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ぼくと小田さんの愉快な冒険

作者: 太郎

 うだるような暑さで目が覚めた。目覚まし時計はセットしていない。ぼくはズボラなんだ。

 今日はいい天気だからとにかく出かけよう。ちなみに今は夏休み。

 リビングに行くと母さんが朝食を作っていたので、取り敢えずカンチョーをお見舞い。朝食は食パン一枚にみそ汁ときた。けっ。しけた飯だぜ。おっと、こんな豚のエサでも飯は飯だ。美味そうだ。みそ汁にパンを浸して食べる。パクパク、あー美味い! でもちょっと塩気が足りないな。そうだ、塩を直接口の中に振りかけよう。パラパラ〜。

 ご飯を食べ終えたので歯も磨かずに玄関の方へ向かう。さて、今日は何をしよう。そうだ、カブトムシを採りに行こう。

 勢いに任せてぼくは外に飛び出した。取りあえず走った。あ、ちなみに僕は小学6年生。

しばらく走っていると、同じクラスの小田さんに会った。とっても可愛いんだ。ひゅーひゅー!


「こんにちは、小田さん」


「あら、こんにちは、って、キャー!!」


「おやおや、どうしたのかな?」


「その格好はなによ!」


「え、何の事......」


 ぼくは自分の格好を見下ろす。

 おっといけない。服を着てくるのを忘れちゃった。もちろんパンツも!


「ごめんごめん、いつものクセで」


「んもう、これで何回目? 学校でもたまにやらかしてたでしょ」


「やっぱ、人間、生まれたままの姿でいるべきだと思うんだよ。小田さんもどうだい。一緒に」


「でも……」


「聞いてくれ、小田さん」


息を整えて僕は続ける。


「裸でいるのは恥であるというその観念自体がそもそも誤りなんだ。服というものはあくまで皮膚を寒さや暑さ、そして汚れなどの自然環境による避けられない変化から守るために編み出されたものだよ。つまりそこには本来ポロリやチラリズムなんていう付加価値は存在していなかった。ところが今の実情はどうだろう。服がめくれ、はだける度に大人たちは小躍りし、年頃の男子は一喜一憂してしまう始末だ。服というものは本来機能的で、体毛を持たない僕たちにとっては非常に合理的で効率的な、先人たちによって編み出された画期的な発明品であったはずなのに、人類は一体どこで間違ってしまったのか。あるいは服を得たこと自体がそもそもの間違いだったのか。アダムとイヴがエデンの園で見つけたのは知恵の実などではなく、服だったのではないか。人は服を手にしたことで"恥"を獲得してしまったのだ。服は人を狂わせ、倒錯した衝動へと至らしめる魔性の呪物である。服を着るということは、そういうことなんだ、小田さん。服はとても恐ろしいモノなんだよ。今こそ人間はヒト本来の尊厳を取り戻し、服の呪縛を克服しなければならない。人は、ヒトに戻るべきだ。服を脱ぎ捨てる時が来たんだよ、小田さん!」


「なんだか分からないけど、分かったわ! それじゃ私も…….」


 すぽーん!


「うん、いいね。そっちのほうが可愛いよ」


「もう、口が上手なんだから」


 小田さん、なんだか嬉しそう。でもぼく、お世辞なんか言わないよ。本当に似合ってるんだもの。


「小田さん、口が上手いというのはね、こういうことをいうのさ」


チュッ


「キャッ」


ふふっ、小田さん、困ってる困ってる。


「一緒にどうだい、カブトムシ採り」


「えー、わたし、虫苦手だよぉ、ぺっぺっ」


「なーに、どうってことはないよ。いざという時はぼくがついてるから」


「じゃあ、お供しようかな」


 小田さんが仲間になった!!


「出発進行〜!」


 いっっくぞー!


「しゅっぽしゅっぽ。ほら、小田さんも一緒に!」


「しゅっぽしゅっぽ」


「しゅっぽしゅっぽ」


「しゅっぽしゅっぽ」


 キキィーッ!

 森に着いたぞ!


「なんだか、怖いわ」


「大丈夫だよ、さあ行こう」


 ぼくたちはずんずん進む。ズンドコズンドコ。

 そうやって進んでいると、ふと、小田さんのおっぱいのところに蚊が止まっているのが目に入った。


「ええいいいっ!!!!」


「キャッ!」


 パッチーーン!!


「もう、痛いじゃない。何するのよ!」


「ごめん、蚊」


 ぼくは小田さんに手のひらを見せる。


「許す」


 小田さんは真っ赤に腫れた胸を摩りながらコマネチのポーズをした。


「シェーッ!」


 ぼくは勢いよく飛び上がり、イヤミなポーズを取っておどけてみせる。

 しばらく歩いていると大きな木が見えてきた。あれが目的の木だ。


「ついたよ」


「ふう疲れたわ。それじゃ早速取りかかりましょ」


 小田さんはいつにも増してやる気だ。

 そんな小田さんに小さな怪しい影が。その影は不気味な羽音を響かせながら小田さんに飛びかかる。


「小田さん危ない!!」


 ぼくは身を挺してその影と小田さんの間に割って入った。


「きゃうん!!!!」


 情けない声が出てしまった。なんだか恥ずかしい。


「大丈夫!?」


 小田さんが心配そうな顔をしながらぼくに駆け寄る。


「大丈夫だよ。ちょっとオオスズメバチに左乳首を刺されただけ」


「もう、心配したんだから」


 小田さんは胸を撫で下ろす。依然胸には真っ赤な手形。僕の左乳首が腫れてきたので一応毒を吸い出しておく。ちゅーちゅー。


「さあ、早くつかまえよう。とびっきり大きなのを」


 ぼくは木を隈無く探す。いた。少し高いところに大きなカブトムシ!

 ツノが生えているからオスだ!


「ちょっと高いわね」


「困ったな」


 どうしよう。

 しばらく考えていると、ふとある考えが頭を過る。ふむ、これは名案だぞ。


「そうだ、小田さん。ぼくが肩車をするから小田さんがつかまえてよ」


「でも、虫を直接触るのは......」


「大丈夫だよ。だって小田さん、いつもおいしいおいしいって言ってお弁当の蜂の子をパクパク食べてるじゃないか」


「それもそうね。いいわ。わたしが採るわ!」


「善は急げだ!」


 ぼくは小田さんの前でかがみ込んだ。小田さんはぼくの首に股がる。


「いいこと? 絶対に上を見たらダメだからね」


「分かってるよ。パンティを履いていないレディの股ぐらを見上げるほどぼくは落ちぶれちゃないさ」


というか見上げても見えないんだけどね、体勢的に!


「あら、紳士なのね」


「じゃあ、上げるよ」


「ええ、お願い」


「よっこいしょういち!!」


 ぼくは慎重にバランスを取りながら、しかし勢いよく立ち上がった。


「どう、採れる?」


「そう急かさないで。おらおらおら」


「あんまり動いちゃダメだよ、倒れちゃう!」


「きゃあ!」


 うわああ倒れるうううう!!

 ズシン!!


「あいてててて。大丈夫、小田さん?」


「ええ、なんとか」


 舌を出しながら口角を釣り上げる白目の小田さん。そして、その手にはなんとあのカブトムシが!

「やったあ!」


「やったわ!」


 思わず小躍りするぼくたち。小田さんは嬉しさのあまりジャンプして空中でトリプルアクセルを決めた。すごいぞ小田さん!

 ぼくはそれにおばあちゃん直伝の軽快なタップダンスで応える。だけど土の上なので音が響かない。ちくしょう!

 小田さんはカブトムシをはんぶんこにしてぼくに渡してくれた。この場合だと小田さんが頭、ぼくが胴だ。


「今日はわたしが上だったから頭をもらうわね。まあ、なんという雄々しい兜なのでしょう」


 小田さんはうっとりとした眼差しで、しかし寄り目になりながら黒光りするツノの先端に見入っている。

 先端恐怖症の僕は震え上がる!


「それじゃあ、いただきます」


「そうね、いただきましょう。新鮮なうちに」


 ガブッ。

 二人して勢いよくかぶりついた。

 バリバリムシャムシャ。


「「おいしい!!」」


 二人で食べるカブトムシは格別だった。談笑しながら食べていると、いつの間にか西日がぼくたちを照らしていた。橙色に染まる小田さんの血色のいい頬がぼくの網膜に鮮やかに投影される。胸には相変わらず真っ赤なもみじ。

 ぼくは今日という日をいつまでも忘れないだろう。


 めでたしめでたし。

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