黒室長
大学は慣れるのに時間がかかりますね。何学ぶのかもよくわからん学部だし…。
都会の街並みは、嫌いじゃない。人間の叡知の結晶とも言える、複雑な構造物の複雑な集合体。その中に、ちっぽけな人間が、ワラワラと蠢いている。さながら、血管を駆け巡る血球のように。
「最高ですね。平和を噛み締めながら飲む、極上のコーヒーの味は。」
マグカップ片手に、窓の外を眺めている男。黒いスーツに黒いネクタイ。広いオフィスに置かれた、机も、椅子も、時計も黒。コーヒーだって、一分の隙もなく黒。
「よろしいでしょうか?」
扉をノックする音が聞こえる。
「入りたまえ。」
「失礼します。室長、お客様がお越しです。」
「うん、お通ししなさい。」
「かしこまりました。」
部下の男は、5分ほどで帰って来た。1人の客人を連れて。
「キミはもういい。」
「はっ。」
恭しく頭を下げ、部下は部屋を出ていく。2人きりの部屋には、しばしの沈黙が続く。室長は笑顔、客人は無表情。互いに探りを入れているようだ。そして、先に禁を破ったのは、室長だった。
「コーヒー、好きですか?」
「いらねえ。」
「なるほど、そっけないお方だ。早く話を始めろと?」
「分かってるなら、早くやれ。こっちは忙しいんだ。」
「申し訳ありません。人間以外にも、コーヒーの素晴らしさが分かるのか、試したかったものですからねぇ。」
「人間が神を試すな、バカ野郎。俺を呼びつけた目的は何だ、黒神凶夜?」
笑顔を絶やさない凶夜。神を目の前にして、動揺も、畏怖も、興奮もしていない。ただ、当たり前にそこに存在し、力みも油断もない。
「その前に、あなたのお名前は?いや、失礼。どう呼ぼうかと、思案していたものですから。」
「天地 司。」
「つっけんどんな返事、ありがとうございます。本日、司様にお越しいただいたのは、これからの人類と神々との関係について、お話ししたかったからなのです。」
「あ?」
司は、驚いて凶夜の顔を見る。黒、いや漆黒というべき眼を見つめ、それが本気であることを確かめる。
「どうか、なさいましたか?」
「いや…そっち側から、そんな話題が出るとはな。」
「人間が、神の思い通りにならないのは、あなた方が、地上を治めていた頃からの話ではありませんか。それより、動画はご覧になりましたか?」
「ああ。俺が映ってるやつなら。」
「それは話が早い。我々は、国家危機管理室という組織におります。元々は、テロや、国家間の戦争などに対する対策本部として、秘密裏に設置されたものです。しかし、今の目的は、あなた方、超常の存在に対する、人類の保全です。」
凶夜は、パソコンに何やらパスワードを打ち込み、データを開いて見せた。
「こちらに、見覚えは?」
「俺が今まで倒してきた妖怪…。まさか、見てやがったのか?」
「ええ。最初は、偶然でしたが。たまたま、監視カメラに少しだけ映っていたんですよ。それからは、我々も頭を悩ませました。何しろ、妖怪や神などというものは、おとぎ話と信じてやまない人間たちばかりでしたから。」
「ケッ。」
苦虫を噛み潰した顔の司と、心底楽しそうなドS顔の凶夜。
「それから調査が始まりました。そして、あなた方の存在にたどり着いた。心が踊りましたよ。強大なる力が、この世界に実在したんだとね‼」
爛々と目を輝かせる凶夜には、先程までの冷静沈着さはない。
「おい…どうした?」
「失礼。取り乱しました。とにかく、我々は、あなた方の力を解析しました。もちろん、完全には無理でしたが。ただ、試作品はできました。」
「試作品?」
「ええ。お見せしましょう。こちらへ。」
凶夜は、コートを羽織って部屋を出ていく。
司も、いぶかしみながらも後を追う。
向かい風の吹き付ける中をスタスタと歩く凶夜。かれこれ、30分は街を歩いている。
しびれを切らした司が、口を開く。
「おい!どこまで行く気だ!」
「そう怒らず。ここですよ。」
巨大なビルの前で立ち止まる。だがそこは、見慣れた国家の中心であった。
「あ?ここは、都庁じゃねえか。こんな人の出入りの多いところ…、ここに何があるってんだ?」
「都庁にはありません。その、下です。」
親指で地を指す凶夜。挑発を受けたようで、カチンとくる司。怒りを笑顔で踏み潰して、青筋浮かべながら凶夜についていく。凶夜は、都庁の地下道に向かい、ポケットから小型のスイッチのようなものを取り出した。スイッチを押すと、コンクリートの壁が割れ、エレベーターの扉が現れた。
「このエレベーターの先の存在は、最重要機密事項。日本のトップクラスでも、詳細は知りません。全ては、私の頭の中に。つまり、私が死ねば全ては闇に葬られる。いや、葬られなければならない、そういうモノが、この先にあります。」
凶夜が話終えると同時に、エレベーターが口を開けた。
「では、ご覧下さい。人間の叡知の結晶を。」
2人を乗せたエレベーターは、ものすごいスピードで更なる地下に潜っていく。エレベーターのボタンは、たった1つ。『EX』の文字のみだ。
「EXとは、大層な名前だな。」
「ハハッ、確かにその意味もありますが、開発、死刑執行など、いろんな意味が含まれているんです。」
「物騒な言葉ばかりだな、おい?」
「人類を守るためには、なりふり構っていられませんから。」
「そうまでして、何を開発したってんだ?相当ヤバイものを造ってんだろうけどよ。」
凶夜が口を開こうとした瞬間に、エレベーターのベルが鳴る。目的地に到着した音だ。扉が開いた先には、暗闇が広がるばかりで、何も見えない。ただ、冷たいコンクリートの感触が、靴越しに伝わるだけだ。
「電気をつけましょうか。」
先程のスイッチを押す音が聞こえ、照明が一気につく。そこには、サッカー場ほどの巨大な空間が広がっていた。
その中央に、ぽつんと人形らしきものが置いてある。ヘルメット状の頭部に、身体各所のアーマーとナイロン製のスーツが、光に照らされて煌めく。
司が近づいてみると、その人形が突然動きだし、司に拳を向けた。
「何だ、お前。やる気か?」
「私としては、そうしてくれた方がありがたいですね。何しろ彼らは、あなたの兄弟ですから。」
「は?」
「彼らは、対妖怪用アンドロイドG-21。見た目こそ全く違えど、あなたの力を解析してデータとして組み込んだ、あなたのクローンですよ。」
司は、人間の技術がここまで進歩しているとは、考えもしなかった。司が神になったわずか150年前には、まだ電気が通っていないところが多かったというのに。
「さて、本題ですが。あなたには、この子と戦っていただきたいのです。」
「何?いいのかよ、俺と戦ったら壊れちまうぞ。」
「ご安心を。思う存分やってください。良質なデータを取りたいので。」
「そのデータをどうする気だ?こいつの改良に充てるのか?俺たちレベルになるまで、どんだけかかるのかね。」
「さあ、もう届いているかもしれませんねぇ?」
凶夜のあからさまな挑発に、戦闘準備を始める司。人間1人の戯事など、聞き流せばいいのだが、司はそうはできなかった。
『Now loading! Complete!!』
「目の前で神の力を見られるとは、光栄です。お願いします。」
「フン。紫織、来い!」
『シオリ Summon&神化!!!』
戦闘スタイルである、白髪の青年の姿に変化する司。本を片手に敵を見据える。
「それでは…始め!」
「まずは…火球!」
小手調べとして軽いジャブを放つ。普通ならば、相手は避けるのだが、ロボットは動く気配を見せない。ロボットに火炎が着弾すると思われたその時、目にも止まらぬ速さで、ロボットが腕を振り抜いた。火球は、突然の暴風にかき消されてしまった。
「なっ…!?」
「言ったでしょう、あなたのクローンだと。そのつもりでやっていただかないと、膝を屈することになりますよ。」
「完全解析できてないんじゃなかったのかよ…!」
「ええ。あなたが付喪神に借りた力は、全く解析できていません。しかし、物理的なパワーやスピード、戦闘技術などは、大いに盗ませてもらいました。更に、この子には、AIを搭載していますから、この瞬間も、あなたを学んで強くなっています。いずれデータが揃えば、あなたより先に、新たな戦術を開発できるようになるでしょう。そのためにも、どんどん戦ってください、データを提供してください!」
後半になるにつれ、どんどん興奮してくる凶夜。己の生み落とした我が子が成長するのを、嫌がる親はいないということか。
「とんだバカ親だぜ、ったく…。聞いてたな?最初から本気だ。」
「はい。了解です、司さん。」
「フゥ…フッ!!」
全身に力を込め、霊力をたぎらせる。
「スクラップにしてやる!!」
今、ゴングが鳴った。




