二人ぼっち
少女は、その小さな身体を震わせながら、どこか怯えるような表情をこちらに向け、部屋の隅に座り込んでいた。その姿は捕食者に追われる小動物を彷彿とさせる。そうすると、僕が捕食者ということになるのかぁ、と春は思った。元いた世界だったら、ちょっとした事案になるだろう。しかし、ここではそれを咎める者はいなかった。何秒か見つめあった後、こちらから視線を逸らしてしまう。場を沈黙が支配する。このままだと、まずい。何か話題を提供しなければ――
「こんにちは」
形式的な挨拶が、思わず口を衝いて出る。
彼女は戸惑った表情を見せた。少し間を置いてから、震えた声で返答した。
「こ、こんにちは......」
挨拶を交わす、そんな日常的な仕草ですらもこの世界では新鮮だ。
話を途切れさせないように、確認という意味を含ませ彼女に問いかける。
「君は、ここの世界の人?」
彼女は考えるような素振りを見せた。そして、否定の意思を伝えようとに首を横に振る。
本題をぶつける。
「じゃあ、他の世界――日本から来た人?」
数秒の沈黙の後、肯定。
胸の奥から感情が溢れ出そうになるのをグッと堪える。僕は一人じゃなかった、と。この世界に来てから
初めて感じた安心感。それは擦り減った精神を癒す。人は自分と似たような立場の他人を見つけると、概ね肯定的な感情を抱くものだ。
どうやら彼女も、こちらと似たような感情を抱いているように見える。こちらの問いかけから彼女も事情を察したのだろう。怯えるような表情は、いつしか和らぎ、目には涙が溢れていた。
見も知らぬ世界でたった一人、なんて異常な体験は年頃の女の子にとっては壮絶な体験だったろう。その気持ちは痛いほど分かる。自分が身をもって体験してきたことだからだ。
張り詰めた緊張が一気に解ける。あ、これマズイ――溜まっていた疲れを押しとどめていた壁が崩壊する。意識が暗闇に落ちていく。
―――
心地よい眠りから、覚めた。柔らかいベッドの感触。誰かがいてくれる、という安心感。ここしばらくは不安と孤独からくる絶望のおかげで、リラックスして眠れた試しがなかった。だからこそ、その体験はすごく新鮮に思えた。
半身を起こすと、可愛げな瞳が二つ、こちらを覗き込んでいるのに気付く。
「ありがとう」と感謝の意を伝え、頭を撫でてやった。彼女はまんざらでもない様子で、こくり、と頷いた。
ただ今は、人肌の温もりが、愛おしかった。僕らはこの広い世界で、たった二人ぼっちだった。