9.国境にて
9話目です。
よろしくお願いします。
「で、結局引き受けてきたわけね」
それでリューズの機嫌が悪いのか、とベッドの上で身体を起こしていたテンプは苦笑した。テンプの部屋へ夕食を持って来た時、リューズは不満顔を隠そうともしておらず、かと言って聞いても教えてくれなかったのだ。
「それで、コリエス様が基地内へ引っ越してきた、と」
「貴族様……いや、あいつは王族か。荷物が多くてね。今日の内に引っ越して来るつもりらしくてね。テンプさんには悪いけど、今日明日は騒がしくなりそうだ」
状況を説明しに来たスームに、テンプは気にしなくて良いと答えた。
「その方が護衛しやすいのは理解できるから大丈夫。変な軍事施設よりも、この基地の方が頑丈だもの」
その代わり、リューズの機嫌が輪をかけて悪くなったのは想像に難くない。
「それにしても、ちょっと大げさじゃないかしら。怪我したのは腕だけだから、立ち歩くのに問題は無いんだけれど」
「医者が数日は安静にしているように言っていたんでしょう? 一応休暇中なんですし、ゆっくり休んでてくださいよ。ただでさえ、書類仕事が全部テンプさんに行ってたわけですから、いい機会だと思ってください」
「はいはい。できたら、任務のついでに暇が潰せるものでも買ってきてくれるとありがたいんだけど」
「探してきますよ」
テンプの部屋を出たスームに、大きな荷物を抱えたナットが見えた。スームよりも頭二つほど背が高く、横幅も広いナットは、大きな衣装ケースを抱えて廊下を窮屈そうに歩いている。
「ナット、何やってんだ?」
「ああ、スームさん。これはコリエス様のお引越しのお手伝いですよ」
どうやら、隣の建物から荷物を移動するのを手伝わされているらしい。本人は、完全に善意でやっているのだろうが。
「ああ、お前が納得してやってるなら別にいいけどな。そう言えば、コリエスと護衛の部屋はどこだ?」
「あれ、聞いてませんでしたか?」
ナットは器用に荷物を持ち替えて、廊下の先を指差した。
「ご希望されましたから、コリエス様はスームさんの隣。護衛さんはさらにその隣です」
「はぁ?」
翌日、朝食時にその事が基地にいるメンバー全体に通知され、リューズの機嫌がさらに悪くなった。しかもクロックの指示でスームがコリエスの世話役ということにされてしまった。
「まったく。初日から疲れる……」
ぼやきながら、スームはトレーラーへと機体を移動させた。
今日はアナトニエ王国とケヴトロ帝国の国境へと向かい、二日後に到着予定の現地で状況を確認する事になっている。セマ王女やアナトニエ王国軍の兵士達とは現地で落ち合う予定だ。
そして、護衛の任務も有る事と、ケヴトロ帝国が動くのであればノーティア王国にも無関係では無い、という事でコリエスもコープスのメンバーと同行する事になった。
トレーラーはクロックが運転し、荷台にはスームが乗るイーヴィルキャリアとボルト達が乗るマッドジャイロが積まれている。
そして、テンプの事もあるので、リューズは留守番という事になった。
「なんで私が留守番なのよ!」
と、本人はギリギリまで食い下がったのだが、いざという時に高速移動ができないハードパンチャーに出番は無い、という事で、問答無用で留守番役になった。
「それに、テンプさんだって居残って世話をするのは同性の方が良いだろ」
というスームの言葉に反論できず、渋々残留する事に納得した。
結局、休暇中のアールやハニカム、ギアとラチェットに関しては、滞在先に状況を伝える手紙だけを送る事になった。もし国境でのケヴトロの動き次第では、緊急で動く必要があるからだ。
『団長としては、スーム達にもしっかりと休暇を楽しんでもらいたかったんだがな』
「仕方ないさ」
イーヴィルキャリアの中、窮屈なシートベルトを外して身体を伸ばしていたスームに、トレーラーの運転席にいるクロックから通信が入った。
「むしろ、こういうトラブルがあるから俺たちにも仕事がある、とでも考えようや。戦いが無くなってしまったら、俺たちはやる事が無い」
『ふん。お前なら魔動機関関連の仕事がわんさか来るだろうに』
「馬鹿言え。俺は俺の作った機体で戦うのが好きなんだよ。俺の楽しみを奪わないでくれよ」
『スーム』
クロックは声の調子を押えると、改めてスームの名を呼んだ。
『お前が魔動機に拘る理由も知っているし、それがお前の支えだと言うのも分かる。だがな、もう五年だぞ。そろそろ他の事にも目を向けてみないか。お前だって、リューズがお前をどう思っているか気付いているだろう』
「リューズ、な……」
コクピットのスロットから外を見ると、建物横にいるリューズが、コリエスと何やら話をしているのが見える。距離があるので声までは聞こえないが、リューズが話し、コリエスが頷いていた。
「だが、俺は……」
『いつ元の世界に戻されるかわからない、か?』
クロックが被せるようにして送った通信に、スームは口を閉じた。
『すぐに頭を切り替えろとは言わないが……。お前にとっては“異世界”かも知れないが、俺たちにとってはリアルなんだ。もちろん、リューズに取ってもな。それに、お前にとって遊びの一環でも、戦場でミスを犯せば死ぬんだ』
スームは、答えない。
『お前が元の世界に突然戻らされる事と、戦場で死ぬ事は、俺たちにとっては同じことだ。お前がこの世界からいなくなった、という意味でな。こんな仕事をやっている以上、戦死の可能性はリューズだって覚悟しているんだ。だから……お嬢さんたちが来たから切るが、良く考えてくれ』
「ああ、分かった。……悪いな」
『気にするな。わしはお前と戦えて楽しかったし、もっと長く続けば良いと思っている』
通信が切れた。
クロックの言葉は、見方を変えれば戦争の継続を望む不謹慎な言葉だったが、それは同時にスームという人物を全面的に認める言葉でもあった。
「五年も戦ってるんだが……俺もまだガキ、か」
コリエス達が乗り込んだのだろう。トレーラーが動き出し、ケヴトロ帝国との国境へと進み始めた。
国境へ辿りつくまでの間、スームはずっと押し黙ったまま、この世界へ来てからの事を考えていた。
そして同時に、この世界で何を成したいかについて、初めて考えた。
☆★☆
先に到着していたらしいく、正午過ぎにスーム達のトレーラーが国境へ姿を表した頃には、すでにセマ王女が到着していた。馬車では到底無理なタイミングなので、王国所有の魔動機で動く自動車を使ったのだろう。
十名ほどの兵士を引き連れたセマは、トレーラーに気付くと、停車を待って運転席へと駆け寄った。
「お待たせいたしました」
「いいえ。色々とやる事もありますから、お気になされず。それよりも、どこから手を付けますか?」
トレーラーから降りたクロックは、スーム達が降りてくるのを待ってから、セマへと向き直った。
「では、まずケヴトロ側を観察してみましょうや」
この世界、望遠鏡は実用化されている。と言っても、レンズが高価なので量産までは行っていない。一部の貴族や軍の上層部が持っている程度だ。
コープスも所有している。しかも、スームが手作りした物で、ダイヤルで倍率変換も可能な物を。
そんな代物をそれぞれ何気なく取り出して使い始めたクロックとスームに、セマを始めアナトニエの兵士達が驚きの表情で見ているが、そういう反応はどこの国でも見てきたクロック達は、素知らぬ顔で流している。
「こ、これもスームさんが作られたのですか? み、見せてください! 触らせてください!」
若干一名、コリエスだけが興奮してはしゃいでいた。
「アルバート。こいつを止めてくれ。仕事にならん」
「これもわたくしの仕事ですわ。ケヴトロ帝国の動きを知るのも、我が国にとっては重要な事です!」
「後で貸すから黙っとけ」
「ぎゃん!?」
大義名分がある、と堂々とスームから望遠鏡を奪い取ろうとして、コリエスは頭に拳骨を落とされた。
「……仮にも王族を殴りますか」
「躾だ、躾」
頭を押さえてうずくまるコリエスを見たセマの言葉に、スームは吐き捨てるように言った。
望遠鏡から目を離すことなく、スームは片手でコリエスの頭を掴んだ。
「お前はまず自分が防衛対象だという事を自覚しろ。アナトニエの依頼ついでに技術やらを教えるのは構わんが、言う事を聞いて大人しくしていろ。守るに守れんし、教える気が失せる」
「わ、わかりましたわ……」
フラフラと立ち上がったコリエスに、スームは望遠鏡を渡した。
「えっ?」
「あっちを見て見ろ」
スームが指差したのは、国境を越えてケヴトロの国内へと通じる道の先。
ケヴトロ側の検問が設置されている、さらにその向こうだ。国境警備の兵士や出入国に関するチェックを行う文官が詰める二階建ての建物があり、さらに向こうには大きな倉庫がある。その中には、いざという時の為に戦闘用魔動機が格納されているはずだ。
魔動機の数は、倉庫の大きさから五体前後ではないか、とスームは予想している。
「建物の陰になっているが、四角くて黒い、1.5メートル四方くらいの箱が見えるだろう?」
「はい。見えますわ」
「ノーティアでも使っているはずだ。形や色は違うが、あれは“魔力タンク”だ」
魔動機関を動かすには魔力が必要で、普通の人間が供給できる量などは微々たるものだ。多くの場合、戦闘用魔時は一般的に二時間程度の活動ができる程度の魔力タンクを内蔵している。それ以外に、コープスが利用しているトレーラーのように、魔動機を運ぶ車両にも、車両の動力に使う魔力以外に、積載している魔動機へと供給するためのタンクがある。
そして、今ケヴトロ側に積み上げられているのが一部見えているのも、そう言った魔力を溜めるためのタンクだ。
「あれ一つで一般的なケヴトロの魔動機なら三機分くらいは満タンにできる。それが現時点で少なくとも十は準備されているな」
「ということは、国境で魔動機をそれだけ運用する予定がある、ということですか?」
「そこまでは間違いないな。魔動機を格納している倉庫にもともと魔力タンクはついているはずだが、それでも足りない、という事だろう」
セマの質問に、スームと合わせてクロックも振り向いた。
「単に国境警備に魔動機を使うから、という可能性もありますがね。もしくは作業用の魔動機を持ってきて、何か設備を作るという可能性もありますな」
「設備、ですか」
この時点では何とも言えない、というのがクロックとスームに共通する意見だった。
「国境警備の施設か、侵攻の為の本部施設か。少なくとも、今の所は判断できませんな。動きがあるのは間違いないのですから、しばらくは監視を続けるしか無いでしょう」
「俺もクロックと同意見だ。ついでに言うなら、外交官を通じて確認すれば良い。本当の答えが返ってくる保証はないけどな」
「倉庫の魔力タンクが何かのトラブルで使えないための予備、という事はありませんか?」
「それなら、倉庫の中に入れるんじゃないか? 倉庫の外。しかも建物を挟んで国境側に置く理由がわからん」
セマは同行していた兵士の一人にスーム達の意見を書きとっておく事を伝えると、自らもクロックから望遠鏡を借り受けて魔力タンクの存在を確認した。
「あ、魔動機が出てきましたわ!」
流石に戦闘用魔動機のサイズであれば、肉眼で見える。
「倉庫から出てきたわけじゃない、か」
露天で格納されていたのか、倉庫のさらに向こう側から姿を表した二機の戦闘用魔動機は、魔力タンクが積まれている前まで移動する。ほどなくして軍用トラックがやってきて、荷台から魔動機が次々と魔力タンクを降ろしていく。
クロックは顎を撫でて眉を顰めた。
「魔動機の数は、暫定で七として。セマ殿下。もしあの数の魔動機がこちらへ侵攻を始めたとして、どのような対応をされますかな?」
「規定としては、国境警備隊から馬を飛ばして王城へ連絡があり、王城から魔動機が出撃する。それまではここにある機体で持ちこたえる事になっています」
どこか自信が無さ気なセマ。それもそのはずで、セマが指した持ちこたえるために用意されているアナトニエの機体は、ノーティアから譲りうけて多少の改修を行っただけの物で、数も三機だけが国境監視小屋の横に雨ざらしで置かれている状態だ。
ケヴトロ帝国は流石に魔動機運用の元祖とも言える程、細かいマイナーチェンジを繰り返している。スームが見る限り、今国境で活動しているのは最新バージョンの一つ前の機体で、現在主力としてあちこちの戦場で活動しているタイプだった。
「戦力差は倍以上。機動性は向こうが1.3倍って所だな」
スームは何故か楽しそうだ。
「ケヴトロのやり方なら、恐らくは準備が出来次第、早朝あたりを狙って一気に戦力投入をしてくるだろうな。んで、適当な町を占拠して一方的に国境線の変更を宣言する」
「そんなところだろうな」
スームの予想に、クロックも同意する。
こういった侵攻作戦に、ケヴトロ帝国は傭兵を参加させる事は無い。国内の士官に対する評価をする際に、雑音が入る事を嫌うからだ。成果は自国の兵に。目に見える成果が現れない防衛は傭兵を使う。それがケヴトロ帝国のやり方だった。
傭兵としては不満もあるが、その方式のお蔭で仕事が無くならない面もあるので、特に小規模な傭兵団としては表立って非難する者はいない。
「今の所はここで監視をするしか無いにしても、本気で国土を守ろうと思うのであれば、すぐにでも国境に戦闘用の魔動機を持って来るに越したことはないでしょうな」
幸い、ケヴトロとの国境は魔物のエリアとなる大山地と切り立った崖が続く海岸線の間に、ほんの五百メートルほどの平地があるだけだ。天然のボトルネックとなっているおかげで、互いに警備するエリアが狭く、本格的な軍事を未然に防ぐための相互監視が楽にできる環境にあった。
だが、その事に安心していた結果。魔動機の能力が決定的に広がってしまっている。スームは、機体だけでは無く、運用面でも天地の差があるんだろう、と予想していた。
「では、こちらも十体程を常駐させるべきでしょうね。早速……」
「足りないな」
セマが兵士たちに命じるのを制して、スームは言葉を挟んだ。
「塹壕も防壁も無い状態で、真正面からぶつかる事になる。機体の差、練度の差、それを加味しても二十でギリギリじゃないか?」
「に、二十機ですか? しかし、古来より防衛側の方が有利であると」
「それは拠点を防衛する場合の話だ。さっきも言った通り、防御力の無い建物しか無い以上、遭遇戦と変わらん」
スームの言葉を聞いて、セマはすっかり青くなっていた。
アナトニエ王国の戦闘用魔動機で、現在実戦に耐えうる状況にあるのは約三百機ある。だが、各都市の防衛に割り振っている分を考えると、二十機は移動できるギリギリの数だ。
他の国家が四ケタに届く程の機体を有している事を考えると、アナトニエ王国がどれだけ国防の手を緩めていたかが窺い知れる数だった。
「殿下……」
額に汗を浮かべ、真剣に悩んでいるセマへと、兵士が不安げに声を賭ける。
「近隣の都市から移動させましょう。どの道、国境を突破されては防衛のしようがありません。各都市ごとに落とされる結果が見えています。すぐに通達を出して、国境に三十機集めるように。搭乗員も一緒に、です。お父様へは私から説明します」
「了解いたしました!」
兵士が駆けていく。何がしかの通信手段があるのだろうが、スームはそこには興味が無かった。それよりも、セマの判断に拍手を送った。
「そうだな。俺でも同じ判断をする」
「お褒めいただき光栄です。それで、機体が集まってから……」
「で、殿下!」
セマが今後の動きについて話を続けようとしたところで、先ほど伝令に走った兵士が、ひどく慌てた様子で戻ってきた。
「どうしたのですか?」
「お、王都から鳩を使った緊急の連絡が届きました!」
鳩が運んで来た物と思われる、小さな折り目がびっしりと入った紙片を受け取ったセマは、紙の上に目を走らせると目を見開いた。
そして、一呼吸してゆっくりと息を吐き出す。
「ノーティア王国側から、侵攻が始まりました。緊急の依頼となりますが、クロックさん。今から南側のノーティア王国との国境で、防衛線に助力を頂きたいのですが」
「ええっ!?」
セマの言葉に声を上げたのはコリエスだ。
「な、何かの間違いではございませんの? アナトニエへの侵攻など、わたくしは聞いておりません!」
「いずれにせよ、状況が確認できるまでは自由に動いていただくわけには参りません」
セマが睨むと、周囲の兵士たちがコリエスを囲むように動いた。
それに対して、コリエスはスームの後ろに隠れ、その隣で護衛のアルバートが剣は抜かないまでも身構える。
「あ~……セマ殿下。防衛のお手伝いは構わんのですよ。でも、申し訳ないのですがね」
「俺たちはコリエスの護衛も仕事として引き受けちまった。はいどうぞ、というわけにはいかん」
クロックとスームの言葉に、セマも兵士たちも口を開けて驚いている。
「アナトニエ王国の危機に、侵攻してきた国の王族を庇うというのですか?」
「そんなのはそっちの都合だ。俺たちは傭兵。雇い主に護れと言われたら、そうするのが筋ってもんだ」
「し、しかし、コリエス様を護衛していては、国境の防衛など……」
「それは、本人次第でやり方を決めるさ。さて、コリエス」
セマと同様に唖然としているコリエスに向かって、スームは笑みを浮かべて訊ねた。
「魔動機の戦闘に興味があるんだろう? 特別に選ばせてやろう。選択肢は二つだ」
真正面。間近に目を見ながらの質問に、コリエスはごくりと喉を鳴らして唾を飲む。
二本指を立てたスームは、中指を折った。
「一つ。クロックと共に王都へ向かい、俺たちの基地でリューズ達と留守番」
人差し指を折る。
「二つ。俺の機体に同乗して、戦場で生の体験をする」
当然、二つ目を選べば一蓮托生で、俺が死んだらお前も死ぬ事になる、と言い添えた。
だが、コリエスは悩まない。
「スームさんの機体に乗れるのですか! ならば迷いはありません! それに、現地で侵攻を止めるために、わたくしにもできることがあるはずです!」
答えを聞いた時、スームはニヤリと笑った。
その顔は、コリエスには歓迎の笑みに映ったかも知れないが、他の当事者には、人間を罠にかける悪魔の笑みに見えた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。