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38.帝国の今

38話目です。

よろしくお願いします。

 ケヴトロ帝国の首都プルテヴは、三つの国との国境から概ね均等に距離を取った位置にある。

 国土の多くが耕作に向かず、代わりに他国に比較して豊富な鉱物資源がある事から、国内数か所の高山への利便性から位置が決められた都市である。

 皇帝へ権力が集中する独裁国家であり、皇帝の手足となって働く貴族たち。そして世界一の規模を誇る魔動機数を抱えた軍事力が国を支える主な基盤となっている。


 だが、現在の皇帝になってから十年以上となる現在、無秩序に拡大された戦線はひたすら国庫を食いつぶすだけの状況を作り上げ、新たに技術と食料生産地を求めて敵を増やした対アナトニエ王国戦においても、芳しい戦果は上がっていない。

 唯一、新たな情報を元に作られた巨大魔動機が完成したのみである。アナトニエ王国軍に一定の打撃を与えた、と大々的に宣伝され、王都に住む者たちは、多くが王城近くの軍事基地から飛び立ち、数日後に戻ってきた巨大な円盤型魔動機を目撃していた。

 だが、実際に軍事に携わる武官たちの顔は優れない。

「デカい兵器があれば勝てるなら、今頃ヴォーリア連邦の一人勝ちになっている。あの国の魔動機は基本的にデカいからな」

 城の目と鼻の先にある基地内。高級官僚の為のラウンジで、鼻を赤くして強い酒を割りもせずに傾けている男が愚痴った。

 話し相手は、その“デカい兵器”の試験戦闘を終えて帰ってきたマイコス将軍だった。

「カーグリート。あまり飲みすぎるなよ。明日から遠征任務があるんだろう?」

「多少は酔っていなけりゃ、やってられん。マイコス、あんたの時はソーマートースが地上から支援してくれたから良かった。だが、今回はそれも無しでノーティア側の戦場で戦って来い、ときた」

 空になった陶器のカップに、覚束ない手つきで次を次入れようとするが、重い陶器の水差しが、酔った手でなかなか持ち上がらない。

 見かねたマイコスが代わりに注いでやると、カーグリートはニヤリと笑って三分の一程を一口で飲み込んだ。

「ふはぁ……」

 酒臭い息を吐いて、カーグリートの血走った視線が城の方向を向いた。

「マイコスの報告書を、城の連中は読んでいないのか? 俺のような書類仕事を全部秘書に押し付けるタイプの男ですら、あれは目を通したぞ。俺たちは生還する為に情報を集めているのに、だ。あいつらは強い兵器があれば兵士は喜んで戦場に行くと思ってやがる」

 カーグリートの愚痴は続く。

「強い兵器は“大前提”だ。それに加えて勝てる状況を作るためにいくらでもやらなきゃならない事はある。それを城の連中はわかっていない」

「それ以上は言わずにおけ。どこに官僚連中の耳があるか知れたものじゃ無い。それに、ヴォーリア連邦方面の連中は、そのデカい兵器すら与えられずに戦っているんだ。まだマシと思うべきだ」

「それはそれで、辛辣な意見だな」

 へっ、と笑い飛ばしたカーグリートのカップの中身は、いつの間にか減っていた。

「何もかもが足りておらんのだ。兵士も魔動機も武器も金も。不足している所にまた戦線を拡大した。しかも今まで俺たちに食料を売ってくれた国を相手に、だ」

 震える手で酢漬けのキャベツを摘み、マイコスの前でひらひらと揺らす。

「いずれこんな菜っ葉の一切れだって高級品になる。その時、俺たちはさておいても兵士たちは何を食わされるんだろうな。木の根か? 雑草か? この国の荒野には、それすらも満足に無い。いずれ部隊ごとに猟師を連れて歩く羽目になるだろうさ」

 実際に、ケヴトロ軍で僻地を担当する兵士たちの中には、手製の弓矢を使って野兎や野鳥を捕まえて、食料の足しにしている場合がある、という報告をマイコスは見たことがある。

 だが、それができるのも森などが近い場所に駐屯する者たちだけで、猟をするにも獲物がいないような場所だって多々ある。

「だが、俺も軍人だ。国の為になると思えば、戦う気も出てくる。強要する気も無いが、俺の部下たちもそのくらいの気概はある連中ばかりだ。けどな、今回のノーティア方面への攻撃作戦は、単に工作員関係で失敗した腹いせに、諜報部が貴族連中を使ってねじ込んできたらしい。そんなので死人でも出して見ろ。目も当てられない」

「ああ。だから……大きな声では言えないが、ある程度の戦果を出したら、死なないうちに帰って来い。うっかり高度を提げなければ、そうそうやられる機体じゃないんだ」

「そうか……そうだな。わかった。愚痴を言って悪かったな」

 照れ笑いを隠すように俯いたカーグリートに、マイコスはラウンジのスタッフにたっぷりの水を持ってこさせて目の前に置いた。

「とりあえずは、水を飲んで、もう寝ろ。明日にはしっかり酒を抜いておけ」

「ああ? 座って指示を出すだけが仕事だろう? 手作業なんか無かったはずだが?」

「そうじゃない」

 マイコスは首を振った。

「空を飛ぶんだ。あまり酔っていては、その座ってるだけの仕事すらできなくなるぞ」


 翌日、帝都の空に浮かぶ巨大な魔動機ホワイト・ホエールが、ゆっくりとノーティア方面へ出撃するのを見送ったマイコスは、そろそろ自分も引退の時ではないかと考えていた。

 まだ五十代ではあるが、身体の衰えは日増しに感じていた。心も、昔ほど熱くは無い。アナトニエの国境で、彼は行方不明になったエヴィシと数名の部下を即座に見捨てる事を決めた。もう十歳若ければ、多少無理をしてでも捜索隊を編成しただろう。

 荒野の風にさらされ続けてきた肌は、指でこするとカサつく感触がした。同じくらい、心も乾いている。

「兵士は戦場で死ぬものだ、と昔は思っていたものだが」

 見送ったカーグリートに対して思ったのと同様に、自分自身に対してもいつからか勝利より生還を選ぶようになった。もう、自分は兵士としては役に立たないかも知れない。

 過去の戦場や死んでいった同僚が次々と思い出せたが、何故か勝った戦いよりも負けた戦いの方が、鮮明に思い出せた。

 空を見上げたまま、ぼんやりと立ち尽くしていたマイコスに、声をかけた者がいる。

「こちらにおられましたか、マイコス将軍」

 振り向くと、見覚えの無い青年官僚が立っていた。

 さわやかな笑顔を向けてきているが、どこか距離を置きたくなるような冷たい雰囲気がある。

「君は?」

「はじめまして。この度、エヴィシに替わりまして傭兵担当となりましたイーディと申します」

「もう交代要員が来たか。兵士は足りていないというのに、官僚は豊富だな。それで、何の用だね」

 マイコスの嫌味を聞き流し、イーディは両手を身体の横にぴったりと貼りつけたまま頷いた。

「まずはご報告を。私の前任者であるエヴィシの死亡が確認されました」

「そうか……まあ、そうだろうな」

 帰ってこなかった兵士は死んだと見なされる、と口に出そうとして、エヴィシは兵士では無かった事をマイコスは思い出した。

「閣下が撃墜なさいました敵飛行魔動機の残骸の近くで、エヴィシ以下数名の死体が見つかりました。すぐに見つからない程度に埋められていましたが、墜落した機体を調査している過程で発見されました。いずれの死体も我が軍に所属する者たちです」

 淡々と語られた報告に、マイコスはまったく心を動かされなかった。おそらく見つけた連中も語り口と同様、無感動に処理されたのだろう。

「あの高度から墜落しても死なない、か、コープスのパイロットはそれだけ優秀だったわけだ」

「ええ。エヴィシは墜落した機体とパイロットを確保しようとして、攻撃を受けたと思われます。射殺もしくは刃物による切創からの失血死かと。エヴィシを含めた数名には、縛り上げた跡や打撲跡、刃物による複数の傷がありましたので、尋問を受けた可能性もあります」

「エヴィシの顔を殴ったのは俺だ。……それで」

 マイコスは、言いようの無い嫌悪感を目の前の男に抱いた。

 それは、兵士の死を軽く見ている事への嫌悪かも知れない、と思ったが、エヴィシに関しては自分も人の事は言えない、とも思う。

「俺にそれを伝えた理由はなんだ。責任を取れ、とでも貴族連中が騒いでいるのか?」

「いいえ。今回の件は、エヴィシの独断によるものと判断されましたので、閣下へのペナルティはありません。事は、死体では無く回収された残骸についてです」

「残骸? コープスの機体の事か?」

 マイコスの問いに、イーディはその通り、と頷く。

「かの飛行型機体を修復し、鹵獲機として再利用する計画があります。そこで、実際にかの機体が飛行し、戦闘に参加している所を確認されている閣下に、是非ご協力いただきたい……いえ、皇帝陛下よりの勅命という形で、このように命令書も出ております」

 一枚の紙を取り出し、イーディは恭しく手渡した。

「玩具を手に入れた子供、か」

「何かおっしゃられましたか?」

「いや、何でもない」

 軍服のポケットへ乱暴に命令書を突っ込むと、マイコスは苦笑いを浮かべた。

「それで、俺はどこへ行けばよいのだ?」


☆★☆


「あいたたた、どっか飛んで行ったな」

「あっちはノーティアね。どうする?」

 乾燥した風から顔を隠すようにフードを目深にかぶった男女が、飛び去っていくホワイト・ホエールを見上げていた。ケブトロ帝国へと入り込んだスームとリューズの二人だ。

 ケヴトロ帝国の帝都プルデヴの中でも商店が多いエリアだったせいか、彼ら以外にも、周囲の人々の多くが空を見上げて巨大な魔動機が小さくなっていくのを見ている。

「仕方ない。あれの事は後回しにするか」

 スームはきっぱりと諦めて、周囲の注意を集めないように、さりげなくリューズの手を取り、人々の間を抜けていく。

「何か食べようよ。少し休憩したいし」

「そうだな」

 リューズの意見に同意したスームは、近くで食堂を見つけて、適当に料理を頼んだ。通りに面して大きく開いた店構えのせいで、道行く人々が良くわかる。ほとんどが平民のようで、時折上質な服を着た裕福な商人と思しき人物を見かける程度だ。

「他の用事を済ませている間に、ホワイトホエールが戻ってくるなら良いが、そうじゃなかったらノーティア方面に行かないといけないな」

「ケヴトロとノーティアの国境は結構広いから、探すだけでも大変ね」

「まったくだ。せめて任地が分かればいいけどな」

 ほどなく運ばれてきたシチューが、具も少なく水っぽいのに辟易して、パンに手を伸ばすと、まるで革製品のように固い。

 食事に関して、いかにアナトニエが恵まれていたかを感じながら、二人はもそもそと食べ進めていく。

「意気揚々と旅行気分で潜入したのは良いんだが、こうも食い物が不味いとなぁ」

「不味いって程じゃないわよ。スームは贅沢ね」

 孤児院時代に比べれば、大分マシだと話すリューズは、綺麗な歯で固いパンをブチリと噛み切った。

 もちろん、彼女にとっても美味しい物が食べられるに越した事は無いのだが、あまり贅沢な物ばかり食べていると、身体が鈍る気がする、とぼやいていた。

 対して、日本の食事に慣れたスームは、この五年で大分食べ物には慣れたが、それでもしっかり味のついた物が食べたい。

「昨夜町に入って三食目。もうテンプさんの料理が恋しくなってくるな」

「私だって。さっさと終わらせて、基地に帰りましょ」

 朝、郊外の宿を発って、街の中心部を回り、様子を一通り見てきたスームとリューズの二人は、ケヴトロ帝国の帝都が想像以上に痩せ細っている印象を受けた。

 今食べている食事もそうだが、アナトニエ王都の市場に比べても、格段に食品の量も種類も少なく、金額も高い。

 貧しい者たちは満足に食事に有りつけていないようで、傷病兵となって軍を追い出された元兵士などが、道端で汚い布に座って列を成し、物乞いをしている。

 街の人々が語る内容は、どこどこでまた戦いが合って、誰の息子が戦死したとか、どこかの農場でいよいよ作物が取れない程土地がやせてきたとかばかりで、死と不足の話が蔓延していた。

 こうして食事をしながら耳をそばだてていても、先ほどの大きな魔動機について好意的な話は聞こえて来ない。あれを作るのにどれだけ自分たちの税金が使われたのか、魔動機の整備士として徴用された夫はいつ帰ってくるのだろう、などと聞こえてくる。

「いるだけでうんざりする町だ。前にケヴトロにいた時は、前線だったからわからなかったが……思った以上に末期状態だな」

 立ち上がり、勘定を済ませたスームは、リューズを連れて適当な宿を探した。

「昼のうちに宿に入ってしまおう。日が暮れたら、宿を抜けて行動する」

「わかった」

 一定の調査をした時点で、ケヴトロ帝国の為政者に対して、スームはすっかり手加減や遠慮をする気を無くしていた。

「精々痛い目を見て、反省でもしてもらうかね」

 それは隠すつもりもない、スームの本心そのままだった。

「ついでに、俺の魔動機の素晴らしさも直接見せてやろう」

 これもまた、スームの希望そのものであった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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