41.新たな夢
41話目です。
よろしくお願いします。
「できるなら、俺が作った機体は俺の手で破壊したいんだが、そういう機会はなかなかなくてね」
マイコスが案内した場所は、スーム達が爆弾を仕掛けた倉庫の裏手にある、大急ぎで立てられたような小屋だった。
「物置だと思った」
と、リューズが言う通り、簡素な建物だ。
だが、回収されたマッドジャイロはその中にあった。とりあえず人目を避けるために簡易倉庫が建てられ、本格的な研究はこれから開始されるという。
「ところが、仲間の事を考えると、そうそう余所に技術を流すわけにもいかないってのが問題なんだよなぁ」
ブツブツと言いながら、倉庫の中にあるマッドジャイロへと近付く。
ローターは完全に破損し、乱暴に取り外されて機体の横へ置かれている。
弾痕を含めてかなりのダメージが見えるが、コクピットは潰れていないあたり、スームとしては満足だった。
実際、コープスの機体が大破する局面は少ない。大軍相手に少数で突撃するような真似をする事はほとんど無く、クロックの指示では主に遠距離から打撃を与え、必要があれば遮蔽物を利用しながら距離を詰める。
僚機の為に機体を盾にする事もあるが、敵の武装次第だ。
「ほうほう、なるほどなるほど」
一人で何やら頷きながら機体を調べているスームを見ながら、リューズは退屈そうに腕を組んで待っていた。こうなると、話しかけても無駄だと知っているからだ。
「彼が、あの機体を作ったのか……?」
「そうよ」
スームはマイコスに自分の事を隠す気が無いらしいので、リューズはすぐに返事を返した。
「コープスの機体は、全部スームの手作り。私のも、ね」
「君も魔動機に乗るのか?」
「何か問題がある?」
リューズが睨みつけたのを受けて、マイコスは否定した。
「いや、そういう訳じゃないんだが、君はまだ若いんだろう? コープスというのは少数ながら腕の良い魔動機乗りばかりだと聞いていたからね……想像していたのは、歴戦の兵士だったものだから、意外だった」
苦笑いを浮かべるマイコスは、次第にコープスに対する興味が湧いて来ていた。若い頃に軍に入って以来、他の世界を知らない。傭兵とやり取りする事も度々あったが、彼ら自身の事は何も知らないのだ。
「傭兵、か……。という事は、君も先日我が軍が大型魔動機を投入した戦闘に参加したのか?」
マイコスの脳裏に、ひょっとして彼女がこの機体に乗っていて、エヴィシたちを殺害したのではないか、とうすら寒い想像が浮かんだ。
「ううん。あの時は別の場所で戦闘に参加してたから」
残念なことに、とリューズは唇を突き出して不満を露わにした。
そんな話をしている間に、スームはマッドジャイロのコクピットの中に入り込んでいた。
「マイコス。見てろよ」
「何をするつもりだ?」
「解体だ」
コントロールパネルの一部を取り外し、魔動機関へ繋がる配線を掴むと、スームはそこから魔動機関の情報を読み取った。
当然ながら、そこの書き換え等が行われているわけでも無く、スームが作った当時そのままの内容がインプットされていた。そして、スームは直接魔動機に新たな書き込みを行う。
“自壊しろ、と”
「なんという……」
魔動機はパーツの稼働も魔動機関による魔力操作で動く。そのため、魔動機関から“外れろ”と指示を出すだけで、腕や足をパージできる。魔動機関に直接命令を書きこめるスームは、それを機体全体に同時に命じたのだ。
驚くマイコスの目の前で、マッドジャイロの手足がゴトリと音を立てて落ち、装甲ははがれおち、テイルローターを支える部分やコクピットまでも、積み木を崩したようにぽろぽろと壊れていく。
原型を留めない程度に一通り壊れてしまった所で、スームは全ての魔動機関から、情報を全て消去してしまった。これで、マッドジャイロがどうやって動いていたか、まず知られる事は無い。
「い、一体何をした?」
「秘密、と言っても、他の誰にもできない事だからなぁ。単に魔動機関にアクセスして、バラバラに分解しただけさ」
「そんな事ができるのか……」
マイコスは、目の前で起きた以上は疑問を挟む余地が無いと思い、無理やり納得する事にした。
そしてこれで新しい玩具は破壊され、皇帝は不機嫌になるだろうが、くだらない出撃命令は出ずに終わるだろう事に、一種の爽快感を覚えていた。
「スーム、そろそろ行かないと」
「ああ、もうそんな時間か」
リューズの呼びかけで、セットしている爆弾の事を意識したスームは、マッドジャイロだった残骸に目を向けると、その前に立ってしばし目を閉じた。この機体は、スームが初めて作った飛行機体だ。思い入れも強い。
「いつか、また同じタイプの機体を作ろうかな」
さて、とマイコスに向き直ったスームは、にやりと笑った。
「言い忘れてたけど、もうすぐここの近くにある人型魔動機の倉庫が爆発するぞ」
「何故……まさか!」
「コソ泥に来たわけじゃないんだよ。俺の機体の始末をつけるのも大切だが、まあ、ちょっとした報復くらいは許して貰わないとな」
言い終わると、スームはリューズを伴って倉庫から駆けて行った。
「ま、待て!」
「なあに、これでしばらくは皇帝も大人しくするだろ? 兵士も余計な戦場に出ずに済む。万々歳じゃないか!」
スームは大声で叫ぶと、夜の闇に消えていく。
マイコスは焦っていた。スームが声を上げたので、警備の兵がここへ来る可能性が高い。そこでバラバラになった鹵獲機が見つかった時、マイコスの立場は非常に不味い事になるかも知れない。
このまま自室へ戻るという手もあるが、爆発物の存在を知りながら放置して、警備兵に犠牲が出たら、後悔するのは目に見えている。
「……ちっ!」
マイコスはマッドジャイロの格納庫から充分離れた、宿舎の近くまで走ると、わざと魔動機の格納庫へ向けて大声を上げた。
「侵入者だ! 宿舎の方に逃げたぞ!」
同じことを三度程叫んだ所で、数人が走ってくる足音が聞こえて来た。
おそらくは警備兵たちが全員こちらに向かっているのだろう、とマイコスが一安心した瞬間だった。
轟音が響き、激しい振動が、マイコスを転ばせた。
☆★☆
「次はノーティアか」
「ホワイトホエールの方も落とすの?」
「そりゃあな。あの機体をそのままにしていたら、あのマイコスとかいうオッサンの言う通り、ケヴトロ帝国は他国への攻勢を辞めないだろうからな」
爆発音を遠くに聞きながら、スームとリューズは暗い夜道を宿へ向かってのんびりと歩いていた。
音を聞いて飛び起きたのだろう人々が、木戸を開いて顔を出しているのを見かけるが、スーム達へは注意が向かないようだ。
注目されても困るので、肩を抱くようにして近づき、小さな声で話す。スームとしては気恥ずかしいのだが、リューズが妙に嬉しそうなので、まあいいかと思った。
「ノーティアに行って、ホワイトホエールを破壊する」
「そしたら、基地に帰るって事でいいの?」
「ああ。とりあえずは終わりだ。しばらくは休みにして、それからセマの話に付き合ってみようかと思ってる」
宿へたどり着いた二人は、建物の裏に回り、開けたままにしておいた木戸から部屋へと戻った。
夜明けも近いので、このまま眠らずに待ち、陽が出た頃にチェックアウトをする予定だ。
「ねえ、スーム」
「なんだ?」
ベッドに腰を下ろして、スームが荷物を纏めているのを見ていたリューズは、不意に声をかけた。
「このまま、ケヴトロ帝国が戦争をやめたら、全部の国で戦争が終わる、ってことだよね?」
「ノーティアとアナトニエの間が落ち着けば、そうなるな。ケヴトロに対する国々の反応にもよるが」
「そうしたら、私たちの仕事も無くなるよね?」
「全部じゃないけどな。地方のいざこざに呼び出される事もあるだろうが……まあ、コープスは高いからな。仕事はがくんと減るだろう」
じゃあ、とリューズはスームとまっすぐに顔を見合わせた。
「そうなったら、スームはどうするの?」
「何にも決めてないなぁ」
スームは、荷物を詰めたバッグを床に置いて、ベッドに寝転がった。薄汚れた板張りの天井を見上げ、小さく唸る。
「もっと魔動機の戦いをやりたい、ってのは本当なんだよなぁ」
「でも、戦争が終わったら、それもできなくなるけど?」
自分のベッドから移動し、リューズはスームを見下ろすように座った。
「そうなんだよな。かと言って、俺の作った機体をばら撒くってのも、また違うわけだ。それで、俺の知り合いが傷つくのも嫌だし、変に狙われるのも違う気がする」
陽が昇りはじめたのか、木戸の隙間から少しだけ光が差してきた。同時に、外から話し声が聞こえ始める。
爆発の影響で、煙がもうもうと立ち上っているはずだ。何かに火が付いて、火事になっている可能性も高い。遠く離れたこの場所でも、煙は見えるだろう。
雑音を聞き流しながら、スームは脇腹にあたるリューズの体温を感じ、深呼吸をして考えてみた。
「例えば……そう、例えば、ロボット対戦ゲームの世界のように、決まったルールで国同士がしのぎを削る舞台があれば、余計な犠牲も出ないし、俺が作りたい機体にスポンサーも付く、な」
それは理想論だった。
戦争は相手を出し抜き、ルールなど無視してやりあうから戦争なのだ。ハニカムなどの工作員があちこちにいて、一国の中枢にすら影響を及ぼす。
そうして内外から様々な準備をして、勝てると踏んだ方が仕掛けてくるのだ。ルールを決めたからと言って、無視されるのが当然だ。
だが、スームにはその“当然”をひっくり返す、極めて乱暴な案があった。
「どうせなら、ぜーんぶ、ぶっ壊してしまおう」
身体を起こし、リューズの隣に座る。
「戦争なんてできないくらい、徹底的に壊してしまえば良いな」
「何考えてるかと思ったら……本気で言ってるの?」
「まだ思いつきだから、計画をきちんと立てないとな。クロックがどういう反応をするかわからんが、俺の作った魔動機が、本格的に世界の主役になる。見て楽しい、参加して楽しい、最高の状況だな!」
リューズの肩を抱いたスームは、その柔らかな頬に指を当てた。
「もう、お前を傷つけるような真似はさせない。だが、俺はお前の戦いぶりは見たいと思ってるんだ」
「それ、喜んでいいのかな? でも、命のやり取りじゃなくて魔動機どうしで戦うなら、そっちの方が楽しいのはわかる」
「良し。そうと決まったら、さっさとホワイトホエールを処理してくるか」
晴々とした顔で気合を入れている恋人を見て、リューズは呆れと共に自分の中にもわくわくとした気持ちが膨らんでいるのを感じていた。
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