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42.非正規戦闘

42話目です。

よろしくお願いします。

 ケヴトロ帝国首都から出撃したホワイト・ホエールは、二日目早朝の時点で予定路の半分の地点にいた。

 日暮れとともに着陸し、機内で夜を過ごした彼らは、今日中にノーティア王国との国境近くまで行き、翌日の早朝から攻撃を仕掛ける予定になっている。

 国境の敵警備部隊に一撃を加えたのち、可能な限り敵国領内で破壊活動を行う。これが今回の任務だった。

「大ざっぱにも程がある。せめて攻撃目標くらいは設定してから出撃命令くらい出せば良いものを」

 上空を飛行するホワイト・ホエールの中で、カーグリートは何度目かも憶えていない程の回数呟いた愚痴をまた吐いた。

「その件ですが」

 副官として同乗しているエイジフという名の青年将校が、初めてカーグリートの愚痴に付き合った。

「どうやら、我が軍の工作員がノーティアでの破壊工作でミスをして、身柄をアナトニエ王国に拘束されたという事で、それに端を発した作戦のようです」

「色々疑問があるな。なんでノーティアでやらかしてアナトニエで捕まる? それに、そういう理由ならアナトニエに攻め込んで口封じなり身柄の回収なりをするなら話は分かるが、どうしてノーティアの方を攻撃する話になるんだ?」

 カーグリートが素直に疑問を口にすると、エイジフは肩を竦めた。

「その工作の過程で、ノーティアが戦力的に大きな損害を受けた事がわかりました。実情の調査が不十分で攻略の目途が立たないアナトニエよりも、今は弱っているノーティアを叩いておく、というのが上層部の考えのようですね」

「アナトニエは動きを見せない。ノーティアは損害を受けた。それなら、俺たちも一休みするって考えにはならんのか」

「まさか。研究チームが新しい研究対象を見つけたようですからね。この機体同様、新しく建造できた機体があれば、試験と称してどこかに仕掛けるでしょう」

 自分たちは命令を下すだけだから、上層部の考えがそういう方向に流れるのは当然でしょう、とエイジフは苦笑した。

「そうだろうな……ところで、お前随分と上層部の動きに詳しいな」

「訓練校の同期が城勤めをしていまして……軍にいるとはいえ、情報があれば多少は身の振り方も決められますから」

「賢い事だな」

 自分が若い頃は、とにかく戦場で生き残る事で精いっぱいだった、とカーグリートは思い出した。

 三十年ほど前、新兵として参加した戦場は地獄そのものだった。まだ魔動機による戦闘の黎明期で、多くの歩兵に交じって少数の人型魔動機が突撃するのが一般的だったのだ。

 当然、生身で魔動機に対抗できるものではない、巨大な武器で蹂躙され、踏みつぶされ、殴り飛ばされる兵士たちの死体に囲まれて、魔動機乗りだったカーグリートは狂気の戦場を駆け抜けた。

 同じ魔動機乗りの同僚の中には、すっかり心を病んで自ら命を絶った者もいる。

 魔動機に乗っているからと言って、必ずしも安全では無かった。ヴォーリア連邦との戦闘時、人数に頼って押し込んできた敵歩兵の波に飲み込まれた僚機は、多くの敵を殺しながらも引き倒され、コクピットが無理やり開かれた。

 同僚が抵抗しながらも引き摺り出された所までは見たが、その時点でカーグリートは機体を反転させ、撤退を始めた。同僚は結局、戻っては来なかった。

 他にも、のぞき穴から油を流し込まれて焼き殺された同僚や、誘い込まれた隘路で上から岩を落とされ、魔動機ごと潰された部下もいた。どのシーンを思い出しても、死にゆく仲間の周囲には、潰され、焼かれて原型を留めていない、大量の敵兵の死体があった。

「今になって思えば、魔動機どうしでぶつかっているだけ、今の戦闘の方がマシかも知れんな」

 少なくとも、血が流れているのを見る事は少ない。戦場を片付ける下っ端連中にしてみれば、そんな事は無いと抗議の一つも言いたくなるだろうが、少なくとも、複数の魔動機に踏まれ、人数すらわからなくなったようなひき肉に油をかけて回るよりはマシなはずだ。

「……この任務が終わったら、辞めちまうか」

 なんとなく、愚痴のついでに口から出た言葉だが、自分の声を聞いて「悪くない」と思い始めた。

「階級が上がって給料も増えたが、結局は兵舎暮らしでほとんど使って無いからな。どっか田舎に引っ込んで、のんびりさせてもらっても良いよなぁ」

 口には出さなかったが、アナトニエに移住ができれば、そこで農場を買って生活するのも良いかな、とさえカーグリートは考えた。

「その若さで退役されるのですか?」

「若いったって、もう数年で五十だぞ。三十年以上だ。充分すぎるほどお国には奉仕したと思うがね」

「閣下のような生え抜きの人材を、簡単に手放すとは思えませんが……」

 困惑しているエイジフに、カーグリートは笑って答えた。

「やる気の無い奴を抱えておくほど、軍も金持ちじゃあないだろう。高給取りが自分から辞めてくれるなら、万々歳だろうよ」

「では、今回の作戦を以て勇退ですか」

「ああ。そのためにも、しっかり生きて帰らないとな」

 エイジフが差し出した日報に目を通し、カーグリートがサインをすると、周囲の監視を行っていた一人の兵士が声を上げた。

「後方から何かが接近してきます!」

「何かじゃわからん! それを確認してから報告しろ!」

 一喝された兵士は、「は、はい!」と返して、再び観測を始めた。

 そして、改めて報告があがる。

「魔動機のようです。一機だけ、こちらに向かって高速で飛行しています!」

「飛行だと!?」

 カーグリートが知る限り、飛行が可能な魔動機はケヴトロ帝国が保有するこのホワイト・ホイールの他には、アナトニエ王国が新型として開発した物と、先日墜落したとされる傭兵団コープスの機体くらいだ。

「まさか、アナトニエか?」

 ありえない、と思いながら、カーグリートは観測手のところまで走り、窓の外を見た。

「なんだ、ありゃ……」

 報告の通り、高速と言っていい速度で近づいてくる、もうすぐに接敵するのは間違いないが、その形は報告書で見たアナトニエの新型とは大きさも形状も違っている。

「おい、エイジフ。研究チームの新型というのは、あれか?」

「いえ、違うでしょう。新型と言っても、鹵獲したコープスの機体を研究して作成する話でしたから、あれは全く違うものです」

 同じく確認したエイジフも、目を見開いて見ている。彼にとっても初めて見る機体らしい。

「ということは、だ」

 一度深呼吸をしながら、カーグリートは伝声管へと近づいた。

「後方から敵が接近中だ! 砲手は全員臨戦態勢をとれ! 機体は速度は落ちてもかまわんから、上昇させろ!」

「上昇ですか?」

「大体の飛行型は、上に攻撃するようにはできていないと聞いた。下にいるよりは安全だ」

 シートへ戻り、どっかりと腰を下ろしたカーグリートは、内心の焦りを隠して声を上げた。

「戦闘開始だ!」


☆★☆


「おっと、上昇を選んだか。飛行タイプの特性を理解してやってるとしたら、初手は正解だな」

 スームは、ホワイト・ホエールの巨体が前進をやめて上昇を開始したのを見てにやりと笑った。

「どうやって落とすの? 焼夷弾?」

「普通の焼夷弾だと、あれの装甲とバルーン部分は抜けないんだ。耐熱性と弾性にすぐれたモンスターの外皮を重ねて作ってるからな。……尤も、俺の設計図通りに作っているなら、だ」

 そうなんだ、とリューズは今ひとつ理解はできないようだが、頷いた。

「じゃあ、直接攻撃するの?」

「……ああ、それがな……」

 スームは珍しく顔に汗を書いて、口をもごもごと動かしている。

「どうしたの?」

「……この機体にもナイフは付いている。それなら、バルーン部分を切り裂いて穴をあける事はできるな」

「じゃあいいじゃない。スームなら砲撃を避けて死角に入るくらい、わけないでしょ?」

 リューズから受けるまっすぐな視線から、スームは思わず目をそらした。

「……何かミスしたのね?」

 しばらく黙っていたスームだが、いよいよホワイトホエールの射程範囲に入るかというあたりで、機体を敵に合わせて上昇させながら、控えめに過ぎる声でつぶやいた。

「……ノーマッドは、脚部のジェットスラスターから魔力で作った炎を噴射して飛んでいるわけだ」

「そういう説明だったわね」

「で、あのホワイト・ホエールを浮かべるために使われている気体は、おそらく設計図に書いた指定通りの方法で抽出されたものだろう」

 だから、と迷いに迷いながら、スームは説明する。

「穴が開いて、気体が噴出したとき、そこに火が点いたら、爆発する」

「はあ?」

 要するに、遠距離攻撃だと本体に穴をあけて墜落させるのは難しく、近づいて直接攻撃は通じても、爆発に巻き込まれるというのだ。いくら最新型のノーマッドでも、至近距離で大爆発に巻き込まれたら壊れる。それ以前に、中にいる人間の方が衝撃に耐えられない。

「あんたねぇ……。私の機体の装甲の時もそうだったけど、なんでそういう変なところで抜けてるのよ!」

「痛ってててて……」

 頭を掴まれ、女性とは思えない握力で握り絞められ、スームは涙目で悲鳴を上げた。

「だ、大丈夫だ! やりようはある!」

「まったく……」

 ようやく解放されたスームは、手元のレバーを操作して砲撃の準備を始めた。

「第一、俺が簡単に撃墜するのもあんまり良いことじゃないんだ」

「どうして?」

「俺が作った機体が簡単に落ちたとなると、俺が嫌だ」

 リューズが黙って睨みつけ、再び頭を掴もうとする。

「待て待て、落ち着け。理由はそれだけじゃない。これから俺が目指す俺の機体によるゲーム世界を作るためには、世界中で俺の機体が有名になる必要がある。乗り手次第というのも重要だが、今の時点で“単独の機体に落とされた”ってのは評判としてよろしくない」

 だから、俺がちょっかいをかけるにしても、最終的に連中には自分たちのミスで墜落した、と思って、なおかついくらかは生還してもらう必要がある、とスームは説明した。

「そのために、今から戦闘中はぐるぐる派手に飛び回るから、しっかり座ってベルトを締めておいてくれ」

 そう言われちゃ仕方ない、と手を引っ込めたリューズが座ったのを確認したスームは、さらに速度を上げて、ホワイト・ホエールの上をとった。

 浮力とプロペラによる移動をするホワイト・ホエールに比べれば、スラスターで上昇するノーマッドの方がはるかに速い。

 散発的な砲撃をかいくぐり、らくらくと位置取りに成功したスームは、機種を極端に倒して真下を向く。

「ひゃああ……」

 背中合わせに座っているリューズが、あおむけになった格好で小さな悲鳴を上げているが、声は楽しそうな響きを含んでいる。

「さあ、始めるぞ!」

 ノーマッドが放った徹甲弾による砲撃が、ホワイト・ホエール上部にある大砲のうち、二門を叩き潰した。

 ケヴトロ帝国領内で始まった非正規戦闘は、ノーマッドの圧倒的な機動力を見せつける事から始まった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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