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39.潜入

39話目です。

よろしくお願いします。

 たとえ魔動機による戦闘が進歩した世界と言っても、電子機器も存在しない以上、警備は人の手で行われる。

 一部は犬を使う事もあるようだが、ケヴトロ帝国の軍事基地においては、兵士たちが当番でその役を担っていた。


 陽が暮れて、静まり返った夜の帝都を、スームとリューズは静かに歩いている。

 宿から城までは歩いて二十分程度の距離だったが、飲み屋すらほとんど見当たらず、町は暗闇に包まれていた。

 月明かりだけを頼りに歩き、ようやく城の近くにある軍事基地に辿りついた二人は、遠巻きに施設の門を観察していた。

「番兵は二人、か」

「巡回とかはいないかな」

「しばらく様子を見よう」

 魔動機を使った道具の明かりだろう。仄かに明るくなっている場所に、二人の兵士が槍を持って立っていた。良く見ると、その腰には銃と思しき物も見える。

 建物の陰に潜み、揃って座り込んだ二人は、じっと基地の様子を見ながらも、緊張した様子は無い。今までも、こういった生身での潜入は経験が無くは無い。魔動機乗りだからと言って、戦闘だけやっていられる程、コープスは人材に余裕は無い。

「目標は、この都市にある魔動機の数と内容を調べる事と、ちょっとした工作。あとはホワイト・ホエールの行き先、だな」

「兵士たちはどうするの?」

「番兵と、もし発見されたならそいつらだけは始末する」

 腰に拳銃がある事を確かめ、いくつかの手榴弾型魔道具をフライトジャケットの内側に固定すると、スームは立ちあがった。

「そろそろ三十分。巡回の歩哨は居ないから、あの二人を始末して中に入ろう」

 リューズも続いて立ち上がり、そっと動き始めた。


 何かが落ちるような物音が聞こえ、二人の番兵は肩をピクリと震わせた。

「なんだ?」

 基本的には、門番は退屈な任務だ。帝都のど真ん中、城の近くにある基地を真夜中に訪れる者などまず存在せず、交代まで何時間もただ立っているだけ。時折屈伸をしたり近くをうろうろと歩いて膝をほぐす程度で、同僚とポツポツと話して時間を潰す事に終始する。

 だが、数日続く当番の間、同じ相手との組み合わせが続くので、いい加減に話題も無くなる。

 なので、物音がしたときには驚いたが、ちょっとした変化に兵士達は内心喜んだ。どうせ猫か何かが立てた音で、大した結果は待っていないだろうが、それでもこれからの話題が三十分はもつ。

「俺が見てくる」

 先に言った者勝ちだ、とばかりに同僚に声をかけ、灯りの魔道具を手に、音がした方へと向かう。

「それを壊すなよ。しばらくは給料が半分になるぜ」

「わかってるよ」

 光が届く範囲には、異常は見られない。

 無機質な塀と石畳の地面が続いている。以前は綺麗に整備されていた地面も、馬や馬車に変わって魔動機やそれを積んだトレーラーが行き来するようになり、無惨に罅だらけの姿をさらしていた。

「さて……何が出てくるかな?」

 暗闇に踏み込む恐怖を和らげるため、自然と独り言が口をついて出てくる。

 塀に沿って見える範囲には異常がない事を確認し灯りを別方向へ向けようとした瞬間、兵士の頭に銃弾が突き刺さり、一瞬で魂を失った体は、大きな音を立てて倒れた。

「どうした? つまずいたか?」

 規定としては、すぐに別の兵員へ連絡する事になっているのだが、この時の同僚兵士はそこまでの事態だと考えなかった。

 そのため、すぐに命を失うことになる。

「……あっ?」

 と、声を出そうと思ったが、胸に穴を穿たれた兵士は、口を開いただけで倒れた。


 二人係りで兵士達の死体をを暗がりへと隠したスーム達は、兵士が持っていた鍵で通用口をそっと開いて中の様子を窺った。

 真っ暗な敷地内に耳をそばだててみても、音は全く聞こえない。

 するりと敷地へ入り込み、塀の内側に沿って移動する。

 ちょうど建物の裏手になる所で、予め脱出用の縄梯子を掛けた二人は、倉庫と思しき建物を目指して移動し始めた。


☆★☆


 スームたちが留守の間、残ったコープスの隊員は休暇を続けていた。

 セマからの要望も受け入れはしたのだが、全てはスームが戻ってからという事にしている。度重なる休暇の中断と、ハニカムの裏切りという出来事に、クロックはメンバーが落ち着いて受け止める時間が必要だと考えたからだ。

 だが、基地に残っているメンバーはいる。

 新たな機体に習熟する為に訓練を続けているボルトとナット。そしてイーヴィルキャリアを使いこなすに至っていないコリエスだ。

 彼らの食事を用意したり、王城からの依頼について準備をするため、クロックとテンプも基地にいる。

「コリエスは炊事も洗濯もまるでできないのか……」

「お姫様だもの。仕方ないでしょう。私がゆっくり教えるわよ」

 野営地などへはテンプは同行しない。雇い主である軍と共に食事を採る事も無くは無いが、基本は手弁当になる傭兵たちは、現地で煮炊きして食事を用意する。

 唯でさえ少人数のコープスは、ある程度の事は自分でできるのが基本になるのだ。コリエスとてそれは例外では無い。

 ナイフを使って皮剥きをする事から始めているのだが、テンプの評価としては「リューズよりは上手」という程度だった。戦場で作る食事は左程こだわった物でも無いので、簡単な作業ができれば問題は無い。

「それにしても……」

 テンプが呟くと同時に、外から大きな音が響き、事務所が揺れた。

 戸を開き、外を見るとテンプが想像したのと寸分たがわぬ光景が広がっている。ボルト・ナット兄弟が乗っている、ミョルニルとドラウプニルの二機が、折り重なって無惨な姿を晒している。

「あれ、どうにかならないかしら。振動で何度か書類を書き損じてるのよ」

 テンプに苦情を言われても、クロックは頭を掻いて謝るしかない。

「スームが用意した機能を中々使いこなせないらしくてなぁ……二人とも、意地になって練習しているみたいでな」

「ボルトはわかるけど、ナットの方も?」

 珍しいわね、と土埃が入るのを嫌ったテンプは戸を閉めた。

「スームが作った機体を使いこなせないのは忍びない、らしいぞ。ボルトの方は、単に使えないのは恥ずかしい、という事らしい」

「考えの基本はあんまり変わらない気がするわね。やっぱり兄弟なのねぇ」

 見た目は全然似てないのに、とテンプは言外に匂わせた。

「ところで、そこまで練習しないといけない機能って何なの?」

「たしか、合体機能とか言ってたな」

 クロックが言う意味が分からず、テンプは顎に人差し指を当てて、首を傾げた。

「どういう事?」

「見に行った方が早い」

 と、クロックはテンプを連れて外へと出た。

 そこでは、コリエスが棒立ちのまま、二つの機体がもぞもぞと離れる様子を見ていた。

「コリエス、様子はどうだ?」

「あ、団長。……なかなかうまくいかないみたいですわね。離れて見ているように言われましたけど、どこが駄目なのかわたくしにもわかりませんわ」

 いつものバイザーを付けたコリエスは、一度上昇して姿勢を立て直している二機を指差した。ボルトが操るミョルニルが上、ナットが操るドラウプニルが下に位置している。

「スームさんの説明では、あの状態から一度形状を変化させて結合するそうなのですが……どうしても、ズレがでてしまうようですわ」

 コリエスが話している間にも、兄弟は再び挑戦しているのだが、ずれが出ているのか再びバランスを崩して墜落しかけ、なんとか姿勢制御に成功している有様だ。

「ううむ……」

 クロックとしても、合体の必要性を強く感じているわけでは無かったが、スームがそうできるように作ったのであれば、活用できるのだろう、程度の信頼はしていた。

 あれこれと考えているうちに、スームがそんなに難しい技術を要求するだろうか、という所に行きつく。少なくとも、戦場で使えないような機構を作るとは思えない。

 であれば、合体にしても何らかのサポートが有って然るべきでは……と、クロックはある物に気が付くと、コリエスが傍らに置いていた通信機のスイッチを入れた。

「ナット。お前の機体の上部に付いている二本のアームは何だ?」

『クロックさんですか。これは兵装を使ったり、合体の時には兄さんの機体を固定するためのアームだと聞いたんですが』

「やっぱりか……」

 スームには壊滅的に説明が下手という欠点があった。

 単純な事は問題無いが、機体性能等細かい事は、説明を放棄する。見て、乗って、慣れろがいつもの事だった。設計図にめちゃくちゃな書き込みをする事も多々ある。

「ナット。そのアームを使ってボルトの機体を掴め。で、お前が合体機構のある場所へ誘導するんだ」

『えっ? ……わかりました。やってみます』


 それから数回の訓練で、無事合体実験は成功した。

 ナットのドラウプニルは下半身となり、機体の一部が身長して両足となった。複数のプロペラは推進機構として両足と腰の左右にある。

 ボルトのミョルニルは上半身となり、翼が折りたたまれた本体の左右が両腕となっている。コクピットは折れ曲がり、正面を向いていた。

「なんだか……」

「変なカタチ、ですわね」

 テンプは言葉を濁したが、コリエスはハッキリと声に出した。


☆★☆


 スーム達が最初に入り込んだ建物の内部は、上部が大きく開口されている広い空間があり、一見してホワイト・ホエールの為のスペースであると想像された。

 屋根は急遽くりぬかれたらしく、縁は波打っており、一部は無理やりめくりあげるように折り曲げられている。

 がらんとした無人の建物内を調べると、事務用に区切られた狭いスペースがあり、そこに見覚えのある設計図が拡げられていた。

「ふむふむ……」

 ライトを取り出し、合わせて置かれていた書類に目を通すと、技術者たちが書きこんだと思われる文字がびっしりと見え、開発の苦労を思わせる。

 こうして作業の様子が分かる物を見ると、不思議と親近感すら湧いてくるあたりが、スームの技師としての部分だった。

 だが、傭兵としての彼は冷静にそれらの書類を回収する。そしてメカ物好きの日本人烝としては、もっと工夫して驚くような機能を付けるとか、何体もの魔動機をぶら下げて移動するとか、面白い事をやって欲しかったと思っていた。

「この世界の連中は、工夫が足りない。遊び心が足りない」

 そう言えば、ボルト達は上手く合体を成功させただろうか。何か説明し忘れているような気もするが、あの兄弟なら気付いてくれるだろう。

 スームは勝手な結論を出しながら、もうここに用は無いと判断した。事務所内と一部の工作機械の場所に、持ち込んだ魔道具を設置して行く。

 スイッチを入れて、逆さまに置くだけの簡単な時限爆弾だ。

 さらに、隣の建物で大量の人型魔動機を発見すると、それらの間にも爆弾をセットしていく。

 二人係りで一通り配置を終えると、スームはリューズと合流して魔動機の建物を後にした。

「さて……リューズ、ここの基地の偉いさんを探そうか」

 向かうは、兵舎と思しき建物だ。

「いよいよ、本番ね? 最近はまともな戦闘も無かったから、身体が鈍ってたのよ」

 拳を握り、ポキポキと音を鳴らしているリューズは、スームと顔を見合わせると、凶暴な笑みを浮かべた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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