56.王都脱出
56話目です。
よろしくお願いします。
墜落に等しい形で着陸したホワイト・ホエールの前に、人型状態でハンドガンを構えて立つノーマッド。
スームは油断なく様子を窺っているが、彼が知る限りのホワイト・ホエールの兵装は沈黙させている。砲を潰した際に数名は死んだかも知れないが、大部分の乗組員は生きているはずだ。
「……やっぱりな」
数名が両手を上げて降りてきた。
その戦闘を歩く人物に、スームは見覚えがある。ケヴトロ帝国首都で出会ったマイコスという将軍だ。
機体に搭乗したままで歩み寄り、コクピットを開いて声をかけた。
「久しぶりだな」
「……やはり、君か」
マイコス以下、生き残った搭乗員たちは抵抗するつもりは無いとして、手を頭の上に置いたまま座り込んだ。
約十名。他はノーマッドからの攻撃で死亡したらしい。
「まず聞きたいのは……あの、機体の上に出てきた奴はなんだったんだ?」
「……あれは、前回国内で墜落した際にも新型に乗っていた副官だ。その時の司令官……私の友人だが……司令官が死んだことを恨んでいた」
狂っていた、とはマイコスは明言しなかったが、状況からそうだろうとスームは嘆息した。
そうかも知れないと覚悟していても、実際にスームに対する恨み抱いての行動だったと知ると、良い気分になるわけが無い。
「戦場の習い、としか言えないな。俺としてもアイツやその上官を“殺したい”わけじゃない」
「わかっている。挙句に味方を巻き込んででも君を殺そうと躍起になった。彼は死んだが、止められなかった私にも責任がある。自儘な話だが、部下たちは無事に解放してもらいたい」
自分の命はどうなっても構わない、とマイコスは暗に示した。
実際の戦場で、上官としてここまではっきり言える人物は意外と少ない。それだけ勇敢な人物であれば、投稿する前の戦闘で死んでいる事も多いのだ。
だが、スームはそれを許さなかった。
「駄目だ」
スームは首を振った。
「全員、生きて帰ってもらう。手助けはしないが、ここから近くの町までくらいは歩いて行けるだろう?」
「……何が狙いだね」
「新型が地上部隊のサポート有りですら、たった一機の機体に負けた、と宣伝してもらう。そして、帝国の上層部にもそう報告してもらいたい」
マイコスは頷く。
スームが言う内容は事実なので、言われずとも帰還できればその通りに報告する必要がある。
その結果、責任を負わされるだろうが、人員が不足している現状では、降格と減給あたりで済まされる可能性が高い。
「国境の戦いでも、帝国軍は勝てないだろう。ノーティアとはどうするか知らないが、少なくとも、ヴォーリア連邦はアナトニエとの協力を選んだ」
「すでに、敗北は確定しているというわけか」
「というわけで、俺から頼みがある」
人差し指を立てたスームに、マイコスは黙って耳を傾けた。
敗者である彼に、聞かない選択は無い。
「国に帰ったら、敗けた後の準備をしてくれ。アナトニエとヴォーリアは、揃って今の為政者の退陣を迫るだろう。首を挿げ替えて、保護国という扱いで二国の指示を受けながら、軍は一部を残して解体されるだろう。その時に混乱や余計な反乱で人死にが出ないように、兵たちを落ち着けておいて欲しい」
「……わかった。私にどこまでできるかわからないが、できるだけの事はやろう」
軍事国家である以上、敗戦はケヴトロ帝国の背骨を揺らすことになるだろう。場合によっては、軍人たちが暴徒となる可能性すらある。
難しい話ではあるが、スームとしては外部の人間では無く、元々内部にいるそれなりに上位の人物が主導して取りまとめを行う方が混乱は少ない、と考えていた。
そして、それはセマやハイアッゴのような国の上層部が嫌がる“現地人からの勝利者に対する悪感情”を多少なりとも減らすための方策でもあった。
「裏からになるが、俺を含めたコープスも協力する。他の連中もわかってるな? 仲間に余計な犠牲を出さず、まともに飯が食える平和な世の中を作る為だ。悪いが、しばらくは我慢してくれ」
話は終わった、とばかりにコクピットの奥へと戻ろうとするスームに、マイコスが声をかけた。
「待ってくれ。命を救ってくれた礼に、一つ情報を渡しておきたい」
「おぉ、助かる」
「……帝国中枢は、アナトニエの貴族への働きかけを止めていない。正面から勝てない可能性を悟った上層部は、前線の弱体化を狙ってアナトニエ王の周辺に何かを仕掛けるつもりのようだ」
すでにその動きは始まっている、とマイコスは語った。
それは死んだエイジフという副官から聞いた内容だが、工作はかなり上手く進んでいると、と嬉々として話していたそうだ。
「アナトニエは強い。だが、それは真正面からぶつかった時の話だ。ハッキリ言ってしまうが、二度にわたって国境を侵犯された事は、決して実力が足りなかっただけでは無い。情報や人の出入り関する隙の大きさは否めない」
「ふふ……随分と、アナトニエを良く知っているな。じゃあ、俺はまっすぐ王都へ向かうとしますか。今の時点で、アナトニエ王族に何かあると困るんでね」
肩を竦めて見せたスームに、マイコスは一つ聞きたい、と言った。
「そうやってアナトニエを操り、一体何を考えているんだ」
「操る? ……まあ、そうとも言えるか」
ふんふん、とスームは頷き、ノーマッドの機体を叩いた。
「例えば、こういう機体が一般化して、尚且つ人の命を奪う兵器では無く、子供たちが目をキラキラさせてみるような、ヒーローとして扱われる様な世界。そんな世の中が来たら、楽しいと思わないか?」
「なんだと……?」
「今の魔動機乗りは目が死んでる。こんなふうに、巨大な人形を自在に操れる楽しさ、そんな世界にいる幸運に気付いていない」
スームは片足を後ろに提げてアームを揺らし、ノーマッドの腕を振って見せた。
「本当は楽しいはずなんだ。本来ならもっと色んな形があるはずで、戦争じゃなければ出てくる天才パイロットなんかも居て、努力して勝てる奴もいて、そういう連中が何度も戦って、面白い出来事が沢山起きるはずなんだ」
熱く語るスームに、マイコス以下ケヴトロ兵たちはぽかんと見上げるだけで、付いて行けていない。
「もういいだろ、腹いっぱい殺し合いもしただろうし、どこの国も経済がガタつき始めているし、楽しい事が何にもない」
だから、戦争を終わらせる事にしたんだ、と言いたいだけの事を言うと、スームは去って行った。
「何だったんでしょうか……」
ノーマッドが飛び去った後、部下の一人に声をかけられたマイコスは、返す言葉に困った。
「さあな……彼が言う事が真実なら、いずれここを国境からの敗残兵が通る事になる。その前に、飯でも食おう。生き残った祝いだ。私たちに今できるのは、それくらいさ」
☆★☆
「まあ、僕たちじゃ今から動くのは無理ですから、お任せしますけどね」
ちょっとくらい手伝ってくれても良かったんですけどね、とアナトニエ王国軍カタリオは呟いた。
一台のグランドランナーへ乗り込み、車長席でぼんやりとノーマッドが飛行して去っていくのを見送る。
帰投したスームは、相変わらず小競り合いが続いているアナトニエとケヴトロの国境に寄り、カタリオへ新型機撃墜の報告と共に王都の危機を伝えると、そのままさっさと王都へ向かって文字通り飛んで行ってしまったのだ。
「ちょっと、さっきスームが来たでしょ。なんですぐ飛んでいったの?」
「うぇ?」
話しかけてきたのは、近くにハードパンチャーを停めて走って来たリューズだった。結局まだ出番が無く、戦況も動かず、あげくの果てに恋人が帰ってきたと思ったらすぐにどこかへ行ってしまった、と大きな胸を張って不満を前面に押し出している。
「えーっと……」
カタリオからしてみれば、そういう内輪の話はスームに片付けて置いて欲しい気持ちもあったが、王族という内輪の話に巻き込んでいるという負い目が無くも無い。その程度には義理というものを知っている彼は、正直に話す事にした。
「なるほどね。セマ様に危機が迫っているなら、仕方ないわね」
ふんふん、とリューズは頷いた。
彼女にしてみても、スームが操るノーマッド以上に高速で移動できる機体がない事は良く承知しているし、王族が危機ということであれば仕方ない、と理解はできる。
「そういう事なら、もう敵の増援も望めないんだから、打って出てもいいんじゃない?」
「そうですねぇ……」
カタリオはリューズが言う通りの事は考えていた。
地上部隊だけなら、スームが用意してくれた兵装で片付ける事は難しくない。問題は、それをやると後が大変だという部分だが……自分たちは攻撃部隊だから、と後は考えない事にする。
「……ま、やるならさっさと済ませましょう。リューズさん、今から何人か集めて会議やりますから、一緒に来てください」
カタリオはひょい、と機体から降りると、リューズを伴って歩きながら、部下に隊長格の連中を集めるように伝えた。
「折角ですから、派手にやりましょう。僕たちアナトニエ王国の今の強さを、存分に見せつけてやります。お手伝い、お願いしますね」
☆★☆
テンプは足を怪我している状態で、すぐに命が危険という訳では無いようだが、それでも長い時間治療を受けられなければ分かったものでは無い。
「今の状況で言えることでも無いが、余としては彼女に報いたい。余が言える事では無いのかも知れないが……コリエス殿、頼めるだろうか」
「言われなくても、当然できるだけの事はやりますわ。テンプさんはわたくしの仲間。それに陛下とセマ様が無事で無ければ、団長やスームさんの努力が水泡に帰するのです」
レバーを踏み込み、イーヴィルキャリアのホバー移動速度を上げる。
複雑に道が入り組んだ町中だが、大きな損害を出さずに移動を続けるあたりは、コリエスのセンスが大きい。
「ですが、目的地を設定してくださいません事? どこかの軍事基地か、コープスの基地か」
「どちらも危険です」
テンプを抱きすくめて抱えている王を押さえつけるように身を乗り出したセマは、町の外へ向かう方向を指差した。
「謀反を起こした連中が、どの程度まで軍を掌握しているかわかりません。少なくとも国境へ出張っている者たちは大丈夫でしょうから、そこへ向かうのが安全策です」
途中の町で補給を兼ねてテンプを治療をしようと主張するセマに、コリエスは反論する事無く頷いた。
「考えている暇は無いわね。それじゃ……って、もう!」
魔力的にも問題無い、と判断したコリエスは、さらに速度を上げようとしたが、べダル踏むことができなかった。
町の出口付近に、人型魔動機が数十台の規模で待機し、町を封鎖していたのだ。
「余が説得すれば……」
「駄目です。もう撃ってきてます!」
コリエスが素早い判断で引き上げたカイトシールドに、複数の砲弾が当たる。
旧式も良いところの人型魔動機が使う兵装は、これもまた旧式だ。新型砲ですら凹ませるのが関の山であるイーヴィルキャリアのカイトシールドには、かすり傷程度のダメージでしかない。
だが、問題は攻撃では無く、物量である。
ひしめくという表現がぴったりな程、道路を完全に封鎖しているのだ。
「……まとめて吹き飛ばしますわよ」
「ま、待ってくれ!」
この期に及んで兵の命を心配するのかと顔を歪めたコリエスに、国王は首を振った。
「この際だ、謀反に加担した者の無事は問わぬ。だが、あまり一般の民衆の財産を傷つけるのは良くない。特に目立つコープスの機体でやるのは駄目だ。それで悪評が立てば、君たちがこの町にいられなくなってしまう!」
「ぅぐ……」
仕方なく、カイトシールドの内側からハンドガンタイプの兵装を取り出し、通常弾で一発ずつ撃ちこみ、少しずつ敵の防御を削る。
「キリがありませんわ!」
コリエスは焦っていた。先ほどからテンプが全く目を覚まさないのだ。
衝撃で気を失っているが、ひょっとすると血を失いすぎているかも知れない。
「く……この!」
兵装をシールドに戻すのももどかしく、弾切れした銃を仕舞う。
「ネットで無理やり引き倒して、その上を行くか、迂回するか……きゃっ!?」
迷っているうちに、激しい衝撃がシールドを叩いた。
いつの間にか、グランドランナーが敵集団に交ざり、新型砲で攻撃してきている。
「不味いですわ……アレが複数出てきて、シールド以外の場所に弾が当たった時点で大ダメージ。長距離の移動ができなくなるかも……」
どうする、と額に大粒の汗を浮かべた瞬間、風を切る音に遅れて土埃が舞い、グランドランナーが上空から雨のような弾丸に撃たれて沈黙した。
『無事か、コリエス!』
「ボルトさん!」
通信から聞こえた覚えのある声に、コリエスは歓喜の声を上げた。
助かった、と確信できるだけの安心感を得られる程、コリエスは訓練期間中、彼と弟ナットの機体にボコボコにやられているのだ。
上空を舐めるように高速で通過したボルトの機体ミョルニルは、大きく迂回して再び突貫。雷鳴のような響きを立てて多くの砲弾を的確に敵の頭上へばら撒いた。
『町の外へ出るのか?』
「町中の兵士が造反したようですの。ケヴトロ国境にいる軍と合流しますわ! それに、その前にテンプさんが怪我を負っていますから、治療しなくては……!」
『テンプさんが? 畜生!』
ガツン、と何かを叩く音が通式から聞こえる。
『道は作る。ナットやスームも援護に来るから、お前はとにかく走れ!』
「了解ですわ!」
通信が切れると、コリエスは先ほどまでの焦りはすっかり忘れ、思い切りペダルを踏んだ。
斜めに差し出すように構えたカイトシールドに機体を隠し、無理くり敵陣に突っ込む。
正面はミョルニルが作り出す砲弾の雨でボロボロになった機体が転がり、砂塵を上げて滑って行くイーヴィルキャリアに跳ね飛ばされていった。
「さあ、行きますわ! テンプさん、頑張ってくださいね!」
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




