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27.樹海

27話目です。

よろしくお願いします。

 スームがケヴトロ帝国との国境へ飛行している頃、ミテーラが率いるノーティア方面傭兵部隊とユメカ率いるアナトニエ王国軍は車列を作って王都へと街道を走っていた。

 人型魔動機はトレーラーに積み、グランドランナーやエアスライダーは自走させ、フライングアーモンドは進行方向と後方にそれぞれ飛行しては車列に追いつく事を繰り返して、周囲の警戒を行っている。夜間でも、月明かりで今夜はそれなりに明るい。照明を使わないのは、敵に見つからないためと、魔力の節約だ。

 そして、魔力の補給や人員の為に時折休憩する。

「援軍?」

「と、見られる集団ですね。数は少ないようです。トレーラー一台に魔動機が二機積まれています」

 休憩中、ユメカに呼ばれたミテーラとリューズ、ハニカム。そしてコリエスは露天に並べられた椅子に座り、向かい合った。兵士たちが温かいお茶を配る。

「先ほど、王都側を偵察してきたフライングアーモンドの乗員からの報告です」

「少なすぎるわね。何かの連絡じゃないの?」

「連絡だけであれば、王城にも何機かのフライングアーモンドを待機させております。それい、援軍を寄越すような連絡は今まで受けていません」

 今の速度で行けば、小一時間程度で接触するだろう、とユメカは説明した。

「暗くて完全に確認できたわけでは無いようですが、トレーラーも機体も、我が軍の物のようです」

「と言っても、ノーティア機の流用だから、絶対に自分の所の機体だとは言い切れないって事ね?」

 ミテーラが問うと、ユメカは他にも懸念事項がある、と答えた。

「機体が我が国の物でも、中に乗っている人物が我が国の人間とは限りません。城内に少なからずセマ殿下の事を良く思っていない勢力がいるというのを聞いておりますので……」

「誰かが寄越した工作員が乗っている可能性があるって事?」

 ハニカムは、うとうとしていた所を起こされて不機嫌らしい。リューズに至っては、すでに舟をこいでいる。

「あくまで可能性ですが……。ですので、妨害される可能性もありますし、ここにいる人物が狙われる可能性も考えねばなりません」

 ユメカが言う狙われる可能性がある人物は、言うまでも無くコリエスの事だが、コープスのメンバーからすれば、コープスが持つ情報を狙っている可能性も否めない。そういう意味では、実績を得たセマですら、情報を狙ってくる事が無くも無いのだ。

「あたしとリューズは、コリエスを守って隠れてる。しばらくは離れて観察してるから……そうね、スームと一緒にケヴトロ帝国の国境に向かったとでも伝えて貰える?」

「そうしましょう」

 ユメカが決断し、ミテーラも同意した。


 コープスのトレーラーを最後尾に移動させ、さらに車列から外れた場所で全ての明かりを消す。ドライバーのギアは寡黙な男で、ハニカムの指示に黙って頷いたかと思うと、すぐに運転を始めて、明かりを消した。彼はそのまま、運転席で待機していた。

 助手席にはコリエスが座り、積載された機体のうち、ハードパンチャーの砲にはリューズが乗って、うとうとしながら待機している。

「それじゃ、よろしくね」

 ハニカムが言うと、ギアは黙って頷いた。

 彼女は念のため相手の顔を見ておきたいと言い、こっそりとユメカたちが会話するのを観察しようとしている。

「気を付けてください」

「それはこっちの台詞ね、お姫様」

「わたくしは、もう姫と呼ばれる立場では……」

「あら、そう。それじゃ、何に……ああ、傭兵になりたいんだったわね」

 ハニカムは赤いルージュを引いた唇をゆがめて「ん~……」と何やら考えると、不意に助手席のドアを開けた。

「じゃあ、職場体験してみる?」

「へっ?」

「一緒に行きましょう? それとも、怖いかしら?」

 首に提げていた仮面をつけて、表情を隠してはいるが、ハニカムの声は明らかにコリエスを挑発していた。

「わ、わたくしは怖いなどと……!」

 声をあげたコリエスの唇を、マニキュアを塗った指がそっと押えた。

「黙って、すぐに決めなさい。ここでじっと待っているか、敵かどうかを自分で見定めに着いてくるのか」

 仮面の奥に見える目を、コリエスはじっと見据えて、手を振り払ってトレーラーを降りた。

「そう、それじゃ静かについて来てね」

 歩き始めたハニカムを夜闇の中で必死に追跡しながら、コリエスはブーツの踵を鳴らさないように爪先立ちで歩き始めた。


☆★☆


 完全に日が暮れたケヴトロ帝国とアナトニエ王国との国境地帯。

 陽が沈むまで砲弾が土を掘り起し、装甲を叩く音が響いていた一帯も、夜が訪れると共に静かな戦場跡へと変わった。

 アナトニエ王国側は、狙いも付けずに飛んできた砲弾を運悪く喰らった魔動機の回収とけが人の後送に追われつつ、防御ラインを作り直していた。

 対して、ケヴトロ帝国軍側も一時的に退いて再編成を行っている。ホワイト・ホエールも一時的に着陸し、わずかに浮いた機体からマイコス将軍とエヴィシが降り、傭兵団ソーマートース団長であるボティアと顔を合わせた。

「見た事のある顔だな」

「何年も前だが、新型砲を装備した魔動機を試験投入した戦闘を手伝った。その時もあんたが指揮官だったはずだ」

 マイコスが尋ねると、ボティアは顎をしごきながら答えた。

「あの時は楽な戦闘だった。こっちもおたくも損害無し。あんたらが腹いっぱい砲弾をばら撒いているのを、後ろで見ているだけで良かったからな」

「憶えている。あの時は上手く撤退のタイミングを教えてもらったな。あのまま調子に乗ってずるずると残っていたら、ヴォーリア帝国の本隊に包囲されていた」

 目を閉じて、マイコスは以前の事を思い出していた。

 当時、新型の兵装をテストするようにと命令を受けていたマイコスは、手頃な相手を探していて、国境近くを少数で移動しているヴォーリア連邦の部隊を発見し、攻撃したのだ。

 調子よく殲滅戦を行っていたが、近づいて来ていた敵の集団に気付かなかった。ソーマートースの斥候がいち早く気づき、マイコスに連絡して撤退させたのだ。

「あの時は、ケヴトロ帝国の軍人が俺たち傭兵の意見に素直に耳を傾けた事にびっくりしたぜ」

「傭兵を軽く見るようでは、戦場で生き残れないからな。それより、先ほどの戦いをどう見るね?」

「撤退した方が良いとしか言えないな。そっちも充分弾を撃っただろう」

 たっぷりと水を飲み、ボティアはホワイトホエールを指差した。

 その指摘に、マイコスも同意する。

「確かにな。多少無茶をしたが、立体的な機動に関する試験もできた。あとは今回の戦いで得た事を纏めて、後々に活かすだけだ」

「お待ちください」

 そこへ口を挟んだのは、マイコスの後ろにいたエヴィシだ。

「まだ充分な戦果を挙げていません。こちらの損害は十数機に及び、与えた損害は敵の魔動機を一機と、数台のトレーラーです。この結果では王も軍上層部も納得しません」

 淡々と語られた内容に、マイコスとボティアは顔を見合わせて、笑った。

「勘違いするなよ、エヴィシ。今回の任務はあくまでホワイトホエールの試験運用のはずだ。前に言った連中がコテンパンにやられたからと言って、その報復をしなけりゃならん理由は無い」

「そうだな。“損害が出たから仕返しする”のは馬鹿な新兵が考える事だ。“損害が出たら尻尾を巻いて逃げ出す”のが生き残るコツだぞ?」

 マイコスとボティアに立て続けに否定され、エヴィシは明らかに不機嫌な顔を見せた。

「兵士が死を恐れるとは……それでも」

 言いかけた所で、マイコスの拳がエヴィシの頬を捉えた。

 細い身体は四歩ほどよろけて、結局地面に倒れた。

「な、何を……」

 口の中を切ったのか、血を飛ばしながら抗議するエヴィシを、マイコスは見下ろすように睨みつけた。

「そうやって、自国の兵士や傭兵の命を消耗品扱いするから、大事な所で俺たちは勝ち切れていないんだろうが。ソーマートースとの打ち合わせにお前は必要ない。機体に戻って反省していろ」

 吐き捨てるように言うと、マイコスはボティアと連れだって、彼らの野営地へと向かった。

「有り難い事だが……将軍様よ、良かったのか?」

「傭兵が殴るより余程良いだろう? それに、ああいうエリートは現場で多少なり挫折させておかないとな」

「へっ。随分と()()()こった」

 少し歩くと、露天に焚火を起こし、ぐるりと囲む形で座り込む集団がいくつか見える。

 その焚火の一つには椅子が置かれていた。

「それで、将軍様としてはこれからどうするつもりだ?」

 椅子の一つをマイコスに勧め、自分も座ったボティアは酒か水かを聞いた。

 マイコスは、酒を選んだ。

「夜のうちに撤退をしようかと考えたが、兵士を休ませた方が良さそうだ。緊急降下中はどいつもこいつも引きつった顔をしていたからな、あと十分戦闘が続いていたら、何人かはぶっつり大切な何かが引きちぎれていたかもな」

 小さなスキットルを渡されたマイコスは、キャップを外して一口だけじっくりと味わって飲み込んだ。

 度数の高い蒸留酒が、喉を焼くようにして通り過ぎ、鼻孔をくすぐる匂いが鼻から抜けた。

「良い酒だ。ソーマートースは儲かってるようだな」

「ケヴトロ帝国のお蔭でね。……それじゃあ、明日の朝まではこのまま警戒状態で待機させよう。ゆっくり休むと良い」

「助かる。アナトニエの方から攻めてくる可能性はあると思うかね?」

 質問をしてはいるが、酒を飲み続けているあたり、マイコス自身もそれを考えてはいないのだろう。あるいは、多少酔っていても指揮には影響が無いと考えているのか。

「いや、トレーラーの穴を塞いだ。やって来るとしても上からしかない。一機は落としたから、向こうから来る可能性は低いな」

「有名なソーマートース団長の言葉だ。信用しよう」

 スキットルを返そうと差し出されたのを、ボティアは軽く押し返した。

「持って行って寝酒にすると良い。小うるさいのが近くにいると、なかなか寝付けないだろう?」

「確かに。では、お言葉に甘えるとしよう」

 しかし、小うるさいエヴィシの姿は、ホワイト・ホエールの中にはおらず、近くに設営された天幕にすらいなかった。

 兵士達数名も同時に、夜闇の中にエヴィシは姿を消した。


☆★☆


「良かったのでしょうか?」

「私は帝国上層部から派遣されたのです。別に命令に背いたわけではありませんから、気にすることはありません」

 痛みが引かない頬を押えながら、エヴィシは不安がる兵士を宥めた。

「それに、このような少人数で樹海に入るなど……危険ではありませんか?」

 一人の兵士が言った通り、彼らは大山地へ続く樹海の中に足を踏み入れていた。迷子にならぬようにロープを張ってはいるが、誰もが心細い状況に怯えきっている。

 月明かりも、木々の生い茂る樹海の中では時折差し込む程度だ。ガサガサと草をかき分けながら、暗い中を魔道具のランタン一つを頼りに大人五人が移動していた。

「樹海も、奥まで行かなければ早々大型の魔物も出ては来ません。それよりも周囲に気を配って下さい。何としても、コープスの魔動機についての情報を持ち帰らねばいけないのです」

 気を配れと言われても、と兵士たちは真っ暗な周囲を見回した。今はロープを張りながら、目の前で揺れるランタンだけを頼りに歩いている状況なのだ。警戒などどうやれば良いと言うのか。

 ため息を殺してついて来ている部下の様子には目もくれず、エヴィシはしきりにランタンを揺らしては、樹海の外からあたりを付けた方角を目指していた。

 そこは、コープスの機体であるマッドジャイロが落下したと見られる場所。着陸前に上空からエヴィシ自身も確認したが、確かに黒い機体が木々をなぎ倒し、横倒しで倒れているのが確認できた。

「そろそろ着くはずですが……あれは!」

 ランタンの光が、樹木とは違う金属の照り返しを捉えた。

 逸る気持ちを押えながら、エヴィシは慎重に周囲を確認した。ロープをしっかりと枝に結びつけて追ってくる兵士たちを連れて、機体の周囲を観察する。

「誰もいませんね……」

 機体の周りに人がいない事を確認すると、エヴィシは渋い顔をした。コクピット内で死んでいる可能性があるからだ。墜落した死体など、見たくも無かった。

「武器は持ってきましたね? 慎重に操縦席を確認してください」

 自分は行かないのか、と不満げな兵士は、二人がナイフを持ってゆっくりと機体の前方部分へ向かった。

 あちこちに乞われたパーツが散らばり、手足は右手だけが残っていて、他はどこかへ飛んでったらしい。

 ローターは無惨にひしゃげた状態になっていて、エヴィシたちが知る由も無かったが、テイルローターも丸ごとどこかへ消えていた。

 左側を下にするように横倒しになった機体は、エヴィシに向かって底部を晒しているが、砲撃を受けた際の物であろう凹凸が無数に穿たれていた。それでも、ただの一つも貫通まではできていない。

「あの砲撃でも、本体は無事ですか」

「誰も乗っていませんよ!」

 大声が聞こえた。コクピットを調べに行った兵士だ。

「変ですね」

 ランタンを握ったまま、兵士たちが待っているコクピットへ回り込む。

 二人分の座席はどちらも空で、前方のシートには血が付いていたが、それだけだった。膝をついて調べても、それ以上の痕跡は出てこない。

「一体どこへ……まあいいでしょう。中を調べますから、周囲の警戒を……」

 立ち上がったエヴィシが見回すと、いつの間にか兵士達が消えていた。

「どこへ行ったのですか!」

 慌ててランタンを向けると、ロープはしっかりと残っていた。文字通りの命綱が残っている以上、野営地には帰れる。護衛がいないと心許無いが、仕方が無いと呟き、エヴィシは調査を続ける事にした。

「戻ったら、彼らは降格にしてもらいましょう」

「そりゃあ無理だな」

 突然目の前に小柄な男が表れた。額から血を流し、手に持った銃をエヴィシに向けたまま、ゆっくりと近付いてくる。ボルトだ。

「お前は……ふぐぅっ!?」

 太い腕が、話している最中のエヴィシの首に背後からぐるりと巻きついた。

「少し静かにしてもらいましょうか」

 後ろから、ナットが静かに話しかける。

「い、生きていたのですか……ぐぅ……」

「そう簡単に死んでたまるか。もっとも、急に前後左右から風船が膨らんだ時には、潰れて死ぬかと思ったけどな」

「そういう安全装置があるって、スームさんが説明していたじゃないですか」

「あん? いつの話だ?」

「マッドジャイロが完成した時ですよ」

「そんな前の話、憶えてるわけないだろ」

 拘束されたままのエヴィシを挟んで、兄弟が会話をしている。

 その間も、がっちりと首を固定している腕はピクリともしなかった。元々軍人ですらないエヴィシには、脱出は不可能だ。

「それより、急いで戻りましょう。クロックさんが心配していますよ。ラチェットも」

「ラチェットはストラトーの女性兵の尻を追いかけ回すのに必死だろうよ。それじゃ、こいつはいただくぜ……おい、抵抗するなよ」

 ボルトはエヴィシの手から魔道具のランタンを奪おうとするが、エヴィシは緊張で余計に拳を握りしめており、手を離そうとしない。

「仕方ない。ナット」

「はいはい」

 ナットの腕がさらに締まる。

 数秒間締め上げられたエヴィシは、全身から力が抜けて、ナットが腕を緩めると同時に倒れた。

 その手から落ちたランタンを拾い上げたボルトは、湿った地面に倒れたエヴィシの顔を見下ろした。

「殺したのか?」

「気絶しただけだよ。さあ、行こうよ兄さん」

 兄弟は、気を倒れた兵士達を撃ち捨てて、そっとその場を後にした。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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