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31.女たちの戦い

31話目です。

よろしくお願いします。

 機体の簡単な仕様書だけは渡されていたので、ボルトとナットはなんとかトレーラーからそれぞれの機体を降ろすだけの事は出来た。

「じゃあ、ボルトからな」

 コクピットに座ったままのスームの後ろに入り込み、スームは立ったままベルトで身体を固定する。

「こいつはどうやって飛ぶんだ?」

「垂直離着陸機だ。おまけに、苦労して作ったジャイロスコープ内蔵で、姿勢制御も勝手にやってくれる優れものだぞ」

「お前の言っている事が半分も理解できないんだが?」

「気にするな、知らなくても動かせる」

 無茶苦茶な事を口にしながら、スームは横から突き出ているレバーの一つを一番下まで下げてから、ジェットスラスターを操作するペダルをゆっくり踏み込むように指示した。

「……急に飛び出したりしないよな」

 恐る恐る、ボルトが言われた通りの操作をする。

 スラスターが垂直上昇の為に噴射口を真下へと向ける。べダル操作に合わせて、吸気口から猛烈に酸素を取り込み、噴射が始まった。

「そのままペダルを踏み込めば、上昇する。高度計はコレだ。マッドジャイロと同じだから、すぐわかるだろ?」

「ああ……しかし、操縦そのものは久しぶりだぜ」

「レバーをしっかり持ってろ。水平姿勢を保つ位置からは、力を入れないと動かないようになっているから、腕は楽にしていていい」


 ナットが見ている前で、轟音と共に地面へ噴射を叩きつけていた機体は、ゆっくりと上昇を始めた。

「飛んだ……」

 この時点で、ナットは兄が乗っている機体はノーマッドのようなジェット推進でぷかぷかと浮かぶタイプの機体だと思っていた。

 だが、次の瞬間に目を点にして空を見上げる事になる。


「高度はこれだけあれば充分だ。スラスターの向きを下から後ろに変えろ。ゆっくりだ」

「そんなことしたら、落っこちるだろうが!」

「この機体なら、前に進めば浮くようになってる」

 頭の上にクエスチョンマークを大量に浮かべながらも、ボルトは観念して言われた通りにレバーを引き上げて行く。

 機体が前方へと進みだす。その速度はマッドジャイロの比では無い。景色が激流に流されているかのように後方へと吹っ飛んでいくのを、目を白黒させながら、ぐいぐいと身体がシートに押し付けられていくのを感じる。

「基本はマッドジャイロと同じだ。お前も操縦方法は憶えているだろう。真ん中のレバーで上下左右に機体を動かせ。ただ違うのは、機首を下に傾けると高度が下がる。上に傾けると高度が上がる」

 大ざっぱすぎる説明を聞きながら、ボルトは速度が上がるにつれて地面が近いように感じて、機体高度を上げていく。

 大山地へ向かい樹海の手前で機体を緩やかに傾けて大きく弧を描いて帰還コースへと入った。

 その間に、武装の説明をする。まだ実弾を積んでいないので、実際にスイッチに触れながらだ。

「で、着陸はどうするんだ?」

「予定地点に近づいたら、スラスターの向きを後方から下方に。緊急に速度を落とす時には、小さいが前方に向けたスラスターから逆噴射もできるんだが……使わないに越した事は無いな」

「なんでだ? 素早く止まれるなら、便利じゃねぇか」

 あー、とスームは頭を掻いた。

「車が急に止まったら、身体が前に圧されるよな」

「ああ、ベルトが食い込むあれな」

「あれの数十倍の圧力がかかると考えてくれ」

 そして、俺が乗っている間は絶対に使うな、と釘をさす。

「うえ……んじゃ、何でこんな機能が付いてるんだよ」

 やや横に外れた場所に配置された、逆噴射用のペダルを軽く蹴る。

「決まってる。機首を下にして、ドッキングするからだ」

「……はあ?」


 緊張で汗びっしょりになって、なんとか無事に着陸を終えたボルトが休憩している間、今度はナットが飛行訓練を行った。

 ナットの為に作られた機体は、言うなれば人が乗れるドローンだ。いくつものプロペラを操り、空中で静止する事も可能で、機体バランスの保持をジャイロスコープに一任して、不規則な動きで飛び回る事が出来る。

 操作感覚はマッドジャイロに近いので、ナットの方は比較的早く操縦に慣れる事が出来た。速度もマッドジャイロよりは向上しているが、ボルト機よりはかなり遅い。

 二人とも、それぞれに三時間程の訓練でそれなりに操れるようにはなった。ボルトの方が体力的にも精神力的にもギリギリの所まで消耗していたのだが、彼はこの世界の人間で初めて音速を超えたのだから、無理も無い。

 対して、スームの方は寝不足も吹き飛んだつやつやとした顔をして、満足げに腕を組んでいた。

「ボルトの戦闘機型魔動機は“ミョルニル”、ナットのドローン型魔動機は“ドラウプニル”だ」

「どういう意味なんですか?」

 ナットが片手を上げて質問する。ボルトの方は言葉を発するのもおっくうなほど、疲れ切っていた。

「どちらも、俺の故郷……いや、故郷の近く……いや、それなりに遠いな。まあ、俺の知っている昔話に出てくる神様の道具だよ」

 さて、とスームは新しい仕様書を取り出した。

「お待ちかねの合体だ。さっそく練習を始めようじゃないか」

「すみません。今日はもう勘弁してください」

 ナットが頭を下げて泣きを入れ、ボルトが気絶したため、合体練習は翌日に持ち越す事になった。


☆★☆


 ある意味で、ターズは工作員としての腕はあっても、運は無かったのかも知れない。

「あっ……?」

「ああ?」

 ハニカムが開錠するのを密かに監視して、基地内へ侵入する事に成功したまでは良かったが、廊下を挟んだ所で、事務所から最初に出てきたリューズと鉢合わせる事になったからだ。

 慎重に一部屋ずつ確認して行こうとしていた矢先の事だった。互いの距離は約十メートル。

「クソッ!」

 近い部屋に飛び込んだターズは、ナイフを抜いて、慎重に廊下を覗きこんだ。

 先ほど目にした少女の姿は無かった。タイミングからみて、出てきた部屋に戻ったと思われる。

「退かずにさっさと捕まえておけば良かったか」

 後ろに控えている部下たちに目くばせをして、少女が入って行ったと思しき部屋へと向かう。

 壁に耳を付けて、ナイフを握りなおしたターズは、少し考えて部下たちを突入させる事にした。四人連れて来ているうち、この国で雇った三人を使う。

 剣を手にして、一人が下卑た笑いを浮かべてドアを開く。

 その瞬間、先頭にいた男が仰向けに倒れた。頭部から血を流し、痙攣している。

 さらにもう一人が倒れた隙に、ターズは一瞬だけ顔を出して室内を確認した。

「四人だと……コープスは休暇中のはずだろう。なんでこんなに人数がいる?」

 見覚えの無い、赤い髪にバイザーをした人物がいて、肝心のスームの姿が見えなかった。

 ここで、ターズは動きを封じられた。戦闘が長引けば、基地内のどこかにいるであろうスームに背後から攻撃される可能性がある。

 ここは、逃げの一手だと決めた。

「おい、ハニカム! いや、ヘロディア! 俺だ、協力しろ!」

 返答は無い。

 また一人、突入しようとした部下が撃ち殺された。


 室内では、リューズとテンプの視線がハニカムに集まっている。

 ソファの後ろから顔と右手を出して、敵を討ち殺したハニカムは、苦い顔をしている。

「ハニカム、どういう事?」

 リューズの言葉に、仮面を付けたハニカムは答えない。

「今、顔を出した男性は、あの時の……」

 ハニカムの隣で、頭を抱えて引っ込んでいるコリエスも、混乱した様子で見上げていた。

「……古い知り合いではある。言えるのはそれだけよ」

 ソファの裏にしゃがみ込み、ポーチから予備の弾丸を取り出し、装填する。

 その間にも、再びターズからの呼びかけもあった。

「そこにいる連中に用事は無い! 俺を手伝え! そいつらを始末しろ!」

 返事はしない。

 ハニカムは腹を立てていた。これで自分に疑いの目が向くのは避けられない。もうコープスからの情報を得る事は出来ないだろう。もし、ここにいるリューズやテンプ、コリエスを殺し、全て侵入してきたターズの責任にすれば、という考えもある。

 ターズはスームがいない事に気づいて、証拠を消すためにそうしろと言っているのだろう。率先してハニカムが射撃を行っているとは思っていないらしい。

 だが、ハニカムは従うつもりは無かった。

「ハニカムさん……」

「なんて顔をしているの、コリエス。あいつは昔の同僚で、今は敵よ」

「それ、信じて良いのね?」

 リューズが疑いの目で見ている。

「当たり前でしょ? あたしが何年コープスに居ると思ってるのよ」

「そう。じゃあ、援護して」

 即決したリューズが飛び出し、ハニカムは三発の弾丸を放って、ターズたちが顔を出さないように牽制を行う。

 壁に当たり、跳弾に当たらないように身を小さくしたターズの前に、室内から飛び出したリューズが立ちはだかった。

「ちっ!」

 ターズが立ち上がりながらナイフを突き出すのを、リューズの肘が叩き落とした。

 股間に容赦無い蹴りが入り、前かがみになった顔を、右フックが襲った。

 横から振り抜かれた拳に顎を折られ、脳震盪を起こしたターズの身体が、壁に当たってずるりと倒れる。

 その間にも、リューズはさらに前に出た勢いで、別の敵の鳩尾を強かに殴りつけ、襟を引いて壁に叩きつけた。

「このアマ!」

 リューズの後ろから、剣を振りかぶって襲いかかる男がいた。

 狭い廊下で使うには長い得物だが、無手のリューズには脅威になる。

 だが、それも一瞬だけだった。

 部屋から身体を乗り出して射撃したハニカムの弾丸を、背中にたっぷりと浴びた男は、剣を振り降ろすことなく、どう、と倒れた。

「後ろが甘いわね」

「これくらい、別に助けなんか要らないわよ」

「でも、これであたしの潔白が証明されたでしょ?」

 仮面を外し、銃をポーチへと仕舞ったハニカムが笑った。

「残念だけれど」

 そのハニカムに、事務所から出てきたテンプが銃を向けている。ハニカムが持つものと同じタイプの拳銃で、しっかりと脇を絞めて右手で構え、左手を添えた姿勢は素人の構えでは無い。

「貴女がケヴトロ帝国から潜り込んだ工作員なのは、調べが付いているのよ」

「……冗談でしょ? それにテンプ、あんたに銃が撃てるの?」

「試してみる? これでも、射撃はしっかりと訓練しているのよ。ポーチとマスクを捨てて、大人しく壁を向いて背中を見せて」

 テンプが冗談でやっている訳では無い事を知り、ハニカムは言われた通りにした。

 リューズは始め驚いていたが、テンプに言われてポーチとマスクを回収した。身体に触れて所持品の確認もしたが、武器を隠している様子は無い。

「どういうルートで連絡を取っているのか確認したいから、とクロック達が言ってたから、そっとしておいたのだけれど……こういう状況になっちゃったら、仕方ないわよね」

「とっくにバレてたっていう事ね。……降参だわ。それで、テンプ直々に始末するの?」

「そうしないで済むように、懲罰房で大人しくしていてね」

 使う機会があるかどうかわからない、と言いつつスームの希望で作られた営倉が、基地の地下にある。ハニカムもその存在は知っていたので、あからさまに嫌な顔をした。

「誰も使った事が無いから、新品の部屋よ」

「それは嬉しいお話だわ。涙が出そうよ」

 早いうちにスームとクロックを呼んであげるから、それまでは静かにね、とテンプは銃を振ってハニカムに前を歩くように指示した。

「ごめんなさいね、コリエス」

 怯えた顔をして一部始終の騒動を見ているしかなかったコリエスに、ハニカムは振り向くことなく話した。

「色々教えてあげる約束、果たせそうにないわね」

 テンプに連行されていくハニカムの姿を、立ちすくんだままでコリエスはじっと見つめていた。


☆★☆


 人払いを済ませた謁見の間において、アナトニエ王ヴァシリウスは、跪く息子を睥睨していた。

「息子よ。顔を見せよ」

「はい」

 精悍な顔つきをした我が子を見て、ヴァシリウスは自分の若い頃もこうであっただろうか、と思いを馳せた。

 彼は十歳の頃に王妃となる女性に惚れ込み、王となるにせよならぬにせよ、彼女にとって好き夫になろうと努力した。家族であった時間は長くは無かったが、それでも陰日向に国政を支え、後継ぎを生んでくれた事を感謝している。

「余は正式にお前を王太子として扱う事を決めた」

「おお……ありがとうございます」

「だが、お前にはまだ足りないものがある。王城に勤める者たち。そして貴族たちが王としての器を認めるに足る成果だ。お前自身も、重々承知してはいるだろうが……」

 言いかけて、王は違和感を感じた。いつもならば真剣に耳を傾けているか、悔しさをにじませているキパルスが、今日に限っては不敵に笑っている。

「何かあるのか?」

「父上、私としても自らの未熟と人望の無さを悔やんでおりました。ですが、それも近いうちに過去の事となりましょう」

 王は、自信たっぷりに語るキパルスに説明を求めると、彼は立ち上がって語った。

「セマが失敗した案件がございます。かの傭兵コープスの技術を我が国へ引き込む事。しかしながら、どうやら進捗は芳しくない様子」

「そうだな。傭兵という物は、元来首輪を付けられる事を嫌う。戦いがあれば勇ましく駆け付ける。それが彼らの本能であり、彼らなりの自由なのだろう」

 セマが自らの力で事業を行おうと考えたのは、ひょっとするとコープスとのやり取りからの事かも知れない、とここで王は思い至った。娘は否定したが、やはり気になる人物がいるのか、と不安になってくるが、今考えるべきは息子の事だ。

「自由というのは美しい言葉ですが、国を危険にさらす可能性があるとするならば、多少は制限されてしかるべきものでしょう」

「キパルス、お前はもしやコープスの者たちを強制的に引っ立てようなどと考えているわけではあるまいな?」

「彼らには国家に対する反逆の可能性があります。それを調査しているに過ぎません。ですが、嫌疑は事実であろうという可能性が濃厚です。事実の確認が出来次第、身柄を拘束して取引を持ちかければ……」

「ならぬ!」

 王は息子が語る方法を真っ向から切り捨てた。

「父上!」

「法を恣意的に扱う事は、為政者が最も忌避すべき事だと学ばなかったか! 真実に法を犯しているのであれば、法に従って裁くのが筋である。王や貴族は法を正しく守らせる為に存在するのであって、法を使って人々を縛る為に在るのでは無い」

 立ち上がり、面罵した王は肩で息をしながら玉座へと腰を下ろした。

「下がれ。余が許すまで自室にて反省しておれ。立太子の件は保留とする。王とは何か、よくよく考えよ」

「父上……」

 がっくりと肩を落として出ていく息子を見送り、王は瞼を閉じた。

「ままならぬ物だ……しかし、あ奴はいつからあのような痴れた事を考え付いたのだ?」

 考えていても始まらぬ、と王は手を打って人を呼んだ。その胸中には言い知れぬ不安が積っていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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