34.残債回収
34話目です。
よろしくお願いします。
フルカが会計担当の文官を読んでくるように命じた侍女は戻ってこなかった。
代わりに、怯えきった顔の青年が一人、ノックをしてから恐る恐る入って来ただけだった。
「ひいっ!?」
そのこめかみに、横から突き出された拳銃が触れた。
壁に背を付けるようにして隠れていたリューズだ。
「さすがの私も、ここからなら外さないよ」
「胸を張って言う事じゃありませんわ、リューズさん」
手足を拘束されて、ソファに座らされているフルカの後ろに立っているコリエスは嘆息した。フルカは怯えから饒舌になっていたので、ハンカチで猿轡をされている。
「さあ、早く入ってドアを閉めなさい。報酬はちゃんと持ってきましたね?」
「は、はい。こちらに……」
「さっさと動きなさい!」
ドアの前から動かない青年を蹴り飛ばし、リューズはさっさとドアを閉めた。予め引き摺って来ていた、飾りのついた重い棚を押して、ドアを塞ぐ。
青年の手から離れた袋が床に落ち、重い音が響いた。
「な、何をするんですか」
「安全の為よ。兵士が雪崩れ込んできても面倒だしね」
改めて銃を突きつけて、落ちた袋をコリエスの方に蹴り飛ばしながら、リューズは「当然でしょ」と付け加えた。
「そ、そんな卑怯な真似はいたしません! まして城内で!」
「信用できるわけないでしょ」
「全くですわ。でもリューズさん、お金を蹴るのはお行儀が悪すぎます」
まったく、と袋を拾い上げたコリエスは、ずっしりと重い袋をローテーブルの上で逆さまにひっくり返した。
数十枚の金貨が広がり、いくつかがテーブルから落ちそうになるのを、コリエスは慌てて拾い集めた。
「何やってるのよ」
手早く会計官の青年を縛り上げながら、リューズが笑い、コリエスは唇を尖らせた。
「片手でやるのは大変ですのよ? そっちが終わったら手伝ってくださいな」
「はいはい」
意外にも、袋の中身はしっかりと請求通りの金額が入っていた。いくつかを手に取って調べてみたが、偽物でもなさそうだ。
二人は顔を見合わせて、この理由を考える。
「ちゃんと支払ってバイバイ、ってわけないよね、コレ」
話している間に、廊下が騒々しくなってきた。複数の重々しい足音が集まり、ドアノブを揺らし、ノックと言うには乱暴な音が響く。
いくつかの声が、怒声に近い大音量で呼びかけてくる。防音性が高いので、それだけ叫ばないといけないのだろう。だが、それも無視してコリエス達は黙々と金貨を持参した袋に放り込んでいく。念のため、もともと入っていた袋は捨てていくのだ。
縛られた二人の男は、ドアの方にすがる様な視線を向けているが、まだ扉を破壊するような行動には出ていないようだ。あるいは破壊するだけの道具を用意しているのかも知れない。
「さて、それじゃあそろそろスームを呼ぼうか」
「ええ。ではわたくしは、吊るす準備をしますわ」
リューズがバッグから取り出した長いロープを受け取り、コリエスはフルカの脇からロープを通し、胸周りを二周程回して縛り上げた。片方の端を後ろ手に縛られたフルカ自身の手に握らせ、もう片方を長く余らせる。
「ふぅ、ふぅ……!」
フルカは何かを目で訴えるが、コリエスは答えず、ロープの端を持って窓際へと向かった。
そこには、マッチを擦って発煙筒に火を点け、リューズが導火線をふうふう拭いていた。
「それは、火口のように息を吹きかける必要が無いとスームさんが……」
「ぷあっ!?」
油を染みこませた導火線から火が付き、中に詰まっている植物の葉を乾燥させた物から一気に煙が吹き上がった。当然、顔を近づけていたリューズはもろに吸い込み、仮面を放り捨てて涙を流しながら転がっている。
「まったく、もう……」
煙が外へ流れるように窓の縁へと置き直し、コリエスはリューズへとハンカチを手渡した。もうもうと上がる煙は、三階にある部屋の窓からあふれ出ていく。
リューズがグシャグシャの目を擦っていると、大きな揺れが部屋を襲った。
コリエスはたまらず転倒し、フルカは悲鳴を上げる。
「痛たた……」
「おう、準備はできたか?」
声と同時に、窓から乗り込んで来た男がいる。スームだ。
窓の外には、ノーマッドの巨大な機体がホバリング状態で待機している。コクピットを開いて、機体の上を渡って来たらしい。
窓枠にある発煙筒を外に捨てたスームは、フルカをつないだロープを受け取ると、機体の一部に繋いだ。
「んん……?」
状況が分からずに困惑しているフルカの顔を覗きこみ、コリエスは口を開いた。
「握らせたロープは、しっかり持っていてくださいね。縛ったりするのは慣れていませんから、ほどけてしまうかもしれません。空中で」
煙の影響で、まだぐしゅぐしゅと鼻をすすっているリューズを先にコクピットへ案内したスームは、次にコリエスの手を掴んだ。
「で、場所はわかったか?」
「私邸に閉じこもっているようですわ」
「場所は?」
「そこですわ。ここから見えます」
コリエスが指差す先を確認したスームは一度頷くと、彼女をコクピットへ案内する。
そして、機上からハンドガンでドアに向かって数発発砲する。さらに一発。もがいている会計官の脳天を撃ち抜いた。
直後、数名の兵士が雪崩れ込んで来るのが見えた。そのうち一人が、リューズが投げ捨てたハニカムの仮面を拾ったのを見届けると、自らもコクピットへ戻った。
そして、哀れなフルカをぶら下げたノーマッドは、呆然とする兵士の目の前で、上空へと飛び立つ。
「んん~……!」
細い紐で固定された両足をじたばたと振り回しながら、離れていく城壁を見たフルカは、猿轡をされたまま喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
叫ばせるために腹を締め付けないよう、わざと胸元で吊り下げられた状態で、足元が浮いている不安感で後ろに握ったロープの端を力いっぱい握りしめる。手のひらにたっぷりと汗をかき、滑りそうになるのがより恐怖心を掻き立てた。
スームは城の前面にいる連中にたっぷり見せびらかすように機体を揺らし、城の周りをぐるりと回った。
その間、城からの視線が切れたと思しきポイントで、一度着陸してリューズとコリエスを降ろす。
「10分だ」
「わかりました」
短いやりとりを交わした後、走り去ったコリエス達を見送り、スームはフルカの猿轡を外した。
「はぁ、はぁ、……貴様もコープスのメンバーか! 早く解放したまえ!」
縛られて倒れたまま、涙声で強がるフルカを見下ろしたスームは笑った。
「随分と強がるな。お前に恨みは無いが、ノーティア王国はコリエスをちょっと怒らせ過ぎたらしい。お前がこの役割になったのはたまたまだが……まあ、もうしばらく頑張ってくれ」
コクピットに戻り、スームはノーマッドを再び浮上させた。
城の前面に姿を見せた機体。違うのは、ぶら下がるフルカの叫び声が首都の中心に高らかに響いている事くらいか。
そして、ノーティア軍の人型魔動機が城門前に集まってくる。フルカの姿を確認しているのだろう。まだ攻撃をしてくる様子は無い。
「そうそう。こっちに注目してくれ」
フルカの悲鳴に、城の人々が窓から顔を出し、指を指して話しているのが見える。
「これだけ目立てば大丈夫だろう」
スームは、コクピット脇に置いていた砂時計をくるりと返した。小さな砂粒が、さらさらと落ち始める。
彼の任務は、この砂時計が落ちるまで城の者たちの注目を集め続け、終わり次第コリエス達を回収する事だ。
「帰り際に、ひと暴れさせてもらうからな。しっかり集まってくれよ」
じりじりと終結を始めたノーティア軍の機体を見下ろしながら、スームは舌なめずりをした。
☆★☆
リューズの走る速度は早い。コリエスはぜえぜえと息を切らしながらなんとか追いついているが、もう完全に息が上がっていた。
ふと、リューズが立ち止まり、振り向いた。
「どっちだったっけ?」
膝に手をついて、リューズを睨みながら息を整えたコリエスは、何度か咳払いしてようやく口を開いた。
「わからないなら、先に行かないでくださいませ!」
城の側面。倉庫や軍事施設が多いこの場所は、今は城の騒ぎに意識が向いているようで、二人の女性がこっそり移動しているのを、誰にも見とがめられなかった。
城下町へと出た所で、コリエスはバイザーつけたままフードを被った。
「こちらです」
慣れた街並みの中、できるだけ路地を選んで抜けていく。
ほどなく、コリエスの両親が住む私邸の裏口に到着した。
塀に取り付けられた小さな扉を、二度ノックする。
「誰だ?」
塀の向こうにいたらしい人物からの問いかけに、コリエスは答えた。
「コリエスですわ。その声はダンですわね? ここを開けて頂戴」
「えっ? お嬢様!?」
驚きに扉を開けて顔を見せた兵士に、コリエスもフードとバイザーを外して見せた。
「憶えているかしら?」
「も、もちろんですとも……よくぞご無事で……!」
いかつい顔をクシャクシャにして感涙しているダンと呼ばれた兵士に、コリエスは困った顔をした。
「喜んでくれるのは嬉しいのだけれど、あまり時間が無いの。お父様とお母様は?」
「邸内におられます! ささ、どうぞ……」
「コリエス! 本当にお前なのか!」
リビングに入ると、先に説明の為に部屋へ飛び込んで行った兵士から聞いたのだろう、コリエスの父であり、王族の一人であるツァーナベルト公爵が立ち上がって出迎えた。
「お父様……」
目の下に隈を作り、憔悴した顔に満面の笑みを浮かべた公爵は、しっかりと娘を抱き留めた。
そして、別室にいたらしい母親も駆け込み、コリエスは再びきつく抱きしめてもらう事になった。
「あまり時間がありませんから、手短にお話しますわ」
一しきり再開を喜んだあと、涙を拭ったコリエスは両親に向かって話し始めた。
「わたくしはアナトニエ王国ではなく、ノーティア王国軍から殺されかけましたわ」
「なんだと?」
詳しく教えて欲しいと急かす父親に、コリエスは頷く。
「わたくしは、ノーティア王国とアナトニエ王国の軍事的衝突の影響でアナトニエの王城に滞在する事になりましたが、アナトニエ王家やわたくしからの連絡に対してノーティア王家からの動きが無く、さらにはノーティア軍が再侵攻を計画している事が発覚しました」
「そうなのか……私も再三にわたり王へ交渉を願い出たが、“今は待て”とばかり繰り返されておった。何とも力の無い父親で申し訳ない……いや、済まない。話を続けてくれ」
「アナトニエの王女セマ様から許しを得て、わたくしはこちらにいるリューズさんが所属する傭兵団コープスの助けを借りて越境しました。そこで、アーツネスと出会いましたわ」
「あの伯爵家の次男か! 先日、国境でアナトニエからの奇襲を受けて命を落としたと聞いたが……」
父の言葉に、コリエスは首を振って否定を示した。
「先に攻撃をしてきたのはノーティア側、アーツネスの方です。わたくしは魔動機を退かせ、対話をする事を訴えましたが、返ってきたのは冷笑と、わたくしが死んだ事になっているという情報でした。そして、抗議したアルバートはアーツネスに殺され、わたくしも銃を向けられたのです」
話を聞いて、父親であるツァーナベルト公爵は顔を真っ赤にして拳を握った。
「アルバートが! なんという事を……」
怒りに呻く公爵の肩に、その妻がそっと手を置いた。
「そこでもコープスの方に救っていただきました。わたくしはそこでノーティアを見限る事にしたのです。ようやく、先日コープスに入る事を許され、今は傭兵の一人ですわ」
見習いですけれど、と微笑むコリエスを、両親は驚きの顔で見ていたが、すぐに微笑み絵と変わった。
「やれやれ……昔から妙に魔動機を好むと思っていたが、とうとうそこまで行ってしまったか」
立ち上がった公爵は、お茶を貰って飲んでいたリューズの前に行き、頭を下げた。
「娘を助けて、ここまで連れて来て頂いた事、心より感謝する。そして、難しい立場の人間を受け入れてくれた事も」
「え? えっと、私はあんまり関わってなくて、スームとかクロックとかが……というか、ここに来たのも仕事だし……」
「その通りですわお父様」
コリエスは、口に手を当てて笑った。
「ノーティア王家が、コープスにお願いしたアナトニエでのわたくしの護衛について、未払いがありましたの。つい先ほど、王城にお伺いして、残金を回収して参りましたわ」
「ふむ……我が娘は知らぬうちに随分とたくましくなったようだ。それで、これからどうするつもりだね?」
「アナトニエのコープス基地へ帰ります」
コリエスは、敢えて“帰る”という言葉を使った。
その意味に気付いた公爵はゆっくりと頷き、夫人は涙を零した。
「お父様、お母様。お二人だけであれば、今すぐアナトニエへお連れする事も可能ですわ。ですから……」
「コリエス」
娘の肩を掴み、侯爵は噛みしめるように名を呼んだ。
「お前の選んだ道だ。私達の事は気にせず、自由に生きなさい。今のお前の表情は、他の貴族令嬢たちとお茶会などをしているよりも、ずっと活き活きとして美しい」
「ですが……」
「私たちは、多くの使用人や兵士たちを雇っている。彼らの事にも責任があるのだ。それに、私はこれでも王族の一員なのだ。娘一人守る事もできなかった無能だが、生き抜くくらいはやって見せよう」
にやり、と公爵は笑う。
「そうで無ければ、立派に独り立ちした娘に恥ずかしくて顔を合わせられんよ」
「その通り。私たちはやるべき義務を果たします。それから、ゆっくりと貴女の職場を見に行きますからね。それまで、元気にしているのですよ?」
ところで、と夫人はにっこりと笑った。
「コープスを選んだのは、誰か素敵な殿方でも見つけたからかしら?」
「なに! それは聞き捨てならんぞ!」
「き、急に何を言われるのですか!?」
俄かに自分の男性関係で盛り上がり始めた両親を宥め、コリエスは頬を染めながら「そんな人いませんよ」と連呼していた。
「ふぬぅ。これはアナトニエに行かねばならぬ理由が一つ増えたな」
「ええ。早いうちに行きませんと」
まるで旅行先でも選んでいるかのような会話に興じる両親に、コリエスは笑顔で答えた。
「そうですわ。紹介したい方が沢山いますから、是非来てくださいませ!」
しばしの別れとして、再び両親から強く抱きしめられたコリエスは、私室からいくつかの私物を回収すると、リューズと共に邸の正面から道路へと出た。
そこへ、タイミングよくノーマッドが飛来する。吊るされていたフルカの姿は無い。
足を折りたたみ、本体が低い位置まで下がると、コクピットが勢いよく開いた。
「待ったか?」
「丁度良かったよ」
顔を出したスームにリューズが返事をして、さっさとコクピットへ乗り込んだ。
続いてコリエスがステップに足をかけた所で、見送りに出てきた公爵が話しかけた。
「君もコープスの隊員か! どうか、娘を頼む!」
「あんたは親父さんか。頼まれなくても、コリエスは自分の足で立ってる」
「それを聞いて安心した! 近々、私もお願いしたい用件が出てくるはずだ!」
「そうか」
コリエスの手を引いて、彼女が上がってくるのを手伝ったスームは、軽い調子で引き受けた。
「その時は、気軽に連絡してくれ。こいつですぐに駆けつける」
「ああ、頼もしい答えだ!」
文字通り飛び去った娘とその仲間たちを見送ったまま、侯爵は長い間、空を見上げていた。
お読みいただきましてありがとうございます。
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