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自惚れ鏡の祈り  作者: トト
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第9話

「俺の国は、魔晶が特産なんだ」


 白羽の国は良質の魔晶の産地であり、王家は代々鉱山を管理していた。

 近隣諸国で安定して魔晶が採れるのは彼の国だけであり、重要な産業の一つなのだそうだ。

 

「ただ、うちの鉱山には他とは違うところがあってな。無制限に採掘できない事情があるんだ」


 なんでも、その鉱山では昔からのしきたりで毎年決められた量を採掘することになっているのだと言う。


「しきたり……ですか?」

「あぁ。それを守るために、王家が管理してるといってもいい。……かつて禁を犯して大量の魔晶を採掘した年は、狂化した獣に襲われたり奇病が流行って多くの国民に犠牲が出たんだ。それ以来しきたりは必ず守られてきた」


 まぁ、どういう原理でそんな災いが起きるのかは分かっていないから、今でも採掘の方針はいろんなところで揉めてるんだけどな、と白羽はぼやいた。


「最近、東の大国が大量の魔晶を差し出すように迫ってきてな。のらりくらりと拒もうとしたんだが、ついに圧力をかけてきた。奴ら、国境に獣を放ったんだ」


 そして、白羽はその討伐から帰る途中、潜んでいた別の獣に襲われて逃げているうちに、自軍とはぐれてしまい、今に至るのだという。


「ねぇカガミ、聞いてもいい?」

「なんですか、主」

「魔晶って何かしら?」

「うおぉい!?」


 ココンの問いに、思わず奇声をあげる白羽。

 それも当然の反応だろう、とカガミは深く溜息をついた。


「俺はてっきり、あんたらのことを魔術師だと思っていたが、違うのか? しかし魔晶を知らないなんて、何処の国から来たんだよ!?」

「私たちも、まぁ魔術師のようなものですよ。ただ、主は修業を始めたばかりな上に、少し世間知らずなところがあるのです」


 恥ずかしそうに俯くココンを見ながら、元はどこか遠い国の令嬢か何かだったのかも知れないな、などと勝手に思い込んだ白羽は説明を始めた。


「魔晶って言うのは、読んで字のごとく魔力の結晶のことだ。魔力が凝縮されて石化したものが魔石、その中でも上質なものが魔晶と呼ばれている」


 白羽はほれ、と懐から二つの石を取り出して見せる。

 一つは、所々に薄青の色ガラスのような筋が入り込んだ灰色の石。そしてもう一つは、湖のように深く澄んだ色の宝石だった。


「こっちの灰色の方が魔石で、こっちの透明な方が魔晶。魔道具の核や、高度な魔術に利用されているんだ。ちなみに魔晶のほうが効果が高い。身近なところで言えば火無しランプだったり、移動式の井戸なんかにも使われてるぞ」

「鉄の馬の動力源も魔晶ですね。魔道具は、魔法の適正が無い人間でも使用できますから、重宝されています」

「そのとおりだよ兄ちゃん! 分かってるじゃないか! そう、誰でも使えるってのがミソなんだよ。今はまだ職人が育っていないが、いつか俺の国を魔道具の聖地にするのが夢なんだ!」


 なにしろ一番大事な魔晶は自国で賄えるからな! と白羽が笑う。

 彼が余りに楽しそうに夢を語るので、ココンは、魔道具やそれに使われる魔晶が素晴らしいものに思えた。


「素敵……こんなに綺麗で、人の役に立つのだもの。みんなが欲しがって当然ですね」

「はは! そうだなぁ……お嬢ちゃんみたいに素直な人間ばかりだったら、俺も、俺の国も、こんなことにならなかっただろうな……」

「どうしたのです?」


 白羽が暗い目をして、遠くを見つめる。

 短い付き合いだが、それでも、後ろ向きな発言が彼らしくないことくらい分かる。思わずココンが尋ねた。


「俺は、獣に襲われて逃げてきたと言っただろう? あの獣は、俺の叔父上が仕掛けてきたものなんだ」

「ご家族が、どうしてそんなことを……」

「俺が邪魔なのだろう。叔父上は、採掘量の制限を撤廃するべきとお考えでな。しきたりの事など迷信だと思っているのだろう。……愚かなことだ」


 人好きのする笑顔から一変、白羽が表情を消し、鋭く前を見つめる。

 黒い瞳の中で、一瞬、炎の輪が煌めく。

 カガミはその様子を、静かに見つめていた。


「俺を襲った獣が脅してきた。“娘の身が可愛いならば、大人しく死ね”と」

「そんな! 狂化した獣が人語を解するなんて、そんなことがあるの?」

「普通はあり得ません。おそらく、魔術で細工した生き物を、人為的に狂化させたのでしょう。おぞましく、邪な術です。……東の大国の仕業ですか?」

「あぁ、その通り。叔父上は、東の大国と裏で繋がってその力を借り、現国王の俺を始末しようとしたのだろう。俺の娘はまだ幼い。俺が消えれば、国の実権は叔父上が握ることとなり、鉱山も自由に出来るからな」


 白羽が悔し気に歯を食いしばり、絞り出すような声で言った。


「俺がこのまま国に戻れば、娘が……白雪が危険にさらされる。それだけは、どうしても耐えられない……。だが、このまま奴らの思う通りにもさせられない……!」

「王様、何か策があるのですか?」

「いいや、さっぱり思いつかん!!」


 決意のこもった言葉に、ココンは打つ手があるのかと聞いてみたところ、いっそ清々しいまでに否定されてしまった。


「ど、どうするんですか? 考えてみたら、白雪様だって、敵の手の内ということに変わりないでしょう? 助け出さなくてもいいんですか?」

「そうなんだよ! おのれ、あの下衆叔父め、可愛い白雪を人質に取るなんて、絶対許さん! 三枚におろす!!」

「王女様を取り戻す方法ならありますよ」


 騒いでいたココンと白羽に、カガミが淡々と告げた。

 あまりに平坦な声で言うので、何かの聞き間違いかと思ったほどだ。


「え、もう一回言ってくれるか? えっと、カガミ君?」

「だから、白雪様を助ける方法ならある、と言いました。魔晶が採れる鉱山は、まず間違いなく魔力の流れの要となっているはずです。荒らされれば、どんな被害が出るか分かったものではありません。私たちも協力しましょう。ねぇ、主」

「えぇ!」


 次の瞬間、ココンとカガミは二人まとめて、熱い、非常に熱い抱擁をされていた。




 その後、感激してしがみついてくる白羽を何とか引きはがし、白雪姫奪還の作戦をカガミが語り終えると、彼は上機嫌で食料調達へと出かけていった。

 腹が減っては戦はできないらしい。

 つい先ほどまで、瀕死の状態だったとは信じられない行動力である。


「カガミ、ありがとう」


 二人きりの野営地で、ココンは彼に微笑んだ。

 てっきり捨て置けと言われるものと思っていたので、カガミが白羽に協力しようと言ってくれたことが、本当に嬉しかったのだ。


「別に、同情したわけではありません。魔力の流れの監視は魔女の役目ですから」

「うん、分かってる。でもね、誰かの“家族”を守れるのが嬉しいの」


 そうしてはにかむココンを見て、カガミはしばし迷っていたが、やがて決心がついたのか口を開いた。


「……主、お願いがあります」

「カガミがお願いなんて珍しい。何かしら?」


 カガミはココンの手を取ると、小さな壺から薬指で何かを掬い、白く細い手首に塗り付けた。

 周囲に甘く爽やかな花の香りが広がる。

 いい香り! とはしゃぐ彼女の手に、カガミは壺を握らせた。


「しばらくの間、この香水をつけてください。決して香りを絶やさないで」

「えぇ、分かったわ。でも、急にどうしたの?」

「魔女の匂いを消すためです。……主、あの男に気を許さないで」

「白羽様のこと? どうして?」


 意味が分からないのか、見つめてくるココンの首筋をカガミはそっとなぞった。

 そして、先ほど白羽に噛みつかれた場所を労わるように撫でる。


「あれは、“魔女喰らい”……私たちの敵だからです」




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