37.末路
37話目です。
構成の都合上、少し短いです。
突然の事に、ハニカムだけでなくラプタート子爵も硬直していた。
「これは一体どういう……」
「それは、余から話そう」
王が一歩前に出ると、転がり落ちるように老子爵は跪いた。
アールも、不慣れな様子で膝をついた。
「ハニカムと言ったな。お前の行動は全て筒抜けだったという事だ」
「そんな、どこで……まさか!」
ハニカムは、平伏しているアールへと睨むような視線を送った。アールは視線を合わせない。
「止せ、ハニカム」
スームの声に、ハニカムは睨みつける相手を変えた。
「全てはお前が招いた結果だろうが。そこの爺さんと結託して、俺を捕まえる、か。上手くいった所で、そう簡単に俺から情報が抜き取れると思うなよ」
「貴様……」
ハニカムではなく、爺さんと呼ばれた老子爵の方が怒りを露わにした。
「王よ、このような下賤の者らなど……」
「スームよ。傭兵の間では、このような痴れ者が出た場合どうするのだ? 実際にやって見せてはくれぬか」
王は、老子爵の言葉を遮り、スームへ仕置きの許可を出した。
「あまり見ていて気持ちの良い物では無いと思うがね」
「構わぬ。余の招いた結果でもある。ただ、話させる事はまだ多い。殺さぬように頼む」
「そんな、陛下……ぶおっ!?」
スームは拳銃を抜き、グリップで老子爵の顔を殴りつけた。
置いた身体はそれだけで床を滑るように倒れ、気絶した。
「気を失ったか。まあ、爺さんを嬲ってもな」
口の中を切ったのだろう、血まみれの金歯が口からこぼれ落ちている。
「さて、ハニカム」
スームが声をかけると、ハニカムは肩をぴくりと震わせた。
彼女は単なる協力者では無い。身分がバレた後で泳がされ、まんまと再度の裏切りを見破られた敗者だ。
「お前は俺たちの手で処分したい所だが、アナトニエ王国がお前の身柄を確保する事になった」
「な、なんで……」
「当然だろ?」
倒れ伏した老子爵を顎で示して、スームは笑った。
「お前はアナトニエ王城内の人物と繋がり、不法行為を企んだ」
「そこから先は、私が説明いたします」
一枚の紙を持って、セマがハニカムの前へと進み出た。
「ノーティア王国から、かの国の王城を急襲し、貴族一名と官僚一名を殺害した者がアナトニエ王国方面へ逃走したという連絡を受けました。飛行できるタイプの魔動機を使っていたという事で、我が国に犯人と思しきコープスの隊員を逮捕し、引き渡すように依頼が来ています」
持っていた紙を開くと、そこには犯人の引き渡し要請と共に、マスクのスケッチが描かれていた。間違えようはずが無い、ハニカムの物だ。
「それは……」
「我が国には、コープスから一時的に飛行型魔動機が消えていたという報告と、現地に残されていたこのマスクがハニカムさんの物だと確認が取れています」
「ぬ、濡れ衣じゃない! 納得できるわけないわ、そんなの!」
叫びながら、ハニカムはセマへと掴みかかろうとした。
だが、スームが膝を踏みつけ、右手をねじりあげながら首を押える。
「ぐぅ……」
「多少無理があっても、辻褄が合えばそれでいいんだよ。特に、今回の場合はな」
「なんで……」
「今回の調書を作成し、ノーティア王国には実行犯がケヴトロ帝国の手の物であり、我が国には無関係であると報告します。そして……ケヴトロ帝国には、貴女の名を載せた抗議文を送ります」
セマの説明に、ハニカムは真っ青になってうなだれた。
これで彼女は三国の敵になった。もしこの場から逃走できたとしても、最早行き場は無い。
「ハニカム。お前には一度だけチャンスがあった。スームは言っていたんだ。ハニカムが本当にコープスの為だけに動くのなら、命を助ける事も考えなくはない、と」
アールは王に向かって跪いたまま、嗚咽を漏らした。
「だが、お前は……お前は、二度もコープスを裏切った。おれも、もうお前を庇う事はできん……」
「伯父さん……」
「王様、お願いがあります」
アールは、罪人のように両膝を地に付けて、王へと頭を垂れた。
スームは予め王から許されていたが、本来ならば許されるはずの無いアールの直言に、兵士が身構えた。
だが、王はそれを制した。
「良い。直言を許す」
「ハニカムは処刑となりましょう。であれば、わたしも同じように扱っていただきたいのです」
「伯父さん!?」
「お前は黙っていろ、ハニカム」
アールは一喝し、王に改めて平伏する。
「こいつの親族はわたし一人。このような事になったのも、全てわたしの責任です」
「その責めを負う、と申すか」
王はセマを見た。
だが、セマは王を見つめ返すだけで、判断をしなかった。ここで兵士たちの前で意見を言い、それが採用された時の影響を避けたのだ。
王は残念そうな顔をしたが。
「アナトニエには明確な法がある。お前の希望を叶えるわけにはいかぬ。罪を犯したわけでも無い者を、血縁というだけで処罰するわけにはいかん」
だが、と王は微笑む。
「監視は付けるが、牢への面会は許す。最後まで、近くにいてやると良い」
「……ありがとう、ございます」」
がっくりとうなだれたハニカムは兵士に両脇を抱えられ、気を失ったままのラプタート子爵は、また別の兵士に抱えられて会議室を後にした。
「さて……キパルス。お前の事だが……」
「お待ちください、父上!」
キパルスは王の前に回り、大きな身振りで弁明を始めた。
「これは罠です! ラプタートが作った罠で、私は嵌められたまでで……」
「もうよい」
王の言葉をどう受け取ったのか、キパルス王子は安堵の表情を見せた。
セマはため息を吐き、スーム達コープスの面々を外へと促した。
「ここからは王族の恥部。……もう遅い気もしますが。お話したい事も御座いますので、私の執務室へおいでください」
「わかった」
「セマ、少し待て、その者達は……」
セマに付いてスーム達が部屋を出ていく間、彼らの後ろからキパルスの声が聞こえたが、誰も振り向きすらしなかった。
「あぎゃ!?」
王が我が子を殴りつけ、椅子をなぎ倒しながら倒れる音が聞こえた所で、会議室の扉は閉ざされた。
☆★☆
「お見苦しい物をお見せしてしまいました」
執務室の応接に腰を落ち着けたコープスの一同に、セマは頭を下げた。
「いえいえ、わしらにしてみても、身内のせいでご迷惑をおかけしましたので……」
恐縮しているクロックの横で、スームは暢気にコーヒーが入ったカップを傾けている。
「それにしても……」
セマは、髪を切ったコリエスの顔を改めて見た。
バイザーを外したその顔は、以前の面影を残しているが、セマにはずっと大人びて、綺麗になったように見えた。
「コリエスさん」
あえて“様”とは呼ばない。
「はい、殿下」
コリエスも、一般人として答える。
「コープスへ正式に入隊されるとか」
「まだまだ新兵も良い所ですわ。これから、先輩方に鍛えていただかねばなりません」
「目標があるのは良い事ですね。……こう言ってはなんですが、以前よりも活き活きしておられるように見えます」
「そうですわね……」
コリエスは一般人として王女と言う立場の相手に向ける言葉を選んだが、結局、素直に話す事にした。
「充実……そう、充実しておりますわ。ハニカムさんの事は残念でしたけれど、わたくしのいた場所も、残念の度合いでは負けておりませんもの」
苦笑いの口元を手でそっと隠すあたりは、まだ貴族令嬢らしさが残っている。
「わたくしは、いくつもの命に守られ、踏み台にして生きてきました。城や屋敷でのほほんと暮らして、軍に交じって魔動機乗りを気取っている間にも、多くの人がわたくしたちの生活を支え、国を守るために苦しみ、死んでいたのです。愚かなわたくしは、護衛が目の前で殺されて、ようやくそれを実感しました」
ですから、とコリエスはセマの瞳をまっすぐに見た。
「今度はわたくしが、誰かの命や財産を守る為に戦おうと思ったのです……ところで、ハニカムさんはこの後、どうなるのですか?」
「そうですね……」
紅茶を一口飲んだセマは、両手を膝の上に戻してから、一度スームを見た。
彼が頷いたのを確認してから、口を開く。
「ノーティア王国やケヴトロ帝国の動き次第ですが、我が国で処断するか、明確に被害を受けたノーティア王国へ身柄を引き渡す形になります。いずれにせよ、極刑は免れません」
「やはり、そうですか……」
「いずれにせよ、一ヶ月以上はかかるでしょう。もし、彼女に会いたいのであれば私に言ってください。許可を出します」
「ありがとうございます」
「それでは……クロックさん。私からお話しておきたい本題に入りたいのですが」
指名されたクロックが頷いた。
「正式に、コープスに我が軍の根本的な指導をお願いします。新型機による戦闘の方法を始め、整備体制の確立、緊急時の出動に備えた体制等……我が国には、まだまだ経験が足りません」
立ち上がり、自らのデスクから一枚の書類を持ってクロックの前に差し出した。
「ケヴトロ帝国とは対立状態にありますでしょう? それに、言いにくい事ですがノーティア王国とも関係が悪くなっているかと」
コリエスはその話を聞いて顔を伏せたが、クロックもスームも、特に何も言わなかった。
「充分な報酬をご用意します。数年単位で、我が国の軍事に関して、全面的にご協力いただけないでしょうか」
書面は契約書であった。
記載された内容はコープスにとって非常に有利であり、簡単に言えば、前線での戦闘に参加する類の依頼の八割程度の金額を、平時に約束し、もし戦闘に参加せざるを得ない場合には、相場の金額を支払うとされている。
「数年間、我が国の専属としてお願いできませんでしょうか」
書類を一読したクロックは、スームへと紙を渡して腕を組んだ。
「望外の高評価ですな。ありがたいお話です」
「だが、一つ問題がある」
クロックに続けて、スームが口を開いた。
「何でしょう? 私どもの方で対応できる事であれば……」
「いやいや。完全にこっちの都合だ」
スームは笑って首を振った。
「……俺とリューズはケヴトロ帝国を攻撃する。というより、いい加減にうんざりしたからな。完全に諦めるのは無理かも知れんが、しばらくは静かにしてもらおうと思う」
「大国相手に、たった二人で、ですか?」
「不可能だと思うか?」
セマは答えられなかった、決して非現実的な話には思えなかったからだ。
お読みいただきましてありがとうございます。
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