である。
そう、今日も。
粉雪のように散ってゆく桜を背に、勝気な瞳が俺をまっすぐ見つめていた。
「怖いの?」
瞳の主は、ニヤリと笑った。
「こ、怖かぁないさ!」
「ふーん……」
フフン、と少女は可憐な顔を歪める。信じてない。ていうか明らか俺を小バカにしている。
俺は困って、視線を逸らす。可憐なセーラー服。白のハイソックスに包まれたほっそりした足。だが、この足が凄まじい蹴りを繰り出す事は身をもって確認済みだ。
ざあ……
桜の森が揺れる。
春の山 幼馴染と 二人きり。
健全な男子高校生なら布団の中で身悶えしそうなシチェーションだが、俺の心境は怯えるチワワ。
彼女は大和弥生。俺の幼馴染。
家が比較的近所、という安易な理由で親同士が交流を始めた事が、俺のサンドバック人生の幕開けであった。
勝気な瞳に、可憐な容姿。
しかし性格はだんじり祭りの男衆よりも荒い。
そして、ジャ○アンをも凌駕する奇跡の自己中さ。
もちろん、幼馴染カップル! な〜んて甘い展開は微塵もなく、俺と彼女の過ごした十七年、俺=サンドバッグの図式は揺ぎ無い不動の地位を獲得している。
弥生はいつも、気まぐれで無理難題を俺に突きつける。
まさに、今も。
「えーと、怖くはないんよ? 怖くは無いんだけどね? 弥生さん、つまり貴方はこの、うららかぁ〜〜な午後に、この暗くて陰気でじめじめ〜っとした洞窟に入れってゆーんっスね? 一人っきりで!」
「そーっスよ。」
事もなげに言い放つ弥生。
俺はちらっと、一番見たくない方向――後ろを振り返る。
そこには、ぽっかりと洞窟が口を開けていた。
申し訳程度に、立ち入り禁止の看板がかかっている。
桜の森にぽかりと開いた黒い穴は、非常に不気味だ。
――決して入ってはならんぞ、鬼に喰われてしまうぞ…
…
思わずゴクリと喉が鳴る。
「え〜と、そりゃまた、なんで」
「奥に何があるか気になるじゃないのっ!」
俺はボンバー気になりません! でも言えない!
「………自分で行ったらいいのに…」
「あ!? なんか言ったか」
「なんもないっす」
チキン俺。
ぺしっ! と懐中電灯が投げつけられる。
「私先に帰ってるから。中に何があったか教えてよ。もう気になって気になってもう夜も眠れないの!」
嘘つけ。授業中までグッスリのくせしてからに。
俺は、洞窟をおっかなびっくり覗いてみた。
ひゅごぉぉおお……
湿った冷気が頬をなでる
真っ暗な、闇。
「うへぇ……」
思わずあとじさる。
「さっさと行きなさいよ! 脳髄抉り出すわよ!」
弥生の罵声がギリギリと俺の背中を押す。
うう、怖くないと言った手前、後には退けん……。どの道、弥生様に逆らう者には、シバきあるのみである。
逆らって山でシバき倒されるか
おとなしくちょっと勇気を出してみるか、二つにひとつ。
「ええい、男はどきょーっ!奥の奥まで行ったらぁーっ! 俺の男ぶりに惚れるなよっ!」
「よっ! コウ! それでこそ男の子っ! そこに痺れない憧れない!」
お願い! 少しくらいは痺れて! 憧れて!
はあ、ホント調子のいいこと好き勝手言いやがって……心の中で深ぁ〜くため息をつく。そして
俺はぐっと息を止めると、闇の中へ足を踏み入れた。
踏み入れるんじゃ無かったわ。マジで。