53.同士討ち
53話目です。
よろしくお願いします。
「こっちへ!」
「ひゃあ!」
事務担当とはいえ、こういう場面には一日の長があるテンプは、セマの手を引いてソファの裏へと逃げ込んだ。
コリエスもそれに続く。
「逃げ込んだ所で……」
テンプの銃から立て続けに発射された弾丸のうち、数発が騎士たちに命中し、鎧の無い部分に弾丸を受けた者は気を失うか即死し、鎧に受けた者もその衝撃で転倒した。
「何だ今のは!」
「貴方たちの銃とは違うのですわ!」
コリエスも続き、また一人の騎士が倒れた。
「退け! 廊下まで!」
倒れた味方を引き摺り、騎士たちは廊下へと出ていく。
何人かは不格好な銃を掴んで反撃してきたが、ほとんど当たらず、一発だけソファの骨組みに当たらず貫通した弾丸がテンプの横をかすめて通った。
「……事務所のソファじゃなかったのよね。うっかりしてたわ」
「こういう場合の防御道具としての機能も必要ですね」
意外と冷静なセマは、テンプの呟きを受けて頷いた。
「私もやります!」
おもむろに身を乗り出して射撃を始めたセマを、テンプとコリエスが慌てて引き摺り倒した。
「ちょっと、痛い!」
「危ないですわ! なるべく身体を晒さず、場所を変えて一瞬顔を出してから撃つのが定石ですのよ!」
思い切り引っ張られたドレスで肩が擦れたのか、痛みを訴えるセマにコリエスが習ったっ通りの注意をする。
そのままの事を、つい先日スームに言われたばかりだ。
ドアだけなら貫通できるが、土を塗り込んだ壁は通らない。ドアを挟んで膠着状態に陥った所で、ポーチから予備の弾丸を取り出しながらテンプはセマに尋ねた。
「殿下、どこかに脱出路はありますか?」
「いえ……この部屋はそういう設備はないのです」
「では、あの者たちを倒さねば、脱出はままなりませんわ」
そんな話をしている間に、数人分の足音が近づいてくる。
どうやら、敵方の人数が増えたらしい。
「数で押されたら面倒ですね。……まったく城内警備の者は何をしているのかしら」
「今こちらに向かって攻撃の機会を狙っているあの連中が、その“警備の者”ではないかしら?」
「はあ……まったくもう!」
セマはため息を吐いた。
父である王の周囲も気になる所だが、流石に王を警護する近衛までもが彼ら反逆者に同調しているとは思えない、と彼女は自分を落ち着ける。
「とすると……窓から脱出、ですね」
テンプが指差したのは、彼女たちの後ろにあるステンドグラスだ。
「ここは三階ですわ。ちょっと無理なんじゃないかしら……」
「いえ。いけるかもしれません」
コリエスは怯えた顔を見せたが、セマはテンプの案に乗った。
「窓の外にひと一人が建てる程度のスペースはあります。表に出て、壁伝いに行けば、テラスへ出られます」
そこからなら、使用人通路を使って逃げる事は可能だとセマは断じた。
ただし、問題がある。
「のんびり窓から身を乗り出していたら、背後を襲われるのが目に見えていますよ」
「何か、注意を引くか足止めができれば……」
「これを使えば大丈夫ですわ」
コリエスが自信満々の笑みで取り出したのは、いつかの青空市場で使用した手りゅう弾だ。スームからもらって使った事があるのだが、その威力が気に入ったコリエスは、スームから追加を貰ったらしい。
「これで一時的ドアの周りは使えなくなりますし、音と振動で他の警備も集まって来るでしょう」
二人が了承したのを見てから、コリエスは手順の相談を始めた。
「それそれっ!」
テンプとコリエスが同時に腕を伸ばして畳みかけるように銃弾の雨を降らせると、騎士たちは溜まらず顔を引っ込めて壁の向こうへ隠れた。
「今のうちに!」
「わかりました!」
コリエスの声に背中を押されて、セマは窓を開け放し、幅六十センチほどの通路とは言えない場所へ身を乗り出した。
「……うっ……」
身を乗り出す真似は今まで何度かやってはいたものの、足を踏み出すとなると流石に身体が竦む。
だが、いつまでも固まっていられない。自分が先に進まなければ、コリエスもテンプも逃げられないのだ。
「こんなに狭かったかしら……」
もどかしく踵を壁に摺り付けて、思い切ってハイヒールを地面へ放り捨てた。
裏通路でも城内ならば裸足でもそうそう危なくは無いだろう。
「そろそろでしょうか」
セマもあのスーム特性手りゅう弾の威力をある程度は知っている。窓の前から出て、ある程度進んだところで背中を壁にぴったりと貼り付けて、構える。
途端に振動が響いた。コリエスが手りゅう弾を投げたらしい。
開いた窓の方から騎士たちの悲鳴と同時に、投げた当人であるコリエスも悲鳴を上げるのが聞こえた。
「う……」
想像以上の振動に、内股気味にしていた膝が震え、踵が滑った。
声も出せない程驚いたが、でっぱりに座り込んだ形で止まり、何とか落下は免れた。
「はぁ……」
息を吐き、揺れる不安げな足元に怯えながら、不格好にスカートをまくりあげて何とか立ち上がる。
ふと見ると、コリエスとテンプが窓から身を乗り出しているのが見えた。
テンプは足場の狭さと高さを見て泣き出さんばかりに怯えているが、コリエスは平気な顔で殿を勤めている。
事務員とは言え、百戦錬磨の傭兵団コープスのメンバーであり、襲撃者相手にあれほど冷静に立ち回って見せた彼女でも怖いのか、と思うとセマは少し勇気が出た。
コリエスの事は考えないことにした。
「行きましょう。しばらくは混乱しているでしょうけれど、すぐに追いつかれる可能性があります」
そう言うと、コリエスは隠し持っていたらしいもう一つの手りゅう弾を放り込んだ。
驚いて壁に貼りついたセマとテンプに、コリエスは微笑んだ。
「さあ、急ぎますわよ」
☆★☆
「マジか……」
本当に再建出来たとは、とノーマッドを操りながら、スームは絶句していた。
その眼下に見えるのは、間違いなく自分が設計した大型飛行魔動機ホワイト・ホエールだった。
数十台のトレーラーが地上を走る、その上空をゆっくりと巨大な白い機体が進んで行く。
「見つけたとなると、落としておかないとな……だが、これは骨だぞ」
トレーラーの多くが人型魔動機を積載しているタイプだが、いくつかは以前にもアナトニエ侵攻に使われた大砲を積んだタイプが複数見える。
フレシェット砲弾で地上から狙い打たれたら、いくらノーマッドでも耐えられない。
「これだから、地上からの支援があると面倒なんだ」
攻撃方法を考えながら、敵の察知範囲に入らないように周囲を旋回する。
ただ、それでも敵に目が良い人物がいれば、捕捉される可能性はある。
「いつまでも見ているわけにはいかないな」
できれば先手を取りたい、と考えたスームは、先に地上部隊を潰す事を決めた。最高速度で飛び回るノーマッドへ砲弾を当てられる可能性は低い。
もし弾幕を張られたら、逃げる以外に無いのだが。
「……ふっ、ふふふ……」
操縦桿を握る手に力が入る。じわりと汗がにじむが、嫌な感触では無い。
歯を剥くように笑っているスームは、肩を震わせて顔を上げた。
「懐かしい感覚だ! まるでアーケードの筐体に乗り込んでミッションモードやる様な緊張感! だが、俺にクリアできないステージは無い!」
腕が増えて見える程の速度でレバーを捌くと、ジェットスラスタが推進力に振られる。
がくり、と機体が傾き、高速で落下するように速度を上げていく。
「捉えて見せろ! 俺とノーマッドのコンビを落とせるか!」
ぐんぐんと視界に近づいてくるのは、敵の地上軍団。ここでは敢えてホワイトホエールの存在は無視する事にする。高速で、尚且つ上から下へ落ちて行く標的を狙うのは難しい。
「まずは、火力を削る!」
上空を旋回中にチェックしていた、新型砲を積んだトレーラーがある位置を巡るコースを取る。万一にも砲撃を受けないように、背後から順番に。
「ふ、嫌な配置をしやがる」
言葉とは裏腹に、スームの声は嬉しそうだ。
にょっきりと飛び出したノーマッドの片腕が、ハンドガンタイプの武器を持っている。それがピンポイントで新型砲の根元を射撃し、実弾が本体に歪みを作る。
構造上、それだけで砲は沈黙するのだ。
「終わり!」
合計八機のトレーラーを中破させたスームは、そのままくるりとノーマッドに宙返りをさせて、人型へと変形する。
周囲にはケヴトロ帝国のトレーラーがいる。反応の早い者はすぐにトレーラー上から出撃しようとしているが、まだ驚きの方が勝っているようだ。
「これで、ホワイト・ホエールからの砲撃も……」
敵のど真ん中とも言える場所に降り立ったスームは、両手にチャクラムを装備した状態で、一瞬だけ視線を受けに向けた。
そして絶句した。
「マジかよ!」
叫び声と共にスームは、近くにいたトレーラーに飛びかかり、操縦席で驚く兵士達も気にせず、その車体の下に潜り込むように抱え上げた。
直後、激しい着弾音が周囲に響き、同時に地面を掘り返すような衝撃がノーマッドだけでなく、周囲にいたケヴトロ機を襲う。
「……チィッ!」
舌打ちをして、一時的に砲弾の雨が止んだ瞬間を狙い、ぼろ屑のようになったトレーラーを放り捨てて、再び変形させたノーマッドを最高速度で離陸させる。
その背後に、また砲弾の雨が落ちた。
「イカれてんのか! あいつらは!」
スームの言葉は、ホワイトホエールに向けられていた。
太陽を覆い隠すようにして空中にいたホワイトホエールは、味方を巻き込む事を気にする事無く、ノーマッドとその周囲へ砲弾を浴びせたのだ。
「浮かばれねぇな……」
一時的に距離を取ったスームは、敵とはいえ、三分の一程のトレーラーやその上に載っていた魔動機がズタズタに引き裂かれて擱座しているのを見て呟いた。
明らかに混乱の極みに陥っている地上部隊の生き残りは、爆心地と見紛うばかりの場所から、逃げ散る様にして離れていく。
中にはトレーラーから降りて戦闘準備をしている機体もあるが、統率はまるでとれていない。もしかすると、地上部隊の指揮官は戦死したのかも知れない。
そして、そんな味方の状況など見えていないかのように、ホワイト・ホエールはその多くの砲塔をノーマッドへと向けていた。
「ハードモードも良いところだな。……上等だ」
今回は、ホワイトホエールを完膚なきまでに叩き壊す、とスームは決めた。
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