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62.焦り

62話目です。

よろしくお願いします。

 警備上の理由で、騎士たちによって使用人たちの王城からの出入りは禁じられていた。と言っても、全てを監視して把握できる訳もない。

 セマ達を案内したルーチェのように、持ち場で仕事をしながら夜明けを待っている物や、昼間の勤務から帰る事が出来ず、仮眠所で休んでいる通いの者など、城内にいる使用人の人数は、兵士と左程変わらない。


 兵士が少ないのは、逃げてしまった者が多いせいもある。王とセマが城から退避し、王子が実権を握ったと分かった時点で、素早く姿をくらました者も多かった。

 その一部は、密かにセマ達を追って都を出ている。

 ごっそりと減ったため交代要員も少なく、充分な警備には足りていない。


「どうなっている! 単に現状の報告をするだけだろう!」

 王子に現状確認をしてくると告げた騎士は、遅々として集まらない情報に、唾を飛ばして吠えた。部下の兵士に命じて各所の様子を見に行かせたが、中々戻ってこない。

 それも当然で、城内の警備にあたっていた騎士と兵士による組織が穴だらけになっているのだ。応援の人員があるわけでも無いのに、そうそう組織的な動きが出来るはずがない。


 文官は多くが逃げ遅れたが、城内に軟禁されている状態で仕事にもならず、侍女や使用人たちと同様、自分たちの職場で休んでいたのだが、兵士たちの目を盗んだり、協力てゐな兵士の手助けを受けたりしながら、遅れて逃げ出している者もいるようだ。

 そうして、時間が経てば経つ程、アナトニエの王城内は組織としてはガタガタの穴だらけになっている。


「ケヴトロ帝国からの応援も、しばらくは望めない。魔動機も大打撃を受け、新型は大半が王と共に外にいる」

 まず初手で大失敗をしている事に、騎士は歯噛みする思いだった。

 王子は当初の予定通りに、前線の戦力へ帰投を命じて王に対する戦力とするつもりのようだが、兵たちが素直に命令を聞く保証はない。


「まず王と王女を取り逃した時点で、かなり苦しくなったのだ。キパルス殿下は、それに気づいておられるのか」

 彼は今、逃げた文官が使っていた執務室を使って指令の為の拠点としているが、先ほど見た王子の顔を思いだし、乱暴な手つきで棚から酒を拝借すると、むかっ腹に流し込んだ。

「王たちの排除が成功していれば、このような状況にはならなかったものを……王子が正式に継承を宣言すれば、兵士達への命令権は正当な物となる。だが、今の時点では……」


 口に出しかけた言葉を、二口目の酒と共に流し込む。

「朝になれば、戦線もまた動き出す。侵入者がいるとするならば、夜のうちに始末せねば、王が反撃に出た時に籠城すら難しくなるだろう」

 彼だけでなく、今回の造反に参加した騎士たちは『王はまず説得から試みる』だろうとの意見で一致していた。

 戦闘行為すら極力避けていた王が、自らの居城を新型魔動機の攻撃で破壊するような真似をするとは考えにくい。


 とはいえ、内部に協力者がいて、戦闘人員が入り込んできてしまえば話は別だ。易々とやられるつもりは無いが、戦力としては決して余裕があるわけでは無い。

「とにかく、この一晩を乗り切る」

 その後、国境の戦力と王都に残った戦力とで王の手勢を挟撃する。王の死を公表し、キパルス王子が正式に即位をすれば、今の周辺国家では最強であることが間違いない軍が手に入る。


 極力明るい未来を考えなければ脱力してしまいそうだ、と頭を巡らしていると、執務室の扉を叩く音が聞こえる。

 入室を許可すると、一人の兵士が入って来た。

「失礼します。王城前面での爆発前後に侵入された形跡は見つかりませんでした」

「見つかりません、だと? 侵入されていないとは言い切れないというわけか」


 騎士に睨みつけられて、兵士は固い表情のまま一礼した。

「何分、人数も少なく、使用人たちからの聞き取りに頼っている部分もありますれば……騎士の方々も、今はほとんどがお休みちゅうであられますので……いえ、これはあまり関係のない事でした。とにかく、人が足りておりません」

 悪びれもせずに、よく言うものだ、と騎士は逆に笑みすら浮かべた。


 要するに、大半の騎士たちは仕事もせずに寝ているが、起きていた所で意味は無い、とこの兵士は言っているわけだ。

「確かに、肩書はあれど経験の無い名ばかり騎士も多い。城勤めと言っても、一日中ウロウロしているだけの連中も多かったからな」

 反論するよりも不満は不満として受け入れてしまった方がらくだ、と騎士は認めた。


「……警備対象区画を、謁見の間と王子の私室を含む場所だけに限定する。そうすれば、今の人数でも充分に警備が可能だろう」

「ご配慮、恐れ入ります」

 しかし、他にやらねばらなぬ事はある。

「人手不足のところ悪いが、五名だけ兵をここへ回してくれ」


「了解いたしました。では、後程こちらへ」

「理由は聞かないのか?」

「戦闘中に、上官の言う事にいちいち疑問を差し挟む真似は致しません」

 戦闘中か、と騎士はため息をついた。


「戦いになる、と思っているんだな」

「失礼ながら、すでに戦いは始まっております。今も国境では、我が軍とケヴトロ帝国の軍が戦っておりますし、ここも戦場になる可能性が高いと私は考えております」

「ケヴトロには負けないから、安心すると言い。あの連中は落ち目だ。裏でコソコソやっている分には良いが、最早正面からまともに我が軍と戦える戦力もなかろう」


 不思議そうな顔をしている兵士に、騎士はカップに残っていた酒を飲み干して言う。

「あの国は、アナトニエを内側から操ろうと画策していたが、そうはいかん。過度に戦争を避けたがる王に代わり、キパルス王子が即位すれば、最強の軍がその力を思うさま振るう事が出来るようになる」


 ガン、と音を立ててカップを机に叩きつけた。

「見ていろ。蚊帳の外で貧弱な装備しか持たな合ったアナトニエが、世界を制圧する瞬間はもうすぐだ」

 その為に、今はこれ以上の失敗は許されん、と騎士は呟いた。

「旗頭は王子で良い。問題は軍を動かす者なのだ」


☆★☆


 警備は少ないながらも慌ただしく動き回っていたが、スーム達は存外悠々と進んでいた。

 とはいえ、城内の中央区画である謁見の間周辺になると、兵の数も増えてくる。その様子をそっと窺っていたスームは呟いた。

「ここまでだな」

 使用人の為の裏通路が途切れる。安全の為に壁は頑丈で分厚くなり、裏に回れるようにはなっていない。

 セマ言うには、代わりに王族だけが知る抜け道があるらしい。


 人の死を見た後も、機上に先導してくれていたルーチェに、セマは丁寧に礼を言うと、気を付けて持ち場に戻る様に伝えた。

「私たちに協力した事は秘密にしてくださいね。貴女の安全の為にも」

「はい、殿下……その、頑張ってください!」

「ええ、任せてください」


 足音を立てないようにしながら、来た道を戻って行くルーチェが見えなくなるのを待ったスームは、コリエスと並び、何故か拳銃を握ったまま緊張した表情をしているセマへと向き直った。

「とりあえず、その拳銃はしまっておけ」

 拳銃を握りしめて王子の前に出たら、最初から殺し合いになるぞ、というスームの言葉に、セマは慌ててスカートに外から見えないように作られたポケットへと突っ込んだ。


「ボルトは少し離れて後ろから。コリエスはセマの隣を離れるな」

 ボルトは頷き、コリエスも「了解ですわ」と答えた。

「謁見の間までの道は知っているが、堂々と進んでいっても兵士が集まってくるだけだ。俺が先を進んで、敵を排除する」


 スームの行動は速かった。

 使用人通路が繋がっている小さな倉庫スペースから乗り出すと、警備の為に並んで歩いている二人の兵士を背後から狙撃する。

 後ろから見て急所は鎧に覆われているが、頭部に弾丸が命中すると、兜の曲面で弾かれたものの、二名ともその衝撃で転倒した。


「ひいっ!?」

 近くにいた文官が悲鳴を上げている間に、飛び出したスームは兵士が完全に気を失っているのを横目で確認しながら、文官の男性を背後から羽交い絞めにする。

 首に回した左腕はがっちりと固定され、右手は抵抗できないように男の両腕を器用にまとめて押えている。

 膝の裏を蹴飛ばされ、跪く格好になった文官は、驚きと息苦しさで混乱していた。


「ひいぃ……」

 怯えを含んだ悲鳴を上げる文官に、スームは周囲に人がいない事を確認してから、そっと声をかけた。

「王子と取り巻きは謁見の間にいるか」

「うぅ……」


 ガタガタと震えるばかりで答えない文官の首をさらに絞め上げる。

「答えないなら用が無い。始末するしかないな」

「ま、待って! 話す!」

「声を落とせ、馬鹿野郎」

 気絶しない程度に絞めつけながら、王子がまだ謁見の間にいる事は確認できたが、主だった連中が全て城内に散らばってしまっているらしい。


 侵入の隙を作る為の爆発への対応にまだかかっているらしい。想定外に手際が悪い事に、スームの方が舌打ちした。下っ端を動かして、主だった連中は一塊になるかと想定していたが、人数に余裕がないらしい。

「……仕方ない。護衛が減ったと考えるか」

 腕の中の文官を絞め落とし、倒れている兵士と共に近くの部屋へと放り込む。


 通路に遅れてやって来たセマとコリエスを呼び寄せ、共に謁見の間へと向かう。

「俺が先に飛び込んで護衛を始末する。後はセマが好きにすると良い。ただ、他の騎士連中はナットにやってもらった爆破への対応で城内の別の場所へいるらしい。俺は室内の外で邪魔が入らないようにする……できるな?」


「ここまでお膳立てして貰って、文句なんてありません。それに、コリエスさんもいますから」

 苦笑しながら了承したセマに、スームは頷いた。

「じゃあ、後は謁見の間まですぐだ。そこまでの露払いは任せろ」

「お願いいたします」


 弾丸のリロードを済ませ、駆け出したスームは謁見の間の前で警備に立っている二人の兵士を見つけ次第、立て続けに射殺する。

 死体を脇に蹴り寄せ、音を聞きつけて中から顔を出した兵士の顔面に銃口当て、すぐに引き金を引いた。

 開いた扉の隙間から中を覗き込み、もう一人だけ残っていた兵士を狙撃する。


 血を飛ばしながら転倒する兵士を見届けると、追いついてきたセマ達を中へと誘導する。

「コリエス、王子は武器を持っている様子は無かったが、油断するなよ」

「わかりましたわ。後ろはお任せします」

「ああ、頑張れよ」


 二人が中へと入り、ぴったりと閉じた扉に背を当てて、スームは大きく息を吐いた。

 そこへ、後ろの警戒をしながらボルトがやってきた。

「あいつらは、中か」

「ああ。兄妹喧嘩の始末をつけてもらわないとな」

「兄妹喧嘩か。そう言われると、随分小せぇ話に聞こえるな」


 カラカラと笑いながら、ボルトも予備の弾を弾倉に押し込んで行く。何発か撃ったらしい。

「弾はあるか?」

「大丈夫だ。無駄使いはしてねぇよ」

 小さな金属音を立てて弾倉を押し込む。


「一段落ついたら、リューズの所に行ってやれよ」

「急になんだよ」

 いきなり緊張感の無い話題を振られて、スームは吹きだした。

「コープスからの戦闘要員として、一人で頑張ってるんだ。お前の機体ならひとっ飛びだろうが。それに、他の奴に任せる事じゃない」


 しっかりと防音が施された分厚い扉は、中からの音を一切通さない。静かな廊下で、スームは恋人の顔を思い出して、頷いた。

「そうだな……そのくらいは気を遣ってやらないと、後が怖い」

「へへっ、そんなら、さっさと済ませないとな」

「中はコリエスに任せて、俺たちは外側の掃除だな」


 廊下の向こうから、何人かの足音が聞こえてくる。

 スームとボルトは視線を合わせると、銃を構えて近くにあった装飾品の為の台座へと別れて身を隠した。

 内側の兄妹喧嘩にやや遅れて、通路上では殺し合いが始まる。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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