63.始末
63話目です。
よろしくお願いします。
コリエスを伴って踏み込んできたセマの姿を見た時、兄であるキパルス王子はまだ余裕のある顔をしていた。むしろ、息を吐いて安心したようにも見える。
「セマ。お前か」
「ええ、お兄様。お父様に代わって私が参りました」
毅然とした態度でセマが言うと、王子は苛立ち露わな表情で玉座から立ち上がった。
「代わりだと? あの父はこの期に及んで自ら動く事もせず、戦いを他人に任せたというのか!」
激高し、足踏みする姿はまるでこどものようだ、とセマに呆れの顔をさせる。
「戦力を持ちながら、国を勝利させる事すら逃げるとは……。実権を失ってもなお、娘に頼るとは……」
「何か勘違いしておられるようですね」
「なんだと?」
「お父様は国を守る為の戦いはためらった事はありません。戦う機会が無かった為に取り残されておりましたが、いざとなれば民を守る為にあらゆる手を尽くしましたし、今でも同じです」
セマは冷静に説明を続けながら、檀上にいる兄の所へと近付いていく。
「それでも、虚栄心や領土の為に戦うのが正しいと言い張りますか?」
「国を大きくする事が間違いだとでも言うのか!」
「間違いです」
キッパリと言い切った時点で、足を止める。
階段の前まで迫り、少しだけ見上げた格好で睨みつけたセマは、言葉を続けた。
「国は広ければ良いと言う訳ではありません。国土は管理せねばならず、国民も把握して、税の徴収と同時に、必要な援助をしなくてはいけません」
「そ、そのくらい俺だってわかっている!」
「いいえ。お兄様はわかっていません」
言葉と共にセマが階段の一段目に足をかけた瞬間、キパルスは一歩後ずさり、玉座へと腰を落とした。
「税を管理するにも民を管理するにも人が必要なのです。この国は幸いにして土地が豊かで民が飢える心配は少ないですが、ケヴトロ帝国やノーティア王国の土地はどうですか? そこにいる人々から何を得るというのです」
セマの口は止まらない。それどころか、次第に熱を帯びていく。兄に対しての怒りが、話しているうちにふつふつと湧き上がってきたらしく、声も低くなる。
「今、ケヴトロ帝国と戦っていますが、お父様も私も、帝国を併呑する事は考えていません。貧しく飢えた国民を抱えた、痩せた土地を手に入れたとしても、元ある国の富が、民の為の食糧が失われるだけです。何故それがわかりませんか!」
「だが、ケヴトロ帝国を押えれば、強い軍隊を手に入れる事が出来る。精強な兵と新しい魔動機を同時に持った国家だ! どこにも負けん!」
「大馬鹿者!」
「あぶっ!?」
大見得を切ったところで、セマの細い拳がキパルスの頬を捉えた。
座っていた所を横から殴られて、後頭部を背もたれに打ち付けた王子は、何が起きたか混乱しながら頬を押えた。大量の書類を扱いながら忙しく仕事をしている間に、セマもそれなりに腕力が付いたらしい。
「その代わりに、新たに他の国と国境を接する事になる。いえ、それ以上にその“精強な兵”とやらを養うための財源は、食料は、物資はどこから持って来るつもりですか!」
「セマ様、そのあたりで」
いよいよ叫び声になった所で、後ろで控えていたコリエスが声をかけた。
「スームさん達が戦闘に入っている可能性もありますわ。万一を考えて、急ぎましょう」
「……お恥ずかしいところをお見せしましたね」
息を整え、セマは苦笑しながらコリエスへ振り返った。
その瞬間、痛みに驚いていたキパルスが、セマを蹴り飛ばす。
「ふざけるな!」
「きゃっ!?」
とっさにコリエスが支えたが、共に転倒する形になってしまった。
コリエスが持っていた銃が、入口の近くへと滑っていく。
「もはや父は王の実権を失っている! これから国を動かしていくのはこの俺だ! お前の意見など聞く必要は無い!」
強い国を作り、敵がいなくなれば民は安全で幸福だろう、と持論を披露しながら、キパルスは懐に入れていた小さな箱を取り出した。
「それは……!」
セマもコリエスも見覚えがあるそれは、スームが作った手りゅう弾型の魔動機だ。二人とも、その威力を知っている。
「ハニカムとかいうケヴトロからの工作員が持っていた物だ。記録を見れば、結構な異力があるようだからな、貰っておいて正解だった」
ハニカムが収監された際に没収した所持品から持ってきたらしい。
「痛たた……。王族のくせに、随分と手癖が悪いですわね」
「アナトニエ王国の没収品だ。俺が如何に使おうと勝手だ」
「そういう公私の別が付かない所は、何度かお父様に注意されたでしょう……」
ふらふらと立ち上がりながら、セマもコリエスもキパルスが握っている魔道具に注意を向けている。
万一でも、近くで起爆したらひとたまりもない。
使い方を知らないのであれば、とセマは期待していたが、その願いもむなしく、キパルスはカバーを外してボタンへと手をかけた。
「なんでも、このボタンを押して放り投げれば爆発したかのように破片を散らすそうだな。その威力は、生身の人間をずたずたに引き裂く程だとか……全てお前の書いた報告書のお蔭だ」
あざ笑う兄に、セマはそっとポケットへ手を入れて、拳銃を探る。
「何を狙っているか知らんが、反撃などさせん!」
キパルスの方が、動き出したのは早かった。
スイッチを押して、すぐにセマへと向かって魔道具を放る。
「うっ……」
放物線を描いて飛来するそれに対いて、セマは思わず強く目を閉じた。怖い、という感覚が一瞬で全身に走り、身体が硬直する。
脳裏には、以前の襲撃現場で見た爆発が思い出される。
だが、コリエスは動いた。
とっさにセマの前に出たかと思うと、思い切り右足を振り抜いて、飛んできた魔道具を蹴り飛ばす。
カツン、と音を立てて飛んだ魔道具は、謁見の間の隅まで飛んで、弾けた。
爆発音が響いた後は、静寂が謁見の間を包む。
そして、蹴りの後でバランスを崩して転んでいたコリエスは、強かに打ち付けた腰を擦りながら立ち上がった。
「残念でしたわね。あれはスイッチを入れてから“三秒後”に爆発するのです。少しだけ、投げるのが早かったようですわね」
スームからの受け売りを自慢げに話したコリエスの横に、怒り心頭の表情で立ちあがるセマ。
「お兄様……」
その手には、先ほど握っていた銃があり、ぴったりとキパルスへ向けられている。
「ま、待て! お前は実の兄を殺そうと言うのか! 落ち着け、俺が実権を握った今、お前が好きな事をやらせてやるぞ!」
「つい今しがた、実の妹を惨殺しようとしたではありませんか」
「待っ……」
セマが発射した弾丸は、正確にキパルスの胸へと吸い込まれた。
豪奢な刺繍が施された仕立ての良い服には穴が開き、背後の背もたれにめり込む形で弾丸は止まった。
「俺の……強い、国が……」
玉座に座ったキパルスの身体は、背もたれにずるりと血の線を描いて、停止した。
「まず、貴方自身が強く、賢くあるべきでしたね……」
声と同様に震えるセマの右手を、コリエスがそっと両手で包み込んだ。
☆★☆
街道沿いに移動していたリューズたちは、戦闘の為に移動する者が少なくなった街道を飛ばして、想定よりかなり速く移動していた。
夜明けにたどり着いた小さな町に大軍が集結しているのを見て、何かトラブルか、と遠くからしばらく観察していた。
ところが、町の住民は普通に出入りしており、街道に出て来た農夫に尋ねたところ、王都で騒動があったらしく、偉い人が来ているという所まではわかった。
「直接話を聞きに行った方が早そうね」
と、リューズが方針を決めると、ギアは「自分はトレーラーに残る」とばかりに頷いてから手を振った。
「……女の子に危険な真似させるんじゃないわよ」
文句を言いながらも、いざ戦いになればリューズの方が強いのだ。
そして、兵士に声をかけたリューズは、すぐにテンプが入院している病室へと案内された。
「なんというか……大変だったみたいだね」
リューズは、多くの世話役に囲まれているテンプを見て呟いた。
「前線にいたリューズに言われると、変な感じね」
事情を聞いたリューズは、一度トレーラーに戻ってギアと共に治療院近くの広場まで入り、再びテンプの病室を見舞った。今度はギアも一緒だが、彼は無言で頷いて終わりだ。
「そう。スームはまた王都に行っているんだ」
状況を聞いたリューズは、腕を組んで何かを考えていた。
「私は王都に戻ってハニカムの機体を回収するつもりだったんだけど……それどころじゃなさそう」
「今の王都は騒動の中心地よ。王様が新型機の部隊を率いて王都を包囲する作戦に出るらしいから、ちょっと入るのは難しいんじゃないかな?」
「王様自身が?」
「周りの人が止めたんだけど、何だか張り切っておられるみたいで……」
話していると、病室へ話題の人物が訪れた。
「テンプ殿、具合は如何かな? おや……君たちは?」
「私の同僚。コープスの魔動機乗りであるリューズと、トレーラードライバーのギアです」
テンプの紹介に合わせて、二人がやや緊張気味に頭を下げた。
「なんと! そういう事なら、是非頼みたい事がある!」
やたらと高いテンションのまま、王は病室内にある椅子に掛けるように勧めると、テンプの世話をしていた女性が、手早くお茶を用意する。
「余と娘はテンプ殿たちに助けられた! 今は、セマとスーム殿たちが王城に潜入している事は聞いておるかな?」
リューズが頷くと、王は話が早い、と喜び、これからの作戦に協力を願いたい、と語った。
「作戦、ですか?」
「ナット殿が一時的にこちらへ戻って来てな、思ったよりも敵の戦力が残っているという報告を受けた。万一の際に、スーム殿が脱出する手助けの為に町を包囲するつもりだが……」
「やります」
リューズの即答を受けて、一瞬だけ動きが止まった王だったが、大笑いしてリューズの肩を掴んだ。
「素晴らしい。流石は世界最高の傭兵団の一員だ。では、作戦の打ち合わせを行うとしよう」
立ち上がった王は、そのまま病室を出るかと思ったが、まっすぐテンプがいるベッドの横へと向かった。
「テンプ殿。しばし仲間をお借りする」
「ええ。彼女はとても腕の良い魔動機乗りです。どうやら、機体は大破しているようですが、とても頼りになります」
「そうか。貴女がそう言うなら、とても心強いな」
テンプの言葉ににっこりと笑った王は、威厳よりも無邪気さの方が見えた。
「王様が張り切ってる理由って、テンプさんに良い所を見せたいからじゃないの?」
リューズが首を傾げている隣で、ギアは触れてやるな、と首を振った。
「男って、単純ね」
スームのためだと聞いて即答した口で言うか、と思ったギアだったが、言葉にする事はなかった。
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