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71.王女の狙い

71話目です。

よろしくお願いします。

 ノーティア王国軍は、侵攻して来たアナトニエに対して可能な限り戦力を終結して抵抗する事を選んだが、アナトニエ王国軍との接触で鎧袖一触さながらに押し返された。

 指示を受けて侵攻を開始したユメカ率いるアナトニエ王国軍は、単純にグランドランナーを前面に出した隊列を基本陣形として、あれこれと策を弄する事無く、実力で敵を押し込んで行く。


 アナトニエの動きに呼応したヴォーリア連邦軍と、マイコスの指示を受けた一部のケヴトロ帝国軍がノーティア王国との国境に展開したため、ノーティア軍はかなりの戦力を国境へと向けざるを得なくなった面も大きい。

 完全に戦力を糾合できなかったノーティアは撤退を繰り返し、ほんの数日でアナトニエ軍を王都まであと一日という距離にまで引き込んでしまっていた。


 もちろん、戦力としてアナトニエ王国軍に協力しているスームを始めとした傭兵団コープスの活躍も目覚ましい。

 基本線としてアナトニエ王国軍の戦力によって攻撃を行うという物があったので、あまり前面に出る事は無かったが、それでも高速機による敵の捕捉や追い込みによる効果は非常に大きい。


 そして今は、最終的に王都を包囲するための作戦が始まっていた。

 グランドランナーとストラトーの機体が王都へ向かってゆっくりと侵攻していく。先にボルトやスームによって確認されたノーティア側戦力は、最早王都の真正面に一部隊が残るのみだ。


「さて、どうでると思う?」

 トレーラーの助手席。シートを倒して行儀悪く足をダッシュボードに載せているスームは呟いた。

 運転しているラチェットは、「意外と簡単に終わると思うよ」と答える。

 荷台には、大型魔動機のノーマッドが無理やり積まれ、並べて積載されているトリガーハッピーが窮屈そうに見えた。


「……随分と自信満々だな、流石はハイアッゴの直属の部下だな」

 多少は棘を含んだ言葉になるのは仕方がない。だが、スームとしてはラチェットを引き込む事にほぼ成功していると考えていた。母体であるヴォーリア連邦にも打診済みで、断るのは難しいだろう。

「あの人は完全に実力主義だからね。帰ればそれなりに良い生活が出来るはずだったのに、最後の最後でパアに成っちゃった」


 やれやれ、とラチェットは首を振る。

「仕方ないだろう。命があるうえに仕事があるだえありがたく思えよ」

「わかってるよ。感謝してるさ……スーム、君とセマ王女が深い関係を築いていたお蔭でもある。ありがとう」

「やめろ。誤解を受けたらどうする」


 それよりも、とスームはラチェットが簡単に終わると考えた理由を尋ねた。

「ケヴトロ帝国と同じだよ。国が敗亡しようとしているんだ。追い詰められた貴族たちは、逃げるか責任者を追及して“自分は首謀者じゃない”と言える準備をするものだよ」

「……また王が失脚するわけか」

 権力について大した興味を持っていないスームは、そうまでして貴族の地位や政治的な権力を維持しようとする事が不思議で仕方なかった。


「政治をやるとなると、自分の部下や取引相手だけじゃなく民衆の生活を守らないといけない。面倒な事この上ないと思うんだけどな」

 さらに言えば、多くの民衆が同じ考えや価値観を持っているわけではない。何をやっても必ず不平不満は出てくるだろうし、無制限に与えるだけでは国が崩れるが、民衆から取り上げるばかりでも駄目だ。


「セマなんかは軍備防衛の面ではそれなりにやっていると思うけど、これが財政やら外交やらになると、未知数だしな」

 スームの頭の中では、セマが跡を継いで女王となるのは間違いないことだった。

 そんなつぶやきを聞いていたラチェットは、肩を震わせて笑っている。

「やっぱり、スームは変わっているね」


 アナトニエの王族が特別なだけで、基本的に為政者は民衆のことをそこまで考えていない、とラチェットは語る。

 各地の領地持ち貴族はトラブルからは逃げつつも、住民からいかに理由をつけて絞り上げるかを考えるのが、一般的な為政者の姿だった。ケヴトロ帝国などは“防衛”を目的とした税が年々増加していたのだが、ノーティアも内情はさほど変わらない。


「しかし、スームがどこかの王様や貴族になれば、民衆は生活しやすいだろうね。それだけ考えてくれるんだから」

「馬鹿言え。セマからも打診されたけど、貴族になんて面倒だからな。もう断ったよ」

 ひらひらと手を揺らすスームを横目でちらりと見やったラチェットは、ふふ、と小さく声を漏らして笑った。


「さあ、もうすぐ見えてくるぞ……おお、派手に出迎えるつもりみたいだね」

 まだかなり距離があいているのだが、農地が広がる先に城郭と周囲を囲む町がうっすら見えてきた。

 その手前に、薄い紫色の塗装を施されたノーティアの人型機体が並んでいるのだろう事がうかがえる、同色の塊が見える。


「それで、今回はどういう作戦だい? またサポートだけやって、アナトニエが主役かい?」

「いや、今回はクロックも俺も、ボルトやナットも前に出る」

 スームはシートを起こし、シートベルトを外した。

「豪華なメンバーだね」

「最後の〆だ。しっかりやらないと降伏を呼びかけるユメカが危ないからな」


「スームたちが守るって事なら万全だね……ああ、ちょっと待って」

 荷台に積んでいるノーマッドへ移動するため走行中のトレーラーの窓から出ようとするスームに、ラチェットが声をかけた。

「なんだ?」

「さっき言ってた“簡単に終わる理由”だけどさ」


 君も知っている人物が活躍してくれるみたいだよ、とラチェットに言われ、スームはノーティアの知り合いを思い出してみたが、戦場で出会った名も知らぬ一兵卒程度しか心当たりがない。

「……誰だよ?」

「ツァーナベルト公爵……コリエスの親父さんだよ」

 王都を離れているはずの人物の名前が出て来て、窓に手をかけたままスームは固まった。


「あの親父、何をするつもりだ?」

「窮状を利用して従弟である現王を糾弾して、政権を奪うつもりのようだね。疎開先に奥さんを置いて、少数の護衛を連れて王都に入ったみたいだ」

 補給に立ち寄った町で、王都方面から逃げてきた商人から仕入れた情報だよ、と明かしたラチェットの頭に拳を落としたスームは、ため息交じりに口を開いた。


「そういう重要な事は先に言え!」

 飛び出すような勢いで窓から荷台へと向かって行ったスームを見送り、ラチェットはビリビリと痛む頭を撫でていた。

「頑張ってね」

 目には涙を浮かべていたが、ラチェットは笑っていた。

「義理の父親になるかも知れない人なんだから」


☆★☆


「……血筋か」

 コリエスの父親であるツァーナベルト公爵の行動について話を聞いたクロックは、荷台の上にあるハードパンチャーに乗ったまま、腕を組んでスームからの通信に答えた。

『ああ。娘と同じで無茶苦茶しやがる。とりあえずユメカに話をして、先に城に向かうつもりだ』


「ボルトに援護させる。この際だ、もう一度城にダメージを与えてやって、公爵のために援護射撃をしてやってもいいんじゃないか?」

『ユメカの許可が取れたらそうする』

 走行中のトレーラーから飛び出したノーマッドは、低空飛行のまま集団の前方を走る一台のグランドランナーへと並んだ。


 そこでユメカに状況を説明すると、彼女は読んでいた書類から目を離し、即答で許可を出した。

「……良いのか?」

「許可を求めたのは貴方でしょう」

「そりゃそうだが……。ここで俺が目立つ事での弊害とか、検討しないといけない部分もあるだろう?」


「構いませんよ。陛下の命令もありますから」

「……はあ?」

 ユメカが持っていたのはフライングアーモンドで届けられた命令書だったらしい。

「町の外は小官たちが受け持ちますから、城では思う存分暴れてください。その後、これの返事を貰って来てもらえば」


 ユメカがぐぐっと腕を伸ばして差し出した書面は、先ほどの命令書とは別の物だ。

 飛行コースを固定してスームも身を乗り出して受け取るって見ると、封蝋がされている。

「この国の元首に向けて、新たに用意された提案書との事です」

「……わかった。上手くすればこれが最後の戦いだ。精々言われた通りにやり遂げるさ」

「よろしくお願いします」


 先行する、と言って文字通り飛んで行ったノーマッドを見送ったユメカは、珍しく笑顔だった。

 それが爽やかなスマイルでは無く、何かを企むように口の端を引き上げる表情だったので、同乗していた部下は怯えていた。

「まあ、能力がある人にはそれだけの責任が付きまとう、というわけですね」


 機体から顔を出していたユメカの呟きは、風に流されていく。


☆★☆


 ノーティアで最後の戦いへの準備が進んでいる頃、アナトニエ王城では王が早くも慰労の為に昼食会を開くと言い出し、それが無事に終了した事でようやく落ち着き始めていた。

 リューズ達の協力もあり、テンプも招いての食事会をつつがなく乗り越えた後、王はテンプに命を救われた事を改めて感謝を表すために、王族と親しい人物を招くためのサロンへと招き入れた。


 緊張しながらもテンプはこれに応じ、リューズとコリエスはセマの招きで別の談話室へと移動する。

「急に王様に襲われたりしない?」

「それをやって嫌われる可能性は大きい、と口を酸っぱくして伝えております。……人の父親をそういう目で見ないで欲しいのですが」


 リューズの心配を不機嫌な様子で否定したセマは、食後のミルクティーを傾けた。

 侍女たちも同じ部屋にいるのだから、王も早々妙な真似はできないだろう、とコリエスも同意した。

王城にいるような厳しい訓練を受けた侍女たちは空気のように佇んでいるが、彼女たちのコミュニティに噂が流れたら、それこそあっという間に城内に広まる。


「二時間程経ったら、テンプさんを迎えに行きましょう」

 そう言うと、セマはソーサーに重ねたカップをそっとテーブルへと置いた。

「その間に、リューズさんにお話ししておきたい事が有ります」

「なぁに?」

 ここ数日の付き合いで、リューズも随分とリラックスしてセマと話せるようになっている。気が抜けすぎて話し方が次第に乱暴になっているので、コリエスなどは横で聞いていてハラハラしているのだが。


「スームさんとご結婚はいつごろですか?」

 質問を聞いたリューズがみるみる頬を赤く染めるのを、セマは冷静に見つめていた。

「殿下からそういうお話を振られるのは珍しいですわね」

「あら、貴女にも関係があるお話ですよ、コリエスさん」


 あうあうと答えに窮しているリューズと、首を傾げているコリエスに、セマは一息おいて告げた。

「私とコリエスさん、そしてリューズさんと三人で……一人増えるかも知れませんが……スームさんのお嫁さんになりませんか?」

 言葉の意味を飲み込めないでいる二人に、セマは再びカップを持ち上げた。


「政略結婚というやつです。……スームさんには貴族になる事は断られましたが……三カ国の重鎮で圧力をかけて、ケヴトロ帝国の一部を削り取って競技会の為のスペースを含んだ国土の王となってもらいます」

 いわゆる政略結婚ですがと言い、さらにコリエスの父親とはコンタクトを取って内偵を得ている、とセマは語った。ずいぶん張り切っていた様子だったが、娘を嫁に出すのに不思議ですね、と微笑む。


城内に、絶叫が響いた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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