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28.間者

28話目です。

よろしくお願いします。

「う……」

 目を覚ました時、エヴィシは自分が樹海のじめじめとした土の上に頬を押し付けてうつぶせになっている事に不快感を覚えた。

 服が汚れる、と咄嗟に考えたが、何故か両手が動かない後ろ手に拘束されているらしい。

 ここでようやく、エヴィシは気絶した際の事を思い出した。

「あの二人……確かコープスの……」

「ようやく起きたね?」

 声を掛けられ、苦しい体勢ながら首を上げると、しゃがみ込んでエヴィシを見下ろす人物がいた。それはボルトでもナットでも無い。

「ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「貴方は……」

「コープスのラチェット……という名前で行動している、しがない諜報員だよ」

 意外と大変な仕事なんだよ、とラチェットは苦笑いしながら肩を竦めた。

「コープス……諜報員? 一体どこの……」

「さあね。少なくとも君と同郷じゃあないよ。それより、そろそろ本題に入りたいんだけど」

「ひっ……」

 身動きが取れないエヴィシの目の前に、ナイフが揺れている。その刃は綺麗に磨かれているのだが、べっとりと血で濡れて、本来の輝きはほとんど見えなくなっていた。

「他の連中はもう喋ってくれたからさ。後は君だけなんだ」

 エヴィシは驚きに首をめぐらせたが、他の兵士達の姿は見えなかった。

「ケヴトロ帝国は何が目的でアナトニエにちょっかいをかけてるんだ?」

 ラチェットの質問に、エヴィシは歯を食いしばっていた。官僚としての矜持が多少なりはある。

 だが、ナイフの刃が躊躇いなく頬に三本ほどの傷を作った頃には、舌はかなり滑らかになっていた。

「わ、私は詳しくは知りません。ですが、二正面作戦にかかる戦費が想像を超えて増大し、国庫の負担になっている事は間違いないかと。それこそ、食料の輸入に回す費用にも不足がでるほどに……」

 食料を買うのでは無く、自国生産ができれば良いのだが、ケヴトロ帝国で農地として開発可能な土地は少ない。そこで生産地そのものを手中にする事でその経費を軽くしようとしたのだろう、とエヴィシは語った。それだけ、アナトニエの軍事力を低く見ていたとも言える。

 ふぅん、と呟いたラチェットは、さらに質問を続けた。

「お金が無い割には、新型の開発しちゃったりしてるけど、軍費には実は余裕があるんじゃないの?」

「そこは王の指示があったからです。軍所属の諜報員が得た設計図があり、開発部が戦いを有利にできると言って予算を持って行った、と会計部の人から聞きました……」

「まるで新しいおもちゃを試したがる子供だね。振り回される連中も大変だ」

「ですが、これでアナトニエを制圧して食料の安定供給が確立できれば、他国との戦闘も楽になります。王の判断は決して……」

「それ以前の問題だと思うなぁ」

 ナイフを手の上でくるくると弄びながら、ニヤニヤと張り付いた笑いを浮かべてラチェットは呟いた。

「戦争ってのは、止め時が肝心なんだ。あっさり勝てるならそれに越した事は無いけれど、損害が一定量を越えたらさっさと退かなきゃ。長引いたら、勝っても負けても損しかしないよ」

「我々が負けるわけが……」

「馬鹿だねぇ」

 静かな樹海に、押し殺した笑い声が響く。

「もう負けてるんだよ。利益を無視して戦争が目的になっちゃった時点で、その国は終わってるんだ。しかし、参ったな」

「な、何が……」

「他の連中もそうだったけど、君も大した情報を持っていないみたいだからね。こっそり野営地を抜け出して、暗い中ボルト達に見つからないようにガサガサと草木を脇開けて歩いてきて、これだ。裏方は中々報われないよね」

 ナイフを握り直し、ラチェットはエヴィシの首筋へぴたりと当てた。

「ま、待ってください! 貴方の仲間は私を殺しませんでしたよ。理由はわかりませんが、殺さないのは規定の行動では……」

「ああ、あれは単に彼らが人殺しに慣れてないだけだよ。魔動機ごと人間を叩き潰すのと、直接手を下すのじゃあ、やっぱり違うからね」

 ボルトは何人かを射殺していたが、死にきれていない者もいた。ナットに至っては、殺せずに気絶で済ませてしまった。

「人としては良い人だけど、傭兵としてはちょっと問題だよね。おっと、安心してね。死にかけの連中は、ちゃんとおしゃべりして貰ってから楽にしてやったから」

 コープスはいわゆる“寄せ集め”集団で、出自もバラバラだ。ハニカムやアールのような軍出身者もいるが、クロックは以前も傭兵、リューズは孤児だ。ギアやボルト、ナットに至っては作業用の魔動機乗りだった。

 魔動機に乗る訓練はしていても、自分の手で直接人を殺す経験などほとんどしていない。能力も個性もそうだが、人殺しに対するスタンスも技術も“バラバラ”だった。唯一、スームが作った魔動機だけが共通している。

 面白い、居心地の良い集団で、確かに強くはあるのだが、傭兵団としては隙が大きい。今回の件しかり、ラチェットが潜り込めた点しかり。

「長く苦しめるつもりは無いから、安心してね」

「ま、待っ……」

 首の横から差し込まれたナイフは、そのまま首の前半分を断ち割った。空気と一緒にゴポゴポと血が流れだし、しばらく痙攣していたエヴィシの身体は、すぐに動きを止めた。

「やれやれ、うまく魔物が始末してくれるなんて機体で来そうに無いし、埋めるしかないかな」

マッドジャイロ墜落の衝撃のせいか、周囲には生き物の気配が無かった。ラチェットは背負っていた折り畳みスコップを組み上げ、ため息交じりに穴掘りを始めた。


☆★☆


「あちゃー……」

 コリエスを伴って夜闇を進んできたハニカムは、並んで駐車しているトレーラーの陰から顔を出したかと思うと、すぐに引っ込めて呟いた。

「どうしたのです?」

「ちょっとね」

 丁度、援軍と思しき一団が到着し、ユメカとミテーラが立ったまま話をしている所だった。

 話していた相手は、服装はアナトニエ王国軍の軍服ではあったものの、ハニカムの見覚えある人物だった。

「どうしてこんな所まで出張ってるのかしらね」

 てらてらと光る禿げ頭は、何年か前にも見たことがある。

 まだハニカムが十代だった頃、ケヴトロ帝国軍に所属して魔動機の訓練の際に出会った事がある。老けて見えるがハニカムと左程変わらない年齢だったはずだ。

「知っている人なのですか?」

 コリエスもひょっこりと顔を出して男の顔を確認すると、すぐに引っ込んだ。

「……ケヴトロ軍諜報部の諜報員。今は何て名乗ってるか知らないけど、あたしが知っている名前はターズ、だったはずよ」

「では、彼らは援軍では無い、という事ですか?」

 それにしても、とコリエスは親指の爪を噛んでいるハニカムを振り返った。

「良くご存知ですね」

 その目は、疑いの色を含んでいる。

「あたしがケヴトロ帝国軍出身なのは、別に他の連中にも隠してないわよ。アール伯父さんだって元は帝国の整備兵なんだから」

「そうなのですか……」

「寄せ集めの傭兵団なんてそんなものよ。あたしよりよっぽど出自のわからない奴はいるわ。ラチェットとか……それこそスームなんて以前何やってたか、クロックしか知らないんじゃないかしら?」

 コリエスは意外だと思っていた。これほど頼りになる傭兵達なのだ。どこかで若い頃から訓練を受けていたのだろう、と勝手に思い込んでいたのだ。もちろん、そういった養成機関を持つ大きな傭兵団もあるが、コープスは違う。

「それでは、出て行ってすぐに捕まえなければなりませんね」

「少し落ち着きなさい。王族の癖に、変に行動力があるんだから……こういう時はしっかり観察をしてから動くものよ」

「そ、そうなのですか」

 適当な言葉を並べてコリエスを宥めたハニカムは、そっと彼女の手を引いてその場を離れた。

「声はあんまり聞こえなかったけど、さしあたっては穏便に進んでいるようだから、ユメカちゃんかミテーラが報告に来るでしょ。動くのはそれからで良いはずよ」


 それから五分と待たずして、ハニカムの想定通りにユメカが報告にやって来た。リューズはすっかり眠りこけていたので、ハニカムとコリエスで対応する。

「彼らは近隣の町に駐留している部隊から、状況確認にやって来た部隊との事でした」

 アナトニエ王国軍とストラトーの部隊だという説明をすると、それ以上の詮索は無かったという。

「その連中に見覚えは?」

「有りません。数名に聞きましたが、誰も顔を知りませんでした」

 だが、近隣の町には確かに魔動機が駐留している場所があり、彼らが乗ってきた車両も確かにアナトニエ王国軍所属の物で間違いないと言う。

「それで、どうするの?」

「監視だけは怠らずに、このまま一時間程休憩をしてから再度出発いたします。彼らも駐留している町までは同行するそうです」

 腕を組んで考えていたハニカムは、特に問題は無いとだけ伝えた。

 ユメカが部隊へ戻るのを待って、コリエスはハニカムに尋ねた。

「お知り合いだと伝えなくて良かったのですか?」

「余計な情報をあげる必要もないわよ。それで変に気を回して、相手にバレても困るし」

 それより、とハニカムはウインクした。

「連中と接触しましょう。こういう時は、直接問いただした方が早いわ」

「じゃあ、また彼らの所に……」

「だ・め」

 人差し指でコリエスの肩をつつく。

「ここからはプロの仕事よ。貴女はまだ、コープスのメンバーじゃないの。危ない目に合わせて、スームに怒られるのは嫌なのよね」

 不満げな顔を隠そうともしないコリエスに、ハニカムはクスリと笑った。

「そのうち、やり方はゆっくり教えてあげるわよ。それよりも少し休んでおいた方が良いわよ。ギア、彼女もよろしくね」

 ギアが頷いたのを確認したハニカムは、そっと足音を殺して夜の闇に消えた。

 首に提げていた仮面を付け、ポーチから小型の拳銃を取り出す。スームにしつこくねだって作らせた、ハニカムの手にすっぽりと収まるカワイイ拳銃だ。

「こういう汚れ仕事は、すぐに知る事は無いのよ。お姫様」


☆★☆


「なんだそりゃ」

 夜明け前。スームがケヴトロ国境へ到着した時点で、戦闘はとっくに終了しており、上空から見てもケヴトロ帝国方面にホワイト・ホエールの姿は無かった。

 見覚えのあるトレーラーの近くにノーマッドを着陸させたスームが飛び降りると、クロックがやって来て現状の説明をしたのだ。

「マッドジャイロは墜落。ボルトとナットは生きてるけど、機体の回収は難しい、か」

 ストラトーやアナトニエの兵士たちが巡回している中、クロックとスームは向かい合って座った。

「折角駆け付けたってのに、肩透かしだなぁ。もう少し早く来ていれば、ホワイト・ホエールとやりあえたのか」

「それだけどな」

 クロックはスームを指差す。

「お前、あの設計図は未完成だと言っていたな? ところが、ちゃあんと完成したやつが出てきて、結構なダメージを貰ったぜ。俺のは問題無かったが、散々に弾丸ばら撒きやがって、ソーマートースの連中からの攻撃も合わせて、ストラトーやアナトニエの機体はそれなりに減らされたぞ」

 クロックは、押し殺してはいるがスームに対して怒っている。だが、当の本人は涼しい顔をしていた。

「それだけケヴトロも研究していたって事だろ? ……と言いたいところだが、今回の件で情報の流出箇所はわかった。今から説明するから落ち着け」

「はあ?」

 スームが罠を仕掛けたのは、アナトニエ王都ルフシにあるコープス基地内。事務所の棚の中だった。盗まれたホワイト・ホエールの設計図を補完する資料を巧妙に隠しておいたスームは、資料がいつ無くなるかをチェックしていたのだ。

 監視カメラがあれば楽なのに、とぼやきながら。

「そこで本物を渡す必要は無いだろうが」

「偽物だと見抜かれたら面倒だし、造ってくれたら実物が見られるしな」

「お前は……」

 立ち上がったクロックは、拳を握ってスームの頬を殴った。

 椅子から転げ落ちたスームは、痛む頬を押えてはいるが、クロックを睨むような真似はしなかった。立ち上がり、折り畳みの小さな椅子を立て直して座る。

「団長として、メンバーが危機に陥る様な行動をとった事に対する制裁だ。後でお前の口からボルトとナットに説明しろ。最終的な制裁は二人に任せる」

「わかった」

 短く答えたスームは、痛みを誤魔化すように鼻から大きく息を吐いた。身勝手な事ばかりをやらかす自分を、拳一発で許してくれるだけ、有り難いと思っている。

「ボルト達には話をする。殴られようが蹴られようが文句は無い。こうなる可能性を考えなかった。……いや、予想はできたが、スパイ探しの為に黙っていた」

「お前の考えはわかる。身内を疑うのもな。わしにすら黙っていたのも、少しさみしい気もするが、わかる。……それで、お前が目星を付けた奴は、誰だ?」

 じっと見据えるクロックの目を、スームは真正面から受け止めた。

「ハニカムだよ」

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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