69.勝者と敗者
69話目です。
よろしくお願いします。
ノーティア王国軍は主戦力を全てケヴトロ帝国方面へ割り当てる事で、ケヴトロ帝国に対抗する国々の一つという位置を確保する事を狙った。その辺りはスームを始めとしたアナトニエ側やヴォーリア連邦のハイアッゴが想定した内容から外れてはいない。
だが、いざ軍がケヴトロ帝国領内へ侵攻してみれば、待ち構えていたのはアナトニエとヴォーリアの軍である。
それも、ケヴトロ帝国軍の基地に対して攻撃を仕掛けている所に参戦されたものだから、ノーティア側は完全に退き時を見失ってしまった。
両側面から挟撃を受けて、泡を食って体制を立て直しながら反撃を続けている間に、攻撃してきているのがアナトニエ機とヴォーリア機であると気付いたのだ。指揮官は混乱の極致に陥り、とにかく打ち減らされないように密集陣形でかろうじて耐えている。
対して、ケヴトロ帝国の基地防衛側も混乱していた。
ほぼ停戦に近い状態であったノーティアから突然の侵攻を受け、少ない兵力ながら基地そのものは頑強に作られているため、籠城に近い恰好で抵抗を続けているうちに、いつの間にか敵であるはずのアナトニエとヴォーリアの軍勢に“救援”されていたのだ。
敵とはいえ、多くの兵員が命を救われた事は間違いのない事実であり、アナトニエ王国の司令官であるカタリオと、ヴォーリア連邦軍トップであるハイアッゴが面会を申し入れて来たのを、基地司令は断ることなど考えられなかった。
旗を上げて申し入れの受諾を示した直後に、二人の軍人がそれぞれに副官を連れて基地へと入ってきた。
「アナトニエ王国軍のカタリオです。少し騒々しいですが、まあ仕方ありませんね。よろしく」
「ヴォーリア連邦のハイアッゴだ。邪魔をする」
外ではまだ戦闘中なのだが、まるで気にせず入ってくる二人の人物に、ケヴトロ帝国の基地司令はその胆力に驚嘆しつつ、会議室へと案内した。ケヴトロの基地には応接の為の部屋は存在しない。
部屋に通された二人は、副官を後ろに控えさせた状態で並んで座り、ハイアッゴは睨むような視線で、カタリオは目を細めて微笑みのような顔をして基地司令を見ていた。
「……まずは、ご助力に感謝いたします。ただ、正直に申しまして情勢に疎い私では、状況が見えないので、ご説明をお願いしたいのですが」
戦場になった基地を捨ててさっさと逃げ出したい気持ちを押えながら、中年で痩せ気味の基地司令は、部下の手前堂々と切り出して見せた。
「簡単な事です。すでに貴国の基地はほとんど陥落しています。僕たちアナトニエとヴォーリアの軍勢によって」
「そこでノーティアが横から手を伸ばしてきたわけだ。手癖の悪いやつは躾の為に打たれるのは当然だろう」
「か、陥落とは……」
狼狽える基地司令に、カタリオが「落ち着いて」と声をかける。
「我々は帝国を併呑するつもりも、当然ながら民衆に被害を与えることも望んでいません……ノーティアがどう考えているかは知りませんがね」
肩を竦めたカタリオを、ハイアッゴは鼻で笑った。
「ふん、現時点で最強の軍の持っているアナトニエがこう言っているんだ。従っておく以外に、やりようは無いと思うぞ」
遅れて出されたお茶を、ハイアッゴは一度だけ臭いを確かめてから一口含んだ。
「兵と共に生き残りたければ、今はおとなしく基地に収まっている事だ。ノーティアの軍は規模こそ大きいが我々の相手ではない」
それほどの差があるのか、と基地司令は疑わざるを得ないが、ハイアッゴの隣で涼しい顔をしているカタリオを見る限り、真実のようにも感じられた。
実際、ハイアッゴの言う事は事実だった。
ノーティアの機体は基本的に旧式の人型ばかりであり、一部指揮官だけは多少性能が強化された特別機ではあったが、装甲が厚く大型であるヴォーリア機に通用する武器は少ない。
グランドランナーなどで包囲されて足止めをされると、ノーティア機はヴォーリア機とのぶつかり合いであっさりと撃滅されていく。
「三十分程度で敵は敗走を始めます。今回は追いませんが、若干の監視要員だけはここに置かせていただきたいのです」
カタリオは、本題を切り出した。
「監視というのは、つまり我々を捕虜にするというわけですか?」
話している間に、外から聞こえる戦闘音が減っているのを感じながら、指令は軍人として部下を守る方法を考えながら質問を口にした。
「違いますよ」
カタリオはあっさりと否定した。
「僕たちは貴国との協定を結ぶにあたって……言ってはなんですが、この基地程度の規模の軍事力は問題にしておりません」
なんら脅威にならないと宣言され、基地司令は怒りよりも諦めの方を強く感じた。はっきりと言い切られる程、彼我の差は大きいのだ。
「我々としては、ケヴトロ帝国の皇帝と話を付けるまでノーティアに邪魔をして欲しくないわけだ。戦力としては充分な量を置いていくから、もし希望するなら首都まで同行しても良い」
ハイアッゴが言うと、カタリオが同意するように頷いた。
「既に帝都は孤立状態にあります。皇帝が徹底抗戦を望むようであれば別ですが、基本的には講和の申し入れを行う形になります」
多くの兵員を預かる身として基地司令は迷っていた。帝国軍人としての立場で言えば、ここは断りを入れて戦うべきだろう、とは思うが、部下たちを無駄死にさせる結果となるだろう事は想像に難くない。
「失礼します! ノーティア軍は壊滅。一部は敗走しましたが、十数名を捕虜として捕えた模様です」
入るなり早口で報告をした兵士を、基地司令は睨みつけた。
「模様、とはどういう事だ。報告は正確にせよ」
「はっ! ……その、捕虜を管理しているのがアナトニエ王国軍ですので、接触の許可をいただくまでは正確な確認ができず……」
そういう事か、と嘆息した基地司令は、今は良いと兵士を下がらせた。
結局は二国の軍が戦い、帝国軍は何ら寄与する所が無かったのだろう。
立ち上がった基地司令は、カタリオたちに頭を下げた。
「この基地をお預けいたします。私は捕虜の扱いで構いませんが、何卒、部下の事は……」
「ああ、捕虜もいりませんよ。食料も供与しますから、警備に置いていく連中の分も合わせての宿代という事にしてください」
こうして会談に決着がつき、ケヴトロ帝国内ノーティア方面エリアは帝国の他にアナトニエ王国とヴォーリア連邦が目を光らせる、世界で最も軍隊が集まる地域となった。
その後も二度ほどノーティアによる攻勢があったのだが、いずれの場合も大きな損害なく混成軍が撃退している。
単純な数と力量の差があるため、単純なぶつかり合いで決着が付くのだ。
「これから、どうなるのでしょうか……」
わいわいと他国の基地内で夕食を愉しむ他国の軍人たちを見つめていた兵士が、一人ごとのように基地司令に声をかけた。
目の前にいる軍人たちは何かあれば即座に敵になるのだが、帝国兵の中でもお調子者たちは彼らと共に酒を飲む者さえ出て来ている。
「わからん。全ては皇帝の意思次第だ。……だが、こういうのも悪くは無いと思ってしまうのは、仕方のない事だろう。国際交流のつもりで、お前も参加すると良い」
兵士の背中を軽く叩いた基地司令は、混成軍の兵士達に軽く挨拶をしながら、共に食事を始めた。
「さあ、お前も来い。少なくとも、ここは戦場じゃない。命の危機に怯える場所じゃないんだ」
しばらく躊躇ってた兵士だが、「これも命令」と自分を説得して、基地司令の隣へと座った。
☆★☆
「嫌ですよ。そんなの僕の仕事じゃない」
「文句があるならセマに言え。俺だって、こんなのは傭兵の仕事じゃないと言いたいのを我慢してるんだ」
ノーティア方面基地を離れていく軍勢を見つけて合流したスームからセマの命令を聞いたカタリオは、あからさまに嫌そうな顔をして首を横に振った。
「スーム。一体アナトニエの王女は何を考えているのだ?」
カタリオと共にスームの前に立ち、命令書を横から見ていたハイアッゴが首を傾げる。王族ならば征服なり降伏させるなりと言った“派手な舞台”には喜び勇んで姿を現し、自分の成果とするのが常識だったがアナトニエは違うのか、と疑問に思ったらしい。
「理由までは知らない。とにかく王族と言っても内部のゴタゴタを片付けるのに手いっぱいだからな。余剰に出せる人員も多くない。それに帝都はまだ危険に巻き込まれる可能性もある」
スームとしては王族が行かない事自体は賛成している。だが、事講和の為の会談等となれば部外者とも言える傭兵では勤まらない。
曲がりなりにも部隊司令であるカタリオが前面に立たなくては格好がつかないだろう。
「ふむ……」
だが、ハイアッゴはセマの狙いがそれだけでは無いような気がしていた。
短期間のうちに軍隊という頑迷になりがちな組織をあっさりとひっくり返して中身を綺麗に入れ替えた。
勧誘側のやり方に問題があったとはいえ、帝国やノーティアから引き合いがあったコープスとの距離感も絶妙だった。特定の国との結びつきを嫌ったコープスという組織と適度な距離を取り、結果として精強な魔動機軍を得た。
もちろん、アナトニエ王国という国がある程度の富を蓄えていた事も大きいが、これまで戦争の歴史に登場しなかった国が、今まさにその歴史にひとつの区切りを打とうとしている。
ハイアッゴはラチェットを通じて、アナトニエ内で起きた事を概ね把握している。
ふと、隣でスームの言葉に嫌な顔をしながら、何とか代役を立てられないか頭を捻っているカタリオを見た。
もし、ケヴトロ帝国やノーティア王国がアナトニエに対して余計な刺激をせず、以前からのアナトニエ王国軍の将軍が没落する事無く幅を利かせていたら、カタリオという男は田舎の部隊長として一生を終えていただろう。
もっと突っ込んで言えば、セマがここまで軍に対して影響力を持つ事も無かったかも知れない。
そう考えた時、ハイアッゴは背筋に冷たいものを感じた。
「……カタリオ殿。俺も同行させてもらおう」
可能な限り、ケヴトロ帝国に対する行動でヴォーリアも首を突っ込んでおく必要がある。ハイアッゴはそう感じた。
「はぁ……仕方ありませんね。では、手っ取り早く終わらせましょう。スームさんも協力してもらいますよ」
「わかってるよ。早く終わらせたいのは俺も同じだ」
少数で乗り込むか、今動かせる戦力を集めて帝都を包囲してからにするかを議論しながら歩いていくスームとカタリオを追いながら、ハイアッゴは自分が派手な戦果を挙げるコープスや軍の戦力ばかりに気を取られていた事を猛省していた。
「何を考えているか知らないが……注意せねばならん」
ケヴトロ帝国は降伏する以外の道を残されていない。セマが考えた通りに保護国として名ばかりの皇帝と貴族は残るだろうが、実態は戦勝国であるアナトニエ王国とヴォーリア連邦が意思決定を行う形になると予想される。
だが、アナトニエとヴォーリアが同列とはなりえない。ノーティア程ではないが、ヴォーリアはあくまでアナトニエが作った構想に“乗った”だけで、主導権はアナトニエ側にある。
すなわち、セマが中心人物となって手腕を振るう事になるのだ。
胃の痛い事だ、とハイアッゴは奥歯を噛みしめた。
戦力で単純に事が運ぶ時代では無くなる。戦力を背景に人を動かす力をもったアナトニエ王族を相手に、今後は“政治”で対応していかなければならないのだ。
目の前にいるカタリオの言葉を借りるわけではないが、この戦後処理が終わればさっさと引退してしまう方が利口な気がしてきたハイアッゴだった。
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