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64.軍人の矜持

64話目です。

よろしくお願いします。

 ケヴトロ帝国への侵攻を開始したアナトニエの軍隊は、無人の野を往くかの如く予定されていた破壊目標を次々と攻略していった。

 どうやら、ソーマートースと共に国境に集まっていた軍勢とヴォーリア連邦国境にいる部隊、そしてスームに落とされたホワイト・ホエールを除けば、大した戦力は残っていなかったようだ。


「あとは、首都の防衛部隊くらいかな?」

 戦力を分けてアナトニエに近い位置から基地を破壊し、予定の八割を完了させたカタリオは、地図を見ながら呟いた。

「首都まで攻め込むのですか?」

「行かないよ」


 グランドランナーの車長席にもたれかかって、ハッチから空を見上げていたカタリオはあっさりと否定した。

「そこまでするのは予定に無いからね。あと五か所終わったらさっさと帰ろう」

「しかし、今の戦力と勢いがあれば……」

「で、無駄に戦死者を出すのか? 人を死に追いやる仕事だってのは自覚しているけど、積極的にやりたいとは思わないな」


 カタリオの言葉を受けて、兵士は即座に謝罪を口にした。

「まあ、今の戦力ならいけると思うのもわかるよ。命令があればやるし、できるかと問われれば、多分できると答える」

 だが、アナトニエにも弱点はある。歩兵戦力が極端に弱いのだ。


 ここまでどんどん作戦を進行できるのも、作戦内容に“占領”が入っていないからだ。ひたすら施設と魔動機を破壊して次へ行く、を繰り返しているだけなら、強い魔動機で強襲するアナトニエが有利なのは当然と言える。

 軍事を拘束し、人民を慰撫しながら占領地に人を置いていき、場合によってはゲリラ戦をする、となるとアナトニエ側は途端に窮地に陥るだろう。


「それに、首都が今以上にダメージを受ければ、あっちも引くに引けなくなる。自分たちの命は守れるだろうと錯覚できる程度の戦力が、彼らの目に見える位置にあると言うのは大切な事だよ」

 本当の意味で窮鼠になるまで追い詰めちゃだめだ、とカタリオはあくび混じりに語った。


 さらに次の目的地へ進んでいると、一機のフライングアーモンドが全速でやって来た。

 ホワイト・ホエールがいない今、制空権はほぼアナトニエが押えているようなものなので、カタリオは誰はばかることなく情報のやり取りや状況の観察を行うために、ケヴトロ帝国のアナトニエ側半分には早い段階でフライングアーモンドによる情報網の構築を完了させている。


「ご報告します!」

「何かあったかね?」

「ここから100km程さきにあるケヴトロ帝国の軍事基地にて、ヴォーリア連邦の軍勢と接触いたしました」

 カタリオと同じ機体のメンバーに緊張が走る。


「戦闘になったのか?」

 一人、冷静なままのカタリオは尋ねる。

「いえ。ヴォーリア連邦の代表を名乗る方から協力要請がありましたので、判断を仰ぎたく自分が派遣された次第です」

 ヴォーリアとの戦闘は避けられそうだとわかり、一同の緊張は半分ほど緩和された。


「それなら、僕が直接話を聞きにいこうかね。一応はこっちの要望を飲んでくれた相手なわけだし、少しくらいは丁寧な対応を心掛けないと」

 カタリオはそう言うと、後の事は任せたよ、と言い残してフライングアーモンドの方に乗り換えてヴォーリア連邦との合流地点へ向かう。

「急ぐから仕方ないけれど、高い所は苦手だから僕は目をつぶって寝ているよ。着いたら起こして」


 言うが早いか、狭いコクピット内の床に身体を縮めてごろんと横になったカタリオは、すぐに寝息を立て始めた。

 邪魔だという思いもあるが、それだけ疲れてもいるのだろうと思ったフライングアーモンドのパイロットは、急ぎながらも極力揺れないように気を遣いながら目的地へと向かった。


☆★☆


 こうしてケヴトロ帝国側国境にいた軍は早々に侵攻を始めていたため、国境へは予備隊と本来の国境警備兵が残っているのみであった。

そこへキパルスが日中に間に合うようにと送った、帰投命令を抱えた使者が到着したのだが、責任者であるカタリオは不在。軍本体もいくつかに分散しているという状況で、使者はフライングアーモンドによる連絡が回るまで、待ちぼうけをする羽目になった。

 命令した当人が、すでに死亡しているとは知らずに。


 同様に、ノーティア王国側の国境にいた部隊にも、使者が訪れていた。

「帰投せよ、と?」

「既に軍の指揮権はキパルス王子にある。現在の作戦は中断するようにとの命令である」

 すぐに準備をして王都へ戻る様にと高圧的に言う人物は、使者として訪れた騎士でカスパー・ハーンと名乗った。


「セマ王女……それに王様はどうしたの?」

「これはアナトニエ国内の事である。貴様ら傭兵に話す事は無い」

 指令室となっている天幕に同席していたミテーラの質問を、カスパーは最後まで言葉を聞く事も無く無視した。


「使者殿」

 ユメカは目の前に立つカスパーを睨みつける。

「彼女を始めとしたストラトーは、正式に我が軍に組み込まれた歴とした仲間です。そのような言い草は止めるべきでしょう」


 注意を受けたカスパーだが、反省の色は無い。逆に鼻で笑って見せた。

「王も王女も王都を捨てて敗走し、今や実験はキパルス王子に有るのです。間もなく正式に即位されるでしょう」

「つまり、まだ王子は王子のままって事でしょう? いいの?」


 ミテーラはユメカに対して質問したのだが、カスパーの方が口を開いた。

「傭兵あがりが余計な口を挟むな!」

 声を荒げたカスパーは、天幕の隅で腕を組んだまま立っていたクロックと、その隣でクロックの監視下にいるラチェットを指差す。

「それに、他の部外者までいるのはどういう事か。司令官殿は軍の規律を軽く考えておられるのでは無いか?」


 誰もが黙ってカスパーを見ていたので、彼は自慢げに笑みを浮かべた。

「僻地にいた司令官殿にはわからないだろうが、王都では大きな変革が起きている。しかし司令官殿は心配する必要は無い。王子が即位された暁には、軍はより補強され、最強の軍を有するアナトニエ王国がこの世界を率いる盟主となるのだから」


「その際には、爵位を引き上げてやるとでも言われましたか」

「なにっ!?」

「あの馬鹿王子は、結局王とセマ様のお考えを理解する事も出来ず、軍の存在意義を自らの虚栄心の為に利用する道具としてしか見えないようですね」


「司令官殿! それ以上言えば反逆として罪に問われるぞ!」

「反逆をしているのはどちらか、わかっているでしょう」

 真正面から睨みつけるユメカの視線が、さらに強い圧力を含む。

「軍は為政者の野望の為に存在する物では無い! 国を守り、民の生活を守る為に存在するのだ! 小官は無駄な戦闘の為に部下の命を危険に晒すような無能になるつもりは無い!」


 ユメカは渡された命令書をクシャクシャに丸め、カスパーに投げつけた。

「このような真似をして、ただで済むと思うのか! こちらの部隊よりも数が多いカタリオ指令の軍がこちらに付けば、お前たちは反逆者として誅殺される未来しか無いのだぞ!」

 偉そうに言っているが、内容は完全に他力本願であり、未確定な未来だ。


 さらに言えば、その未来予想図は絶対に実現しないとユメカは自信たっぷりに言えた。

「カタリオね。あの男がこういう面で判断を誤るとは思えません。能力がある癖に不真面目でサボり屋で、顔を見るだけでも腹の立つ男ですが、軍人としての信頼はできる男です」

 立ち上がったユメカは、少し背の高いカスパーの前に立ち、その目を見上げる。


「いい加減にお芝居は飽きました。貴方は知らないようですから特別に説明して差し上げます。小官たちはすでに王都の状況も王やセマ様がどのような状況に置かれているかを知っています」

 そして、とユメカは咳払いを挟む。

「すでに王都奪還へ向けての動きは始まっています。……カスパー・ハーン。貴方を反逆罪で拘束します。大人しく縛に付きなさい」


「ば、馬鹿な……。私は魔動機の車でここへ来たのだ! ……あの空を飛ぶ魔導機か!」

「少なくとも、貴方には軍を率いるセンスは無いようですね。抵抗をするなら、ここにいる全員が相手をしますが、どうしますか?」

 やるなら命を賭けて挑みなさい、というユメカの言葉に、カスパーは素早く腰の短剣を抜いた。


「危ない!」

 と叫んだのはミテーラだが、ユメカの動きはもっと速かった。

 女性とは思えない程の力強い左の手刀がカスパーの手首を強かに打ち、ナイフを叩き落としたかと思うと、左手を引くと同時に放たれた右の拳が、正確に顎を打ち抜いた。

 あっさりと意識を手放したカスパーの身体は、ゆっくりと倒れた。


「……貴方のような地位にしがみついている貴族と違って、小官は一兵卒から初めてここまでずっと訓練していたのです。そんな腰の入っていない動きでは、刃物を持っていても小官には届きません」

「大した動きだわ。見直したわ」

「歴戦の勇士からのお褒めの言葉、光栄です」


 ラチェットが口笛を吹き、抜いていた銃をホルスターに戻したクロックは、彼の頭を叩いた。


☆★☆


 謁見の間の前で始まった銃撃戦は、アナトニエ兵側が一方的に損耗する形で進んでいた。

 騒動の報告を受けて指揮の為に駆け付けた王子の側近は、そっと覗き込んだ通路の先で、謁見の間の扉が開き、セマとコリエスが出てくるのを確認して舌打ちした。

 逆転の目を狙ってセマを狙撃しようと狙ったが、誰かに素早く物陰に引き込まれたようで、失敗に終わる。


「仕方あるまい……ここは放棄するぞ!」

「しかし、キパルス王子はどうするのです!」

 先に来ていた騎士が尋ねるが、彼は答えるべきかしばらく逡巡した。

「……もはやここでの戦闘ではジリ貧だ。一旦退いて体制を立て直すべきだ」


「王子を見捨てると言うのか!」

「確実な方法を選択すると言っているだけだ。連中が脱出したとしても、王子が……最悪、王子の身体がこちらに有ればどうとでもなる」

「それは……」

 王子が外へ出て来ていない以上は、生死に関わらず相手方は王子を連れ出す事は考えていない事がわかる。


 同僚の騎士が青褪めた顔で同意しかねている間にも、一人の兵士が顔面を撃ち抜かれ、血を撒き散らしながら転倒した。

 動揺が広がるが、彼らを襲ったのはそれだけでは無かった。

「外の魔動機部隊が襲われています!」

「何だと?」


 息せき切って駆け付けた兵士の報告は続く。

「どうやら王が率いた部隊らしく、町の警備部隊は半数が撃破された後に投降した模様で、すでに町へ侵入されています!」

 聞きながら、騎士は拳を握りしめていた。何もかもが想定通りに進まない。


「ここは任せる。私は外の敵に対応する。敵は逃がしても構わんから、何としても王子だけは渡すなよ」

「わ、わかった」

 同僚騎士が頷いたのを一睨みして、騎士は外へ向かう。町へ入った王たちの軍勢が目指しているのは間違いなくこの城だろう、と彼は予想していた。


「敵の規模は」

 伝令に来た兵士がついて来ているのを見て質問を投げると、すぐに返答が帰ってきた。

「正確には判りませんが、新型魔動機が合計三十ほどはあるかと。他に、警備部隊との戦闘には参加しなかった人型魔動機が十程確認できております」

「合計四十か」


 頭の中で対応を組み立てながら歩いていた騎士は、後ろをついて来ていた兵士を先に行かせて、城にいる兵士達を集めて魔動機を動かせるものは全員城の門の内側に集結するように、と伝令に出した。

「城そのものに攻撃をするとは思えん。精々盾に使って、いざとなれば籠城するとしよう」

 味方にも数機だが新型は残っている。飛行型は無い上に練度も低い操縦士しかいないが、グランドランナーで塀の後ろから狙撃する程度の事は出来るはずだ。


「折角の栄達の機会なのだ。王であろうと王女であろうと、邪魔をさせてなるものか……!」

 自らを鼓舞しながら、騎士は次第に歩幅を広げ、いつしか駆け脚になっていた。

「魔動機戦闘が傭兵の専売特許と思うなよ!」

 彼が向かったのは城の一角にある魔動機のガレージだ。そこに、彼が運び込んだ人型魔動機がある。


「持ちこたえる。早ければどちらかの国境から援軍も来るだろうが……私の手で決定的な戦果を出してやる。そうすれば、私は……」

 ブツブツと独り言を呟きながら、ようやく到着した魔動機に搭乗し、久しぶりのコクピット内を確認しながら機体を起動させる。

 ガレージに騒音が聞こえ、指示通りに他の機体も城の前に集まり始めているのが分かる。

「騎士の私が、腰抜けの王に負けるものか……!」

 機体は、ゆっくりと歩き始めた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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