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61.覚悟

61話目です。

よろしくお願いします。

 アナトニエ王城の真正面で、派手な爆発音が響いたのは、すでに日が暮れて四時間は経った頃だった。

 ケヴトロ帝国と繋がりのある、というより金や弱みで操られている下級貴族たちに祭り上げられた王子と、その一派。そして彼らに恭順する事とした者たちは、逃亡した王と王女からの反撃に備えた緊張状態が続き、昼鵜の色が濃い。


「今の音はなにか!」

「ただ今確認しております! 安全の為、殿下はここでお待ちを!」

 騎士の一人が護衛のために駆けこんだのは、王子の寝室だった。さしあたって待機して欲しいと言う騎士に、王子は焦りを隠そうとして、殊更大仰に頷く。


「おのれ……間違いなく、セマか父上の命令で誰かがやった事であろうが、夜間に奇襲を仕掛けてくるとは、卑怯な……」

 身勝手な思考で王子が歯噛みしている間にも、寝室には次々と騎士や兵士がやって来る。

「ええい! 私室に大挙して押し寄せおって! ここでは戦いの指示も出せぬ。謁見の間へ移る!」


 略式の礼服へと着替え、一応は扱い方を心得ている剣を携えた王子は、足早に城内を移動していく。

 その間にも、状況を確認してきた兵士が駆け脚で追いすがった。

「陛下、ご報告いたします」

「慌てるな。謁見の間にて聞く」


 報告に来た兵士は唖然としたが、近くにいた騎士が目配せすると口を噤んで護衛の列に加わる。

 大物ぶって指示を出している王子だが、緊急時の対応については、急速に部下の評価を落としつつあった。襲撃の可能性はあったのに、その時にどうするかの具体的な方針は示されていなかったからだ。


 さらに言えば、ケヴトロ帝国側からの要請として、国境で戦闘中の戦力を退かせるようにとの依頼もあったが、ズルズルと先延ばしにしている。

「良い機会だ。今少し帝国の力を削っておいて損は無い。城内の掌握に時間がかかっているのは事実であるし、伝令を送るのにはさらに時間がかかる」

 自慢げに考えを披露する王子に対し、騎士たちは焦りを覚えた。彼らは帝国にも義理を示さねばらない立場なのだから。


 ゆうゆうと城内を進み、正式にはまだその資格は持っていないにも関わらず、堂々と玉座へと座る。

「殿下。玉座へ着席なさるのは……」

「気にするな。戴冠と時期が多少前後するだけの事だ。すでに余の者となったに等しい座に座っているに過ぎぬ」


「では、ご報告させていただきます」

「直言を許した覚えは無い。そこの騎士に伝えよ」

 迫っている状況に対する危機感は無いのか、と浮かれている様子の王子に対して歯噛みしながら、兵士は一礼して下がった。

 近づいてきた騎士には、若干だが同情するような表情が見える。


 騎士を通じて王子へと報告された内容は、王子にとってはつまらない事だったらしく、ため息交じりに「その程度か」と答えたのみだった。

 被害は王城の正面。正門近くで謎の爆発があり、歩哨に立っていた者たち数名が怪我を負った。建物には大きな被害は無く、その際に正面から入って来た者はいない、という。


「くだらぬ。どうやら逃げ出したセマ達は、腰が引けているようだ」

「しかし、爆発が陽動で、他から侵入された可能性があります」

「その為にお前たちがいるのだろうが。余はしばらくここで待っておる。調査して方向せよ」

 最低限の護衛を残し、命じられた騎士は手分けして城内の警備状況の確認に向かう。もちろん、すでに警備は手配しているが、現状の確認という意味では無駄では無いだろう。


「ふん……明日の昼にでも、国境へ伝令を出すか。帝国に恩を売らねばならぬからな。帰投の際に、父やセマに付いた愚かな連中を捕縛してくるように命じるとしよう」

 王子の言葉に、答える者はいない。誰もが黙して聞き流していた。

「しかし、何のために子供のような悪戯をするのか……まあ良い。いずれ直接聞けば済むことだ」


☆★☆


 スームとボルト、そしてコリエスはセマを伴って、城の裏から入り込むことに成功していた。

 ナットが上空から落とした爆発物に兵士たちが集まっている隙に、使用人の出入り口から出てきた侍女の一人を捕まえて説得したのだが、セマの顔を見た瞬間に、侍女の方から協力を申し出てきた。


「残った兵士の方々のうち、半分以上は仕方なく従っている人ばかりです。でも、騎士の方々は王子に従っておられます。横暴な方が多くて……」

「苦労をかけるけれど……安全の為に、もう少しだけ我慢してもらえますか?」

 使用人通路を案内する侍女の肩に手を置いて、セマは優しく語りかけた。

「間もなく、城内の騒動も収まりますから」


 感動して瞳をキラキラと輝かせる侍女は、王子の居場所も把握していた。

「先ほど、兵士の一人が謁見の間に酒とつまみを運ぶようにと厨房へ連絡しに来ました。おそらく、王子はそこにおられます」

 言いながら、侍女はどんどん先導して進んで行く。

「ありがとう。名前を教えてください」


「はい。ルーチェと申します、でん……きゃっ!?」

 言いかけた侍女のルーチェの身体を、ボルトが素早く乱暴に引き寄せた。

 一瞬遅れて、コリエスもセマの前に出て、護衛としての動きを見せた。

 そして、スームは拳銃を手に前に出る。


「出て来い」

 スームの言葉に、通路の先から二人の騎士が姿を見せた。

 持っていた剣を捨て、敵意がない事を示すように両手の掌を見せている。

「待て。私たちは敵では無い」


 ゆっくりと近付いてくる騎士たちに対して、スームは銃を下ろす事はしなかった。

 バラバラのタイミングで、それぞれの顔に向かって交互に銃口を向け、しっかりと両手で構えている。

「銃を下ろしてくれ。まともに話もできない」


 騎士が言うのを、スームは無視した。

「ボルト、コリエス。護衛対象を連れて少し離れていろ」

「待ってくれ。セマ殿下に直言させて欲しい」

「駄目だ」


 再びの騎士からの要望を却下する。

 その間に、セマと侍女を連れた二人がゆっくりと下がる。すでに、ボルトもコリエスも、それぞれの拳銃を持ち、油断なく前に向けている。

 距離を取り、安全が確保できた合図として、ボルトが石造りの壁をカツカツと叩いた。


「……この状況で信用できる訳が無いだろう。用件を先に聞く」

「我々はアナトニエ王国の騎士だ。殿下との間に、傭兵を通すのは筋が合わない」

「合わないのはお前たちの格好だ……剣は捨てても、銃は捨てられないか?」

 二人の騎士の腰には、制式装備の不格好な拳銃が下がっている。


「……君を信用できない」

「そうか。なら俺もお前たちを信用できない」

 沈黙が通路を支配する。

 じりじりと騎士たちは下がっていく。そして、互いに顔を見合わせた。


「……おのれ!」

「無礼者め!」

 口々に声を上げながら、二人の騎士は銃を抜く。

 訓練された動きは無駄が無く、銃口は間違いなくスームへと向いた。


 だが、それでも遅い。

 ゲームで鍛えた動体視力と、五年の戦場生活で鍛えられた瞬発力は、戦いに慣れているとは言えないアナトニエの騎士とは比較にならない。

 魔力により、小さな音を立てて撃ち出された弾丸は、スームでは無く二人の騎士へと当たる。


 引き金を引く事すら間に合わず、揃って肩を撃たれた二人の騎士は、仰向けに吹き飛ばされるように倒れた。

「あぐう……」

 一人は気絶したようだが、もう一人は床に這いつくばり、血を流しながら小さく悲鳴を上げている。


「演技が下手だな。本当にセマの為に動こうとしているように見せるなら、最初に跪いてでも敬意を示すべきだったな。そんな眼つきで近づいて来た奴を信用できるわけがないだろう」

 言い捨てて、騎士たちが落とした銃を通路の脇へと蹴り飛ばした。スームからしてみれば、鹵獲する気にもならない程度の武器だ。


「セマ。こいつらをどうするか決めてくれ」

 周囲を警戒するボルト達に守られながら近づいて来たセマに向かって、スームは判断を仰いだ。

「なぜ……」

「決まってる。お前に責任を負わせるためだ」


 戸惑うセマに、スームはぴしゃりと言い放った。

「このまま放っておいても良い。出血で死ぬかもしれないが、自分で何とかするかも知れない。止めを刺すなら、それでも良い。やるのは俺がやる」

「……処分してください」

 セマは、さほど時間をかけずに結論を出した。


「反逆は重罪です。王族を手にかけようとしたことは明白。スームさんの銃撃で死んでいてもおかしくない状況です」

 睨みつけるような目を向けて、セマは口を開いた。

「あまり私を甘く見ないでください。お父様が、多少の被害が出ようとも城を……国の安定を守る為に貴方に依頼をしたように、私も王族としての覚悟を持ってここにいるのです」


 カツカツとわざとらしく音を立ててスームへと近付いたセマは、以前も使用したスーム作の銃を手にしていた。

「彼らに対して温情を与えるとすれば、私の手で罰を下すくらいが精々です」

 二度、セマに合わせて軽く設定された引き金が絞られ、二人の騎士は死んだ。


 両方とも頭部に命中しているのを見て、スームは笑った。

「良い腕だな」

「多少は練習もしました。当たらねば意味がありませんからね」

 セマはウィンクをして、後ろにいたボルトは怯える侍女をどうやって落ち着かせるか、頭を抱えていた。


☆★☆


「はぁ~……仕事ってこんなに沢山押しつけられたら、少しくらいはサボってもいいんじゃないかと思うね」

「冗談を言っている場合ではありません、閣下」

「閣下はやめて。責任重い感じがする」


 王からの届いたという新たな命令書を、指令所として用意している天幕の中で“透かし”でも探すかのように仰ぎ見ていたカタリオは、傍らにいた男性兵に微笑む。

「アナトニエ王国軍のみで、ケヴトロ帝国内にある軍事拠点を順次攻撃する事、だってさ」

「しかし、今は王城で異変が起きているという情報もあります。そんな時に、外征を行っていて良いのでしょうか?」


「良いんだと思うよ?」

 命令書は二枚組になっていて、もう一枚には王女セマのサインが入っていた。それをひらひらと揺らしながら、カタリオは大きくため息を吐く。

「王都に残っていた予備隊は、一部の馬鹿を除いてセマ王女が掌握したらしいし、何よりコープスの主力があっちにいるんだから」

 もしかしなくても、こっちより戦力的には上なんじゃないかな、と呟いた。


「さあて、問題はここに残っているコープスのお嬢様だ。ギアと言ったかな? あの無口なトレーラーの運転手はいるから、帰投はできるはずだけど、納得してくれるかな」

「お帰りいただくのですか?」

「もちろん」


 立ち上がったカタリオは、命令書を書類入れにしている麻袋へと無造作に突っ込んだ。その行動に部下は顔を顰めたが、今に始まった事では無い。

「先に敵国領内に入ってもらったのは、僕らの戦力だと対応しにくい敵が出たから仕方なく、だったわけだ。本来は僕たちだけでやらなくちゃいけない仕事なんだよ、これは」

 さて、と立ち上がったカタリオは「ちょっと説得してくる」と天幕を出た。


 そして、夕食を採っていたリューズとギアを見つけて、状況を説明したのだが……。

「嫌よ。戦闘が終わってないのに、先に帰るわけにいかないわ」

 カタリオが予想した通り、リューズは即答で断った。

「と言っても、ハードパンチャーは大破状態ですし」


 すぐ近くに駐車されたトレーラーの荷台には、見るも無残な姿になったハードパンチャーの姿がある。良く言って廃棄寸前の機体だ。

 千切れてしまったアームは、ストラトーの機体に積み込んでもらった。もはや、物を掴む機構すらまともに動かないのだ。

「分かってるわよ! ……でも……」


 うまい反論が思いつかず、リューズは歯を食いしばって黙ってしまった。

 戦闘中は興奮してそこまで考えなかったが、戦闘不可の状態にまで機体を壊してしまった事自体よりも、スームに任された任務を続けられない状況におかれて、自分に対しても怒りを感じているのだろう。

 涙目で膝を抱えてしまったリューズに、カタリオはお手上げという状態だ。


「リューズ」

 不意に、ギアが口を開いた。

 これには、カタリオも驚いたが、リューズも目を見開いて驚いている。

「……凄い久しぶりに声を聞いたわ」

「あまり話すのが上手じゃない、からな。それより、自分は一度王都へ戻るべきだと思う」


「でも……」

「聞け」

 ギアは水筒の水を呷って、喉を潤した

「今のハードパンチャーで戦えないのは、リューズもわかるだろう。ハードパンチャーが大事なら、早いうちにスームに任せる事だ」


 そして、ギアは一度戦場から離れても、また戻れば良い、と続ける。

「そんなのんきな事してたら、ハードパンチャーを修理している間に、戦闘が終わっちゃうじゃない」

「いや。すぐに使える機体が、王都にある」

「えっ? ……あっ!」


 ギアが指しているのは、ハニカムの機体だったホッパー&ビーだ。王都のコープス基地で、倉庫の奥にそのまま保管されている。

「スームとボルト達がいる。今から王都に向かえば、明後日あたりの王都に着く頃には片が付いているはずだ」

 機体を回収し、ノーマッドかミョルニルあたりで輸送して貰えば、すぐに戻って来る事が可能じゃないか、とギアはポツポツと話した。


「その案で行こう! すぐに出るわよ!」

 バタバタとトレーラーへと向かったリューズ。そしてギアも、食事済ませた皿を水筒の水で流して片付けていく。

 呆然としていたカタリオは、「大した行動力だ」と首を振った。


「それにしても、ドライバーの貴方は大変でしょうに。良くあんな無茶な提案をしましたね」

 ギアは手を止めて、しばらくカタリオの顔を見ていた。

「……スームには恩がある。その恋人の為に、多少の努力を惜しむほど、自分は薄情じゃない」

「羨ましいチームですね」

 カタリオの率直な褒め言葉に、ギアは少しだけ顔を赤くして、手早く片付けを進めた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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