あの世とこの世
――どうすればいい。あまりにも突然のことで思考が現実に追いついていない。目の前にいる男は味方か、それとも敵か。そもそも同じ人間なのか?こいつはどうやら女を食っていた。人間が人間を食うわけがないだろう。きっとこいつは人間じゃない。だったら人の形をする化け物だということか。だったらどうするか?まさかお友達になれるわけはないだろう。
――戦うという選択肢。得体のしれない化け物相手にどうやって戦えばいいのか。こちらには武器もない。俺はただの人間だ。勝てるはずもない。
――逃げるという選択肢。いや駄目だ。僕一人なら逃げられるかもしれないが、おそらくヒナを連れていたら無理だろう。ヒナを見捨てるという選択肢。できるはずもない。
男の両の眼が、次の獲物を捉える。そこに理性の光は灯ってない。あるのは、醜く太った欲望のみである。その姿はもはや獣のようであった。
その刹那、男は血しぶきをあげながら地面に倒れた。上から落ちてきた「何か」に切られたのである。
「何か」はこちらを向いた。男と同じように、まるで人間ではないような恰好をしていた。しかし、その両の目には理性の光が灯っていた。
―――
俺は誰かって?そうだなぁ、通りすがりのおじさんってことにしておこうか。俺と奴らの違いは何か?奴らは俺達の末路さ。ここにいる人間すべての末路だ。俺もお前も、死ななきゃいつかはああなるのさ。ここはどこか―― そりゃ難しい質問だ。あの世、死んだあとの世界ってところだな。そう落ち込むな、戻る方法がないわけじゃあない。ここから遠く離れたところ、はるか向こう側にこっちとあっちを繋ぐ門があるらしい。そこを通ればきっと...... だが覚えておけ。死んだ者は二度と生き返ることはできない。それが世の理だ。
―――
男との会話は、突如として打ち切られた。新たな化け物が、どうやらこちらを見つけたらしかった。
辺りを震わせる地響き。まるで映画に出てくる怪獣のようだ。男曰く、これほどのモノは見たことがないらしい。男は自分たちを逃がすためその場に残った。しかしどうにかなるようには思えない。
ただ今は逃げるほかない――そう思った。僕はあまりの恐ろしさに震えるヒナの手を引き、ただ走った。
はるか遠くにあるという救済を目指して。