43.空対空
43話目です。
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ご迷惑をおかけいたしますが、なにとぞご了承のほど、
よろしくお願い申し上げます。
「機動性は向こうが上か。大きさは小さいが、その分細かい動きができるってわけだ。砲手には各自の判断で撃つように伝えろ! こっちの指示を待っていては間に合わんだろう」
カーグリートは接敵当初から敵の位置を追う事だけで手いっぱいになっている乗組員たちに悪態を吐きたい思いを押し殺しながら命令を下す。
「砲は左右に振る速度はそれなりにありますが、仰俯角を動かすには多少の時間が必要です。上へ下へと移動されると、命中させるのは難しいでしょう」
「散弾で弾幕を作らせろ」
「いえ、今の時点では無理です。砲は真上に打てませんし、打てたとして、その後に砲弾の雨を浴びる形になります」
「真上、か」
どうするか、と考えている間に、最初の攻撃が来た。
激しい金属音が響き、機体は大きく揺れた。何人かが悲鳴を上げるのを聞いて、カーグリートは叱責すべきかとも思ったが、空を飛んでいる状態で攻撃される不安はわからなくも無いし、その余裕もない。
「各員、被害状況を報告しろ!」
数本の伝声管からの声を聞き取りながら、副官エイジフは素早くメモを取っていく。
「航行に問題はありませんが、上部砲塔が二つ破壊された模様です。砲手からの反応もありません」
「そうか。各員、落ち着いて姿勢制御に努めろ。高度はこのままでいい。全速で帝都方面へ向けて回頭する。その場で回るなよ。大きく弧を描いてターンしろ。その間も、機体を左右に不規則に揺らすんだ」
なるべく狙いを定めにくいように工夫しろ、と指示を出しながらも、敵機の速度を考えると焼け石に水だろう、とカーグリートは考えていた。
「逃げられると思うか?」
「正直に申しまして不可能ですね。魔力はこちらの方が長くもつとは思いますが、速度が段違いです」
あれは一体、どういう原理で飛行しているのでしょうね、とエイジフはこの状況にあっても、爽やかな笑顔を浮かべて肩をすくめた。
「先ほどの攻撃でわかりましたが、こちらの装甲の弱い部分を叩くことはできても、“浮き袋”を破る程の威力は無いようです。もっとも至近距離で撃たれたらわかりませんが」
「では、なるべく距離を離したままで無いとだめだって事だな」
カーグリートがこの戦いにおける基本線を確認したところで、悪い知らせが入る。
「敵機、次第に高度を下げてこちらへ接近しています!」
観測手の報告に、カーグリートとエイジフは顔を見合わせた。
「どうやら、敵も同じ結論に達したようです」
「仕方あるまい。前進を続けながら高度を下げろ。高度は敵に合わせて、あまり離しすぎるなよ」
「良し。高度を下げ始めたな。このまましばらくちくちくと嫌がらせしてやろう」
完全な死角を保ったまま、スームが操るノーマッドは、じわじわと高度を下げながら散発的な砲撃を繰り返す。
「なにこれ、いやがらせ?」
「似たようなもんだけど、ちゃんと目的はあるぞ」
スームが説明したホワイト・ホエールの弱点は、真上が死角になる事の他に、姿勢制御の難しさがあった。
本来の飛行船は、タンクからのガス注入とエンジンによって高度調整を行うが、うまくタンクからバルーンへのガス注入調整ができなかった。
代わりに、ホワイトホエールは飛行するに十分なガスを保った状態で、複数のプロペラで上下左右の移動を行い、地上への固定はアンカーを使っている。
「だから、いくつかのプロペラがなくなれば、姿勢制御すらままならない」
唯でさえいくつかの砲塔をつぶされ、パーツが脱落してバランスが崩れているのだ。プロペラの調整が不可能になれば、軽くなった方が上を向く。
「でも、プロペラを壊して墜落させたら、操作ミスに見せかけるのは無理じゃない?」
「最終的には、ワイヤーでも巻きつけて壊すって手もあるが、乗組員に見られる可能性が高いから、最終手段にしたい。それよりも、敵が“真上を攻撃する方法”に気付いてくれたら、そこに付け入る隙ができるはずだ」
「真上に? できるの?」
リューズの疑問に、スームは頷いた。
「ああ。連中の誰かが、柔軟な発想ができればな」
話している間に、ノーマッドもホワイト・ホエールも、赤い土と所々に突き出た岩や砂埃が目立つ荒野に向かって、ぐいぐいと高度を下げていく。
二発、三発となぶるような射撃が下に向かって撃ち込まれ、また一つ、ホワイト・ホエールの砲台が沈黙した。
「えっ、機体が倒れた?」
「いや、あれがホワイト・ホエールが真上を撃つ唯一の手段だ」
気付いてくれたか、と笑っているスームの眼下では、ホワイト・ホエールがその巨体を横倒しにするように姿勢を変化させていた。
プロペラ部分に破損は無いはずなので、自らその格好になっているはずだ。
かなり地面に近い位置で、空飛ぶ車輪のような恰好になっている。浮力をバルーンで十二分に補える上、プロペラも稼働方向を自由に変えられる事から可能な姿勢だ。これで、横向きの砲塔は上下左右を向く事になる。少し傾き、ふらついているのは破損部分とのバランス調整がまだうまくできていないのだろう。
「いけるぞ。弾を食らうつもりはないが、揺れるから気をつけろよ」
「うん。わかった!」
ほぼ真横に近い格好になった機内で、カーグリートは椅子にしがみついたままで指示を飛ばしていた。スームの設計図にはシートベルトがあるのだが、実機として建造された際、省略されてしまっていた。
「もう少し機体を斜めに。真上に撃つわけにはいかんだろう。もう少し機体の角度を緩めてから、敵が真上からずれた時点で砲撃しろ」
姿勢を変える前に伝声管の場所へ体を固定した副官エイジフが、カーグリートの指令を繰り返して乗組員に伝えていく。
「思い切った事をお考えになりますね」
「こうしなきゃ攻撃もできんだろうが」
斜めに滑る車輪と化したホワイト・ホエールは、ここでようやく敵が上部からずれた事で、反撃を開始した。
振動が響く機内で、観測手は命中していない事を繰り返し報告していく。
「一筋縄ではいかない、か。あれはやはりコープスか、コープスから譲渡されたアナトニエの機体だろう。あんな変な機体、コープスの連中くらいしか作らないだろうからな……うおっ!」
手の汗と砲撃による振動で、カーグリートは中央にある指令席から手を滑らせ、急角度の床を滑り落ちた。
「ぐあっ!」
「閣下!」
落ちた先にある観測手のシートに背中を強打したカーグリートは、声も出せない程の痛みに顔をゆがませていた。
ぶつかられた衝撃で、観測手も前方の窓に顔面を強打している。
慌てて伝声管から離れたエイジフが滑るように近づくと、骨折で内臓にも傷が入ったのか、口から血を流している。
「くぅ……エイジフ、あとは……任せる……」
「閣下! ……全員、すぐに戦闘を終わらせて帰投するぞ!」
エイジフは、観測手が軽傷であることを確認すると、カーグリートの事を任せた。
他のシートに足をかけて伝声管までよじ登ったエイジフは、砲手にタイミングをずらして弾幕を絶やさないように指示を出す。
揺れるホワイト・ホエール内は、緊張に包まれていた。つい先ほどまではノーティア王国を空から襲撃してすぐ帰るだけの楽な任務だという雰囲気が多少はあった。飛行型に不慣れな兵士ばかりだが、機体は戦地での有用性を証明して帰ってきた物だったので、それだけの信頼もあったのだ。
だが、その余裕はもはや霧散してしまっている。
「敵がさらに距離を詰めて来ます!」
「蛇行しながら高度をさらに下げろ! 砲撃の間隔はもっと短くならないのか!」
砲撃の振動の中、未経験の姿勢で、砲手たちも必死なのは理解しつつも、エイジフは小さな窓から見える敵機の姿を見て、焦りを覚えていた。
「さらに迫ってきているな……」
そこで、ふとエイジフは気付いた事がある。上下には敵の攻撃を弾くだけの装甲板があっても、円盤状の外輪付近は、のぞき窓が並んでいるために装甲が薄い。
もし、そこを至近で撃たれでもしたら……。
「機体を落とすのに、機体を壊す必要はない、という事か」
判断を迫られていた。目の前では、まるで予測でもできているかのように砲撃を右へ左へと躱していく奇妙な飛行物体。
それが、じわじわと近づいている。見れば、向こうもこちらと同じように機体を立てて砲塔をこちらへ向けているではないか。
一発、その攻撃がはなたれ、機体が揺れた。
「着弾したか! 被害は!?」
複数の砲手から返答があるが、先ほどまで無事だったはずの砲手の一人から返事がない。
「狙ってつぶしたのか? 飛行しながら、あの距離で!?」
それだけの腕があれば、もっと近づけば、コクピットを狙うなど簡単ではないだろうか。
焦りに、恐怖が混じり始める。
「高度を下げろ! 接地ギリギリまで下げるんだ! 敵の狙いは正確だ、もっと速度を出して蛇行しろ!」
エイジフの悲鳴に近い命令に、ホワイト・ホエールはさらに高度を下げた。
自分の指示通りに機体が動いている事を、周囲の窓から確認したエイジフは、再び上空にいる敵機を見上げた。
その瞬間、横から殴りつけられるような衝撃を受けて、エイジフは意識を手放した。
「あれじゃあ、中は洗濯機状態だな」
「洗濯機?」
「タンクの中に水と洗剤を入れて、ぐるぐる回して洗う機械だよ」
スームたちの眼下では、プロペラの一部を岩にひっかけ、文字通り車輪の如く回転しているホワイト・ホエールの姿があった。
高度を限界まで下げた結果がこれだ。充分な高度を保っていれば問題無かったのだろうが、地面すれすれを通常では想定していない姿勢で、かつ地面にある岩などの起伏を避けながら操縦するなど、ベテランでも難しい。
狙い通りの結果に、スームはほくそ笑む。
「あれ、中に乗ってる人は生きてるの?」
「戦闘中に身体を固定していない筈が無いからな。まず大丈夫だろう。しばらくはまともに起き上がれない程目を回すくらいは、まあ仕方ない」
それよりも、と五回転程で停止したホワイト・ホエールへと機体を向ける。
「全員目を回しているとすれば、あの機体はどこまでもふわふわ飛んでいくからな。つなぎとめておかないと」
射出したワイヤーを数本使って、自由な空の旅に出ようとするホワイト・ホエールを繋ぎ止める。
「自国領内だ。あとは自分たちで何とでもするだろう。さあ、基地へ帰るか」
「そうね。夕方には着くでしょ? お腹がすいたわ」
「ああ、テンプさんのご飯を食べに帰ろう」
「コリエスが作ってるかもよ?」
「……まあ、あいつもそこまで変なのは作らないだろう」
ところで、と安定した姿勢で飛行するノーマッドの中、リューズが疑問を口にした。
「あれってスームが作った設計図が盗まれてできたんでしょ? どうしてクロックは作らせなかったの」
「ああ。金額や大きさもあったけどな……。最大の理由は、人数だな」
ホワイト・ホエールはまともに動かそうと思ったら最低でも十八人の乗組員が必要になる。コープス全員を合わせても半分だ。
「あー……なんだってそんなものを作ろうとしたのよ」
「艦長席に座って、『発進せよ!』とか『弾幕を張れ!』とかやりたかった……」
「何それ。変なの」
わかってもらえるとは思わないが、それも男のロマンだよ、とスームは遠い目をして呟いた。艦長専用のジャケットまで作ろうと思っていたことは、リューズには秘密だ。
「さて、帰ったらさっそくクロックと話してみるか」
新しい夢に胸を膨らませながらにこにことしているスームの頬に、不意にリューズの唇が触れた。
「それもいいけど、休暇のうちに、また買い物に付き合ってよね」
「はいはい」
カーグリートを初めとした乗組員数名が死亡した状態で、身動きが取れなくなっているホワイト・ホエールが発見されたのは、戦闘から半日後の事だった。発見したのはケヴトロ帝国軍の補給部隊で、ノーティア側の前線から戻る途中だった。
数か所を骨折しながらも生き延びたエイジフは、救出された時、敵への恨み言をうわごとのように呟いてから気絶した。
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