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72.終戦と不本意な英雄

72話目です。

これと同時更新になる次のEpilogueにて、このお話は一旦お終いとなります。

「はっ? な? あの……えっ?」

 混乱するリューズの背中をさすりながら、コリエスはセマに非難の目を向けた。

「いきなり何を言いだすのですか。それに、新しい国?」

 正直ついていけませんわ、とコリエスは口を尖らせた。


「ちゃんと説明しますから。リューズさんもまず落ち着いてくださいな」

 侍女を呼んで紅茶を淹れなおさせて、セマはゆっくりと説明を始めた。

「これは各国の不満を抑えるための策でもあるのです」

 ケヴトロ帝国を中央に置いた四カ国は、その帝国が強大であったからこそバラスが取れていた一面もある。だが、それが崩れてしまった今、そこにアナトニエが取って代わる事になるのは避けたい、とセマは語った。


「アナトニエとヴォーリアで資金や兵力を融通し、ケヴトロ帝国は敗戦国が支払う賠償として国土の一部と民衆を失います。ノーティアがどうするかはわかりませんが、少なくとも敗戦の責を負って多少なり資金提供はしなければなりませんね」

 そうして、各国から様々な提供を受けた第三国を作り上げ、中立国家として各国に対する監視を行いながら競技会とそれに伴う首脳会談のホスト国とします。


「……各国が納得するかしら」

「せざるを得ないでしょう。アナトニエ王国の属国となるよりは、中立国を作るのに協力した方が、ずっと負担は少ないでしょうから」

 そして、その国家の存続と中立性を認める意味も込めて、アナトニエからはセマが、ノーティアからはコリエスが、そしてヴォーリア連邦へはすでに内容を通知しているので、恐らくは誰か王族なり養子にした貴族令嬢なりを見繕ってくるのは間違いない、とセマは予想している。


 この時点で文書を受け取ったのはケヴトロ帝国内にいるヴォーリアの軍事的な代表であるハイアッゴなのだが、内容を何度も読み返しては、王へどのように説明するか頭を抱えていた。

 現時点で、ヴォーリアの王族内に適齢期の女性はいない。だが、嫁を出さないという選択肢は無いのだ。家柄が他より劣っても不味い。

 政争的な意味で、ハイアッゴの戦争終結はまだ先になるようだ。


「スームが、王様……?」

 まだうまく事態が飲み込めていないリューズが呟く。

「リューズさん。私は貴女を個人的に見知っており、またスームさんの気持ちも慮ったうえで、貴女には最初の妻となっていただきたいのです」

「これは、スームも知ってる事なの?」


「いいえ。まだお伝えしておりませんし、彼の周囲の人たちにも、まだ伏せておくように伝えております」

「周囲というと……まさか」

 コリエスが唖然とした顔をして、セマがにっこりと頷いた。

「クロックさんには通知しています。その上で、彼や他のコープスメンバーにも建国の際に国の中枢に入っていただければ、と打診しております」


「……わかった。スームが私と結婚したいって言ってくれるなら、受け入れるし、王様になるなら手伝うよ。……でも、コリエスもセマ王女も良いの? スームの事……」

 貴族や王族が複数の妻を迎える事は珍しくないので、スームが他の女性も迎え入れる事にリューズは渋々ながら納得した。

 だが、彼女は自分の意思でスームと恋仲になったが、他の二人の気持ちが気になる。


「わ、わたくしは、スームさんなら構いませんわ……!」

 コリエスは、言いながらみるみる顔を赤く染めていく。

「い、命の恩人でもありますし、敵討ちもできて、コープスに受け入れていただいた上に魔動機まで譲っていただきましたし……」

 あれこれと並べているコリエスだが、リューズは彼女の気持ちを何となく察していたのもあって、彼女を受け入れるのは問題無かった。


 リューズが最も気になるのは、セマの方だ。

 視線に気づいたセマは、小さく頷いた。

「リューズさんはお気づきのようですが、私は特にスームさんには今のところ男性に対する好意は薄いですね。他に想い人がいるわけでもありませんが」

 ただ、とセマは言う。

「私は王族です。自由な恋愛など元から望めませんし、国内外の貴族に嫁ぐのも相手がおりません」


 セマは不自由な身の上なのだ、と自分で言いながら改めて実感していた。

「ですから、実はとても都合が良いのです。スームさんならある程度人柄も知っていますし、実力も申し分ありません。見た目も悪くありませんし、女性に酷い真似をする人でも無いでしょう」

「じ、自分で条件を付けて政略結婚のお膳立てをするわけですの……?」


 コリエスは元々王族なので、政略結婚そのものに対して嫌悪感は薄い。だが、セマの言い分はそれを考えても淡白に過ぎると思えた。

「……それで、いいの?」

「いいんですよ。スームさんが受け入れてくださるなら、それで。……王族としては願っても無い第三夫人あたりの位置にいれば、色々自由にできそうですしね」


 結局はそれか、とセマがここまで溜めた鬱憤が見え隠れする笑みを前にして、リューズとコリエスはお互いの手を取り合った。

「……では、話は決まったという事で。あとはスームさんが大活躍する事を期待しましょう。それこそ、彼が国の代表となっても文句が出ないくらいの戦果が上がるように」

「そんなの、考える事ないわよ」


 リューズは豊かな胸を主張するようにふんぞり返った。

「スームが戦場にいて、活躍しないはずがないじゃない」


☆★☆


 リューズの言う通り、一番槍こそボルトの爆撃だったが、防御陣形を崩されたノーティア軍へと飛行形態で飛び込んだノーマッドは、あっという間に周囲の敵機をなぎ倒した。

 敵を押しつぶすように人型へと変形した機体が大地を踏みしめ、周囲からの砲撃を腕の装甲で弾く。

「やれやれ……」


 両手に展開したチャクラムが、丸い刃で敵機を斬り裂いていく。

 的確にコクピットを裂かれた機体は、まるで生き物のように赤い液体を零しながら倒れていく。

「道を開けろ! 無駄な抵抗をして命を粗末にするな!」

 聞こえないとは知りつつ、スームは吠えた。


 傭兵として、戦場で生き抜くため敵に対して手は抜かない。魔動機を止めるのに一番手っ取り早いのがパイロットを狙う事だと知っている。知っている以上、戦場で対峙すればそこを狙う。

 いくら強い機体でも弱点はある。相手を軽く見た時点で、命を失うのが戦場なのだ。

「悪いとは思うが、俺も生き残ってリューズに会いに行かないといけないんでな」


 ノーティアの機体はケヴトロ帝国のそれに比較すればやや小型なので、大型機のノーマッドに比べると二回りは小さい。

 大きく振り回されたノーマッドの足が、正面にいた機体のコクピット部分を蹴り潰し、背後から近づいた機体へはスラスターからのバーナー攻撃で焼かれる。

 十五機程をスクラップにしたあたりで、追いついて来たアナトニエ軍本体から一斉に砲撃が届く。


 大地と金属を不規則なリズムで叩く砲弾の音を聞きながら、スームは自分にも当たるんじゃないかと冷や冷やしていたが、ほとんどは距離に余裕をもって着弾させているようだ。

 だが、数発は至近弾があった。

 それも、グランドランナーの基本砲弾とは違う、特殊な榴弾だ。

 スームには見覚えのあるそれを発射できるのは、コリエスに譲ったイーヴィルキャリア以外には一機しか無い。


「クローック! 何考えてやがる!」

『お前の為の道を作ってやってるんだ。……地雷に巻き込んでくれたお礼だよ』

「良い歳したオッサンが終わった事をネチネチと……」

 再び近くへの着弾を確認する。ノーマッドには当たらないが、振動がスームの手に響く程度には近い。


『ほれ、さっさと城へ行け。ここはわしらで押える。ボルト、もう一度援護だ。ナット、状況はどうだ?』

『任せとけ! スーム、ばっちり道を作ってやるからな!』

『スームさん、新たな敵影はありません!』

 スームは首を傾げた。どうも他のメンバーのテンションが異様に高い。


「どうした、お前ら? 戦場で舞い上がるようなルーキーでも無いだろう?」

『クックック……まあ、気にするな。これでしばらくは戦いも無いだろうからな。リューズやコリエスには悪いが、思い切りやらせてもらおう』

 クロックの返答にも違和感を感じたが、今はそれを気にしている場合では無いと頭を切り替えたスームは、援護射撃を受けながら前進する。


『派手にやるぞ!』

 ボルトの声が聞こえたと同時に、耳をつんざくような機関砲の着弾音が鳴り響き、王都を守る門は無惨な瓦礫へと変貌する。

「無茶苦茶しやがる」

 苦笑しながらも機体の速度を落とさずに、ノーマッドは舞い上がる砂塵へと突入する。


 この時点で王都前に集結したノーティア軍は三分の一を失い、残りもアナトニエ王国軍の軍勢にしっかりと包囲されていた。

 戦闘終結は、近い。


☆★☆


 砂塵を抜けた時、ノーマッドは飛行形態へと変形していた。

 目指すは王都中央にある城。王がいると考えられる場所は数箇所だが、非常事態にある今、指揮の為に謁見の間で貴族たちに囲まれている可能性が高い。

「少なくとも、以前の戦闘時にはそうだったと聞いた」

 だから、そこに賭ける。


 以前もやった城壁への突貫だが、今回はもっと慎重にやらねばならない。コリエスの父親であるツァーナベルト公爵と、その部下たちの立ち位置が分からないからだ。

「……最後の最後に、緊張する仕事だな」

 文句を言いつつも、飛行コースをしっかりと定める。

 謁見の間は外側から見て左に玉座、右側に出入り口がある。その入口側の壁へと突入する事を決めた。


 思い切り激突するわけにはいかない。飛び散った瓦礫に当たれば、それだけで重要人物が死ぬ可能性もあるのだ。

「戦場で暴れ回ってる方が、ずっと楽だな」

 飛行の勢いそのままに、再び人型へ変形したノーマッドは王城の壁へと張り付くような格好で、下階へ足を掛けて機体を支える。


 もちろん、それだけで大きな機体を支えられる訳でも無く、スラスターからは激しい噴射が続いている。

「運の悪い奴がいませんように」

 口先だけの祈りを呟きながら、機体の左手が壁を突き崩していく。


 幅にして三メートル程の開口部が開くと、見覚えのある顔が見えた。ツァーナベルト公爵だ。

 対面しているのはノーティアの王のようだ。

 他にも大臣や騎士らしき人物が何人もいるが、全員が口を開けた間抜けな顔でスームを見ていた。

 唯一、ツァーナベルト公爵だけがすぐに明るい表情へと変わる。


「スーム殿!」

「盛り上がってたみたいで悪いが、戦争は終わりだ」

 ハッチを開けてコクピットから身を乗り出したスームは、ハンドガンを抜いて声を上げた。スラスターの音がうるさい。

「ふざけるな! 侵入者め!」

 一人の騎士らしき男がハンドガンに手をかけたが、抜く前に顔面に穴をあけて倒れた。


「勘違いするな、俺は侵入者じゃない」

 射撃の早さと正確さは、この場の人間たちを釘付けにするに充分だった。

「単なる使者だよ」

 近づいて来たツァーナベルト公爵へ、スームはユメカから預かっていた親書を渡した。


 なぜか大仰な仕草でその書類を受け取ったツァーナベルトは、ゆっくりと勿体ぶって書類を開くと、目を通してスームへと一礼した。

 そして、振り返ってその場の者たちに向かって大きく声を上げた。

「我々はここに敗北した! そしてその責を負うべきは王である!」


 捕縛せよ、とツァーナベルト公爵が吠えると、王の側にいた騎士たちは周囲を見て武器を落とし、公爵の部下たちに拘束されていく。

 王も例外では無く、両脇を抱えられてうなだれた様子で退場する。

 どうやら、王はまだ盛り返しの目があると主張していたらしいが、王城まで敵の侵入を許し、目の前であっさりと騎士が殺害された事で心が折れてしまったらしい。


「……終わった。間もなく抵抗も無くなるだろう。ツァーナベルト公爵も無事。書類も渡した」

『了解だ。ユメカにはわしから伝えておく。……まあ、頑張れよ』

 クロックの言葉に引っかかったスームは問い返そうとしたが、その前にツァーナベルトが近づいて来た。


「助かった。実に神がかり的なタイミングだ。流石はスーム殿」

「いや、後は任せるが、とりあえず兵を退かせてくれ。余計な犠牲を出す事も無いだろう」

「そうだな。すでに伝令を出しておるから、すぐにでも戦闘は終わるとも……いや、こんなふうに接するのはもう止めた方が良いな。感謝いたします」

 何を言っている、と首を傾げたスームに、「聞いておられないのですか?」とツァーナベルトはスームから渡された親書を見せた。


「……なんだ、これは……」

 そこには、セマが提案する建国案についての概要と、ノーティアからの返答を求める言葉が綴られていた。

 わなわなと震えるスームに、ツァーナベルトは朗らかな表情を見せた。

「内々で話は窺っておりましたからな。もちろん、コリエスもスーム殿の妻となれるなら喜ぶでしょうし、当然ながらノーティアとしては賛同いたしますとも!」


『スーム! おい、スーム? さっさと帰投するぞ、“百年以上続いた戦争の終了を決定づけた英雄”さんよ。お前も忙しくなるからな!』

 クロックからの通信が聞こえて、その後に続いたボルトの高笑いを聞いたスームは、自分が仲間たちからも“嵌められた”事を知った。

「ふ、ふ……ふざけるなぁああー!!」

お読みいただきましてありがとうございました。

最後に、次のEpilogueまでよろしくお願いいたします。

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