空を飛んで、落っこちて♪猪焼いたら毛むくじゃら♪
「イィヤッホォォォォォ!!!すげえ!俺達、空飛んでるぜ!」
天地 司、現在地、空!そう、俺達は今、魔法で空を飛んでいる。
身体強化魔法、龍翼、その名の通り、背中に龍の翼を生やして空を飛ぶ魔法!やべえ、めっちゃ楽しい…。
「司さん、前!前見て!」
紫織が、あわあわと警告する。
「へ?ヒデブッ!」
某漫画の雑魚キャラのような声を出しながら、俺は地面に墜落していく。何で、1本だけこんなところに、たっかい松の木なんか…。しかも、ちょうど俺の進行方向に…。おかしいだろぉぉ…。
「もう!魔法が使えるようになって、嬉しいのは分かりますが、もうちょっと節度ある行動をしてください!大体、何であの高さから落ちて、無事なんですか、おかしいでしょ、バカなんですか?それから…クドクドクドクド…。」
「はい…はい、すいません、あ、はい…。」
こういうときの、女性は怖い。刺激しないことが大事なのだ。途中でバカにされてても、理不尽なこと言われてても、ひたすら我慢する。これが長続きする秘訣なのだ。って、恋愛の秘訣を話している場合ではない!言われてみれば、恋愛って理不尽だらけだね、とかいってる場合か!
「ちょっと待って、何で俺元気なの?優に10メートル超えてたよね?あの高さから叩きつけられて、擦り傷だけってどうなの?」
俺の体は、骨折などの大ケガは1つもなく、足とか手に、擦り傷が少しできただけだった。
「恐らく、霊力の覚醒が原因ですね。霊力量が多すぎると、周りに様々な影響を及ぼします。その1つに、身体機能の超強化があります。どうやら司さん、もう人間よりも、付喪神に近くなっているようですね。」
確かに、これでもまだ、自分は人間です!とは言えないよねぇ。
でも、俺にとっては人間でいることより、紫織と一緒の存在になれることの方が、よっぽど嬉しいし価値がある。
「いいさ。俺は俺、その事に変わりはない。むしろ、これでよかったと思ってる。」
「え?」
紫織がキョトンとした顔をする。
「だって、これから何があっても、紫織を守ってやれる。それだけでも、こうなった価値はあるってもんだ。」
「司さん…。」
紫織は、頬を染めながら、嬉しそうな笑顔をこちらに向ける。
へへッ、こっちまで嬉しくなってくるな。
「あの~、大丈夫ですか?」
ふと、声のした方を見ると、小さな女の子が、こちらを心配そうに見ていた。
「ああ、すいません。どうやら怪我をされているようだったので…。」
「ああ、大丈夫大丈夫。君は?どこから来たの?」
「近くに村があって。私はそこの猟師の娘で、楓って言います。」
「楓ちゃんは、どうしてここに?山の中で1人は危ないですよ?」
「大丈夫です!ここは、私の庭みたいな物ですから。それにほら、こんなに山菜が採れるんです!村のみんなにも教えてない、秘密の場所なんですよ!」
楓は、最後の方はひどく興奮しながら、楽しそうに語った。
「よかったら私たちの村に来ませんか?なにぶん山の奥で、外から人が来ることなんて、滅多にないですから。」
「それじゃあ、ちょっとお邪魔させてもらおうかな。紫織もいいよね?」
「はい、楓ちゃん、よろしくね。」
「じゃあ、私についてきてください。村まで案内します。」
「着きました、ここが私たちの村です!」
そこは、山の中だけあって、自然豊かな村だった。畑には、青々とした瑞々しい野菜が生え、そこら中に、草を食む馬や牛、豚に鶏などの家畜が飼われていた。
「楓、お帰り!」
「お父さん!」
そこには、猟銃を背負い、毛皮でできた帽子をかぶった髭もじゃのおっさんがいた。
「お客さんかい?ようこそ、ワシらの村へ。といっても何もねえところだからなぁ、大したもてなしは出来ねえが、こらえてくれ。」
「いえいえ、十分ですよ。突然来てもてなせなんて、そんなおこがましいこと、言えるはずないですよ。」
「若いのに謙虚だねぇ。よし気に入った!あんた、今日はうちに泊まりな!とびっきりのご馳走食わしてやる!楽しみにしてな!」
思いがけない提案に心が踊る。
「本当ですか?ありがとうございます!」
猟師のご馳走と言えば、やっぱり肉かな?鴨とか雉とか?どちらにしても楽しみだ!
その晩、食卓に上がったのは、とてつもなくデカイ猪のステーキだった。
「うめえ!」
一口噛む度に、旨味が口の中に溢れ出る。脂身が全くしつこくなく、むしろ甘味を感じさせる。いくら食べても飽きが来ず、腹一杯になるまで食い尽くした。予想とは違ったが、大満足だ。
「いや~、旨かったです。ここは、猪も獲れるんですね。」
「おうよ!ワシの腕があれば、どんなヤツだって狩ってみせるぞ!ただ、厄介なのもいるんだよなぁ…。」
楓の父さんは、顔を曇らせ、困ったような声を出した。
「何かあるんですか?」
「いや、客人に聞かせる話じゃねえな。すまなかった、忘れてくれ。」
何だろう。楓の父さん、さっきまで陽気だったのに、急に暗くなっちまったぞ。
「皆さーん、お風呂が沸きましたよー!」
遠くから、楓の声が聞こえる。
「一番風呂は譲るよ。ワシは食器とかを片付けてくるからな。」
「そうですか、ではお言葉に甘えて。」
俺は、久しぶりの風呂を堪能し、出たら引いてくれていた布団に、そのまま倒れこみ寝てしまった。
その頃、近所の森の中で、10体ほどの影が蠢いていた。
「エサ…オンナ…。」
「ワカイ…ムスメ…。」
「クワセロ、クワセロォォォォ!」
1本足で跳ねる、一つ目の毛むくじゃらの妖怪が、村に迫ろうとしていた。