33.決別
33話目です。
よろしくお願いします。
ノーティア王国の首都は、王都ポーリという名の大都市だ。
ケヴトロ帝国やアナトニエ王国との国境から離れた海岸沿いに、背の低い城郭をぐるりと囲むように町が広がり、町を囲む大きな壁がぐるりと築かれている。
過去、王都まで敵の侵攻を許した事は無いが、ここ数ヶ月は城を中心にピリピリとした空気が流れていた。
きっかけは、王族の一人であるコリエスの死亡が発表された事にあった。為政者たちの予想に反して、民衆の反応が大きかったのだ。アナトニエ王国に対する敵愾心が広まり、一定の成果が無ければ、民衆が押えられない状態になっていた。
コリエスは王族ながら魔動機に深い興味を持ち、小さなころから軍の施設に出入りしては、軍人たちに交じって魔動機操縦の訓練を行っていた。城や私邸に籠っている事が多い他の王族に比べて、格段に軍人達と触れ合う時間が長かった。
軍に所属する兵士たちは大半が平民だ。コリエスという人物を知っている軍人たちや、彼らの家族は、彼女を殺したとされるアナトニエ王国に対し、強い恨みを抱いた。国として、相手国にカードとして使われるよりは、と簡単に切り捨てた為政者側と、大きな温度のずれが生じたのだ。
ケヴトロ帝国がアナトニエを食い散らかしている状況に便乗し、いくらかの肥沃な土地を手に入れ、食料状況の改善と帝国に対する戦線の補強、場合によってはケヴトロ帝国との停戦協定を行うための交渉材料にするつもりでいた。
それが、結果を見ればアナトニエ侵攻に失敗し、魔動機や高級将校を含めた兵員を徒に消耗しただけで終わった。
ケヴトロ帝国側も痛手を受けたらしい事で、戦力差が大きく開く事は無かったが、国家としての危機である事には変わらなかった。
アナトニエ王国の新型に対抗するための戦訓すら得られないままで壊滅した分の戦力補充もままならないが、小競り合いが続いているケヴトロ帝国との戦線からこれ以上削る事も出来ず、アナトニエ王国に対してどのような対応をするかで、城内は議論が続いていた。
「陛下にお話をさせていただきたいのですが」
突然王城の警備兵に、フードを目深にかぶった一人の女性が話しかけたのは、王や軍関係の貴族たちが連日の会議を行っている時期だった。
普段は出入りしないような高位の貴族たちも頻繁に出入りしていたので、警備兵たちも緊張の日々を送っている。一人だけ、怪しい仮面を付けた女性の付き添いはいるが、徒歩で王城の門へ近づいてきた女に対して、兵たちはまともに相手をする気は無かった。
「どこの女か知らないが、陛下がお前のような者にお会いするわけがないだろう。帰れ」
「そうですか?」
女はフードを外し、肩までの赤い髪を広げ、バイザーを外した。
「陛下の親族でも?」
「そんな、まさか……しょ、少々お待ちを! いえ、こちらでお待ちください!」
「はい。では、お願いいたしますわ」
番兵の為の休憩部屋として使われている、門の横の小屋へと通されたコリエスは、再びバイザーを付け、椅子へと座った。
隣に立った女性は、仮面の端をつまんで引き上げると、ため息をついた。
「これ、ちょっと息苦しいや。ハニカムは良くこんなの付けて戦えるね」
ふぅ、と息を吐いたリューズは、ハンカチを取り出して頬を拭った。
「仮面をする理由を聞いたことがありますが、落ち着くらしいですわ。わたくしは、このバイザーが気に入っておりますから、なんとなくわかります」
コリエスが譲り受けたイーヴィルキャリアは、外を見るためにいくつものスリットが空いている。近接戦や防御姿勢の時に、目が露出していないのは気分的に大きく違う。
リューズは、外したバイザーを嬉しそうに見ているコリエスを見て、羨ましいとは思ったが、自分には必要ない物だとも思った。
「それにしても、良くこんな事をやろうと思ったね」
「きっかけは、スームさんの提案からですわね。ただ、わたくしとしてもコープスの一員として、自分が原因の未払いがあると落ち着きませんし……しっかりと決別しておきたい事でもありますから」
すっかり吹っ切れたらしいコリエスは、うふふ、と声を漏らして笑った。
「そっか。良かった、で良いのかな?」
「ええ、ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
「うん。それと、護衛は任せて」
「お願いしますわ」
マスクとバイザーを付け直した二人は、兵士が戻って来たと同時に立ち上がった。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
兵士が先導するのに付いていく。
正面は避けて、人目に付かない小さな入口を使って室内へ入る。
そこで、案内役が変わった。
「ご無沙汰しております、コリエス様」
一人の若い男性が、コリエスの前にたち慇懃な態度で一礼して見せた。
ぴっちりとした仕立ての良い服を着て、いかにも貴族の子弟と言う雰囲気だ。コリエスも見知っている人物らしく、慣れた様子で挨拶を返している。
「ええ、お久しぶりですね、フルカ卿。お蔭様で再び城に伺うことができました。それで、陛下とはお会いできますか?」
「残念ながら、陛下は今お忙しいので……私が対応させていただきます。応接の為の部屋を押えましたので、こちらへどうぞ。お連れの方は……」
「彼女はわたくしの護衛ですわ。アルバートはわたくしを守って殺されてしまいましたので……」
「左様ですか、残念です」
沈痛な面持ちで首を振ったフルカを、バイザーで視線が分からないのを良い事にコリエスはキツイ視線で睨みつけた。アルバートの死体はノーティア側に残っていた。彼が亡くなっている事を、城勤めの貴族たちは把握しているはずなのだ。
「おや、ご存じなかったのですか? アルバートと同様、アナトニエ王国との国境で命を落とされたアーツネス様は貴方の同期で、交流もあられたと思いますけれど?」
「なぜ、コリエス様がそれを……! いえ、失礼いたしました、取り乱してしまいまして……どうぞ、ゆっくりお話を聞かせていただきたいと思います」
「ええ、わたくしからもお話がありますから、助かりますわ」
案内された部屋は、左程広くは無かったが、ソファやローテーブルは非常に高価な物が設えてあった。
侍女がコーヒーを置いて退室すると、フルカは真剣な目で正面に座るコリエスを見つめた。背後に立つ怪しいマスクの女性が気になるが、今はもっと重要な事がある。
「まずは、無事のご帰還をお喜び申し上げます」
この上なく空虚な言葉に聞こえるそれを、コリエスは無視した。
「用件は三つです。まず、聞いておきたい事がありますわ」
バイザーを外さないままでいたコリエスは、きっぱりと言った。
「お伺いしましょう」
「わたくしは死んだ事になっておりますね?」
「いえ、そのような事は……」
「フルカ卿。これは確認なのです。わたくしはアーツネス様から聞いて、すでにそれを知っております」
じっと見つめ合う時間が過ぎ、コリエスは畳みかけた。
「言えない、という貴方の立場も分かりますから、これ以上は問いません。今さらですから」
膝の上に重ねていた手を、握りしめる。
「もう一つ教えてください。わたくしの両親は、どうなりましたか?」
「……城内での役職から離れられ、隠居されました。王都の屋敷は処分されるそうで、近いうちに王都を離れられるそうです」
「そうですか……では、三つ目です。これは、聞きたいというよりは要求です」
要求という言葉に、フルカは身体を強張らせた。
コリエス帰還の報に、王とその周辺は情報を引出し、監禁する事を指示した。護衛は始末するように、とフルカは命じられている。
中には“奇跡の生還”として民衆を鎮める為に、事実を公表すべきでは無いかという意見もあった。だが、少なくともコリエスが帰還できた経緯が判明するまでは控えるべきだ、として却下された。
「コリエス様、御身の安全については、城内で保護させていただきます。今後については、ご安心ください」
「そんな事は、求めておりませんわ」
取り繕うようにペラペラと話し始めたフルカを、コリエスは言葉を被せて止めた。
「わたくしは、アナトニエ王国に滞在中、コープスという傭兵団に護衛を依頼しておりました。それは、ご存知ですか?」
「ええ、承知しております」
「彼らには前金が送られていましたが、わたくしが依頼の完了を本国へ連絡した後、残りの依頼料が届いていないようなのです」
「その費用を、その傭兵へ支払え、とおっしゃるのですか? お言葉ですが、傭兵団程度の為に、わざわざコリエス様が動かれるのは、いかがかと思いますよ?」
馬鹿にしたような笑みを浮かべ、フルカは両手を広げた。
「それに、コープスと言えばアナトニエ王国に雇われ、我が国にも被害を与えた勢力ではありませんか。逮捕して懲罰を与えるという話ならわかりますが、金を払えとは……」
「わたくしの身を無事に守っていました。契約通りの仕事はしていますよ? それとも、ノーティア王国はその程度の金銭も支払いを渋る程に困窮しているのですか?」
バイザーを外し、じっと相手を見つめるコリエス。
「滅多な事をおっしゃらないでいただきたい……では、上の者に確認して参りますので、しばしお待ちください」
フルかは早口で言うと、落ち着かない様子で部屋を出て行った。
「……で、これからどう出てくるかな?」
後ろから声をかけてきたリューズには、コリエスは頷いた。
「王はこういう時に自ら動くタイプの人物ではありません。非常に臆病な方ですから。一度切り捨てる事を決めたわたくしと、顔を合わせるような事はなさいませんでしょう。わたくしがコープスに所属していると知った時点で、恐らくはあのフルカ卿にわたくしを捕まえるか、秘密裏に始末するように命じるでしょう」
「それじゃ、私はどうなるの?」
リューズを振り返り、コリエスはにっこりと笑った。
「きっと殺そうとすると思いますから、頑張って抵抗してくださいね」
「笑い事じゃないわよ、もう」
☆★☆
コリエスたちは、たっぷり一時間程待たされている間、用意された飲み物に手をつける事はしなかった。
ノックをして入って来たフルカの視線が、コリエスの前に置かれたカップを一瞥したのを、リューズもコリエスも見逃さず、その分かりやすさに揃って内心苦笑した。
「お待たせして申し訳ございません。会計の担当者と話をいたしました」
「いかがでしたか?」
「費用はお支払いいたします。ですが……すでにアナトニエ王国とのやり取りがほとんど無く、商人に任せるのも不安があります」
「では、どのようにするのですか?」
コリエスの質問に、フルカはにやりと笑った。
「ここまで取りに来るように伝える事になりました。手紙でも出す事に致しましょう」
「そうですか。わかりました」
フルカの笑顔が歪んだ。コリエスがすんなり返答した事に戸惑い、次にコリエスの口ぶりがまるでコープスの代表者のようだったからだ。
「ですが、手紙を出す必要はありませんよ。ここにすでに、コープスの者が来ております」
「そういう事ですか!」
ソファに背中をぶつけるようにして、よろめきながらフルカは立ち上がった。
「その護衛の女はコープスの傭兵なのですね! やはり貴女は、アナトニエに利用されていると……」
「違います」
コリエスは落ち着いた所作で立ち上がった。
「わたくしは、アナトニエに利用されているのではありません。コープスの一員として、ここに残金の回収がてら、ノーティア王国への決別をお伝えに来ただけですわ」
「な、何ですと?」
「今さら驚く事でも無いでしょう。わたくしはこの国に捨てられた女です。それが、新たな居場所を得た。それだけの話ですよ?」
仕事熱心でしょう? と笑うコリエスは、懐から拳銃を出した。
「この国を、裏切るとおっしゃる……?」
大量の汗を流しながら、後ずさろうとしたフルカは、踵が当たった表紙にソファへと座り込んだ。
「裏切ったのは貴方方が先です。国境で、アルバートはアーツネスに殺されました。そしてわたくしも危うく殺されるところでした。その状況でも、コープスの方はわたくしをしっかり守ってくださいました。だからこそ、危険でもこの仕事をわたくしがやるつもりになったのです」
ローテーブルを回り込み、フルカへ近づいた。
フルカからすれば、プレッシャーを与える動きにしか見えなかったが、コリエスは単に撃った時に命中させる自身が無いから距離を詰めたに過ぎない。
「わたくしは、交渉や嘆願に来たわけではありません。集金に来たのです」
銃口を揺らして視線を釘付けにする。コリエスの心理はは初めて人に銃を向けた事で、緊張よりも高揚感の方が勝っていた。
「さあ、そこの侍女に指示を出して、報酬を持ってこさせなさい」
「そ、そんな……」
「今度は、わたくしじゃなくて貴方が人質になる番ですわ、フルカ卿」
念のためにフルカの身体を拘束する為に前に出たリューズは、ウインクしながらフルカを脅すコリエスを見て、思わず笑い声を漏らした。
お読みいただきましてありがとうございます。
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