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自惚れ鏡の祈り  作者: トト
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第6話

 目にも止まらぬ速さで獣を引き裂いた剣士は、次の瞬間アルシェに叫んだ。


「狩人殿、とどめを!」


 その言葉に、アルシェは我に帰った。

 そして、二つに裂けてもなお暴れようともがく獣の心臓に、銃弾を撃ち込む。

 獣が息絶えて魔力が放出されていくのを確認して、やっと一息ついた。

 剣士にお礼を言おうと改めて顔を見て、そして唖然とする。


「狩人殿、ありがとうございました」

「い、いや、こちらこそ……」


 真直ぐな黒髪を高く一つにくくり、スラリと長い手足を乗馬服に包んだ剣士。

 手にした剣を優雅な仕草で鞘に戻す様は、まるでお伽噺の王子か騎士のようだ。


 しかし、その雪のように白い肌や、青みがかった黒曜石の中に、星空が映りこんだかのような、特徴的で美しい瞳には見覚えがあった。


 昨日の夜、鏡越しに覗いた“白雪姫”が、そこに立っていたのである。


「母上、お怪我はありませんか?」

「姫! 私は大丈夫。カガミが守ってくれたもの。でも、どうしてここに?」


 ココンの手を恭しくとって尋ねる姿は、やはり貴公子のようである。

 白雪は小ぶりな青い花を彼女に手渡した。


「姫はおやめ下さい。流石に恥ずかしいです。……実は、先日足りないとおっしゃっていた薬草の採取のために遠出していたのです。帰る途中に母上の気配を森から感じ、不思議に思ってここに参りました」

「星スズラン! あぁ、大変だったでしょう? 群生地は森の奥深くで見つけることも難しいし、薬効をもつ青い花は日の出と共に採取しないといけないもの。なんて優しい子! 天使!!」

「喜んでもらえて、苦労した甲斐がありました」


 感激して思わず涙ぐむココンと、それを優しい微笑みで見つめる白雪。

 まるで絵画のように美しい光景だった。


「あのさぁカガミ、念のために、聞いてもいいか?」

「えぇ」

「あの剣士様って、白雪姫だよな? でさ、白雪姫って女の子だよな? 変わった名前の王子様とかじゃないよな?」

「言いたいことは分かりますよ。ああ見えて女性です。年々筋肉ばかりが付いて、胸も尻もちっとも膨らまないので紛らわしいですが、ヒトの雌です」

「ちょ、お前、お姫様になんてことを……!」

「女性かどうか確認してくる貴方だって大概ですよ」


 想像していたよりも、ずっと凛々しく勇ましいが、彼女こそが“白雪姫”なのだそうだ。

 彼女はココンの手を握り、拗ねたような口調で尋ねた。

 

「それよりも母上、獣の討伐に、何故私を加えて下さらなかったのです?」

「駄目よ、危ないもの! 白雪に何かあったら、私気がふれてしまうわ!」

「私とて、このように危険なことを、母上に任せきりにするなど自分が許せません。私の剣は、母上とこの国を守るために磨いてきたのです」

「白雪ったら……なんていい子に育ったのかしら! 天使だわ……私の姫は大天使に違いないわ!!」


 しばらく彼女たちは、討伐に加えろ、いや危険なことはさせられない、と口論していた。

 しかし、ココンはことあるごとに天使天使と繰り返し、白雪にしても彼女を愛おし気に見つめているので、完全に二人だけの世界が出来上がっている。


「なぁカガミ、聞いていいか?」

「なんです」

「二人っていつもあんな感じなのか? 距離が近い気がするのは俺だけか?」

「大抵あんな感じです。全く……主は人間の小娘風情に心を傾けすぎです。あの娘もそれをいいことに、私の主に、汚い手でべたべたと……!」

「あー、カガミっ、気になったことがあるんだ!!」

「なんですか、早く言いなさい」


 アルシェは、カガミの露骨な殺気に冷や汗をかきながら、慌てて話題を逸らした。


「白雪姫の剣の腕前だよ! いやぁ、大したものだな! さっきも凄い速さで獣を切り伏せるし、それに気配でココンを探し出せるんだろう? 何かもう、性別云々の前に人間離れしているな!」

「あぁ、貴方鋭いですね」

「へ?」

「事実、人間から離れているのです。魔力の侵食が進んで、肉体強化が始まっているのでしょう」

「ま、まずくないか、それ」

「非常にまずいです。今すぐにあの娘を排除したくて、うずうずする位には……」

「ぎゃぁぁぁ! 白雪姫逃げて!」


 話を逸らしきれず、カガミの殺気はさらに強く白雪に向かう。

 思わず悲鳴を上げたアルシェに、口論していた二人が振り返った。


「どうされました? 狩人殿」

「何でもありませんよ、白雪様」


 片手でアルシェの口を塞いだカガミが、作り笑顔で応える。

 アルシェはその拘束から逃れようともがき、そして見てしまう。

 カガミが背中に隠した反対側の手で、鋭利な銀色の破片を握っている光景を……。


「んんーー! んぬぐうぅううう!!」

「ひ、姫、私疲れてしまったみたい! 城に帰りましょう、今すぐ帰りましょう!!」

 

 口を塞がれながらも、くぐもった声をあげるアルシェの鬼気迫った様子に、何かを察したのだろう。ココンが慌てて、その場を離れようと白雪に促した。

 しかし、白雪はどういう訳か、カガミの顔を覗き込んだ。


「カガミ殿、貴方は先の討伐の折に手傷を負ったと聞きました。共に馬で帰りませんか?」


 幸い母上とカガミ殿の二人で座っても十分な鞍ですので。そう言って気遣う白雪。

 なるほど、ココンが天使と騒ぐだけあって優しく善良な少女である。

 しかし、気遣った相手は、今まさに白雪を排除しようとしている相手なのだ。


「だ、大丈夫よ! もしもの時は、アルちゃんがおんぶしてくれるわ!」

「は? 私が背負われる訳が――」

「んぐ! んぬぐぐぐぅう!」


 焦ったココンの苦しい言い分に、すかさずカガミが反論しかけるが、寸でのところでアルシェがその口を塞ぐ。


「そうですか……、確かに、お二人は仲がよさそうですね。では狩人殿、いや、アル殿、カガミ殿の事をよろしくお願いいたします」


 そんな様子を、二人でじゃれているとでも思い納得したのか、白雪はココンを連れて城へと帰っていった。

 残されたのは、息の上がったアルシェと、溜息をつくカガミである。


「全く。惜しいことをしました。今なら余計な人目につかずに排除できたのに……」

「昨日言ってたよね、手段を選ぶって! 白雪姫のことを、殺さず、傷つけない方法を取るって!!」

「そうでしたね。そしてあの娘を、どうしようもない不細工にするんでしたね」

「そこまで言ってないよ!!」


 叫び疲れたアルシェは、その場で膝をついた。

 正直なところ、獣を相手にするよりもしんどい。

 すると、その様子に何を思ったのか、カガミは提案する。


「アルシェさん、大分お疲れのようですし、方針を転換しませんか?」

「……どんな方針?」

「シンプル・イズ・ベストです。まず貴方が白雪姫を森に誘い出します」

「ほうほう、それで?」

「殺します」

「ちょっと待て」

「証拠に心臓を抉り取って、持ち帰って下さいね」

「おぎゃあああああああ!!!」


 冗談がきつ過ぎてついていけない!! と喚いて地べたを転がるアルシェを見ながら、カガミはひっそりと呟いた。


「本当に、冗談では無いのですけどね……」





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