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5.ふたりの王族

5話目です。

よろしくお願いします。

「貴様! 国王陛下の御身内であるコリエス様がわざわざこのような田舎に来てまで頼んでいるというのに、断るとは、無礼な!」

 怒りに任せて声を張り上げたせいか、最後の方は肩で息をしながら護衛の一人が再び柄に手をかけた。もう一人は、黙って状況を見ている。

 先ほど彼を止めたコリエスは、スームの返答が意外だったのか、きょとんとした顔でスームの顔を見たまま固まっている。燃えるような赤い髪が、心なしか少し色あせて見える。

「なんだ? 国王の血族ってのは、他国で人を脅して、暴力を振るって連れ去っても許されるのか?」

「ぐぬ……」

 流石に、護衛の男も今の状況の不味さに気付いたらしい。派手な馬車を堂々と乗り回しているところから、しっかりアナトニエ王国の許可を取っている事はうかがい知れた。

 アナトニエ王国も馬鹿ではないから、彼らをそれとなく監視くらいはしているだろうし、宿泊場所等に誰かを無理やり連れて来れば、すぐにその動きは知られるだろう。

「帰れ。見ての通り忙しいんだ。礼儀知らずの相手なんかしてる暇は無い」

 言い捨てると、スームは作業の続きへと取り掛かった。愛用の道具で少しずつ溶接していくと、チカチカとした火花が飛ぶ。

「礼儀知らずはどっちだ!」

 剣を抜くのは止めても、怒声を上げるのは止めないらしい。

 スームは無視した声に、コリエスの意識が戻ってきた。

「止めなさい! わたくしはこの方と交渉して引き抜きに来たのであって、誘拐しに来たわけではありません!」

「しかし、この者の態度は……」

「力づくで連れ去って、アナトニエ王国と揉めるつもりですか?」

「斯様な小国など、我々の敵ではありません!」

 何故か胸を張る騎士に、コリエスは大きなため息をついた。

「貴方はこの任務に向かないようですね。わたくしの護衛の任務を解きます。先に本国にお帰りなさい」

「な、何故……」

 突然の解任に、先ほどとは全く違う、弱弱しい声で問う。だが、コリエスはそれ以上、その騎士に声をかけるどころか、視線も向けなかった。

 そして、咳払いを一つしたコリエスは、深々と頭を下げる。

「部下が失礼をいたしました。今日の所は出直してまいります。それでは、失礼いたしますわ」

 スームの返事が無い事に、少しだけ口を尖らせたコリエスだったが、すぐにガレージを後にした。

「……なんなんだ、ありゃ。まあ、キッパリ断ったし、充分恥もかいたからな。もう来ないだろ」

 やれやれ、と追加装甲の製造に戻ったスームは、翌日になってその見通しが甘かった事を痛感する。


「隣の一軒家を、わたくしの拠点として使う事にいたしましたので、ご挨拶に参りましたの」

 引っ越しの挨拶に訪れたコリエスを前にして、昨日の彼女と同じように呆然としているスームに、「誰?」と首をかしげるリューズ。どうして良いかわからないという顔のテンプと、三人並んでいる前で、コリエスは優雅に一礼。

「わたくし、軍に所属して以来、任務を達成できなかった事は無いのが自慢ですの。最初は失敗いたしましたが、成功するまでは絶対に諦めませんわ」

 赤い髪を揺らし、首を軽くかしげながらはにかむコリエスの姿は、スームの目に美少女として鮮やかに焼き付きながら、濃厚な肉料理のように胃もたれを感じさせた。


☆★☆


 朝一に予想外の訪問を受けたスーム達は、気を取り直してハードパンチャーに取り付けた新しい装甲のテストを始めた。前日に試行錯誤をして作成していたら、結局一日かかってしまったのだ。

 部屋で完成を待っていたリューズが夕食時にぷりぷり怒っていて、おかずを一部強奪されたのは、スームにとってはもはや過去の記憶になっている。今から始まるテストに対するワクワクからすれば、大したことでは無い。少しだけ、朝食を多めに採る事にはなったが。

「そのまま前に出てくれ。万一外れたら面倒だから、ガレージの壁を背負うように立ってくれ」

『わかった』

 通信が終わると、スームが乗るイーヴィルキャリアの正面スリットから見えるガレージの前に、ハードパンチャーが進み出てくる。ガレージであれば防犯と防衛も兼ねて外壁をかなり頑丈に作っているので、魔動機用の大型ハンドガンでもそう簡単には貫通しない。

 シールドの裏に格納したハンドガンを握り、魔力ラインが機体とつながったことを確認していると、再び回線が開いた。

『あのさ、あのコリエスって子、なんなの?』

「知らんよ。ノーティアの王族で、軍に所属していて、俺をスカウトに来たらしい」

『スカウト?! それにしても、随分と熱心よね』

 リューズが不機嫌な声を出している原因は、ガレージとは正反対。イーヴィルキャリアの後ろで離れて見ている。

 一人の騎士を連れて、日傘を差したままじっと実験を観察しているコリエスは、真剣な目をしている。

 真面目なのは間違いないらしい、とスームは少しだけコリエスの評価を上げた。少なくとも、魔動機について真剣になれる人物を、スームは嫌いになれない。

『なにボーっとしてるの! 始めるよ!』

 どうやら、同性であるリューズの方が、コリエスと気が合いそうに無かった。

「じゃあ、万一の事を考えてコクピット以外の場所から行くぞ」

『わかった!』

 倒れてしまわないように、ハードパンチャーは支えとなるアウトリガーを展開し、しっかりと構えている。

 正面スリットからハードパンチャーの姿を確認しながら、レバーを微調整する。自動照準装置など存在しない以上、狙いは手動になる。

 戦場と違い、落ち着いてしっかりと微調整を行い、トリガーを引く。

 火薬を使用しない、魔力による発砲。

 空気が押し出される音がして、椎の実型の弾丸が射出され、まっすぐにハードパンチャーの肩へと命中する。

「どうだ?」

『振動はあるけど、問題無いみたい。少しヘコんだけど』

「よし。同じ場所にもう一度当てる。動くなよ」

『へ?』

 素早く撃ち出された二発目は、寸分たがわず先ほどと同じ個所に命中する。

 後ろで見ていたコリエスは、それが狙ったものか偶然かわからず、護衛の騎士と何か話している。

「どうだ?」

『あんた、本当に魔動機関係は化け物よね……。装甲はクシャクシャになったけど、本体までは届いてない』

「じゃあ、コクピットを狙う。念のため、降りておけ」

『大丈夫でしょ』

「はあ?」

『あんたが作った装甲なんだから、そう簡単に貫通したりしないでしょ? このままでいいから。さっき言った通り、魔動機関係なら信用してるし』

 キッパリと言い切ったリューズの言葉を聞いて、狭いコクピットの中で射撃用のレバーを握っていたスームは苦笑した。

「やれやれ……姿勢を低くしてろ。コクピット上部を撃つ」

『了解』

 先ほどよりも慎重に調整を行う。しかし、スームに外すかも知れないという恐怖は無い。同時に、自分が作った装甲が抜かれるとも思わない。

「行くぞ」

 トリガーを引く。

 先ほどと同様に弾丸が放たれ、命中した。

『……いい感じ。振動もさっきと同じくらい』

 リューズからの通信の通り、スリットから見えるハードパンチャーの腹部には、わずかなへこみだけが見える。

「ああ。我ながら上出来だ」

 その後、さらに数箇所の射撃実験と直接打撃に対応する実験が続けられ、リューズの太鼓判もあって正式採用が決定した。

 実験ですっかりボコボコになった追加装甲を交換するため、ハードパンチャーはガレージへと歩いていく。

 イーヴィルキャリアもガレージへと戻し、作業を続けるためにハードパンチャーの前へと戻ってきたスームは、膝をついた姿勢の機体から降りてきたリューズに声を掛けようとして、先に走り寄ってきたコリエスに大声で遮られた。

「スームさん! 貴方という人は!」

「何だよ」

「どういう腕をしているのですか! 全く同じ個所に当て続けるなんて……最初は偶然かと思いましたけれど、何度も続けるなんて!」

 何やら興奮した様子のコリエス。面喰ったスームが護衛の騎士へと目を向けると、彼は首を振った。

「わたくしも魔動機を操って訓練をしておりますの! ……その、まだ戦場へ出る許可はいただいてはおりませんが……それでも、スームさんの腕前はわかりますわ!」

 ノーティア国王がスームの参戦を求めるのもわかりますわ、と興奮気味に話しているのを、スームはどうして良いかわからずに頭を掻いた。

「彼女、どうしたの?」

「さあ、どうやら俺の腕前が気に入ったらしい」

「ふーん……」

 スームの顔を下から覗き込むように見上げるリューズの顔は、怪しい奴を見ている目をしている。

「魔動機が好きな子、好きでしょ」

「魔動機自体が好きなんだよ。それを理解してくれるに越したことは無い」

 何を言っているんだ、というスームに、リューズが顔を近づける。

「ひょっとして、気に行っちゃった?」

「魔動機に対して情熱があるのは認める。後は、腕次第だな……痛てっ!?」

 妙に冷静な意見を言うスームふくらはぎに、リューズがひと蹴りいれてそっぽを向いた。

「なんなんだ……」

「鼻の下伸ばして、アホ面してるからよ!」

 頬を膨らませたまま、のしのしと歩いて大きな胸を揺らし、リューズはテンプがいるはずの事務所へと行ってしまった。

「乱暴な方ですわね」

「頼りになる奴だよ。魔動機で格闘戦をやったら……そうだな。俺でも厳しいな」

 コリエスにはそこまで伝えたりしないが、格闘センスの代わりに、リューズは射撃武器の命中率が最悪で、ハードパンチャーには一切の銃火器は積まれていない。遠距離攻撃が可能な武装は、精々、相手の足元に投擲して使う地雷“スローイングマイン”くらいだ。

「そ、そうなのですか」

 先ほどは単なる射撃の的と化していたため、わかるはずもない。コリエスはスームの言葉を信じたらしく、リューズの後ろ姿を目で追っている。

「それで、いつまでここにいるつもりだ?」

「当然、スームさんをスカウトするまでですわ!」

 腕を組み、薄い胸を張る。

 一体どこにそんな自信があるのか、スームには理解できなかった。

「さしあたって今日は帰りますわ。また明日お伺いしますわね」

 一方的に再訪の予告をして、騎士に声をかけて帰ろうとしたコリエスの足が止まった。

「どうした?」

「……どうしてあの方が……」

 コリエスが見ている先、ガレージの入口から、リューズに連れられて一人の女性が歩いてくるのがスームにも見えた。

「ったく、いつの間にこのガレージはお嬢様の社交場になったのかね。というか、誰だ、ありゃ?」

 リューズと会話をしながらこちらへ向かってくる女性は、スームに気が付くと会釈をして、気持ち足早にこちらにやってきた。コリエスが着ているドレスに比べればやや地味で落ち着いた雰囲気のシンプルなホルターネックタイプのドレスではあるが、見た目に上質さが伝わってくる生地と、細かな縫製は一般庶民が着る物とは全く違う。

 作業が進まない事に苛立ちを覚え始めたスームは、目の前に来て立ち止まった女性を真正面から遠慮なく観察する。

 整った顔立ちではあるが、濃い瑠璃色の瞳以外は、これと言って特徴が無い。黒いロングヘアが大人しめな女性らしさを演出しているが、正直に言えば、服装と同じく“地味”がスームの第一印象だった。

「お初にお目にかかります。スームさん」

「昨日の食堂での騒ぎの時に知り合った人なんだけど……セマさんっていう人」

 リューズに適当な紹介をされつつも、顔色一つ変えずに、セマという女性はスカートの端を摘みあげ、丁寧に礼をして見せた。

「セマ・アナトニエと申します。この国の第一王女として、世界に名だたる傭兵団コープスの皆様が、我が国を本拠地としておられる事、嬉しく思っております」

 名乗りを終え、顔を上げたセマは、軽く首をかしげて微笑む。

 その横では、コリエスが苦虫を噛み潰した顔をしてセマを睨んでいた。セマの言葉の中に、コープスの名前がわざと入っているのは、コリエスに対する牽制だと分かったからだろう。

「んで、王女様が何の用?」

「ちょっと、失礼でしょ!」

 リューズはセマの正体を知って驚いていたが、スームはリューズやコリエスに対するのと同じように話した。目を細めて、面倒くさそうにセマを見ている。

「構いませんよ、リューズさん。私が突然押しかけただけですから」

「そ、そうですわ! セマ殿下、今からスームさんは整備に入られるとの事ですから、今日のところは……」

「あら、コリエスさん。偶然ですね。我が国の流通について視察なさる為にお越しの貴女が、ここで何をなさっておられるのですか?」

「うぅ……」

「私は、コープスに依頼をするために参りました。お仕事のお話ですから、お時間を作っていただけますか?」

 簡単に黙らされたコリエスの様子が可笑しくて、スームは思わず笑いそうになってしまった。

 だが、咳払いで誤魔化す。

 そして、セマに向かって返答を告げた。

「責任者がいないから、俺じゃわからん。事務所に行ってくれ」


☆★☆


「まさか、先触れも無しにいきなり王女様が来られるとはね……」

 食堂で夕食を採りながら、ガレージでの出来事について語る。

 邪魔をされたスームは、多少不機嫌になりつつも黙々と一人でハードパンチャーの整備と追加装甲の交換を終え、満足げにテンプお手製の夕食を頬張っていた。

 契約や打ち合わせに一切タッチせず、内容も良くわかっていないリューズはさておき、話を聞いたテンプは頭を抱えていた。

「で、依頼の内容は?」

「まだはっきりとは聞いてないわ。団長のクロックも居ないから、正式な相談は後日って事にしたのよ。今日の内にクロックの家に手紙を送ったから、早ければ明日にでも顔を出すんじゃないかしら」

まさか、本拠地を置いている国の王女を門前払いにするわけにはいかず、本来であればクロックが担当する仕事をする羽目になり、テンプはすっかり疲れて果てていた。

 セマが依頼として持ってきたのは、国境近辺での調査だという。

「調査?」

「正確に言えば、調査の手伝いってところね。」

 パンを一口分ずつ千切って食べながら、テンプは傍らにメモしておいた内容を見た。

「調査? 傭兵団の仕事じゃないな」

「ん~……その辺は、アナトニエ王国の特殊性が関係してるわね」

「特殊性?」

 三杯目のシチューをよそって、半分に割ったパンをどっぷり漬け込みながら、リューズが質問した。ノーティア王国の孤児院出身で、独立してすぐ傭兵になった彼女にとって、アナトニエは出身国より食事が安くて美味しいくらいのイメージしかない。

「ケヴトロ帝国を相手に、ノーティア王国とヴォーリア連邦が戦っているのは知ってるでしょ? ケヴトロと国境を接していて、戦闘に参加していないのはアナトニエ王国だけ。しかも、ケヴトロが軍国化した当初からそれは変わってない」

 テンプの説明を、スームが引き継いだ。

「ケヴトロも食料の輸入をするために、アナトニエに対しては手を出さない……ってのが、大方の理由とされているな。耕作可能な面積が狭いうえに、軍事開発はしても農地開拓は後回し。食料の輸出をストップされたら、あっという間に飢えるか」

「多少は備蓄があるでしょうけれど、厳しくなるのは確かでしょうね」

 わかっているのかいないのか、クリームシチューをたっぷり吸ったパンを頬張りながら、リューズは頷いている。

「で、アナトニエには何か気になる事があって調査をしたい。だが戦争を経験していない軍の練度に不安があるから、傭兵に手伝わせる、ってところか?」

「何を調べるかまでは聞いてないけれど、概ねその通り。戦闘に入る前の調査はいつもの事だし、受けられなくも無いけれど、あとはクロック次第ね」

「やれやれ……休暇は儚くも打ち切りか?」

「さあ。休暇が終わってからで良ければ、という話になるんじゃない? クロックだって、家族サービスの時間が必要よ。特に、こんな仕事をしているんだもの。ちゃんと妻や子供と向き合っておくべきだわ」

 それは、経験からの言葉だったかも知れない。子供がいなかった事が、生きていくのに楽ではあったのが正直な所だが、子供がいればもう少し寂しさは無かったかも知れない、といつかこぼしていた事があるのを、スームは思い出していた。

「調査について行くだけなら少人数でもいいからな。急ぎなら俺と何人かが出れば良いんだ。それより、テンプさんは休まなくてもいいのか?」

「そうね……それじゃ、明日お仕事が入らなかったら、お昼からお買い物にでも行こうかな」

「あ、私も行きたい!」

 リューズが手を上げて同行を申し出ると、テンプは快く了承した。

「そうね。じゃあ、スームも一緒にどう? 荷物持ちをお願いしたいんだけど」

「またかよ。仕方ない、一日くらいは付き合うよ」

 戦場という緊張を強いられる場所から解放された傭兵たちと事務員は、少ない休暇を楽しむために、遅くまであれこれと語り合った。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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