44.スームの提案
間が空いて申し訳ありません。
44話目です。よろしくお願いします。
コープスの基地へ呼び出され、スームの報告を聞いたセマは、眉間を押えてしばらく沈黙していた。
その間、スームとクロックはセマの前で黙って座っている。言うべき事は言ったので、後はセマがどう反応するかを待っているのだ。
「……今回の打撃で、ケヴトロ帝国はどれほどのダメージを受けたと思われますか?」
「そうですなぁ」
セマからの質問に、クロックはモヒカンを撫でて唸った。
「今の戦線を維持する事は何とか可能でしょうが、新たに戦線を拡大するような真似はできんでしょう。さらには、新型を失い、恐らくは再建造も不可能である可能性が高い。となれば、しばらくは戦力を整備するために、大人しくならざるを得んでしょう」
クロックの意見に同意するようにスームが頷き、セマは納得したように息を吐いた。
「わかりました。という事は、少なくともケヴトロ帝国方面はしばらくは落ち着くだろう、という事ですね。ですが、状況を打開するために敢えて攻勢に出る可能性はありませんか?」
「その可能性は大いにありますな。ケヴトロ帝国の皇帝とその周囲にいる連中は、自分たちが劣勢にある事を認めたがらんでしょう。ですが、その矛先はアナトニエでは無いでしょうな」
「理由を聞かせてください」
答えは、スームが語る。
「アナトニエを相手にして勝てる要素が無い。今までまともに戦果を上げた事が無い。精々、旧型の人型魔動機を潰した程度だからな。あのデカい飛行型魔動機を失った今、ケヴトロ帝国の魔動機ラインナップだと、先日の国境戦のようにグランドランナーとトレーラーで壁を作られたら手も足も出ない」
そこまでは理解できる、とセマは頷く。
「そして、他に弱っていて攻撃対象になる国がある。多少なり冷静になって周辺国を天秤にかければ、最初に狙うとすれば……ノーティア王国になるな」
ノーティア王国は失策を繰り返している。アナトニエへ侵攻した部隊は全滅し、逆にアナトニエに外交カードを渡す結果となった。次いでアナトニエ国境に集結させていた戦力はスームに叩き潰され、王城までも襲撃される憂き目にあっている。
戦力も士気も、さらには国の象徴である王城を修復するため、財政的にも、ノーティアは溺れかけの国家となりつつある。
「ノーティア側なら、今国境にいる戦力を多少増強するだけでもかなり圧迫できる。上手くすれば領土の侵食も可能だろうな」
ホワイト・ホエールでそれをやろうとしたのだが、スームによる襲撃で頓挫している。だが、通常の人型魔動機をトレーラーで数十機送り込むだけでも、ノーティア側としては悲鳴を上げたくなるほどの圧力になるだろう。
「わかりました。義務と言う訳でも無いのに、報告や分析まで聞かせていただいて、ありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、父がコープスの皆様を夕食にお誘いしたいと言っておりましたので、近いうちにでも……」
「いや、礼はいらない。それよりも、恩を感じているなら、ちょっと協力してもらいたい事があってね」
「協力、ですか?」
何を、でしょうか。と問うセマは、思い切り警戒しているという事を態度で示した。
「ちょっとしたイベントを考えているんだ。そのスポンサーになってもらいたいというのと、その下準備を手伝ってもらいたい」
スームは、不敵な笑みを見せてセマに向かって身を乗り出した。
「上手くいけば、戦争の可能性をググッと減らす事ができて、アナトニエ王国主導で各国が共存するための調整ができる。つまり、平和が訪れる」
あまりに調子の良い言葉の羅列を聞いて、セマは眉間にしわを寄せた。
「……夢物語しか聞こえませんが……具体的に、何をするのですか?」
「まずはケヴトロとノーティアを、叩きのめす」
「……平和という言葉について、私とスームさんとでは、大きな隔たりがあるようですね」
兎にも角にも、とスームが語った説明を聞いて、一応の理解は示したものの、当然即答はできず、セマは回答を保留して問題を持ち帰った。
セマがいなくなると、クロックはコーヒーを淹れなおしてスームの前へ置いた。
「お、ありがと」
白い湯気が昇るカップを抱えてたスームは、向かいに座りなおしたクロックに笑いかけた。
「どう出ると思う?」
「しばらくは混乱するだろうな……だが、アナトニエとしては飲む、とわしは思う」
自分ように入れた大きなカップからコーヒーを飲み、クロックは熱い息を吐いた。
「金はかかるが、お前の案通りに進めば、最終的にアナトニエの利益が大きい。食料が多くあっても、余剰分を輸出する先が無くなればアナトニエも現金が目減りする。それに、新たにケヴトロ帝国を押えて魔動機技術の中心地としても金を集める事が出来るからな」
しかし、とクロックは目を細めてスームを見た。
「その鍵はお前だ、スーム。お前の身柄をアナトニエに繋ぎとめておくための対策を売ってくるだろうな」
「貴族にするとか、婿として引き込むとかだろ? その手なら、もう断りを入れてるから、アナトニエ王も二度三度とは言ってこないと思うけどな」
いずれにせよ、打診されても断るつもりだ、とスームは言う。
「そうか。……それで済めばいいんだがな。とにかく、アナトニエが首を縦に振れば、忙しくなる。整備もそうだが、ボルト達の新型やコリエスの習熟訓練やらは、頼んだぞ」
☆★☆
スームがセマに提案した内容は、以下のようなものだ。
・ノーティアとケヴトロ帝国に、戦争継続が不可能な程の打撃を与える。
・攻撃後、アナトニエ王国は勝利者として両国の国土や賠償を求めない代わりに“定期的な魔動機による対戦競技”を行う事を提案する。
・競技の勝利国は一定期間貿易上の優遇を受けられるものとする。
・上記条件を受け入れ、競技に参加する国には、コープスから技術指導を行う用意もある。
・不正があった場合は、ホスト国であるアナトニエ王国とその協力者であるコープスが経済及び実力にて制裁する。
「なんというか、いつの間にか我が国も随分と大きな事が言える国になったものだな」
夕食の席でセマから説明を受けたアナトニエ王ヴァシリウスは、国の歴史上最大とも言える規模の提案に、思わず笑ってしまった。しかも、この提案が王族や臣下では無く、言ってみれば市井の一市民からの発想なのだ。
「しかし、つくづく妙な人物だな、スームという男は」
「本当に、変な事を考える物だと思います」
「発想の内容もそうだが、余が感心しているのは、多くの国を巻きこんで、結果として国々全てを安定の方向へ持って行こうという思考の広さだ。傭兵として各地を転戦してきた経験もあっての事だろうが、その視野の広さが、あのバカ息子に多少なりとも備わっておれば、セマにもここまれ苦労を掛ける事は無かったのだが」
言ってみたところで、今さらどうしようもない事だが、と思いつつも、王はそう口に出さずにはいられなかった。
「まあ、それはよい。して、その提案についてセマはどう思う?」
「目指すべき着地点には賛同できます。我が国を含め、各国は戦争に削られる人材を別の産業に向ける事ができますから、結果として人口が増え、我が国からの食糧輸出も増加するでしょう」
現在は戦時中の為物資の行き来が滞っているが、それも解消されれば、再びアナトニエは多くの資金を稼ぎ出す事ができるだろう、とセマは予測した。
「ただ、この提案はコープス、というよりスームさんの存在が大きなポイントになっています。彼がはっきりとアナトニエの協力者であると示したとしても、引き抜きを含めた工作は増える可能性があります」
セマが語る言葉に、王はじっと耳を傾けていた。
「後の影響力を保持するためにも、まずアナトニエ主導でケヴトロ帝国他二国に書簡を送り、反応を確かめてから戦力を動かす事とするべきでしょう。それに、コープスの戦力ではなく、我が国の軍を前面に押し出して勝利しなければ、後々の発言力にも影響がでる可能性があります」
「ふふっ」
王は思わず笑みを漏らし、「おっと」とかみ殺した。
「いや、悪かった。お前の考えはわかった。だが、お前は彼の案を却下して“今のまま”を維持する事は考えなかったか?」
「現状維持、ですか?」
「そうだ。現時点でも我がアナトニエ王国の戦力は充分な規模を誇っている。それこそ、コープスの協力が無くても充分に二国の攻勢を撥ね退けるには充分だろう。敢えてこちらから行動を起こし、兵たちを危険に晒す事も無く、向こうが動かないならこちらも黙っている。それでも良いのではないか?」
王の問いに、セマは黙り込んだ。スームに乗せられて、いつしか積極的に力を振るって自らが主導的な立場に立つ事に固執していたのに気付いた。
だが、父である王の案は平穏を守る意味では魅力的だが、それで良いのかという疑問もある。いずれケヴトロ帝国やノーティア王国が戦力を回復した時。もしその二国がアナトニエと同等の機体を開発したり、手を組んでアナトニエを狙ったら? 今の優位が明日の優位とは限らない。
「……し、進歩は私たちだけの専売特許ではありません」
絞り出すようにセマが言葉を紡ぎ、王は続けるように促した。
「現にケヴトロ帝国は阻止されたとはいえ新型の開発に成功しました。ノーティアもできないとは言えません」
一拍置いて、セマは息を整える。
「つい先日まで、我が国は軍事面において蚊帳の外にいる状況を言い訳に、ずっと民を守る為の努力を怠っていました。その結果イアディボ将軍のような実力無き将をのさばらせ、他国との格差を兵士たちの命で知らされる結果となったのです」
「今回の“魔動機競技”案が、二度目の怠惰を防止しうる、とセマは考えているのだな?」
「他国との積極的な交流は、情報収集の機会であると共に外交による抑止の機会を生み出す事にもつながります。定期的な開催の為に、継続したやりとりは必然的に発生しますから、外交の機会は増え、神経戦は増えますが、命のやり取りは減るでしょう」
懸命に考えながら語るセマを、王は微笑ましく見ていた。子供だと思っていた娘が、いつの間にか一端のの政治論を語るようになった。そして、その視点に“兵たちの命”が含まれている事が、アナトニエ王には嬉しかった。
「……セマよ。お前の考えはわかった」
王はしっかりと自分の意見を語ったセマを労い、いつの間にか立ち上がっていた彼女に座る様に促した。
「多くの修正点はあるだろうが、お前の考えに余も同意する……いや、余は長き停滞を生み出した元凶なのだ。余計な口出しはせぬ。家臣たちから協力者を集め、お前の思うようにすると良い。余は、お前がする全てに責任を持つ」
「お父様……」
それが、アナトニエ王にとっての不器用ながら親としての在り方だった。
「……仕事はいたしますけれど、私は王にはなりませんからね?」
「少しは感慨に浸らせてもらえんものかね……。気になるのはわかる。余も考えがあるからな。そこは気にせずとも良い」
疑いの視線をたっぷり向けてから、セマは席を立った。
「まったく……娘と言うのは、こうも難しいものかね」
話しかけられた中年の侍女は、王の言葉に苦笑を漏らした。
「セマ殿下はお年頃であられますから」
そんな事はわかっている、と王は拗ねたように息を吐いた。
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