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7.ハンディキャップ戦

7話目です。

よろしくお願いします。

 爆風が起きたあたりから、人々が蜘蛛の子を散らすように逃げまどう。

 その流れに逆行するように走るのは骨が折れたが、スームは何とかたどり着くことができた。

 場所は魔動機が並べられていた場所。商店主すらも逃げたらしく、すっかり人がいなくなった場所で、腕から血を流したテンプが倒れ、コリエスが彼女を支えている。

 二人を守るように剣を抜いて立っている騎士の目の前には、戦闘用の人型魔動機が見える。

「ちっ! 堂々と襲ってきやがった」

 スームは敵がケヴトロ帝国領内で襲ってきた連中と同一だ、と瞬時に判断した。と言うのも、魔動機がノーティア王国の機体にリペイントした物だったからだ。単純な話だったが、装甲に施された塗装の“癖”に見覚えがあった。

「テンプさん!」

 魔動機を視界から外さないようにしながら、スームは滑り込むようにして抱えられているテンプの横で跪いた。二の腕を大きく切られているようだが、それ以外に怪我は無く、命に別状はないようだ。

 素早くハンカチで傷口を縛り上げているスームに、コリエスが震えながら口を開いた。

「き、急にテンプさんが男性に、襲われて……。そうです、それで貰った武器を使って……」

 コリエスは慣れない実戦で動揺しているらしい。

 痛みであえいでいるテンプを抱えたまま「どうすれば」とスームにすがるような目を向けた。

 その間にも、立っている騎士に向かって魔動機が迫ってきている。当然だが、生身で戦闘用魔動機と相対しても、あっという間に潰されて終わりだ。まだ多少の距離はあるが、余裕は無い。

 爆心地らしき箇所を見ると、二人の男が無惨に引き裂かれて倒れている。どうやら、コリエスは武器の威力にも怯えているらしい。


「スーム! アイツは足止めするから、さっさと離れろ!」

「任せてください!」

 スーム達の横を、ボルトとナットの兄弟が駆け抜けて行く。

「騎士さんよ! ちょっと離れてな!」

 ボルトは剣を構えた騎士に声をかけると、そのまま兄弟二人並んで魔動機へと駆け寄る。

「行くぞナット!」

「うん!」

 太いワイヤーの両端をそれぞれに持ち、踏み出した魔動機の軸足に引っかけると、勢いよく引っ張って固定する。

 オートバランサーなど付いていないので、魔動機はそれだけで簡単に転倒した。単純な腕力の差で、ボルトも引きずられるように頭から倒れて、顔を擦り傷だらけにして悶絶しているが。

 目の前に魔動機が倒れて来て、騎士も慌てて逃げた。


 魔動機が倒れたのを確認したスームは、多少は時間ができたと確信した。余程操縦に慣れた乗り手でも、転べば復帰まで時間がかかる。

 スームは未だに動揺しているコリエスの頬を両手で挟み、無理やり自分に向かわせて真正面から視線を合わせた。

「良くやった!」

「……え?」

「お前のおかげでテンプさんは助かる! まずそれが大切だ。だがな」

 パチン、と音を立てて、頬を挟んでいた両手で軽く頬を叩く。

「しっかりしろ! 戦場で呆けている奴が生き残れるわけがないだろう!」

「せ、戦場……?」

「そう、戦場だ! ボンヤリしてたらあの騎士も死ぬ! お前も死ぬ! わかったらさっさと立て!」

 テンプを抱えて立ち上がったスームにつられるようにして、コリエスもふらふらと立ち上がった。

「立ったなら走れ! 行け!」

「は、はい!」

 車の方へ向かって走り始めたコリエスを、護衛の騎士が追いかけていく。彼はスームの横を過ぎる際に、目礼だけして見せた。

「スームさん!」

「ナット。テンプさんを頼む」

 抱えていたテンプをナットに任せる。ナットの筋力があれば、人ひとり抱えて走るくらいは問題無い。

 顔を撫でながら、ボルトも駆け付けた。

「テンプさんは大丈夫か?」

「ああ、傷はそこまで深くないようだ。輸送車で来てるから、駐車エリアに向かってくれ。リューズと、あのお姫様たちも頼む」

「そりゃあ構わねぇが……お前はどうするんだ、スーム」

 車の鍵を受け取ながら、ボルトはスームを睨みつけた。無茶な事をするのではないかと、不器用ながら心配しているのだろう。

「魔動機は他にもある。俺やお前ならともかく、先にテンプさんを狙ったのは許せん。報復くらいはさせてもらう」

「生身でどうするつもりだよ」

「魔動機なら、そこにあるだろ?」

 スームが指差したのは、展示されている工業用の魔動機だった。


☆★☆


 ボルトたちが走り出したと同時に、スームは近くにあった、置き去りの魔動機に取りついた。片方のアームをショベルカーのそれに付け替えられた、シオマネキのような機体だ。

 どうやらベースはヴォーリア連邦機らしく、敵機に比べると二回りほど大きい。

「クソッ。可動部までまとめて塗装しやがって! 手抜きか!」

刷毛でべったりと塗られた安全装置を殴るようにしてレバーを動かし、外からハッチを開けると、スームは手早くコクピットへと滑り込んだ。

「ああ、もう! なんだよこのレバー配置は!」

 本来の操作用レバーの他に、アームを細かく動かすためのレバーが何本も側面から突き出しているのだが、なぜその配置なのかと首をかしげるほど、邪魔な場所にある。

 ブツブツ文句を言いながら、ハッチを閉めて狭苦しいコクピット内で、起動スイッチを探る。基本的な配置は変わっていないので、すぐに見つかった。当然鍵は無いので、ポケットから小型の工具を取り出し、手早くスイッチ回りのボードを外し、内蔵されている魔動機関へと繋がっている魔力線を掴んだ。

「魔力は……よし。半分くらいはあるな」

 直接、魔力線からタンク内の魔力残量を探る。さらにメインの魔動機関から、魔力線を伝ってスームの頭へとこの機体の構成情報が流れ込んでくる。

「よし……動け」

 スームの命令に応じるように、魔動機は起動した。各部へと魔力がいきわたり、待機姿勢だった機体はゆっくりと立ち上がった。

 これが、スームだけが持つ特殊能力。魔力を通じて魔動機関の情報を読み取り、尚且つ書き換えもできる。極端な事を言えば、魔力でつながることができれば、敵機でも情報を書き換えて操る事も可能だ。

 スーム的にはそういう戦い方は無粋なので、やる気は無いが。

 知らぬうちに放り出されたこの世界で、単なる若造だったスームが生き抜いてこられたのも、魔動機を扱う傭兵をやっているのも、この能力がある事が大きい。公表すれば、今以上に狙われる事は間違いないので、クロック以外は能力の事を知らない。

 軍に所属しなかったのは、軍用機のデザインが気に入らなかったのと、あれこれ命令されて魔動機を作る気にならなかったと言うのが主な理由だった。

「こだわりなく鹵獲品をそのまま使いやがって! オリジナリティってもんが無いのか、お前らは!」

 むちゃくちゃなことを言いながら、追加されたレバーをぐるりと回す。

 肩口から金属の軋む音を響かせながら、シオマネキのようにショベル・アームを振りかぶる。設置させたままは無理で、バランスを考えると歩くためには真上に持ち上げるしかないのだ。

 不格好だが、これはこれで良い、とスームは大きく息を吐いた。

 一歩だけ踏み出し、正面を見ると敵機も丁度起き上がったところだった。

 さすがに機動性は相手の方が上だ。地響きを立てて距離を詰めてくる敵機が持っている剣が届くまで、スームの機体はもう一歩踏み出すのが精いっぱいだった。

「作業用でもな、パワーは大して変わらん!」

 敵が振り降ろしてきた剣に対して、持ち上げていたショベルアームを斜めに叩きつけて逸らす。

 バケット部分が無惨に潰れたが、不自然な軌道で地面を思い切り叩く形になった剣の方にも、少しだが歪みが出ている。

「おっと。もう剣は使わせないぞ」

 再び剣を引き上げようとする敵に対して、スームは一つのスイッチを押した。

 ゴトリ、と重たい音を立てて、肩から外れたショベルアームが剣の上に落ちる。重量のあるアームの不可に耐え切れず、敵機のマニピュレータから妙な音が響き、剣を取り落とした。

「これで軽くなった」

 どうやら、敵機の武装は剣のみだったらしい。両手を前に出して迫っているが、フレーム強度は左程変わらないはずなので、たとえコクピットを殴られても二発程度なら問題ない、と踏んだスームは、ぶつかる勢いで前に出た。

 残ったアームを伸ばし、敵機の首たりを狙って、まるで張り手のように突き出した。

 互いの機体が勢いよくぶつかると、複雑な構造をしたマニピュレータは双方とも完全に破損した。こぼれた部品がぱらぱらと落ちるなか、スームはコクピットハッチを蹴り飛ばすように開いて、さらに眼前の敵機のハッチを外から開く。

「うおっ!?」

 突然開かれたハッチに驚いている男に、スームは飛び込んだ勢いでそのまま顔を踏みつけるように蹴りを入れた。

 鼻血を流しながらも腰につけたナイフを取り出そうとする敵の右手を、スームは思い切り踏みつけた。

「ぐああ……」

 たまらずナイフを落としたのを見計らい、下腹部を踏みつけ、膝で左腕ごと胸を押さえつける。

「さて。お前はどこの所属だ?」

 スームの質問に、男は睨みつけるだけで答えない。

「なかなかの練度だった。転倒からの復帰速度も及第点。ただ、剣を振り回すのが雑すぎる」

 ちらり、と踏みつぶした右手を見ると、人差し指に見たことのあるタコがある。スームはそれを見て、笑った。

「ケヴトロの奴か……」

 スームの呟きに、ぴくり、と男は反応した。

「もうわかった。黙ったままでいい」

「違う。私はノーティア所属の……」

「もういい。どうでもいい」

 ぐい、とスームが力を入れて下腹部を踏みつけると、男は苦悶の表情を浮かべた。

「お前の存在が、どういう扱いになるにせよ……お前のバックにはきっちり責任を取って貰う」

 そこまで言うと、スームの右手が男の顎を殴りつけた。


☆★☆


「ほい」

 客も商人も逃げ帰ってしまった蚤の市の会場で、スームは小さな箱を軽く放った。

 放物線を描いて飛んで行った小箱は、十メートル程先の地面に落ちるかどうかという場所で爆発でもしたかのように大きな音を立てて粉々に砕けた。

「ちょっと、スーム」

「なんだ?」

「こんな危ない物軽々しく渡すんじゃないわよ」

 リューズは小箱をバッグの中に適当に放り込んでいたので、想定外の威力に青くなっている。

 騒動が終わり、輸送車で少し離れた場所に退避していたリューズ達は、市場から歩いて来たスームの姿を見つけて合流し、再び蚤の市跡地にいた。

 騒動の連絡を受けたアナトニエの兵たちがやってきて、現場の状況に驚くと共に、スームが確保して縛り上げていた実行犯の男と、死体になった二人の男の扱いに困っていた。

 さらには、現場に他国の王族がいて、巻き込まれる形になった事も判明し、一人の兵士が慌てて馬を駆り、王城への連絡に向かった。

 城からの人員が来るまで待っていて欲しい、と兵士たちに頼まれ、スーム達コープスの一行は、コリエス達と共に、商品が散らばる会場跡地にて暇を持て余していた。

 そこで例の爆発がスーム謹製の小箱だった事を知り、リューズが目の前で実演して見せろと言い出したのだ。

「火薬?」

「いや、小型の魔動機関でスイッチを入れて三秒後に、密閉した空気を急激に熱するように登録してるだけだ。んで、本体ははじけると尖った小さなパーツになって半径三メートルくらいまで高速で飛ぶ」

 火薬が爆発しているように見えるのは、空気が弾けた時にパーツと一緒に周囲の砂や土を巻き上げるせいだろう、とスームは冷静に説明する。

「どうして、こっちまで破片が来ないの?」

「破片の飛ぶ方向を調整したからだな。全体的に六メートルの円の中に納まるように広がって飛び散るようになっている。そのせいで、地面を抉ってしまうんだがな」

 火薬による爆風と違い、プログラムされた動きを魔力によって発動させる魔動機関は、こういった点では非常に扱いやすかった。その代わり、人工知能的なプログラミングはできない。あくまで、あらかじめ登録された命令に対して、決まった事象を起こすだけなのだ。状況による自己判断ができないので、センサー類としては使い辛く、光学的な面では全く使えない。

 モニターと言うものが作れず、全ての魔動機がスリットやガラス越しの窓から周囲を見るしかない。コクピットをほぼ密閉しているのは、鏡を使って潜望鏡のように頭部からの光景を見る機構がある、ハードパンチャーくらいだろう。

「あの、スームさん。先ほどは……」

 リューズと話しているスームの所へ、コリエスがやって来る。

 当然のように護衛の騎士がついて来ている。彼はスームと目が合うと、しっかりと頭を下げた。

「ああ。さっきはありがとうな。おかげでテンプさんも無事だった」

「いえ、こちらこそ。戦場というのに呆けていたわたくしを叱咤していただきました事、とても感謝しております。やはり貴方は、わたくしの国に必要な人材ですわ」

 コリエスはスームの右手を取り、両手で包み込んだまま、熱のこもった瞳でスームを見上げている。

 これはまずいと判断したのか、咳払いと共に護衛の騎士が一歩進み出ると、コリエスが名残惜しそうにスームの前から身を引いた。

「彼は本国から私を護衛している騎士、アルバートです。もう一人は本国へ返しましたので、今は彼に色々と任せています」

「アルバート・クルトと申します。一言お礼を述べたいと思いまして」

「そんな大した事をした覚えはないけどな」

 スームは単にテンプを助けるついでに、邪魔になるから逃げて欲しかっただけなのだが、その事がコリエスと同時にアルバートをも助けたことになるらしい。

「万一、アナトニエ国内でコリエス様が大怪我でもなされたら、国際問題になりかねません。それに、護衛についている私の責任も問われるでしょう。騎士爵家など、国政に携わる名門貴族にしてみれば、紙切れ一枚で潰せますから」

 改めて、しっかりと頭を下げて礼を言った騎士に、スームとしても悪い気はしなかった。そこまで影響を考えていたわけでも無かったし、元はと言えば、スームがコリエスを同行させたのが失敗だったかも知れないのだ。偉そうにするつもりも無かった。

 ふと、騎士の向こうからやって来る馬が見えた。そして馬上の人物が誰かわかったスームは、騎士に頭を上げてもらい、一つお願いがある、と言った。

「もちろん。できる限りの事はさせていただきますわ!」

「ああ、助かる。じゃあ、あいつに状況の説明を頼むわ」

 スームが指差した先では、アナトニエ王国の王女セマ・アナトニエが、黒く艶のある髪を風になびかせて、一直線にこちらへ向けて馬を走らせていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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