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29.帰路

29話目です。

よろしくお願いします。

「何をしに来たのよ」

 ハニカムの声が相手に届いたと同時に、その喉元にはナイフの切っ先が触れていた。

「……ヘロディアか。頼むからナイフを退けてくれ」

「今の名前はハニカムよ。それより、要求する前に質問に答えて。あたしがコープスに潜ってアナトニエで活動している事は知っていたはずでしょう?」

 背後から話しかけているハニカムは、ナイフ以外は相手に触れていない。組みついて自分の動きを制限するよりは、少しだけ距離を取って即応する体勢を取っていた方が良い。

 仮面の隙間からじっと相手を観察しながら、自らの吐息が仮面に当たって唇を湿らせる感触で落ち着きを保つ。

「帝国の方針が変わったんだ。アナトニエは想定外に強化されちまったから、内側から崩す。ついでにコープスとアナトニエが不仲になる事を狙ってるわけだ」

「聞いてないわね、そんな話……」

「お前と接触する機会が無かった。先日の失敗以来、国境の監視も厳しくなって工作員を潜り込ませるのも一苦労だ。実在の商会と買収済みの貴族を使って、俺たちだけがアナトニエに入って、ようやくここまで来れたってわけだ」

 ハニカムは、男の言葉に嘘は無いと感じた。だが、言わなかった事は有りそうだ。

「わざわざ魔動機やらトレーラーまで用意して、具体的に何を狙っているわけ?」

 話している間に、三人ほどの男が周囲で緊張した顔をして立っている。攻撃する様子は無い。もしハニカムが男を殺せば、見捨てて逃げるだろう。作戦を遂行する為に、薄情でもそうするのが工作員だ。

「王子の命令で、スームという男の身柄を拘束するという流れになっている……そして、それを俺たちとは別のケヴトロ帝国の勢力が救出、保護する」

「悪役も主役もケヴトロがやるって訳? あきれたわね……。一体どんな罪状でスームを捕まえるつもり?」

「それを判断するのが我々の役目だ」

 ぴたりと喉に触れたままのナイフを気にしながら、男は続けた。

 話をしようとする男に対し、周囲の者たちが動こうとしたが、手で制する。ハニカムに話す事は問題無いとでも言うように。

「ノーティアの姫さんがいなければ、敵国の要人を逃がしたとして捕まえる。姫さんが同行しているなら、敵国からの間者としてまとめて捕まえる。俺たちはその状況判断をしに来たわけだ」

「コリエスは王が発行した証明書類を持っているわよ?」

「そんなものは、見つけ次第破棄すれば良い。複数のアナトニエ貴族が協力している。どうとでもなる話だ」

 それで、と男は目線を後ろに向けた。ハニカムの姿を捉えるには至らないが。

「肝心のコープスの存在を隠されちまった。ヘロ……ハニカムがここに居ると言う事は、やはりコープスも同行していたんだな? スームという男はどこにいる? ノーティアの姫はどうした?」

 ハニカムは答えず、汗を書き始めた男の首筋を見て考えていた。

「……どうした?」

「本国からあたしに何か命令は無いの?」

 命令書だけならば、いくらでも自分に送る事ができたはずだが、とハニカムは考えていた。実際、盗み出した設計図は問題無く本国へ届いているようなのだ。命令一つで動かせる工作員がコープスに居るのに、彼女に命令が来ないのは不自然だ。

「聞いていない。他の指示でもあるんじゃないか? それに、折角コープスに紛れ込む事が出来た工作員を、変に忙しくして尻尾を掴ませるのを避けたのかもな」

「あたしはそんなヘマしないわよ」

 ナイフを離しながらも、ハニカムは油断せずにそっと距離を取った。

「スームは新型機で帝国側の国境に向かったわ。本国が新型機を出してきたそうね。その対応に行ったのよ。ノーティアのお姫様は、彼が国境の向こうへ送ったわ」

 ハニカムは嘘を吐いた。

 同国の人間だからと言って、全て情報をくれてやる必要は無い。

「ちっ……本当か?」

「疑うなら、自分であっちの国境まで見に行けば?」

 ナイフが離れた事で、身体ごとをハニカムへ向き直った男は苦い顔をした。ここからトレーラーでケヴトロ側国境までは軽く二日はかかる。とっくに戦闘は終わっているだろう。

「……結局は王都に行かなきゃならん、か。どうだ、ハニカム。ここはひとつ協力しようじゃないか」

「協力?」

「危ない橋は渡らせねぇよ。王都に着いてから、スームが一人になるタイミングを作ってもらえたら、それでいい」

 どうやら、白昼人目のある所で真正面から捕まえるのはリスクが高いと考えているらしい。スームは王都ではそれなりに有名な人物になりつつある。彼らが捕まえるにせよ、巡回の兵を使うにせよ、堂々とやるには金も手間もかかる。

「本国には、お前の成果もしっかりと伝えておく」

「……わかった。その代わり、ヘマして捕まったりしたら、殺すわよ」

「当然だな。最も、その可能性は限りなく低い。お前だって俺の実力は知っているだろう?」

 ニタニタと笑う男は、自信たっぷりに言ってのけた。

 ハニカムが知る限り、確かに体術も腕力もある。工作員としては荒事に強い方だ。

「そう。それじゃ、今夜は大人しくしていなさい。変な動きをしてあたしの邪魔をしたら……」

「わかっている。余計な事はしない」

 男たちの目の前で、最後まで仮面を外すことなくハニカムは夜の闇に消えた。


☆★☆


 ボルトは頭に包帯を巻かれた状態で、むっつりとした顔で座っていた。ナットと共に固いパンと干し肉を水で飲みこむ朝食を終えた所で、スームを前にして黙っている。

 ナットはその後ろに立ち、なんと声をかけて良いか迷っているようだ。

 対して、ハニカムの件のみ伏せて、ケヴトロ帝国が新型を出してきた経緯とその狙いについて、全ての事情を説明したスームも、黙ってボルトの沙汰を待っていた。

 周囲ではフライングアーモンドが次々に離陸して敵情を観察し、兵員たちが非常時に備えて魔動機や武装の確認に動き回っている。

「クロックにすら秘密にした、その罠とやらはしっかり役に立ったのか?」

「ああ……誰が引っかかったかまでは言えないが」

「一つ聞いておきてぇんだが、それはリューズじゃないよな?」

 ボルトの質問に、スームは目を丸くして固まった。想定外の方向に進んだので、一瞬だけ思考が停止してしまった。

「いやいや、あいつじゃあない。お前もわかるだろう、もしあいつの無邪気さが演技なら、俺は誰も信用できなくなるぞ」

「へっ、全くだ。少しは安心したぜ」

 ボルトが笑い、ナットもホッとした様子を見せた。

「スーム。コープスは寄せ集め。俺たちのような非戦闘員から入って来た奴もいれば、どこから出て来たかわからないような奴もいる。お前みたいにな」

「兄さん!」

「黙ってろ、ナット」

 スームを指差したボルトを諌めようとしたナットだが、兄の一言で黙ってしまった。

「だからこそ、変なのが混じっている可能性もあるだろうさ。お前やクロックは、それを見つける義務がある。コープスという組織を守る為にな。だが、そうは言っても許せない事がある」

 そう言って立ち上がったボルトは、スームを殴りつけた。クロック同様、一発だけ頬を捉える。

 筋骨隆々のクロックと違い、小柄で細身なボルトの拳はそれほど強くは無いが、クロックに殴られた場所と重なって、スームは痛みに呻いた。

「ナット。お前はどうする?」

「ぼ、僕は良いよ」

 座りなおしたボルトの前に、スームも先ほどと同じよう腰を下ろした。

「俺がお前を殴ったのは、疑われたからじゃない。その程度の事で俺が怒ると思っていたからだ」

 馬鹿にするな、とボルトは吐き捨てた。

「ふるいにかけられて不愉快だから辞めると言うとでも思ったか? 新型の情報が敵に流れたから、俺たちじゃ勝てませんとでも言うと思ったのか? ふざけるな」

 ナットを見上げて、ボルトはさらに続けた。

「ナット。お前は今回の墜落は誰のせいだと思う?」

「え……」

 ナットは顔を伏せて答えを呟いた。

「それは、僕が敵の狙いに気付かなかったせいだと思う……。地上部隊の弾が届く高度まで下がっていることに気付いていれば、少なくとも落とされる事は無かったよ」

「俺たちが、だ。俺もあの時、敵の狙いに気付かなかった。誰が乗っていたか知らねぇが、新型の割に空で戦う事をしっかり把握してやがる」

 というわけだ、とボルトはスームを見る。

 スームはいつの間にか、顔を伏せていた。

「俺たちはヘマをした。お前の作った機体で、勝てる勝負を逃した上に、大事な機体を敵側の陣地に落っことした。……俺を殴れ。お前の番だ。」

 ボルトの言葉に顔を上げたスーム。彼の表情は笑っていた。

 頬を赤くして、口の端をぐい、と引き上げた禍々しいとすら思える笑みに、ボルトもナットも若干たじろいだ。

「スーム……?」

「ああ、悪い。ボルト、俺はお前を殴ったりはしない。むしろ喜ばしいくらいだ」

「なんだと?」

 肩を震わせながら、スームは自分が乗ってきたノーマッドを指差した。

「飛行するのに、新しい方式が確立できた。それに、基本フレームの組み換えによる変形機構とコントロールボックスの組み上げについてもノウハウの蓄積が出来た。……さらには、新たなアイデアについても、夜なべしてまとめた設計図がここにある!」

 ばしん、とフライトジャケットの胸を叩いたスームは、立ち上がって高笑いをし始めた。

「マッドジャイロがロストした事は残念だが、それはすなわち新型機を作る口実が出来たという訳だ!」

「お前な……」

 ボルトは頭痛がしてきたと言わんばかりに、両手で頭を抱えた。

 ナットに至ってはすっかり顔を青くして、恐怖の大王でも見る目でスームを見ていた。彼は“飛行する新型を作る”と言った。そして、それを操縦するのはナットたちだ。マッドジャイロを乗りこなすだけでも、何度か泣く程苦労したのに、さらに発展した新型を作ると言う。

 とてもじゃないが、ナットには乗りこなせる自信が無かった。

「す、スームさん、ぼ、僕は……」

「ああ、ナットも今度はちゃんと攻撃が出来るようにするからな。ボルト、お前もちゃんと操縦に参加してもらうからな、しっかり訓練しろよ?」

 クロックに開発許可を取ってくる、とスームが立ち去った後、兄弟は顔を見合わせてため息を吐いた。


☆★☆


 結局、早朝にケヴトロ帝国軍は撤退したのが確認され、アナトニエ王国軍は半数を国境に残し、ストラトーとコープスの部隊は王都へと帰還する事になった。

 状況を早い段階で王城へ伝えるために、クロックとスームだけがノーマッドへ乗り込み、先行する。

 クロックの機体はトレーラーに載せて、ラチェットの運転で帰ってくる事になった。いざ戦闘となったら、ボルトかナットがトリガーハッピーに乗り込んで戦う事になる。

「使えなくはねぇけど、鈍重なんだよなぁ。ナットの鈍くさい運転じゃ、歩いた方が早いぜ」

「兄さんの腕じゃ、この武装は使えないんじゃ……」

 と兄弟で言い合いつつも了承したので、このような編成になったのだ。王城に顔を出すのに、クロックがいた方が良いという理由がある。それに、スーム以外にノーマッドを扱える者がいない。

「コリエス様がねぇ……」

 彼女が座っていた予備シートに、今はクロックが座っている。身体の大きさがまるで違うので、とても窮屈そうに見えた。

 話題は、コリエスがコープス入団を希望しているという件についてだ。

「魔動機に乗って戦闘する事が希望だろうな。危険だが、訓練はそれなりにやって来たんだろう。全く使えないという訳じゃなさそうだが、一度見てみないとな」

「本人がそう言うなら、別に受け入れない事も無い。リューズに同性で同世代の同僚が出来るのは悪い事じゃないからな。だが……」

「懸念している事は解る。王族の嬢ちゃんが本当に戦えるのか。特定の国との関係に影響が出ないか。って所か?」

 王都へ向かってまっすぐに飛ぶようにレバーを固定したスームは、小さな水筒を取り出して水を一口飲み込むと、クロックへ手渡した。

「そうだな。技術は適性と訓練で何とか向上できるとしても、余分な魔動機は無い。マッドジャイロの代わりを作るのは了承したが……そう言えば、新しい機体は二つ作るそうだな。ボルトとナットにそれぞれ作るとか言ったな。それでストックの資材は切れるとも言っていたな」

「そうそう。完成したらお前も楽しめると思うぞ」

 クロックは、スームから大体の設計は見せられていた。その上で許可も出している。ボルト達が乗る機体が無い期間が長く続くのは問題だ、という判断だったのだが、見慣れない説明書きが気になっていた。

「楽しいってのは、あの設計図にあった“合体機構”という奴か?」

「その通り!」

 バシン、とスームは手を打った。

「大分苦労したが、ようやく魔動機関どうしの分離と連動を切り替える仕組みができた。これを応用すれば、ノーティアが使っているような台車を、コクピット側で直接操作できるようになる上に、武装を付けてそれを動かす事も出来る」

 嬉々として語るスームだが、クロックは今一つ理解できていなかった。

「それについては、また製造中に確認するが、合体ってのはつまり、ボルトの機体とナットの機体をくっつけるって事だろう?」

 水を飲み、首をひねって考える。

「何の意味があるんだ?」

「人型の時は、大きい方が戦いやすい。現行の兵器だと俺たちの機体の装甲を貫通できる武器は少ないからな。だが、移動速度を考えると小型の方が良い。ノーマッドは無理やり推進力を増やしているから飛べるが、これがもう少し重かったりしたら飛べない」

 事実、ノーマッドにはマッドジャイロのような荷物運搬能力は無い。精々軽い機体を浮かべる程度の揚力しか持っていないのだ。おまけに、吊り下げた荷物にジェット噴射が当たる可能性がある。

「だから、高速移動時には二つに分かれて、必要があればそのまま攻撃。本格的な戦闘に入るなら、変形合体して人型になる。理に適っているだろう?」

 自信満々に語るスームだが、クロックはまだ納得した顔はしていない。

「……ノーマッドと同じ変形機を二つ作るんじゃ駄目なのか?」

「合体できるなら合体した方が良いに決まっているだろう。何を言ってるんだ」

 クロックは、このまま話していても納得できる答えは出そうにない、と早々に諦めた。

「それじゃ、コリエス嬢の機体はどうするつもりだ?」

「一機余ってるから、それを使わせてみれば良いだろ」

「お前、もしかして……」

 間もなく王都が見えてくる。レバーのロックを外して方向を微調整しながら、スームは言った。

「イーヴィルキャリアを使わせる。特別に愉快な新機能も実装してやろう」

 クロックは気付いた。スームがコリエスの入団に反対しなかった理由は、彼女の事情を汲んでの事では無く、魔動機好きで多少きつくても音を上げないような人物だろうと目を付けたからだ。

「そろそろ着くぜ。魔動機を作るにも金が要るんだ。……そうそう。金で思い出した」

 スームは、ベルトを緩めて後ろのクロックへと顔を向けた。

「コリエスの実力テストがてら、ノーティアに未払いの後金を回収に行くってのはどうだ?」

 クロックは、呆れて声も出なかった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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