転生と異界と
閉じた目の隙間から、一筋の光が差し込んだ。瞼を開く。それから、しばらくして意識がはっきりしてきた。
意識の覚醒に伴い、自分が今置かれている状況が認識されていく。
――どうやら、ここは自分の部屋でも、病院のベッドの上でもないみたいだ。
自分の身に何が起こったかを思い起こす。まっすぐ自分に向かって突っ込んでくるトラック。いくら運がよかろうとただでは済むまい。事実、ただでは済まなかったようだ。あの殺人機械に撥ねられ、薄れゆく意識の中、地面が自分の血で朱に染まっていくのをこの目で見た。きっと自分は、あの時死んだ。
しかし、今の自分の恰好は、とてもトラックに撥ねられた人間のものには見えなかった。
服にべっとりと付いていた血糊は見る影もないし、目立った外傷も見つからない。
痛みも感じなければ、纏わりついた血が不快感を生じさせることもない。
こんなケースをどこかで見聞きしたことがある。
「異世界転生ってやつか」
周りをぐるりと見渡す。自分を取り囲むように、鉄筋コンクリートで造られたビルの群れが立ち並ぶ。それは、自分がこの異常事態に巻き込まれる前、あの惨事が起きた時、歩いていた街そのものだ。
しかし、ここは見た目こそ同じようなものの、今までいた世界とは全く違うように見える。まず人気がない。静かすぎる。まるで自分以外の人間が死滅してしまったかのようだ。
そしてはっきりと分かる違いがもう一つ。空の色は馴染みのある青色ではなく、どす黒い赤色だ。こんな空は見たことがない。
――まるで地獄じゃないか
ここは本当に地獄なのかもしれない。それを否定できる材料は今のところ見つからなかった。
もし、ここが地獄だとしたら、全く理不尽じゃあないか、と春は思った。僕が何をしたというのだ。行き場のない憤りが胸の内で起こる。トラックに轢かれて、生まれ変わった先は地獄、なんて外れもいいとこだ。
それからしばらくして、そんなことを考えていても仕方がない、と結論を出した。
愚痴っていても、誰が助けてくれるわけでもないのだ。今は、この見知らぬ世界で、たった一人。
とりあえず、この世界の情報を集めなければならない。何せ、ここは全く見知らぬ異界の地。一つでも多くの情報が欲しかった。
ここに留まっているより、何処かほかの場所へ移動した方がいい。救援は期待できそうにもないし、まずは安全な寝床を探すのが得策だろう。もしかしたら、こんな世界にも住人がいるのかも、という期待もあった。
足に力を込め、立ち上がる。初めての一歩を踏み出した。アスファルトで舗装された路面は硬かった。