26.囮
26話目です。
よろしくお願いします。
スームとコリエスがアナトニエ側の野営地に戻った時、緊急の話し合いが行われていた。
着陸したノーマッドからスームが降りてくると、ストラトーの女性兵が駆け寄り、会議用の天幕へ来て欲しいと言われたのだ。
「何かあったのか?」
「内容までは聞いておりませんが、アナトニエ王都から連絡が来ているようです」
「そうか。場所を教えてくれ」
「ご案内します。こちらへ」
樹海の状況を確認できるように充分距離を取った位置に並べられたトレーラーと、その荷台に待機している機体。
それらに囲まれるようにして大きな天幕が設置されており、二つの篝火の明かりが揺らめいていた。
その周囲にはストラトーの兵やアナトニエの兵が数名ずつ警備にあたっている。
女性兵の先導で天幕の前までやって来たスームとコリエスが入口の布を片手で捲りあげて中に踏み込むと、いくつかのランプがぶら下がった割と明るい室内に、少しだけ目を細めた。
「お疲れ様です。無事のお戻りをお喜び申し上げます。スーム殿も、コリエス様も、お疲れの所申し訳ありません。まずは、どうおお掛け下さい」
入室したのが誰か気付いたユメカはキビキビとした動作で立ち上がり、固い笑みを浮かべて椅子をすすめた。
「ええ、ありがとうございますわ」
「肩の凝る挨拶は良い。何か連絡があったようだが……先にこっちの報告をしよう」
スームがリューズの隣に座ると、彼女が袖を掴んできた。視線を合わせて、頷く。
「コリエスちゃんも連れて帰って来たのね。修羅場かしら?」
ハニカムが冗談めかして言うと、リューズは首が外れるんじゃないかという勢いコリエスを振り向いた。だが、等のコリエス自身は、その言葉の意味が分からずにキョトンとしている。
「ちゃんと説明するから黙ってろ」
「はいはい」
ハニカムを黙らせたスームは、ミテーラやユメカの顔を見てから、改めて説明した。
「まず、しばらくはノーティア側からの侵攻は無いだろう。国境周辺で展開していた魔動機は粗方潰してきた。兵員も大概逃げ散ったからな。元の規模で展開し直すにも、一週間はかかるんじゃないか?」
頷いて、コリエスが続きを話す。
「貴族家からの指揮官がおりましたが、スームさんの攻撃で死亡しております。中央へ報告するだけでも数日かかるでしょうし、魔動機の損害も多いですから、最短で一週間。あるいはアナトニエに対する方針の変更がある可能性もあります」
敵をたった一機で殲滅し、指揮官の殺害まで行ったと言う話に、アナトニエの兵士がざわめいたが、ユメカが黙らせた。
「変更というと、敵対行為の中止ですか、それとも全面的な戦闘に入るという意味ですか?」
ユメカの質問に、コリエスは首を振る。
「わかりません。大きな損害を受けたのは間違いありませんから、今までのような半端な戦力で行動するような事は無くなるでしょう。動きがあるとすれば、ケヴトロ帝国との戦闘結果次第かと」
「どういう事?」
リューズはイマイチ理解できていない様子で、スームの顔を見上げた。
「本来のノーティア王国の軍事力から言えば、ケヴトロ帝国との戦闘に回す分で一杯一杯のはずだ。アナトニエとは戦闘をしないのが前提だから、国境警備は左遷先になっていたくらいだからな」
俺たちの基地を襲った馬鹿連中のように、とスームは笑った。
「だが、何かの成果を狙って、再度アナトニエ侵攻を企み、また失敗した。ノーティアの目的がそこまで重要な物で無ければ諦めるだろうし、どうしても果たさなければならない目的があれば、ケヴトロ帝国方面軍を削ってでも、さらに大きな軍事力を動かす可能性もある」
リューズは納得したらしく、ふんふんと首を縦に振っていた。
代わって、ミテーラがコリエスに水を向けた。
「教えてもらえるかしら、ノーティアは何を狙っているの?」
「それは……わかりません」
スームが説明しようとしたが、コリエスは自らの状況を自分で語る事を選んだ。
「わたくしは、ノーティア王国から見捨てられたようですわ」
護衛のアルバートが殺害された状況から、戦闘へと入る一部始終を語るが、コリエスは時折顔を強張らせるだけで、口調はしっかりとしたものを保っていた。
「わたくしはもう、ノーティア王族としての地位は失いましたから、できればコープスに入って傭兵として働きたいと思うのですけれど……」
コリエスはちらちらとスームの顔を盗み見るが、スーム自身は眠さが先に来ているのか、あくびをかみ殺すのに必死な様子だった。
「うむぅ……コープスに入れるかどうかはクロック次第だ。俺は知らん。それより、この集まりの理由を教えてくれ」
「小官からご説明いたしましょう」
立ち上がったユメカが、紙片をスームへと渡した。
「……ケヴトロで始まったか。それにしても、空を飛ぶ巨大な魔動機、ね……」
「詳しい正体は不明です。セマ殿下からのご連絡です。ですが、情報だけで行動命令は何も書かれておりません」
それで、どうするかを話し合っていた、とユメカは説明した。
「今から国境へ行っても、戦闘は終わっているわ。不眠不休でトレーラーを飛ばしても、まる一日はかかるもの。突破されていたら、それこそ戦場跡に着いて、そこから敵を追ってまた移動」
「それ以前に、我々が手薄になった所でノーティア側から侵入される可能性もありますので、あまり兵を割くのも問題かと」
ミテーラとユメカは戦力分散をすべきでは無いという意見で一致はしていたので、まずはフライングアーモンドを一機、ケヴトロ帝国国境へ飛ばす案を採用しようとしていた所で、スームが帰着したらしい。
「なら、話は簡単だ。俺がケヴトロの国境までノーマッドで飛んで行く。あれなら全速で飛ばせば二時間程で行けるぞ」
「そ、そんなに速いのですか……」
ユメカが驚いた声を上げたが、ミテーラもびっくりしたようだ。長い睫の瞼を引き上げて、目を見開いていた。
「ノーティアはしばらく動けない。多少の戦力は残すにしても、大部分の戦力をここに残すよりも、王都の防衛に戻るべきだろう」
「王都へ、ですか?」
「さっきの話で出た通り、今からあっちの戦場に行っても、もう遅いだろ。夜になって一旦戦闘が終わったとしても、明日の日中には終わる。勝っても負けてもな」
負けたとしても、クロックがいるなら一日も持たずに抜かれるとは思えない、とスームは評した。
「あっちのアナトニエの指揮官がどんな奴か知らないが、魔動機の数も多いからな。急いで王都へ戻れば、国境で負けても王都の防衛は間に合う。王都には予備の部隊もあるから、余程の大軍で無ければ、王都を取られる事はないだろう」
ユメカたちからは反論が無い。
アナトニエ兵士達の間でも、ストラトーのメンバーの間でも話し合いをしており、コープスの三人とコリエスは、彼女たちの判断を待った。
「ストラトーとしては、その案を支持するわ。一度王都に戻りましょう」
「アナトニエ王国軍としても、スーム殿の意見を採用したいと思います」
「決まりだな」
早速出る、と立ち上がったスームの両腕を、リューズとコリエスが掴んで止めた。
「わたくしもお供しますわ」
「少しくらい寝てから言った方がいい。危ないよ」
それぞれの言葉を聞いて、スームは先にコリエスの額を指で突いた。
「あうっ!?」
「お前は留守番だ。しばらく寝ておけ」
次にリューズの顔を見て、苦笑いを浮かべる。
「……わかった。二時間たったら起こしてくれ」
天幕を出て行ったスームは、そのままノーマッドのコクピットへ入り、シートを倒して横になった。満天の星空が広がっているのを見て、この世界に来た最初の頃は、感動して何度も見上げていたのを思い出した。
二時間後、リューズに叩き起こされたスームは、彼女が用意していたサンドイッチを食べてから、ケヴトロ帝国側国境へと向かった。
☆★☆
「飛行する物体が接近してきます!」
ホワイト・ホエールの中心部で、観測手が叫んだ。
「もっと詳しく報告しろ! 方向、大きさ、速度、物体の内容だ!」
マイコス将軍は、曖昧に過ぎる部下からの報告に叫び返した。
「おそらくは、傭兵団コープスの機体かと思いますが」
横にいるエヴィシの声を聞いて、マイコスは「わかっている」と答えた。
「これが本当に未確認の相手ならば、今の報告では大問題だ。これは運用試験でもあるんだろうが」
「将軍、飛行物体は魔動機と思われます! アナトニエ王国側から、上昇しつつこちらへ向かってきているようです!」
「アナトニエ側を向いている砲塔の砲手に連絡。狙い撃ちでは無く散弾をばら撒いて弾幕を張れ」
マイコスの指令を伝声管に向かって復唱している部下を見て、マイコスは舌打ちをかろうじて答えた。運用試験をするには、兵員の練度が低すぎる。地上との連絡手段も碌に用意できないまま推し進められたのは、一体誰の責任によるものか。
先ほど、地上部隊がかなりの損害を受けているのを観測手が見ている。トレーラーで作った防御線に、地上からの要請で穴を開けたのだが、その穴に砲撃を集中されてしまったのだ。良いように動かされ、狙いを絞る場所をこちらから教えてしまった状況だ。
観測手が砲撃準備をしている敵部隊に気付いていれば、と悔やんでも、後の祭りだ。
「エヴィシ。お前はこの機体について詳しいと聞いたが」
「もちろんです」
「この機体に使われている被膜は、どの程度の攻撃に耐えられる?」
話している間に、機体が揺れる。砲撃が始まったようだ。
「弾性の高い被膜は、生半可な砲弾は跳ね返します。この機体に装備されているレベルの砲弾を直撃させられれば貫通するでしょうが、高度があれば早々砲弾も届きません。おまけに、耐火性も中々の物です」
「中々の物とは、どの程度だ?」
「そこまでは、私は把握しておりません。開発部にでも聞いていただきましょう」
装備が出来たから行って来い、はケヴトロ帝国軍上層部のいつものやり口だが、ずさんさも大した物だ、と改めてマイコスは頭痛を覚えた。生産力は世界一だろうが、その分使い捨てが過ぎる。魔動機も、人員も。
「確かに、この高度を保っていれば“普通の砲撃”なら届かないだろうな。だが、同じ高さに飛んでこられたら、撃たれ放題だ」
マイコスは立ち上がり、強度確保の為に小さく作られた窓から外の景色を覗きこんだ。
日が沈み始めた中で、まだ高度は低く距離もあり小さくしか見えないが、ばら撒かれている弾丸から距離を取りながら、黒い機体が飛来してくる。
上下六門から撃ち出されている散弾は、確かに弾幕を張ってはいるが、あまりにも薄い。装填と発射の呼吸が合っていないのだ。当然と言えば当然だが。
しばらくその光景を見ていたマイコスは、司令官席に戻って口を開いた。
「……デカい機体だ。狙うのは楽だろう。目立つ……そう、目立つなら囮として使うのに向いているな」
独り言を呟くと、エヴィシに向かって首を向けた。
「エヴィシ。紙とペンを。下の傭兵達に連絡を入れる」
設計図には通信関連の記述が無かったせいか、地上部隊からの連絡は発煙筒による攻撃対象の指定や撤退の合図といった単純なもので、ホワイトホエールからの連絡は発煙筒を落とすか、金属の箱に手紙を入れて落とすかの二択だった。
「伝令が使えないとは。空にいるのも不便なものだ」
呟きながらペンを走らせる。インクがかすれているのも気にせず、サインを入れた。
「これを地上部隊へ」
「畏まりました……将軍、これは……」
エヴィシは手紙の内容を見て驚いたが、マイコスは前を向いたまま「早くしろ」と命じた。
☆★☆
そのホワイト・ホエールに向かって上昇を続けているマッドジャイロの中で、ナットが珍しく険しい顔を見せていた。
「結構な高度があるね……撃ってきた!」
「散弾だ! 距離を取れ!」
「分かってるよ、兄さん!」
一気に機首を上げて距離を取りながら、機体を左右に振って狙い撃ちを避ける。
散弾のいくつかが機体に当たり、コクピットに振動が届く。
「ガンガンとうるせぇな」
「暢気に言っている場合じゃないよ。まだ距離があるのに、砲撃が届く!」
「距離を取れ。大きく下がって上を取ってから接近を……ん?」
兄弟が話をしている間に、敵の円盤下に展開していた傭兵団ソーマートースが、砲撃を開始した。
ソーマートースは突入組が被害を受けてから、今の時点まで一旦退いて沈黙していた。その混乱を狙って離陸したのだが、再び攻撃に転じたらしい。
今回は並んだトレーラーを盾にして、穴が開いた部分から撃っては隠れを繰り返している。
対するアナトニエ軍は順次グランドランナーが砲撃し、その車体に隠れるように身を低くしたストラトーの機体が射撃をしているのが見えた。大部分が正面からでも見えているが、コクピットさえ守れれば良いと割り切ってやっているらしい。
「地上は始まったか。まあ、下から狙われ無くて済むなら都合いいな。ナット」
「今のうちだね……兄さん、砲弾を落とす準備を」
「わかった」
額に汗をにじませながら、ナットはマッドジャイロの機体を引き上げていく。砲撃は怖いが、先ほど見た時の構造から、真上には砲撃できない可能性が高い。
「真上を取った! 兄さん!」
「もう少し高度を落とせ、遠すぎる!」
マッドジャイロが抱えてきた砲弾は二つ。一発は重量のある徹甲弾。もう一発は焼夷弾だ。
巨大な魔動機だが、浮いている理由はフライングアーモンドと同じだったはずだとクロックが思い出し、徹甲弾で穴を開け、焼夷弾で火を点ける事を選んだ。一応はもう一発ずつを機体に固定しているが、できれば一回で決めたい。
ボルトの声を聞いたナットは、慎重に高度を落としていくのだが、妙な事に気付いた。
「高度は下がっているはずなのに、追いつけない……?」
機首を下げて見ている敵機体の姿が近づいてこない。
誕生日ケーキのように砲塔を上げているが、真上までは上げられないらしく、それ自体は良い事だとして、視界に移る直径が変わらないのだ。
その代わり、前後左右にゆらゆらと揺れて、一定の場所に留まらない。動きに規則性が無く、ナットは真上のポジションを保持するのに必死になっていた。
「ナット! 機体を上げろ!」
真下のホワイト・ホエールに視線を集中させていたナットは、兄の声でハッと周囲の光景に気付いた。
「えっ……ああっ!!」
いつの間にか、かなり高度が下がっている。
それだけでは無い。アナトニエ王国軍へ砲撃を続けていたはずのソーマートースの部隊は、トレーラーに背を預けるようにして砲口を上空へ向けていたのだ。
「さ、誘い込まれた!? 高度を……」
「先に旋回しろ! 狙い打たれる!」
砲撃が開始された直後から、ガンガンと機体を叩く砲弾の音が響いてくる。
ナットが操縦桿を握る手がしびれてくるが、今は離すわけにはいかない。
「ちっ!」
ボルトが舌打ちと同時に、両方のマニピュレータで抱えていた砲弾を放り捨て、機体に括り付けていた分も、ワイヤーごと切り離す。多少の牽制になれば良いし、機体が軽くなるに越したことは無い。
陽が暮れはじめ、暗くなりつつある戦場に、炎が明かりを提供する。
浮かび上がったマッドジャイロの姿は、かなりの砲撃を浴びてあちこちに影を作っていた。
「高度が中々上がらないよ! ローターにダメージが……」
ナットが声を上げた瞬間、ホワイト・ホエールからの砲撃がマッドジャイロのテールローターを叩いた。
魔力の供給ラインを断たれたのか、ローターそのものが紛ったのか、本体が大きく回転し、バランスが崩れたマッドジャイロの機体は、ソーマートースが待ち構える真下では無く、大きく弧を描いて大山地の樹海へと墜落して行った。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




