契約と覚醒は計画的にっ!
「キャアアッ!!」
「うわああっ!!」
俺達を吹き飛ばした、二メートルほどの大きさのハサミ。
そのハサミは、俺達の命を刈り取る、死神の鎌のようにも見えた。山中で出会ったバケガニ。コイツが何者で、何でここにいるのかとか、そんなことは些細なこと。大事なのは、コイツが、俺達を獲物として認識していること。そして、俺達には、コイツを倒す手段がないこと。この二つ。状況的には、完全に詰みってやつだ。
「ハハハ…。何だよありゃ。俺達、こんなところで死ぬのか?しかも、訳わかんねぇ化け物に襲われて…。」
逃げながら、自嘲気味に笑う。
「落ち着いてください、司さん!アイツはバケガニ。妖怪の1種です。」
「妖怪?付喪神とは違うのか?ってか、何で俺達を襲うんだよ?」
「妖怪は、確かに付喪神と同じで、霊子を吸収して生まれます。でも、短期間で大量に吸収するため、自我を失い、知能も低く、人の姿をとれないことが多いです。そして、本能のままに、目の前の物を、喰らい尽くすんです。ここは霊子濃度が、極端に濃いですし…。恐らく吹き溜まりのような場所なのでしょう。その影響で、野生のカニが、妖怪化したのでしょう。」
生き物でも、妖怪化すんのか。付喪神は、器物しかならないからな。驚いた。ってか、付喪神になるまでに、百年かかるんだもんな。生き物は、なれるわけねえ。
「キィィィィィ!!!」
後ろから、バケガニが奇声をあげながら迫ってくる。
やべっ、追われてるの、すっかり忘れてた。アイツ、無茶苦茶足速いな!八本足を器用に使って、シャカシャカ走ってくる。案外気持ち悪い。
「くそッ、何かないのかよ、アイツを倒す方法!」
「1つ、1つだけあります。」
「何だ?勿体ぶってないで、教えてくれよ!」
紫織は、言い渋っていたが、意を決して、
「司さんが、私の真の力を使うことです。私は、本は本でも、魔導書の付喪神。この世の、全ての魔法を扱う能力を持っています。それを、霊力の素養がある人間が扱えば、あれを倒せるかもしれません。司さんは、霊力の保有量は桁違いですから、後はきっかけがあれば…。」
「そうすりゃ助かるってことか?」
「はい、時間がありません。いきます!」
ボフンッ
突如紫織が煙を発し、その中から、一冊の本が出現した。これこそ、紫織の本当の姿だ。
「司さん、私を使って!」
「よっしゃ!え~と、これか!火球!」
俺の目の前に、火球…じゃなくて、小さい、線香花火みたいな玉が現れた。
「え?火球ってこれ!?」
「そ、そんなはずは!少なくとも、手のひらサイズにはなるはずですよ!?」
「まさか…俺って、魔法使えないんじゃ…。霊力の素養がないんじゃ…。」
「そんな馬鹿な!霊力は、魔法発動には十分なはずなのに!」
「キイイ!」
「うわあっ!」
「きゃっ!」
ハサミの一撃を受け、木に叩きつけられる。頭を打ってしまった。意識が朦朧としてくる。薄れ行く意識の中で、紫織の悲痛な叫びのみが聞こえていた。
「ここは…。天国?はたまた地獄か…?」
何にもない、真っ白な空間。そこに俺は、ポツンと立っていた。
俺、死んじまったのかなぁ…?
「司さん。」
「紫織…。」
「これは私の魔法、通信です。司さんの精神に、直接語りかけています。」
なるほど、魔法か。本当に何でもアリだな。
「時間がないので、手短にいきますね。私の真の力を引き出すために、もう1つ、試しておきたいことがあります。」
「それは?」
「真名契約です。」
「真名契約?」
「真名とは、真実の名。普段使っている紫織は、渾名ですが、真名は、私の本質の名。これを知っている者こそ、真の所有者であり、付喪神の能力を、まるで自分のもののように扱えます。」
「そんなスゴいもの…。何で早く教えなかったんだ?」
これは当然の疑問だ。こんな話、今までに聞いたことがない。
「リスクが大きすぎるのです。真名は、付喪神に対して、強制力があります。命令の絶対遵守など、悪用されやすいもので、むやみやたらと、教えていいものではないのです。事実、司さんのお父様とお母様には、お教えしていません。」
「そんな大事なもの、俺に教えちまっていいのか?」
「はい。あなたは、私を助けてくれた。私を優しく抱き締めてくれた。私の唇に、キスをしてくれた。愛しい愛しい、私のご主人様。そんなあなただからこそ、私の全てを、捧げたいんです。」
紫織は、俺の腕に自分の腕を絡めながら、嬉しそうな顔で、そう告げる。
「それに、司さんは、もう既に真名を知っているはずですよ。」
「え?いや、え?全然記憶にないんだけど…。」
「ああ、もう時間が来てしまいました。通信は、私の力では制限時間があるんです。もう戻らなくては。」
「あ、おい!紫織!」
「よく考えて見てください。真名は、本質を表す名ですよ!」
その言葉と共に、俺の意識は、現実に引き戻された。
「キィィィィィ」
勝利を確信したバケガニは、ゆっくりゆっくりと紫織に迫る。ハサミをカチカチ鳴らしながら。ハサミが、紫織を襲おうとした、まさにその時、俺の中で、何かが溢れ出した。
「紫織に触れるなぁぁぁぁ!この、化け物がぁぁぁ!」
その瞬間、俺は走り出したが、すぐに体の異常を感じた。体が軽い。羽のようだ。あっという間に、バケガニとの距離を詰め、五メートルぐらいジャンプして、脳天かかと落としを決めた。
「司さんッ!?霊力が覚醒したんですか!?」
「ああ、どうやらそのようだ。何だよこれ、身体能力まで強化されてんじゃん。まあ、これで戦える。一緒に戦ってくれないか、紫織…いや、」
ずっと考えてた。紫織は本だ。本の内容を一番表してるものってなんだろうって。それは…。
「本のタイトル…。やっと思い出したよ。禁じられた魔導書(インデックス オブ ウィザーズ)グリモワール!」
その時、俺達の体内から光の玉が出てきて、二人の中央で混じり合い、再び二つに分かれて体内に戻った。
「契約完了です。これで、私は完全にあなたのもの。この命、どうぞお好きにお使いください。」
紫織は、恭しく頭を下げる。
「じゃあ、最初の命令。真名の契約を結ぼうと、俺は俺、紫織は紫織だ。今まで通り生活すること、いいね?」
こればっかりは譲る気はない。俺の目標は、紫織と対等な関係になることだ。
「はい、承知しました。司さん。それでは、アイツに、とどめを刺してしまいましょう。」
紫織が指差す先には、頭を押さえながらフラフラと立ち上がる、バケガニの姿があった。まだ立ち上がるか。さすがに装甲が硬いや。
「今楽にしてやる…!紫織!」
「はいっ!」
ボフンッ
紫織が本になり、俺が左手でそれを抱える。
「今ならやれる…。火球!」
今度は、バランスボール並みの巨大な火球が出現した。それをバケガニにぶつける。
「ギィィィィ!」
火球はバケガニの体を包み込み、燃やす。いかに装甲が硬くとも、熱には弱いはずだ。火が収まった頃には、バケガニは虫の息だった。
「とどめだ、来たれ、雷神の怒りの鉄槌。」
呪文と共に、俺が手を天に掲げると、バケガニの上だけ、雷雲が発生した。
「雷迎天撃。」
手を降り下ろすと、超高圧電流がバケガニを直撃した。バケガニは、声をあげる暇もなく、一瞬で消し炭と化した。
こうして、俺の初めての妖怪との戦闘は終わった。
紫織との真名契約、俺の霊力の覚醒。様々なことがあった今回の事件。これが、まだ始まりにすぎないことは、この時の俺達は知るよしもない。これが、俺の調伏師としての、第一歩であるということも。