32.処分
32話目です。
よろしくお願いします。
疲労困憊の状況で、スームやナットと共に基地へと帰ってきたボルトは、ハニカムが潜入工作員だったという事実を聞いて、部屋に閉じこもって寝込んでしまった。
「ボルトの奴、意外と真剣にハニカムが好きだったんだな」
割と冗談だと思ってた、とナットを連れて廊下を歩きながら、スームは肩を竦めた。
「兄さんは、そういう事を素直に言えるタイプじゃありませんから……それに、彼氏がいるとかならまだしも、工作員でした、というのはやっぱりショックですよ」
自分だってそうだ、とナットは言う。
地下へ降りると、シェルターになっているさらに地下深くへと続く通路が続く。その途中に、狭い金属製のドアがある。
ドアの上部には小さなのぞき窓がある。
スームは両手に持っていたカップを片手にまとめて持ち、人差し指で押し開くと、中にある小さなベッドに、ハニカムが座っているのが見えた。
「ハニカム、入るぞ」
返事を待たず、外側だけに付いている鍵を開ける。
「元気そうだな」
「別に、殴られたり撃たれたりしたわけじゃないもの。仮面が無いから、少し不安なだけよ」
「そうか」
座ったままのハニカムの前に、スームは立ったままで話しかけた。
ナットは、その大きな体で出入り口を塞ぐように立っている。緊張した面持ちだが、いざとなれば身体を張って止める覚悟でいた。
スームはカップの一つをハニカムに渡すと、もう一つのカップに口を付けた。
「ありがとう……これ何?」
「緑茶。発酵作業前の茶葉を苦労して手に入れたんだ。ここの連中は本気で紅茶しか飲まないからな。いいから飲んでみろ」
「まあ、いいけれど。今さら毒殺も無いでしょうし……香りは悪くないわね」
カップを傾けて、熱いお茶を一口飲む。
「渋いわね……でも、悪くないわ」
「だろう?」
狭い監房の中、スームは壁に背を預けた。
「で、テンプさんから聞いたとは思うが……お前がケヴトロ帝国に俺が作った大型魔動機の設計図を流した事は知っている」
「……良かったら、どこでバレタか教えてくれる?」
「念のため、不完全な設計図しか作らないんだが、それが盗まれた。だから、それを補完する資料を作って、どのタイミングで無くなるかをチェックしていた。それだけだ」
カップを置き、顔を覆ったハニカムはぱたりとベッドに倒れた。
短いスカートの奥が見えているが、気にもしていないらしい。
「単純だけど、全然気づかなかった。あたしは本当に馬鹿ね!」
しばらくジタバタとした後、ムクリと起き上がる。
「それで、ここで処刑するの? それとも、戦場で捕まった女の末路は、やっぱり……ってヤツ?」
「馬鹿言え。んな事やったら、俺がリューズに殺される」
ナットが仁王立ちしている向こうがわ、廊下から足音が近づいてくる。
「スームさん」
「ああ、来たな」
ナットが脇へ避けると、二人の人物が入室し、ただでさえ狭い監房が、余計に息苦しく感じる。何しろ、一人は普通の男性より二回りは大きい、筋骨隆々のクロックだからだ。
そして、彼が連れてきた人物を見て、ハニカムは絶句した。
「まったく……何をやっておるのだ」
嘆息したのは、ハニカムの伯父であり、コープス所属の魔動機整備員、アールだった。
「お、おじさん!? ちょっとスーム、クロック、やめて。彼は関係無いわ」
狼狽するハニカムを見て、クロックは「馬鹿言え」と黙らせた。
「ハニカム。お前が入団した際、このアールの紹介だった。責任が無い、というわけにもいかないだろう」
「その通りだ」
アールは、クロックの弁に首肯する。
「お前はおれの身内だ。まして、弟もその妻も、もうこの世にいない。お前の保護者として、責任を取れるのはおれだけだ」
「保護者? よしてよ、誰もそんな事頼んでないし、ましてあたしはもう二十五よ。自分が失敗した責任は、自分でとるわ」
あくまでアールを無関係だと主張するハニカムを見て、スームはクロックと共に監房の外へ出た。
「んで、クロックはどう思う?」
「他の傭兵団なら、軽くて追放。実害があれば処刑するのが普通だな。……今回の場合、わしらは設計図を盗まれ、アナトニエやストラトーは被害を受けている。その手前、無罪放免という訳にはいくまいよ」
喧嘩程度なら営倉に数日放り込んで終わりだが、傭兵団という組織は、長い期間、無駄飯喰らいを養ってやるような優しさは無い。
「ハニカム自身も、死ぬ覚悟はできているだろう。わしにアールを連れて来させたのは、最期の別れをさせてやるためか」
「いいや?」
スームはクロックの予想を否定した。
「残念ながら、俺はそこまで優しくは無いな。侵入者は気絶させてガレージに繋いで、リューズとコリエスが交代で見張っている。予定と違うが、ケヴトロの情報はそっちから搾り取るとして、ハニカムを逃がさず、無傷で確保できたのをりようしようと思う」
テンプさんもなかなかやるよな、と笑っているスームを、クロックが睨みつけた。
「何を考えている?」
「ハニカムは甘い。リューズたちを殺して証拠を隠す判断ができなかった。俺なら、目撃者は拷問するなりして情報を引き出してから殺すか、時間が無ければ、情報収集を諦めて殺す」
クロックは黙って聞いている。スームの意見は納得ができた。
「さらにわかった事がある。お前がアールを連れて来てくれたおかげで、ハニカムは工作員の癖に血縁者に甘い」
「アールを連れてくる間に聞いた。アールの弟……ハニカムの父親は、奥さんと一緒にケヴトロ帝国の国内で発生した戦闘に巻き込まれて、彼女が小さい頃に亡くなったそうだ」
その後、帝国軍で魔動機技師をしていたアールが引き取り、十代のうちに魔動機乗りとして軍に入ったという。
「アールがコープスに入ったという縁があるから、帝国はハニカムを工作員として使う事を考えたんだろうな。根っからの工作員なら、自分の安全を最優先するはずだ」
「そこだ。そこが狙い目だ」
「……狙い目?」
そして、スームがクロックに小声で伝えたのは、ある“芝居”の話だった。
☆★☆
扉を閉めた内側で、ナットは腕を組んで立ったままでいたが、ハニカムにもアールにも話しかけることはしなかった。
あらかじめスームがそうするように伝えていたためなのだが、空気の重さに逃げ出したいというのが正直なところだった。叔父と姪、互いに顔を合わせたままでしばらく無言のままだったが、ようやくアールが口を開いた。
「わしは、傭兵団というものをコープス以外に知らん。だが、裏切者がどのような末路を辿るかは、よく知っているつもりだ。特に、魔動機の技術は貴重なもんだ。それを漏らしたとあっては……」
「覚悟はしているわ。お金のためとは言え、自分がやった事が許せる内容かどうかくらい、わかっているもの」
「そうか」
頷いたアールは、ナットへと向き直った。
「ナット。悪いがおれたちの後始末は頼む」
「えっ?」
「おれはハニカムと肉親だ。情報の流出に関わっていない証明もできんからな。ハニカムと一緒に処分されるつもりだ」
ナットも驚いたが、ハニカムはそれ以上に驚愕していた。
「な、なんでそうなるのよ!」
「おれはスームが開発した魔動機に関わりすぎた。裏切者の身内がコープスに残るわけにもいかんし、余所で魔動機の開発をされたら、コープスとしても不利になるだろう。……もう、わしには行き場が無い」
日焼けした、深いしわが刻まれた顔で疲れた笑みを見せたアール。
「で、でも魔動機に関わらない仕事なら……」
「次もその次もそうじゃない保証はできん。それに、誘拐されて手伝わされる可能性もある……それにな、おれは魔動機弄り以外に能が無いんだよ」
どうしようもない、とアールが首を振るのを、ハニカムは青い顔をして見ていた。
「こうなる事も、お前は考えておくべきだった。そして、おれもお前の事を良く見ておくべきだった。今更言っても、どうしようも無い事だが」
「話は終わったか?」
扉を開けて入ってきたスームは、ハニカムとアールをそれぞれ見た。
短時間ですっかり憔悴していたハニカムは、一言も発せずにスームを凝視している。
「ああ。おれもハニカムも、すっかり覚悟はできた。良いようにしてくれ。だが、できれば痛いのは勘弁して欲しいな。おれは兵士じゃないから、痛いのは慣れてねぇんだ」
笑ってはいるが、アールの表情は痛々しい。
「そうか、そうか。なら、良い方法があるぞ」
トン、とスームがハニカムの肩に手を置いた。
一度跳ね上がった後、泣きそうな顔で見上げたハニカムの顔は怯えきっていて、年齢よりも幼く見えた。
「引き続き工作員を続ける、という方法がな」
「……はあ?」
それから一時間程、スームは延々と自分が把握している現状を説明し、ハニカムからもケヴトロ帝国との接触方法について聞き出した。
「アール共々処分されるのと、二重スパイとして寝返るのと、どっちを選ぶ?」
というスームの質問に、ハニカムは後者を選ぶ以外に無かった。
「さてさて。それじゃあ、残りの連中を処理するとしますか。おっと、そうだ」
具体的な作戦の説明を受け、アール共々“制限付きの解放”と“罰掃除”を言い渡されたハニカムに、スームは右手を差し出した。
「一緒に来い。一応の儀式をやろう」
「儀式?」
「連中はお前が始末しろ。それが今、お前ができる最低限の証明だ」
☆★☆
翌日、コープスの基地へとセマ王女がやってきた。
魔動機の車から降りてきた彼女の表情は、口を引き結んだ固いものだ。
「ようこそいらっしゃいました、殿下」
出迎えたのはテンプだった。
促されて、護衛たちと共に事務所へと入る。そこには、ソファに座っているクロックと、その後ろで直立のまま控えているハニカムとアールの姿が見えた。
さりげなく見回したが、スームやコリエスの姿が見えない。
「突然の訪問、申し訳ありません」
「とんでもない。わしの方からも用事がありましたので、実に丁度良いタイミングでした」
互いに挨拶を交わし、改めて応接に向かい合う。
テンプがお茶を用意し、護衛の兵士たちにも配っていく。困惑する兵士たちだが、セマが許可を出した事で、それぞれカップを受け取っていた。
セマにとってコープスの基地内の方が、妙な貴族が居ない分、安全にすら感じる。
「そうでしたか。では……」
「はい。殿下の御用の方から、お伺いします」
「わかりました。……コープスというより、スームさん個人に関する話なのですが、彼はどちらへ?」
「ああ、あいつは集金に行っておりますよ」
そうですか、とセマは疑問を抱えたままながら、深くは聞かなかった。
自分がやるべき事は、情報を伝える事であって、対策はプロに任せるべきだと考えたからだ。
「では、クロックさん。私の要件ですが、これはお恥ずかしながら、城内の醜聞でもあります。ですので……」
ちらり、とクロックの後ろに立つハニカムたちへ視線を送る。
「ああ、こいつらは気にしないでください。わしからの用件に必要でして」
「そうですか。では」
咳払いをして、セマは居住まいを正した。
「私の兄である、キパルス王子の事です。本人もそうですが、その周囲に妙な動きをする者がいるようでして」
ふと、ハニカムが身じろぎしたのが視界に入ったが、セマは続けた。
「兄とその周囲にいる者たちは、スームさんが持つ技術と知識を狙って、本人の身柄を狙っているらしく……お恥ずかしながら、実行役として雇われた者たちが確保できず、兄達に監視を付けて尻尾を出すのを待っているという状況なのです」
「なるほど」
紅茶に口をつけて、乾いた喉を湿らせたセマは、苦い顔をしてクロックに頭を下げた。
「城内の問題に巻き込んでしまって、申し訳ありません」
「で、殿下。わしなんぞにそのような真似はおやめください」
さすがに王女から頭を下げられては、クロックもあわてざるを得ない。腰を浮かせて、慌てていた。
たっぷり十秒ほど経ってから顔を上げたセマは語る。
「というわけで、いつ刺客がスームさんを狙うかわかりません。兄は城へ呼びつけるような事を考えているようですが……」
「それなら、大丈夫でしょう」
「と、言いますと?」
「スームなら、ノーティア王国まで行っていますから」
「……は?」
意味が分からない、という顔をしたセマは、ふと気づいた。コリエスの姿も見えない理由は、そのノーティア行きに同行しているのかも知れない。だが、そこに言及するのは気が引けた。
「それにですな、わしからの用件というのも、その件に関係することでして」
「な、何か動きがあったのですか?」
「ええ。昨日、基地に侵入されましてね。うちの女性陣が捕まえまして……話を聞き出して処分もしました。いやはや、城に引き渡せば良かったですな。思ったよりもひ弱で、体力が持ちませんでしたので、やむなく」
セマは、処分という言葉の意味を知り、軽く体が後ろに流れた。
「それでですな、一つお願いがございまして」
目の前で血の気が引いた顔をしているセマを見て、苦笑いしながらクロックはモヒカンを撫でた。
「なに、割と簡単な話です。ここにいるわしと、後ろの二人を新型魔動機の調整と指導に来たとでも言って、しばらく城を出入りさせてもらえませんか」
「……理由をお伺いしても?」
「ここにいるハニカムを使って、城内にいる者とケヴトロ帝国とのつながりをあぶり出しましょう」
これはコープスの事でもあるので、料金などはいただきません、と言い添える。アールは整備兵たちを集め研修と称して指導を。クロックとハニカムは、一部貴族向けの研修をする形でどうか、と提案した。
セマはハニカムの顔を見て、不安をにじませた。
「大丈夫、なのでしょうか? 危険ではありませんか?」
「なぁに、心配いりませんよ」
クロックは、太鼓判を押した。
「こう見えて、ハニカムは本職ですからな」
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




