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自惚れ鏡の祈り  作者: トト
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第3話

 朝の霧が立ち込める森の中、倒木の陰で息を殺して銃を構え、アルシェはその時を待っていた。


 ――ズゥゥゥン

 

 遠く、地響きのような音が聞こえてくる。

 ココンたちが、標的を見つけたらしい。

 アルシェは表情を引き締め、銃を構えなおす。

 目を閉じて集中を高めながら、頭の中でもう一度作戦を思い返した。




「本当は、手っ取り早く白雪姫を排除したいところですが、私の主は母性とやらに目覚めたらしく、それが出来ません。」


 カガミは、まったく困ったことだ、と溜息をついた。

 まぁ、無理だろうな、とアルシェも思う。なんせ“排除”の言葉が出ただけで、死にそうな顔で激しく首を横に振り、全力で拒否をアピールするのだから。


「残る方法は、白雪姫から“美しさ”を奪い、魔力の流入を止めることです。私たちが貴方に頼みたかったのは、死なない程度に白雪姫に傷を残すことでした」


 それも結局、主には出来なかったようですがね、と責められて、ココンはさらに小さくなり俯いた。

 見かねたアルシェが投げやりに提案する。


「あー、要は姫を美人じゃなくすればいいんだろ? なんか方法あるって!」

「アルちゃん……!」

「ほら、お前頭よさそうだし、何か考えろよ、カガミ!」

「人任せですか。私としては、腕の一本二本、落としてしまえば早いと思うのですがね」

「お前はいちいち物騒だな!!」


 どんな光景を想像してしまったのか、無言でブルブル震えだすココンを抱えて叫ぶ。

 露骨に面倒そうな顔をしたカガミは、仕方ありませんね、とぼやいた。


「まったく……魔女にあるまじきことですが、手段を選ぶというのなら、まずは時間を稼がねばなりません。今この時にも生じている綻びに対処しなくては。……アルシェさんには、その手伝いをしてもらいましょう」


 いつの間に持ってきていたのか、一抱えもある鏡をテーブルに置き、表面をさらりと撫でる。すると、不思議なことに鏡の中で銀色のさざなみが広がっていく。

 波が静まると、そこには森に囲まれた国を空から見下ろした光景が映っていた。


「この国で、最も乱れが生じやすいのはここです」


 カガミは、とある岩山を示す。それは、アルシェの本来の目的地の鉱山だった。


「ここ、最近狂化した獣が大量発生してるって噂だけど、何か関係あるのか?」

「この鉱山は魔力が湧き出る場所でね、ここから国中に魔力が流れていくのよ。……でも、最近流れが滞ってしまうみたいなの。狂化した生き物が多く発生するのはそのせい」


 ココンが鉱山の周囲を、歪な模様を描くようになぞる。魔力の乱れを辿っているのだろうか。


「狂化はさらに流れを乱し、加速度的に状況は悪化していきます。対処法は、なるべく早く芽を摘んでしまうことです。少しでも時間を稼ぎたい今、負の連鎖をどれだけ断ち切るかが重要です」

「あー、……つまり俺は今まで通り、狂化した獣を駆除すればいいってことか?」


 カガミの小難しい話はつまり、狂化した獣を出来るだけ早く、そしてたくさん仕留めろ、ということなのだろう。確認の為に問えば、あっさり肯定された。

 それならば問題は無い。何をすればいいのかと身構えていたアルシェが早くも気を抜きかけた時だ。

 ただし、とカガミは口の端を歪めて小さく笑った。


「ここの獲物は“大物”ですよ」




 ――ズウゥゥゥン


 次第に大きくなる地響きは、獲物が確実に近づいて来ていることを示している。

 木々がざわめき、どこかで鳥が慌ただしく飛び立つ音がした。

 乾く唇をなめ、アルシェはひたすら待つ。


 作戦はいたって単純だ。

 ココンとカガミが獲物を追い込み、待ち伏せていたアルシェがそれを仕留める。

 なんでも、二人では今回の巨大な標的を倒すには、かなりの時間がかかるのだという。

 ココンは、とある事情から長時間戦うことが出来ないため、困っていたそうだ。

 それを聞いたとき、アルシェはまず、ココンが戦えるということに驚いた。


 あんな華奢な身体で、どのように戦うというのだろう……。

 アルシェの脳内に、神殿で見た巫女のような、清らかな出で立ちで弓をつがえるココンの姿が思い浮かぶ。

 いや、彼女が魔女だというのなら、黒いローブに身を包み、杖や魔導書を携えているほうが自然かもしれない。

 それとも意外や意外。戦乙女のような煌びやかな鎧を着こんで、凛々しく剣を振るってみたりして……。

 

 そんな妄想をくり広げていると、ふと、視界の端に銀色の光が映った。

 目を向けると、森の奥で何かが動いている。

 それは銀色に光る狼で、群れを成し、何かを追い立てるように走り回っていた。

 小さく、すばやい生き物を追っているのだろうか。ここからだと獲物の姿が見えない。

 アルシェが目を凝らしていると、駆け回る狼のうちの一頭が、切り株を避けきれずによろめいた。その時だ。


 ドゴオォォオオン!!!


 轟音と強烈な衝撃とともに、小山ほどもありそうな何かが突然姿を現す。

 よろめいた狼に叩きつけたのであろう前足は、何百年も生きた木の幹のように太く、荒々しい。

 舞い上がった土煙が薄れるにつれ、その容貌が明らかになる。

 元は白かっただろう体毛は血と澱んだ魔力で穢れ、大きな目は狂気で曇り、口の端から黄色い粘ついた涎を垂れ流す、狂った獣。

 長い耳によって、かろうじてウサギだと分かるソレは、アルシェが今まで見たことがないほど、深く魔力に侵されていた。


 暴れる獣に狙いを定め、引き金に指をかける。

 細く息を吐き、目と指に全てを集中させる。


 アルシェは狂化専門の狩人だが、魔法など大層なものは使えない。

 狩りの師匠だった祖父から教わったのは、“祈り”だ。


『僕らはね、彼らを救う為に、狩りをする訳ではないのだよ』

『そんな……、じゃあ、なんでこんなことするの!?』

『よくお聞き、アルシェ。狩人はね、自分たちの命をつなぐ為に、彼らの命を奪うんだよ。惨く感じるかもしれないけれど、目をそらしては駄目だ。許して、と言いたくなるだろうけれど、そんな資格は無いからね。我慢するんだよ』

『じいちゃん、怖いよ……じゃぁ、俺、どうすればいいの……?』

『アルシェ、彼らにたくさん感謝しなさい。そして祈るんだ』


 ――どうか彼の苦しみが、一瞬のうちに過ぎ去りますように

 ――どうか彼が安らかに、命の輪の中に還れますように



 祖父から教わった祈りを、一心にくり返す。

 その祈りに呼応するように、アルシェの身体がうっすらと光を帯びる。

 そして銃口からも、ほろり、ほろりと蛍火のように幽かな光がもれ始めた。




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