49.希望
49話目です。
よろしくお願いします。
たっぷり二時間、ヴォーリア連邦の警備隊に囲まれたまま機体の中で待たされたスームは、ハイアッゴが表れたのを認めて、文官カッシと共に機体を降りた。
周囲の警備兵たちに緊張が走るが、それだけ真剣に仕事をしているのだ、と好意的に受け取っておく。
使者がそのまま死兵となって暴れる事は少ない。どちらかといえば、スームに対してと言うよりも、得体のしれない機体であるノーマッドの方に対して緊張しているのだろう。
ハイアッゴは共も連れずにのしのしと歩いてくると、スームが降りてくるのを待って口を開いた。
「王や側近の感触は悪くない。正式な返答は議会を通してからの話になるが、期待してもらって良いと思う。これは受け取りを証明する王からの書簡だ」
差し出された封書を受け取り、スームは後ろにいたカッシへとそのまま手渡した。
「面白い事を考える。だが、それで戦争が一時的にでも下火になるなら、大歓迎だ」
「おや、軍人としては仕事が減るのは反対じゃないのか?」
「わかってて言っているだろう。まあ、あと少しくらいは話に付き合え」
ハイアッゴは机と椅子、それに茶を用意させ、スームとカッシに着席を勧めた。
逡巡するカッシに、スームは思わず吹き出す。
「何を怖がっているんだ。こいつらが俺たちに何かするつもりなら、とっくにやっている。外交特使としてやってきた俺たちを後先考えずに攻撃する程、ヴォーリアも馬鹿じゃない」
「まったくだ。特に我がヴォーリア連邦とアナトニエ王国は、同じ敵と戦う国同士。信用していただきたいものだな」
二人に説得され、カッシはゆっくりと腰を下ろした。
「随分とここの王は物わかりが良いな」
「正直に言えば、丁度良い提案だった」
ハイアッゴも腰を下ろし、巨躯で椅子を軋ませながらため息を吐いた。
「ハッキリ言って、長い事戦争をやりすぎた。政治だけでなく国の在り様まで戦争の為の体勢を長くとり続けてきたせいで、そろそろ引き返せなくなる所まで来ている」
国のあらゆる決定が、戦況と軍備を優先されている状況は、決して健全とは言えない、とハイアッゴは強く主張した。議会においても彼は軍人でありながら、軍に対する行き過ぎた顔色窺いに対して苦言を呈する立場を取っていた。
「労働力にしてもそうだ。軍にばかり優秀な人材が偏りすぎている。元来軍人という者は生産性皆無の労働力だ。軍事訓練の一環として土木作業や開拓をやらせはするが、それ以上に金食い虫であることに変わりは無い」
随分不満が溜まっているらしく、どんどんと愚痴が口を突いて出てくる。周囲の兵士たちはハラハラした様子で見ていたが、ハイアッゴに言われて解散させられた。
「護衛はいらないのか?」
「今、ヴォーリア連邦とやりあう理由が無い。その程度はわかる頭をスームは持っている、とおれは知っている」
それにしても、とハイアッゴは人型に変形して膝をついた姿勢のノーマッドを見上げた。
「こりゃ何だ。ヴォーリアにいた時には無かった機体だな」
「ああ、最近作った新型だ。高速飛行と変形機能がある。驚いたろ?」
「たしかに驚いた! だがそれ以上に興味がある!」
近くで見せて貰うぞ、と立ち上がったハイアッゴは、怖気づくことなくノーマッドへと近寄った。
「随分と大きいな」
機体に触れる事はしないが、素早く目を走らせてその特徴を掴もうと観察している。
「変形機能と武装を入れると、どうしてもこの大きさになっちまう。魔力が切れて墜落するなんて間抜けだからな、その分もデカくなった」
「……技術供与に、これも含まれるか?」
振り返ったハイアッゴは、笑顔ではあるものの、視線は鋭い。
「いや。今の所予定には無い。まず、このタイプの飛行型を操れる奴は俺の他に可能性があるのはコープス所属の二人だけだ」
「あの兄弟か。機体は落とされたと聞いたが、無事だったんだな」
耳の早い奴だ、とスームは感心する。ボルト・ナットがマッドジャイロという飛行機体を操る事は知っていたが、落とされた事まで知っているとはスームも思わなかった。
「今はまた、別の飛行型機体を作ったんだよ。それぞれ一機ずつな」
「豪儀な事だ。傭兵というのはそれほど儲かるのか」
「馬鹿言え。傭兵だからじゃない、俺たちコープスだからできるんだ」
ベチベチとノーマッドの機体を平手て叩きながら、スームは自慢げに言い切った。
「そうだな。コープスはそれだけの力がある傭兵団だ」
テーブルへと戻ったハイアッゴは、太い指でポットを摘み上げ、スームのカップへとお代わりを注いだ。
「いずれ、また仕事を頼みたい。お前が持って来た構想がうまく進めば、軍人の多くを予備役に戻して、別の産業へ労働力を振り分ける事が出来る」
「逆も可能だ。お前が恐れている“女が戦場で命を落とす”可能性も減るわけだ。軍の事務でも魔動機の競技会でも、いい加減に女性の活躍の場を開け。お前、女には評判悪いぞ?」
説明が足りないんだ、とスームは笑った。
ハイアッゴが軍から女性を遠ざけた主な理由は、戦場で女が死んだり、捕虜になって辱めに遭うのが耐えられないと言う、何とも気の弱い理由だった。
女性でも覚悟を以て戦っている者もいる、というスームと意見がぶつかり、意固地は二人は結局殴り合いに発展したのだが。
「それは……俺の次の世代の仕事だ。少なくとも、まだ数年は緊張状態が続く。とてもじゃないが、許可できんな」
「頑固な奴め」
スームは「御馳走様」と言って立ち上がり、結局ほとんど口を開かなかったカッシを伴って機体へと向かった。
「また来い」
呼びかけたハイアッゴに、スームはきょとんとした顔で振り向いた。
「また、お前と魔動機の話をゆっくりとしたい。今度は仕事では無く、プライベートで来い。ヴォーリアの海で採れる美味い物を食わせてやるから」
「ふふん、それは楽しみだ」
「女ができたんだろう? そいつも連れて来い」
「地獄耳め。……わかったよ」
相変わらず強引な奴だ、と苦笑いして、スームは機体に乗った。
あっという間に変形し、轟音と共に飛び去った機体を見送ったハイアッゴは、今までのような鬱屈した気分がすっかり晴れている事に気付いた。
「ふむ……やはり、殺し合いよりも楽しい未来を考えている方が、ずっと健全だな」
これから忙しくなる、と考えながらも、楽しみに心が湧きたつのを感じていた。
☆★☆
ヴォーリア連邦からの帰還中にノーティア王国の施設確認も済ませたスームは、文官カッシを送るついでに、セマへ報告する為に城を訪ねた。
そこで、慌ただしく城内を歩いていたセマに捕まり、そのまま会議室へと放り込まれる。
「丁度良かったです」
「何が?」
「ケヴトロとノーティアの国境に待機する部隊の編制がほぼ終わり、責任者も決まりましたがら、ついでに顔合わせをしておいてください」
スームの返事も聞かず、セマはカッシを連れてどこかへと足早に去って行く。
見慣れた会議室に放置された格好になったスームは、仕方が無いので、近くにいた侍女に飲み物を頼み、適当な椅子に腰かけた。
ほどなく届いたコーヒーを飲みながら待っていると、軍服を着た男女が入って来た。
女性の方は神経質な程背筋を伸ばしてきびきびと歩き、対する男性の方は、猫背気味で眠そうな顔をしている。
「失礼します。セマ殿下よりご挨拶をするように申し付かりました。ユメカです」
「同じく、カタリオです。いやあ、お久しぶりですね」
どちらもスームは見覚えがある。新型開発直後の防衛線において、それぞれノーティア国境とケヴトロ国境の部隊を率いていたアナトニエ王国軍将校だ。
「……アナトニエには人がいないのか?」
「残念ながら、という奴ですね」
スームの感想に、ユメカはムッとした表情を見せたが、カタリオの方はへらへらと笑って答えた。
スームと向かい合わせに座った二人は、今後の国境警備責任者という肩書でそれぞれの国境へ派遣され、セマの指示があれば侵攻する事になる。
「やった事があるから、またやれって事ですよ。ウチの上層部も、実戦経験者が少ない事には頭を痛めておりましてね。お間抜けなイアディボ氏が、貴重な兵士を随分と減らしてくれたもんですから。……尤も、充分すぎる程の応報を受けたようですがね」
ちらり、とスームの顔を見て笑ったカタリオを、スームは真正面から見て鼻を鳴らした。
「世の中、お天道様は良く見ているって事だな」
「それは面白い考え方ですね」
「世間話はそこまでにしましょう。スームさん、小官はセマ殿下より架橋トレーラーについての話だけは伺いましたが、まだ訓練までできておりません。監督と指導をお願いしたいのですが」
生真面目なユメカが話を打ちきり、スームが開発した、橋を架けるためのギミックがあるトレーラーについての話題を切り出した。
「という事は、またユメカがノーティア側国境か」
「……経験を買われた、と小官は考えております。それよりも、予定の調整をしたいのですが」
「じゃあ、明日の昼に基地へ。トレーラーはもう一台用意する予定だから、運転手とサポート役を二組連れて来てくれ」
あっさりと予定を決めたスームに、ユメカは頷きながらメモを取った。
「ケヴトロ帝国側は別に必要ないだろう?」
「いやいや、セマ様は僕に全て任せる、と有り難くも面倒くさい事を言われましてね、なんと言っても先方の出方次第ですから、なるべくしっかり準備だけはして、現地では楽をしたいもんですから」
ぴっ、と人差し指を立てたカタリオは「一つだけお願いしたい事があります」と言った。
「何をだ?」
スームは、このカタリオという男の事を図りかねていた。ほとんど話した事は無いが、高価な魔動機でバリケードを作るあたりに、この世界の普通の人間とは違う価値観を感じている。
「ケヴトロ帝国が使っていた大きな魔動機。あれに対抗する兵器をお願いします」
ユメカも初めて聞いたらしく、驚いた顔をしている。
「でも、あれは墜落したのでは……」
「ユメカ君。そういう油断はいけない。予備があるかも知れないし、また作り直してるかも知れない。少なくとも、同じ事をやられて対応できなかったら……」
カタリオは、気慣れてない軍服の襟を正して笑った。
「恥ずかしいじゃない」
ユメカは変な顔をして黙っていたが、スームは大笑いして、カタリオの申告を承諾した。
「ただ、費用は当然アナトニエ王国持ちになるぞ」
「構いませんよ。僕の財布が痛むわけじゃない」
こうして、アナトニエ王国も慌ただしく戦いの準備を進めていく。
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