6.マーケットのお姫さま
6話目です。
よろしくお願いします。
「で、そこで何をしている?」
「えっと、その……が、ガレージが施錠されてたから、こちらにいらっしゃるかと思いまして!」
「だからって、壁に耳を付ける必要はないだろ……」
翌日、昼までに整備作業を終えたスームが、昼食を食堂で終えてリューズやテンプを連れて外へ出た。クロックは明日に顔を出す、と返事が来たので、テンプの買い物に付き合うためだ。
そこで、昨日とは色の違うドレスを着て、事務所の壁に耳を当てているコリエスに出くわした。
とてもじゃないが王族に連なる者のやる事では無い。護衛の騎士も注意はしたのだろうが、聞き入れられなかったのだろう。言いようの無い微妙な表情で立っている。
「ねえ、ちょっと」
テンプに腕を引かれた。コリエスから離れたスームに、テンプがそっと耳打ちする。
「クロックから聞いたでしょ? あなたが作った設計の漏えいの件」
「あれか。でもなぁ……」
スームからすれば、基地の周囲を嗅ぎまわっているコリエスが怪しいというのもわからなくもない。
ちらり、とコリエスの様子を見ると。何やらリューズに向かって必死に言い訳を並べているらしい。聞いているリューズは、話が飛び過ぎていて理解できない顔をしているが。
「あのお嬢様には、そんな芸当できそうにないけどな」
「……かもね」
スームと同じ光景を見たテンプも、あっさりと納得した。
「まあ、気になるのはわかるし、留守の間に入られても困るからな。多分、忍び込むんじゃなくてドアを破って入るんだろうが」
笑いながら、スームはコリエスの元へと戻ってきた。
「す、スームさん、先ほどの件は誤解で、決してやましい事をしようとしていたわけでは……」
わたわたと手ぶりを含めて弁明しようとするコリエスは、目をきょろきょろさせながら必死で言い訳を重ねた。完全に嫌われたら、その時点で任務は失敗となるからだろうな、とスームは思わず優しい目になってしまう。
「そうだな。じゃあ今から出かけるから一緒に来い。留守にするのにお前がフリーになっていると家探しされないか心配だからな」
実際は、出かけた時点でスームが趣味も兼ねて作成した防犯装置を付けて行くので、建物どころか敷地に入った時点で証拠が残るわけだが。機密も多い本拠地であるここは、一時的な待機所としてケヴトロで借りていた事務所とは比較にならないレベルの防犯がなされている。
「わ、わたくしは留守宅に忍び込むような真似はいたしません! 第一、わたくしの目的はスームさんを連れ帰る事であって、コープスに対して何かしたいわけではございませんわ!」
「信用ならん」
「うっ!?」
スームにキッパリ断定され、コリエスは胸を押えて黙り込んだ。
つくづく、議論やら誤魔化しやらが下手な奴だ、とスームは苦笑した。もしこの振る舞いが完全に擬態だったとしたら、逆にどうしようも無いとすら思える。
「わかりましたわ! 昨日の件でセマ王女に疑惑を持たれましたから、流通を視察すると言う表向きの目的もございますから!」
「表向き、とはっきり言ったな」
スームはコリエスの評価を一段落下げた。素直で魔動機が好きなのは好感が持てるが、ある種の残念な子かも知れない。
見ると、護衛の騎士が頭を抱えている。
「じゃあ、そういう事で良いか?」
テンプはあっさり了承したが、リューズは蹴りを一発スームにお見舞いしてから、防犯の意味も込めて、渋々受け入れた。
☆★☆
「おお。こんな車もあるのですね!」
「私も初めて乗りました。こんなに広い車は初めてです」
車の中で、コリエスと護衛騎士が妙にはしゃいでいる。それもそのはずで、今スームが運転しているタイプの物はどこの国も持っていない。魔動機関を使う自動車は二~四人乗り物が主流で、後部に向かい合わせのベンチが並ぶ、所謂兵員輸送車は存在しない。
それを知った時、スームは不貞腐れた。人型魔動機が主体となっているのに、今でも戦場には指揮官である貴族とその取り巻きや使用人が同行し、魔動機乗りというエリートにも世話役が付き、整備兵も多くいる。少数でポイントを押えた作戦遂行については、まだ浸透していないのだ。
魔動機関があるなら、その分戦闘用の魔動機に割り振るもの、という戦力への一点集中という各国の考え方も影響しているのだが。
「ただの買い物に、なんでこんな大きな車がいるのよ」
助手席で拗ねているリューズがぼやく。
「いつもの車だと、五人乗ったら荷物が乗らん。買い物に行くならこっちが良いだろ。俺も良い素材があれば買いたいからな」
「また何か買い込む気? あんまり予算を使ったら、クロックだって怒るんじゃない?」
「自腹だよ。俺の趣味で作りたい物がある」
「あんたね……」
呆れた、とリューズは大きな胸の間に食い込んでいたシートベルトを緩めた。苦しかったらしい。
車は多少の凹凸はあるものの、しっかりならされている道を走る。目指すは、少し離れた広場で定期的に開催されている蚤の市だ。大した娯楽も無いこの世界では、出店も多く出る蚤の市は、人気のある行事としてあちこちで開催されている。
歩行者と馬車が主役の街中を自動車で走るるのは気を遣うので、町の外側をぐるりと回って開催地を目指す。時折牛や羊を引いた人物を見かける程度で、対向車など存在しない道を、輸送車は悠々と走っていく。
「もうちょっと別の事にお金を使おうと思わないの? そりゃ、スームの作る物でみんな助かってるところもあるし、私だって、そこは認めるけど」
「良いんだよ。魔動機を弄るのは実績を兼ねた趣味って奴だ」
「むぅ……」
「おっと。忘れるところだった。ちょっと手を出してみな。テンプさんも、ちょっといいか?」
スームは脇に置いていた小さなカバンから、ライターのような大きさの箱を四つ取り出して、リューズとテンプの手にそれぞれ二つずつ乗せた。
「何これ?」
「休暇に入る前に行ってた、ちょっとした武器だよ。使い方は簡単だ。上の蓋を開けて中のボタンを押して、すぐに敵に投げつけろ」
後ろのベンチに座っていたテンプが身を乗り出し、スームとリューズの間に顔を突き出して、手に乗った箱をしげしげと眺めている。
すぐ目の前にテンプの髪が揺れて、石鹸の匂いがスームに届いた。
「投げたらどうなるの?」
「投げたら、じゃなくてボタンを押したら……」
「それは何ですの?」
テンプに覆いかぶさるように、コリエスが身を乗り出してくる。細くて薄くて軽いのだろうが、それでもテンプは「おえっ」と悲鳴を上げた。
「あぶねぇな。教えてやるから一旦引っ込め。テンプさんを下敷きにするな」
「あ、ご、ごめんなさい!」
どうやら自覚は無かったらしい。
慌てて離れて、テンプの代わりに改めて首を伸ばしてくる。石鹸の香りが消えて、爽やかな香水の香りが届いた。
「これは魔動機関を使った道具……武器だな。うまくいけば三人は無力化できる。ほれ」
「これが、武器……」
リューズが見ている小箱に、コリエスは釘付けになっている。今度はリューズに頬をくっつけるくらいの距離まで近づいているのだが、これも無意識にやっているらしい。
最も、リューズの方も箱をくるくると回して眺めるのに夢中なのだが。
バックミラーを見ると、護衛の騎士も緊張した様子でテンプから小箱を見せて貰っていた。どういう仕掛けかわからないというのもあるのだろうが、その“小ささ”も気になるのだろう。
魔動機関に使えるとされる鉱石は“魔鉱石”という名で呼ばれ、環境に左右されず世界中で採れるため、そこまで希少というわけでは無い。だが、数種類の動きをインプットするためには、それなりの大きさが必要である以上、精製の際にそれなりの量にまとめられて、魔動機へ利用されるのが常であり、あまり小さい魔動機関や魔鉱石のインゴットは売り出されていない。
精々、一部の貴族や軍部高官が携帯する拳銃型の魔動機に使われる物位だ。それでも拳程度の大きさがあり、そういう不格好な拳銃がスームは嫌いだった。
新たに一つをバッグから取り出し、コリエスの手に乗せる。
「一つくれてやろう。ボタンを押したらすぐに投げろよ? じゃないと」
「じゃないと……?」
ごくり、と聞こえるくらいの音を立てて唾を飲んだコリエスが、間近に真剣な顔を近づけてきた。赤みがかった金色の瞳が、まっすぐにスームの目を覗き込んでいる。
「お前が爆発する」
「ひえっ!?」
「きゃっ? ちょっと!」
驚いたコリエスがバランスを崩し、身体を支えようとして伸ばした左手が、リューズの胸元からTシャツの中へと入り込んだ。
「ご、ごめんなさい……」
「気を付けてよね!」
失敗を繰り返して気を落としたのか、コリエスはすごすごと後ろのベンチへと戻って行く。左手を何度も握りながら、悔しそうに唇を尖らせていたのは、見なかった事にしよう、とスームは運転に専念する事にする。
☆★☆
蚤の市の会場は賑わっていたが、ケヴトロやノーティアに比べると、どこか牧歌的でお祭りのような雰囲気がある。
小一時間の道程を終えて車から降りた一同は、それぞれ身体をほぐしながら会場を見回す。あちこちに出店が立ち、広場の中央には敷物の上に思い思いの商品を並べて、ムッツリと座っていたり、お客と会話を楽しんだりしている商人たちがいる。
今日は二百程の店が出ているようで、商品も衣料品やアクセサリー、日用品など様々だ。
「初めて来ましたが、蚤の市というのはこのような場所なのですね」
「いや、ノーティア王国のはもっと人数が多くてごちゃごちゃしてるな。ケヴトロ帝国のは軍人がうろついて監視しているから静かだし、ヴォーリア連邦はもっと一人あたりがやたら広い場所を取って、大声で話していた」
さらりと解説したスームを、コリエスがぼんやりと見上げている。
「どうした?」
「いえ、お詳しいのですね……」
「傭兵だからな。世界中を回ってるんだ。それくらい嫌でも見る事になる」
「ノーティアにも来られた事が?」
「味方としても、敵としても、な」
「あ……」
スームの仕事を思い出したように、コリエスは顔を伏せた。
そこに、リューズが割り込むようにしてスームの腕を引っ張る。
「ほら、後であんたの買い物に付き合うからさ、先に私の方に付き合ってよ」
「はいはい。それじゃ、二時間くらいしたらまたここで集合な」
車両の防犯装置が起動したのを確認してから、スームはリューズに引っ張られて人込みへと消えていく。
呆然と見送っていたコリエスに、テンプがそっと声をかけた。
「私も多少はここの市場に詳しいですから、良かったらご案内しますよ?」
「あ、ええ。助かりますわ。ありがとう」
苦い顔をしていた騎士も、コリエスに対して一礼したが、礼をされた方は心苦しく思っていた。何しろ、テンプがリューズに助言して、この状況を作ったのだから。
「魔動機がお好きなんですね。市場の中で作業用の魔動機も売っていますよ」
「本当ですか! ぜひ案内してくださいな!」
さっきまでの暗い顔はどこへやら、目を輝かせて会場はどこかと見回しているのを見ると、扱いやすい子だ、とテンプは苦笑いした。
「で、何を探してるんだ?」
「服!」
アナトニエの蚤の市は、使われていない広場に勝手に集まって始まっており、特に管理されたりはしていない。そのせいで、なんとなく服を主に扱っている同業者が固まっているように見えるが、複数のグループに分かれてしまっている。
目的の物を探すためには、それらのグループを回らなければいけない。
「仕方ない。手近な所から回るか」
「うんっ!」
どれだけ歩き回らないといけないのか、とスームはうんざりしながら、引っ張られるままに歩いて行く。
蚤の市では、少ないが魔動機も売られている。大方はどこからかの横流し品か、廃棄寸前の物だが、作業用とはいえ四メートルから五メートルはある魔動機が、会場の隅に並んでいる光景は、離れていても壮観だ。いつも通りなら、その近くに機械用のパーツも売られているだろう。
土木用にパーツを付け替えができるようになっている、ブルドーザーやショベルカーに足が付いたような機体や、軍用の人型魔動機の腕をショベルアームに付け替えた、とてもバランスが悪そうな機体など、スームの感覚からしたら良くも悪くもクラクラするようなマシンが並んでいる。
時折足を止め、服を見比べているリューズの後ろで遠くに見える魔動機たちをうっとりと見ていると、少し手前に見覚えのある顔を見つけた。
「お、ナットだ」
周囲の群衆より頭一つ出ている、短く刈り込んだ赤い髪が見えた。
「という事は、ボルトもいるんだろうな。ナット!」
声をかけると向こうもすぐに気付いたようで、人込みをかき分けてボルトとナットの兄弟がやって来た。
「スームも来てたのか! あれか、また魔動機の……」
自分より頭二つは大きな弟ナットを引きつれて歩いて来たボルトは、スームの隣で洋服を掴んだまま、睨みつけてくるリューズと目が合った瞬間、石化したように固まった。
ナットは大きな手で顔を覆って天を仰いでいる。
「ま、まあ。俺たちは邪魔しないようにすぐ退散するからよ。なあ、ナット」
「そうだね、兄さん」
乾いた笑いをもらす兄弟に、スームは首をかしげた。
「別にいいじゃないか。輸送車で来たから、何なら帰りは送るぞ? 余計な客もいるけどな」
「余計な客?」
足を止めたボルトに、スームはコリエスと護衛の話をした。腕を組んで聞いていたボルトは、片眉を上げて舌打ちをする。
「そりゃ、ちょっと怪しくないか? お前が引き抜かれるとは思っちゃいないが、あの襲撃とつながってないとも限らんぜ」
「俺も、最初はそれを疑ったんだがなぁ……」
とてもじゃないが籠絡やら工作やらに向かないと思うのだが、実物を見た方が早いかも知れない、とスームは説明する。
「そうか。お前がそう判断したんなら、間違いないんだろうな」
「鵜呑みにするなよ」
「兄さんは、スームさんの事は信頼してますからね」
ナットがニコニコと笑うと、ボルトは「余計な事言うな、恥ずかしい」と顔を赤らめる。それを振り切るように顔を振って、そっとスームに顔を寄せた。
「って事は、恐らく俺が見たのは別件だ」
「別件?」
「蚤の市に不釣り合いな、ちょっとヤバい目をした連中を見かけた。三人な」
一時間以上前から会場にいたボルトたちは、一般人と同じような服を着てはいるものの、とても堅気に見えない連中を見かけたという。
「アナトニエの軍人じゃないか?」
「あの腑抜け共とはまるで雰囲気が違ったぜ。どっかの軍にいる特殊部隊か、汚れ仕事専門のヤバい連中だな。そのコリエスとかいうお姫様が単なる餌って可能性もあるからな。気を付けた方が良いぜ」
忠告を残して、ボルトたちはさっさと撤退していく。これ以上はリューズの睨みに耐えられそうに無かったらしく、「仲良くな~」と言い残して去って行った。
「なんだ、ありゃ?」
「もういいじゃない。あっちはあっちで忙しいんでしょ」
それより、とリューズは二つのワンピースを両手に持って、ぐいぐいとスームの目の前に押し付けた。
「どっちが似合うと思う?」
「俺に聞くなよ……」
「駄目、選んで!」
どうやら決めるまで動かないらしい、と観念したスームは、唸りながら見比べる。
青い生地に小さなリボンをあしらった可愛らしいワンピースと、長いスカートにスリットが入った、チャイナ服もどきの緑のワンピース。
正直、スームが見る限りリューズにはどっちも似合わない気がするのだが、それを言うと蹴られる気がする。
「じゃあ……」
と、スームが手を上げた瞬間、女性の悲鳴が聞こえた。
直後に、魔動機の展示で小さな爆発が起こる。
「リューズ! 行くぞ!」
「あ、待ってよ!」
反射的に駆け出したスームには、嫌な予感がしていた。
先ほどの悲鳴が、テンプの声に聞こえたからだ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。