第2話
「私の主は、魔女なのです」
泣き止まないココンを落ち着けようと、場所はソファのある別室に移された。
彼女は大分落ち着いたものの、いまだしゃくり上げながら目元に氷を押し当てて俯いている。
カガミは、しばらく話せそうにない彼女に代わり、アルシェに事情を説明しはじめた。
「魔女っていうのはアレか? 箒で空飛んで、悪さをしたり、疫病を運んでくるやつの事か?」
「……貴方の偏見に満ちた認識は追々訂正しますけど、とりあえずはその“魔女”だと思っていて下さい」
カガミは懐から、何かをテーブルに置いた。
アルシェにとって見慣れたそれは、真鍮色の弾丸だった。
「これは、先日貴方が駆除した熊の体に残っていたものです。魔力に侵食された獣に、通常の銃弾はほとんど効きません。ですが、貴方は一発で仕留めたと言う。気になって調べたのですが、これは狂化専用の銃弾ですね。おそらく貴方のお手製でしょう」
「あぁ、その通りだ。よく俺が作ったものだと分かったな」
「弾に貴方の魔力が込められていましたので。私の主は、そうした判別が得意なのです。私たちは貴方が狂化専門の狩人だと知り、ここにお呼びしました」
どうしてだと思いますか、とカガミに問われるが、見当もつかず、首を横に振った。
「私たちは言わば同業者。事情をご理解いただき、そして協力していただけるのではないかと思ったのです」
「同業?」
「狂化専門の狩人が、魔力に侵された獣を仕留めて周囲に安穏をもたらすように、魔女は魔力の流れを監視し、異常が生じればこれを修正します。どんな手段を使ってでもね。……この地の魔力の乱れを、私たちは正さなければならないのです。そうでしょう?主」
声をかけられたココンが肩を揺らす。
そして、怯えたような目をカガミに向けた。ジワリと再び涙をにじませる。
「……分っているわ。でも、あの子を傷つけるなんて……!」
「主、私は何度でも言いますよ。それが貴女のお役目なのです」
カガミに咎められ、再び泣き出しそうになるココン。
重たい空気を何とかしようと、アルシェは慌てて質問を振った。
「あのさ、白雪姫は魔力がどうのこうのって話と、どんな関係があるんだ?」
アルシェの問いに、カガミは顔を顰めた。
「白雪姫は、魔力の乱れの原因となっているのです」
「えぇっと、……魔女に呪いをかけられたせいで、とか?」
「貴方、私の話聞いていました? 確かに魔女は、乱れの修正の為に手段を択ばない節はありますが、頭ごなしに批難される謂れは……いえ、これは後にしましょう」
どこから説明しましょうね、と思案したカガミは、ふと、涙に濡れるココンの瞳を見つめると、顎に指をそえて、彼女の顔をアルシェに向けさせた。
「私の主、見た目は掛け値なしに美しいでしょう?」
「はぁ? 急に何だよ。……まぁ、今は鼻が真っ赤になっていてアレだが、最初見たときは、……たまげたよ」
頬を赤らめ、目線を逸らすアルシェに、ココンは首を傾げる。
ぼさぼさの髪で顔が隠れ気味なうえ、鋭い目つきのせいで老けて見えていたが、意外と若いのかもしれない、とそんなことを思った。失礼かと思い口には出さなかったが。
しかし彼女の気遣いの甲斐なく、次の瞬間カガミは一蹴する。
「オジサンが頬を染めないでください、気持ち悪い。私が言いたいのは、“美”と魔力の関係性です。魔力には“美しきもの”に引き寄せられるという特性があります」
「ちょ、オジサンって言わないで!」
「魔力は、他にも様々な性質に引き付けられます。“強きもの”や“賢きもの”にも宿ると言われていますね。ちなみにこれは魔女に限らず、普通の人間やその他の生き物にも適応されます」
アルシェの抗議をきれいに無視し、カガミは説明を続ける。
「魔力を得るために知恵を磨いたり、技を鍛えることは一般的です。人の身に相応しい魔力の流入ならば、魔女も口出しはしません。……ですが時折、身に余る魔力が注がれてしまうことがあるのです。……貴方はご存知でしょう。そのような生き物がどうなってしまうか」
「おい、まさか人間が狂化するとでも言うのか? そんな話、聞いたこともないぞ」
「そうなる前に、摘み取るのが魔女の仕事ですから。……ヒトが狂化した時の惨事は、他の動物の比ではありませんからね」
うっそりと微笑むカガミに、背筋に冷たいものが走る。
アルシェは今まで屠ってきた獣達を思い返した。
魔力に侵された彼らは正気を失い、禍々しい姿に変わり果て、息絶えるまでその暴走は止まらない。それは、どんなに温厚な生き物でも従順な家畜でも同じだ。
彼らを鎮めることが自分の役目だと自負もしている。
しかし、もし目の前で人が狂化したとして、自分は銃口を向けられるのだろうか……。
思わず身震いしたアルシェを見かねて、ココンが窘める。
「アルちゃんのこと、そんなに脅してどうするの。怖がっているじゃない」
「アルちゃんって、もしかして俺の事?」
「脅すも何も、事実です」
人間が狂化することも勿論だが、突然のちゃん付けにもアルシェは動揺を抑えられない。
目を白黒させる様子に何を思ったのか、ココンは彼の背を優しく撫でた。
「ごめんね、驚かせて。カガミはあんな風に言っているけど、ヒトが狂化することは本当に稀なの。魔獣や幻獣程ではないけれど、人間も他の生き物と比べればずっと侵食に耐性があるから」
「その分、狂化すれば街の一つは消し飛びますけどね」
「ま、街が消し飛ぶ!?」
「そうねぇ……。私の姫は特別に美しいから、国の一つはいくかしら」
「まぁ、そのくらいが妥当でしょうね」
「………………」
二人が淡々と話す内容に、震えが止まらない。
街が……国が……と、小声でぶつぶつと繰り返すアルシェの顔を、心配そうにココンが覗き込む。
「ねぇ、アルちゃん大丈夫? だいぶ震えているけれど、寒いのかしら」
「…………協力するよ」
「え?」
ココンがよく聞き取れずに聞き返すと、がばり、と急に頭をあげたアルシェは、彼女の両手を強く握り、叫ぶように言った。
「アンタに協力するよ! 何でもする!! なぁ、俺は何をすればいいんだ!?」