錯覚
そんなこんなで俺は走る。
正直走るのは苦手だ。
・・・まぁあんなことがあった後だ。なんていう言い訳はしない。
単に体力がないだけだ。
運動からとてつもなく無縁の生活を送っていたがためなのだろう。
・・・なにか重心に偏りがある気がした。
唐突に右耳を触ると何やら金属の冷たさが染みた。
数秒考えた。それはこの・・・俗にいうピアスを外すべきかどうかを。
デメリットは不良、チャラく見える。
また恐怖を覚えてしまうのだろう。
メリットは・・・・
黒はピタリと止まり、右耳を触った。
————そうだった。外すわけにはいかなかった。
多分これは・・・俺のこの『力』を抑える何かだろう。
ならばむやみやたらと取り外してよいものではない。
彼はほくそ笑んだ。
これは煉に対する感謝の意なのだろう。
よく見ると制服も真新しさを感じられる。
——————親切な奴だな。全く。
なんだか少し制服に違和感があるが、そんな小さい事は彼は忘れた。
そんな訳で走り出した純粋な心のまま。
I
そんな訳で公園に到着した。
何故公園?なんていう疑問にお答えしよう。
実は公園に大事なものを忘れてしまったのだ。
それはとても・・・とてつもなく大切なものだった。
無くしたらショックが走るくらい。見つけられたら死にたくなるくらい。
それくらい大事なものだ。
見つけられるくらいなら燃やした方がいいくらいに。
・・・・別にそれが何かなんて答える気はない。
何せ見つけられると困るからだ。
・・・何で公園なのか?あの狼男のところは?
なんていう考えのやつもいるだろう。
しかしそれはNo problem。
もしもそうなら諦める。
だからそちら方面には手を出さない。
もしも狼男(あのクソ野郎)の所なら既に見つけられて読まれている。
・・・あ、いや見られている。
そう見られている。
読まれているわけではない。
・・・まぁそんな訳でただ今、休んでいた公園を捜索中なのだ。
滑り台、ブランコ、ベンチ・・・ありとあらゆる場所を探した。
「・・・・ふぅ。じゃあ後は・・・。」
くるっと振り返り近くのコンビニを見た。
彼はとりあえず白のカッターシャツを脱ぎ、Tシャツのまま店に入った。
そして入ってすぐ、体を右回転させ、真っすぐに直進した。
そして成人誌コーナーの所でピタリと止まり、体を回転させ成人雑誌を手にとり黙々と読み始めた。
二十分したあたりで本を閉じ、コンビニを出て行った。
「・・・・ふぅ、ホントどこにあるんだろうなー。」
照りつける太陽。
なんていう青春の一ページみたいな事を考えながら白のカッターシャツを着た。
背を伸ばし、ふっと時計を見るともう15時。
なんだか暑さが増す一方だった。
・・・・あー。学校、終わった頃かな?
黒は公園にトボトボと帰っていった。
ベンチに座り、深くため息をついた。
・・・そういや、定期券も無くしたんだった。
上の空を見上げながらなんだか意識が遠のいていく感覚に包まれていった。
「ふむ・・・『遥か立夏の遠しき古都を』ですか・・・なかなか厨二くさい題名ですね・・・。」
いよいよ幻聴まで聞こえてきた。
俺がなくした・・・あのポエム集の作品の題名が聞こえてく・・・
慌てて身を乗り出した。
幻聴じゃない。
確実に幻聴じゃない!
そう思いバッと身を乗り出した所、そこには男か女か全くわからないような人間がいた。
「いやー。すごいですね喰喘さん。こんなポエムを堂々と公園に置いてるなんて。」
「—————!」
いや、そもそもこいつ誰だよ!
というか何時からいた!?
謎だらけの男?の登場に黒は驚いた。
男はヘラヘラと笑いながらこちらを嘲笑うかのような目で見ていた。
・・・が、とにかくだ。
「・・・・そのポエムをおとなしく返しやがれ!」
「嫌です。読んでると面白いんですよ。無様で。」
手を出そうと払いのけられ、払いのけられ・・・
それを繰り返された。
というかたまに腹部に蹴りとか拳を入れてくる。
・・・らちが明かなかった。
仕方なく、いや、ただ大人げないだけなのだろう。
黒は『力』を使った。
瞬間、相手の次の次の動きを予測、そして行動し、見事ポエム集を取り返す一歩手前にまで差し掛かった。
そして男の腕を掴む・・・つもりだった。
触った瞬間、冷ややかとした水の感覚が右腕を伝った。
そしてそれは全身に・・・飛びかかった。
「・・・・は?」
ドロドロとした冷たい液体。
それはとても鮮やかな赤色をしていた。
黒は過った。
あの感覚。
つまりこれは・・・血—————。
「すみません。トマトジュースぶっかけちゃって。でも貴方が悪いんですよ?変態みたいに襲い掛かってきて。そりゃ普通こんなことしてもおかしくないですよ。」
「・・・・・訂正してほしいところがあるが、まぁ・・・いいや。わかったよ。俺が悪かった・・・・ってお前が俺のポエム勝手に読んだのが悪いんだろうが!」
そんなこと知りませんよ。
と言いたげな顔で男・・・かはわからないがあいつは去って行った。
突然現れ突然消える。
まるで神隠しのようだ。
ブルルッ!と携帯がバイブレーションした。
開けてみると友達登録とか何とかと書かれていた。
・・・誰だろう。
そんなこんなで名前を見た。
「————————————。」
彼は何も言わず携帯を閉じた。
名前。
確かにそれは自由だ。
だが・・・・。
「これは・・・ないだろ。」
そこには『魔法少女』と書かれていた。
黒は目を瞑り、大きくため息をついた。