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自惚れ鏡の祈り  作者: トト
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第7話

 ココンは、フラスコに青い花びらを浮かべて、そっと火にかけた。

 星スズランは繊細な薬草だ。

 採取したら直ぐに加工しなければならないし、火力を誤れば薬効を失ってしまう。

 せっかく白雪が自分の為にとってきてくれたのだ。そんな失敗を犯すわけにはいかない。


 真剣な眼差しで調合に取り組んでいたココンだったが、ふと振り返ってみると、白雪が長椅子で微睡んでいる。

 無防備でいつもより幼い寝顔に、自然と顔をほころぶ。

 風邪をひかないようにとブランケットをかけながら、柔らかな頬をぷにゅりと突いた。


 暖かな日の光が差しこむ工房の中には、花の良い香りが広がっている。

 ココンはその香りに、初めてこの国に来た時の事を思い出して小さく笑みを浮かべた。




 ココンには、幼い頃の記憶がない。

 カガミから聞いた話では、雷に打たれて全身に酷い火傷を負った状態で、崖下に倒れていたらしい。

 そのため、自分が何処の誰なのかは勿論、正確な年齢や性別さえも分からないのである。

 

 先代の魔女とカガミに拾われて一命をとりとめたココンが、最も戸惑ったのは自身の変身能力だった。

 記憶を失って自分が何者なのか分からない上に、意志とは関係なく、姿形がどんどん変わっていってしまうのだから、当時の不安感は酷いものだった。

 例えるならば、朽ちかけた吊り橋の真ん中で、深い谷底をのぞき込みながら、踏みしめたはずの橋板がたわむ音を聞いているような、そんな感覚だろうか。


 恐怖がさらに能力のコントロールを失わせ、変身が止まらなくなることもあった。

 そんな不安定な自分を見捨てずに、ずっと傍にいてくれたのがカガミだ。

 当時の事を思い出して、ココンの頬が赤らむ。


 ――貴女がどんな姿になろうが関係ない。私には分かる。貴女を必ず見つけます


 そう言って、いろいろな生き物が混じり合い、怪物のような姿になったココンを抱きしめてくれた。

 思えば、あの時から自分は泣き虫になったのかもしれない。

 それまで、怖くて泣くことも出来なかったココンは、カガミの言葉で一気に気持ちが溢れかえり、涙が止まらなくなってしまった。

 大声で叫んで、カガミの胸に縋り付いて、涙も鼻水も流れるままに無様に泣き続けた。

 安堵と喜びで、生まれたばかりの赤ん坊のように泣いたあの時から、ココンの心の真ん中を支えているのはカガミだった。

 そうした事情もあって、ココンはどうしても彼に頭が上がらなかったりする。

 

 散々苦しめられた変身能力だったが、コントロールできるようになれば、存外便利なものだった。

 その能力のおかげで、魔女の座を譲ってもらったと言っても過言ではないくらいだ。

 “美貌の魔女”らしく、自分の美しさに惚れ込んでいた先代は、自身の姿をそのまま写すことが出来るため、ココンを次の魔女に選んだのだと言う。


 魔女に選ばれたからと言って、急に何か特別なことが出来るようになるわけではない。

 跡を継いでしばらくは、先達に教えを乞うために各地を放浪したものだ。


 そうした中で分かってきたのは、ココンの魔法の才能には、酷く偏りがあることだった。

 例えば、人間の魔術師見習いが直ぐに習得できるような初歩の魔法の多くを、ココンは未だに使いこなせない。

 一方で得意分野もある。魔法薬の調合と加護の魔法は、他の魔女達から依頼を受ける程だ。

 しかし攻撃魔法は壊滅的で、こぶし程度の火の玉を出すことさえままならない。

 ちなみに、変身能力と解析能力は、もともと持っていた能力らしいので、おそらく自分の正体はヒトではないのだろう。


 この国を訪れたのは、一向に才能が開花する気配のない攻撃魔法を、なんとかものにならないかと苦心していた頃だ。

 戦上手で有名な“戦車の魔女”のもとで修業をしようと、彼女の城に向かう途中でボロボロになって行き倒れた旅人を、ココンは拾ってしまった。

 

 傷だらけの泥まみれで、その割に妙に身なりのいいその旅人は、見るからに面倒ごとを抱えている様子であった。

 勿論カガミは激しく反対したが、自分自身が拾われて命を救われた身のココンは、どうしてもその旅人を捨て置くことが出来なかったのだ。


 まさかあの出会いによって、自分がこの国を治めることとなり、白雪という可愛い娘を得ることに繋がるだなんて、その時は思いもしなかった。




 ココンは強い香りを放ち始めたフラスコを、そっと揺らして火を強める。

 完成まで、もうしばらく時間がかかりそうだった。


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