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50.終わりへ向かって

50話目です。

よろしくお願いします。

 予想通りですが、と前置きして、セマは話し始めた。

「ケヴトロ帝国から正式に断りの連絡が入りました」

 何について、とは言わない。

 この一ヶ月半、予想される戦いの準備に追われていた者たちが集まっているのだ。事情を全く知らない者はいない。

「ノーティアとヴォーリアは?」

「ノーティア王国は沈黙。ヴォーリア連邦は協力体制が取れそうですが、正式に提携の内容を調整して確定するまでは時間がかかります。間にあるケヴトロ帝国が落ち着いてから、という形になります」

 スームからの質問に、セマは淀みなく答えた。

 目の下にうっすら隈を作っていたセマは、眉間を指でほぐし、書類を捲る。

「この先、我が国が主導権を得るためには、各国に対して実力でその意思と力を示す必要があります。さしあたってケヴトロ帝国に対し、攻勢に出ます」

 城に収集された一同を見回す。

 会議室にいるのは、セマと彼女付の文官と護衛。直属の部隊となったストラトーの隊長ミテーラ。軍からは各方面軍の責任者であるカタリオとユメカが一時的に呼び出され、協力者であるコープスからはスームとクロックが出席している。

「その際に、高い確率でノーティアも動くでしょう。ケヴトロに対してなのか、我が国に対してなのかまでは判りませんが……ユメカさん。ノーティア側の現状はどうなっていますか?」

「最低限の警備だけ、という状況ですね」

 言いながら、立ち上がったユメカは手元のメモを見ている。

「あまり刺激しないように領空を侵犯しないようにはしておりますので、確認できる範囲のみなりますが」

 付け足された情報も、予めセマには報告が上がっている内容と同じだったので、彼女は頷くだけだった。

「引き続き、監視をお願いいたします。相手側から見えない場所に置いている控えの戦力を増やします。ユメカさんの判断で防衛と反撃を許可します」

「はっ!」

 短く答え、すとん、と椅子に座ったユメカの隣、カタリオはうとうとしている。

「カタリオさん……カタリオさん?」

「あ、は、はい。なんでしょうか」

「……ケヴトロ帝国方面国境の状況を」

 制服の袖で乱暴に口を拭い、カタリオはハイハイ、と言いながら立ち上がる。

「以前の新型機が来た時と同様に、戦力を糾合してはいるようですね。ただ、ちょっと気になる点があります」

「気になる点?」

 メモも持たず、頭を掻きながら語るカタリオに、視線が集まる。

「数が多いんです。特に傭兵と見られる非正規の装備を付けた機体が」

 そこで、とカタリオは言う。

「コープスの飛行型機体による援軍。特に相手方に対する偵察をしていただき、相手の出方を確認していただきたいのですよ」

「それは……」

「良いだろう。やってやるさ」

 セマは止めようとしたが、スームが先んじて引き受けた。

 睨みつけてくるセマの考えはわかる。最初の攻撃からアナトニエ王国軍によるものでなければならない、という事だろう。

「そう睨むな。あくまで偵察だけだ。手を出すのに丁度よい装備は既に渡しているだろう」

「……カタリオさん。例の兵器は使い物になるのですか?」

 立ったままだったカタリオは、肩を竦めた。

「理論的には使えますがね。何しろ実験する程の時間はありませんでしたから、ぶっつけ本番です」

 尤も、とカタリオは話を続けた。

「あれを使わなくて済む程度の規模で終われば、僕も楽なんですが」

「ケヴトロ帝国に余裕はありませんが、それ以上に王が意地になっている可能性も高いと見られます。……カタリオさん、コープスからの支援を受けながら、ケヴトロ帝国への侵攻を命じます」

「拝命いたしました。それで、我々は何を目的として戦えばよろしいのですか?」

 カタリオの質問に、セマは咳払いを挟んだ。

 彼だけでなく、この場の全員に宣言する。

「最終的には、この世界で起きている全ての戦闘を停戦まで追い込む事にあります。ですが、それは最終的な目標であり、この戦闘に限って言えば……」

 セマは書簡を取り出した。

「ここに記した部分をケヴトロ帝国から奪い取り、尚且つ可能な限りかの国の戦力を削る事にあります」

 カタリオはセマの近くへ行くと、書簡をうやうやしく受け取り、その場で開いた。

 そこには、ケヴトロ帝国の簡単な地図と主だった町や村の位置が描きこまれ、現在の国境とは違う位置に、ラインが引かれている。

「いくつかの町や村は含んでおりますが……主要な町は二つ程度ですね。なぜここを?」

「詳しくはまだ言いませんが、新たな魔動機の活躍場所はそこになります」

 ここで初めて、カタリオは目を見開いた。セマは現在のアナトニエ王国内では無く、ケヴトロ帝国の領内を分捕り、そこを魔動機競技会の会場にすると言うのだ。

「なんというか……我が国からは随分と遠くなりますが」

「その場所が良いのです」

 セマと父である王が考えたのは、ケヴトロ帝国に“競技会場”としての刊行産業を与える事で、瓦解しかけている国内の立て直しをさせる事だった。

 ある程度の打撃を与え、中枢まで揺るがす事ができれば現在の王から穏健派の人物へと挿げ替える。その過程で利用する餌としたい腹だ。各国からの距離もあるが。

「ストラトー隊も二分します。コープスも二手に分かれてそれぞれ予定していた任地へお願いいたします……では、これから始まるのが最後の戦争になるように、やり遂げましょう」

 セマの呼びかけに、全員が立ち上がった。


☆★☆


 ヴォーリア連邦の人型機体は、ケヴトロ帝国が使う機体に比べると、一回り大きい。機動性は一段落ちるが、防弾性は量産機の中では群を抜いて高い。

 山地が少なく、身を隠しながらの行動を想定していないため、正面装甲と巨大な鉄板状のシールドで相手の砲弾を耐えながらの特攻が持ち味だ。

 防御主体の機体や、機体の足が歪に長くなっている監視のための機体といったラインナップがあるのも、ヴォーリア連邦機の特色だった。

 それらを混ぜて編成した部隊が、今首都からトレーラーに載せられて出発しようとしていた。

 率いるのは、ハイアッゴだ。

「何も閣下程の上位者が前線へ行く必要はありますまい」

 専属の文官はしきりに中止を訴えていたが、ハイアッゴは取り合わなかった。

「ここが正念場だ。世界の魔動機戦闘の在り方が変わろうとしている所に立ち会わぬわけにいかん」

「しかし……」

「くどい!」

 一喝され、文官は黙り込んだ。

「陛下の許可も取っている。それに、ここで我が国の力をケヴトロ帝国に示し、アナトニエ王国に対する援護ができなければ、今後の発言力にも関わる」

 そのために、ハイアッゴはこう着状態にあるケヴトロ帝国の戦線で、しばらくは派手な戦いを演じてアナトニエ王国側へ戦力を振り分けるのを妨害する事を決めた。すでに、アナトニエ内にいる密偵からの報告で、ケヴトロ帝国がアナトニエ王国からの提案を蹴った事を知っている。

「すでにケヴトロ帝国は限界を超えている。国力的には三方の戦線を維持できる状態に無い。おれが心配してやる必要もないが、ケヴトロの国民はもはや戦争を続けるためだけに生かされているにすぎん」

 おそらくは、今回の戦いでケヴトロ帝国の中枢は致命的なダメージを受けるだろう、とハイアッゴを含めたヴォーリア連邦上層部は考えていた。

 ケヴトロ帝国そのものを併呑するような事は考えていない。荒廃した土地に多数の飢えた人民。それを抱えたところで持ち出しの方が多くなるのは目に見えているからだ。

「戦争が終わった時に、どれだけ我々の力が影響したかが重要なのだ。それに、防御も固めねばならん」

「どういうことでしょうか?」

 攻め入る側では無いのですか、と疑問を投げてくる文官に、ハイアッゴは振り向いた。

「人間を縛るのに一番楽なのはなんだと思う?」

「……金、でしょうか?」

「違うな。金というのは物として考えれば、いざとなれば割と簡単に放り捨てる事が出来る物だ。もっと大きな範囲で考えろ。答えは恐怖だ」

 ケヴトロ帝国の人民が、何故国を捨てて逃げ出さないのか。配給によって生活している彼らには蓄えなど無い。逃げ出せば誰かに通報され、捕まればより厳しい場所で働かされる。

 通報した者は配給を増やしてもらえるので、環境の厳しい場所ほど、お互いの監視の目は比例して厳しい。

「その状況で、上層部が崩壊して、通報や罰則の恐怖から放たれた連中はどうする?」

「略奪や一揆が頻発するかと……」

「その後が問題だ。多少なり移動するだけの蓄えが出来たとして、荒廃した土地が広がる、政情不安な国に残ると思うか?」

 ハイアッゴの言葉に、ようやく文官は気付いたらしい。“難民”という言葉に。

「アナトニエのように、長い戦争に金を費やしていない余裕ある国ならまだしも、今のヴォーリアに大量の難民を受け入れるような余裕は無い。いずれケヴトロの王族から誰かを預かる可能性もある」

 民衆からの保護という名目で、王位継承権を持つ人間を人質として握る。場合によっては帝国を裏から操る為にやれなくもない策だとヴォーリアの王は言った。男なら誰か適当な嫁を付けて、監視を兼ねた部下を付けて国に帰しても良いし、女なら王配を付ければ良い。

「それ以上の負担は不可能だ。だから、人道的には文句も出るだろうが、ヴォーリアの人間を守る為にも、ケヴトロの人民にはケヴトロで頑張って貰わねばならん」

 その為に、歩兵も魔動機に続いて多くの人数を国境へ差し向ける。

「これまでは、子供の遊びみたいに戦力をぶつけ合っていた。だが、これからは人が死ににくい代わりに、純粋に国をうまく動かしているかどうかが問われる」

 どんどん歩いているハイアッゴは、汗をかいてついてくる文官の額に指を突き付けた。

「お前たち文官が主役になる時が来る。その時に、お前はふるいにかけられる事になるぞ?」

「ど、どういう事ですか?」

「軍人は、戦場で文字通り生き残りを問われた。では、文官はどこで差が付くか。戦場と同じだ。良く見ろ。考えろ。自分と自分の国を守る為に最適な方法を決めて、上の人間を説得するための言葉を探せ」

 ハイアッゴは、肩で風を切って歩き去った。

 彼は清々しい気持ちで戦場へ望む。仲間を失い、敵だけでなく味方とも鎬を削る生き方から卒業できるかも知れない。その期待を胸に。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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