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25.借金取り

25話目です。

よろしくお願いします。

 スームは手が震える程感無量だった。

 テストで変形には成功していたが、高速移動しながらの変形は初めてで、尚且つ狙い通りの場所で踏みとどまる格好で停止できた。自分の技術者としての腕とパイロットとしての腕、両方を大声で褒めてやりたいくらいだった。

「さぁて、事情は知らないが、ノーマッドに向かって撃ったのは事実だ。となれば、反撃があってしかるべきだよな」

 人型魔動機へと変形したノーマッドが立ち上がる。

 小型なノーティア機の倍近い身長があるノーマッド。コクピット周辺に収納されていた手足には、展開すると収納時にカバーになっている部分が日本の鎧にある大袖や草摺のように、金属板を重ねた可動式の装甲がある。

 二門の砲は肩へと移動し、ブースター内蔵の四本脚は、そのまま背負う形となり、姿勢制御や跳躍に使える。人型ではバランスが悪く、飛行までは不可能だったのがスームにとっての今後の課題だ。

 イーヴィルキャリアには無かった頭部には巨大な一つ目があり、照明が内蔵されていた。

 薄暮のフィールドに爛々とした眼光に見据えられた敵は、初めて見る魔動機を前にして硬直しているようだ。

「行くぞ! コリエスは適当な所を掴んでろ!」

「は、はい!」

 ノーマッドのマニピュレータが抜き手の形で、立ち尽くす敵の腹を思い切り突いた。

 血反吐を撒き散らしながら、自らの機体に背中から叩きつけられた男は、そのまま二度と動くことは無かった。

 さらに方の砲からフレシェット弾を発射。起き上がろうともがいていたもう一機のコクピットを複数の矢が貫通し、敵機は沈黙する。

「次だな。ついでにここの戦力を潰しておこう」

 スラスターの向きを調整し、地上すれすれを滑るように飛行する。揚力を作る跳ねが無いので、時折地面を蹴るので、飛行と言うより跳躍だが。

 国境へ近づくと、先ほどの戦闘音が聞こえていたのか、数機の魔動機が待ち構えていた。中には、長距離射程の砲を構えている機体もある。

 敵からの砲撃。

 一抱えはあるだろう細身の砲弾には羽がついており、正確にノーマッドを狙ってくる。

 だが、四本の背面スラスターが作る不規則な機動は、一筋縄では読めるものでは無い。右へ左へと揺れるノーマッドの機体には一発として命中せず、虚しく通過する。

「射撃時に棒立ちは良くないなぁ!」

 肩にある二門の砲は、それぞれに独立して稼働する。そのぶんスームが忙しくなるのだが、彼の魔動機操作のセンスは常人のそれとは一線を画す。

 二発ずつの砲撃が的確に狙撃型の魔動機を優先して内倒し、一般機の目前にノーマッドが立ちはだかった。

 慌てて近接戦闘用の武器に切り替えようとするが、その動きはスームからすれば「遅すぎる」の一言だった。

 機体太もも部分から武器を取り出す。手首部分に固定されたそれは輪っかの形をした薄い鉄板で、マニピュレータをぐるりと囲む程度の大きさがある。スームはこの武器を“チャクラム”と呼んでいるが、実際のチャクラクラムは投擲武器だ。

 ノーマッドが両手を振るうと、チャクラムに撫でられた敵機はあっさりと引き裂かれた。当然ながら、狙ったのはコクピットだ。

 血で濡れたチャクラムは、さらに別の機体を斬り裂いた。

「おっ?」

 僚機が倒れてる間に、一機が至近距離まで突っ込んで来た。しがみつくようにしてノーマッドのアームを押えている。

 隙と見たのか、さらにもう一機がようやく取り出した剣を振りかぶり、斬りかかってきた。

「危ない!」

「甘いな。腕だけが近接武器じゃない」

 叫んだコリエスに対して、スームは至って冷静だった。

 コリエスはその理由が、すぐにわかった。

 強烈な炎が噴き出し、突撃してきた機体の胴体部分を焼いた。腹部を黒焦げにした機体は、ノーマッドの蹴りで無抵抗に倒れる。

 スラスターの一本を脇の下から前に向けて噴射したのだ。

 しがみついていた機体の脚部にも別のスラスターが向けられ、パイロットは無慈悲に焼き殺された。

「これは……」

 穴だらけだったイーヴィルキャリアとは違い、密閉されたノーマッドのコクピットでは金属や人が焼ける臭いは届かないが、喉の奥にこみ上げる物はあった。

 焼夷弾を受けて焼け死ぬ事は、戦場では珍しくは無い。だが、直接炎を吹きつけられた者はいなかっただろう。

 それだけに、コリエスには目の前の攻撃がショックだった。だが、それ以上に胸がすくような思いも感じていた。もはや、彼女の目にはノーティアの軍隊は味方ではなく、アルバートを殺し、自分の命まで狙った敵にしか見えていなかった。


 国境付近に駐留していた魔動機を片っ端から破壊したスームは、国境の調査を行う前に休憩をしていた。ノーマッドから降りる事無く、樹海へ入ってすぐの場所に機体を隠して。

 飛行形態に戻したノーマッドの中で、スームは足を組んでだらしなく座り、大あくびをしている。沢山の人間を殺した直後とは思えない程にリラックスしている。

 コリエスはベルトを外す事も無く、震えて座っていた。休憩は主に彼女の為だ。戦闘の、いや殺戮の興奮が通り過ぎた時、彼女の目の前に広がっていたのは、故国の軍隊が蹂躙された姿だった。

 彼女の心は行き場所を無くし、また身の置き所も失った。

「まず、何があったか話してくれ」

 不意に、スームが話しかけた。

 コリエスは答える事が出来なかったが、スームは構わず話し続ける。

「アルバートは何故殺された? あいつはちょっとばかり暑苦しくて鬱陶しい奴だったが、仕事はちゃんとやっていた。だろう?」

 あくびが挟まる。

「さらにはお前も殺そうとした。戦闘中にうっかり死体を轢きつぶして顔も分からなくなってしまったが、派手な軍服だった。結構偉い奴なんだろうが……また軍が暴走したとでも言うのか?」

 まだ黙っているコリエスに、スームは大きく息を吐いた。

「今から、連中の施設を調べてくる」

 スームは拳銃を取り出し、弾丸の確認をすると、腰のホルスターへと戻した。

「小一時間で戻る。その間に決めておいてくれ」

「決める……?」

「やっとしゃべったか。お前が決めるのは、これからどうするか、だ。ノーティアの首都まで送れと言うならそうしよう。他に行きたい場所があるなら、まあ遠すぎなければ送っても良い。ざっくりと言えば、“どこに行くか”を決めておけ」

 ハッチを開いて、スームはひらりと飛び降りて消えた。


 彼が戻るまでの間、コリエスは膝を抱えて考え続けた。


☆★☆


 魔動機を使う傭兵団として最大級の規模を誇るソーマートースは、今はケヴトロ帝国から依頼を受けて仕事をしている。

 四十機の人型魔動機を投入した今回の作戦は、ケヴトロ帝国が開発した新型の飛行魔動機の試験投入の支援だ。

 団長であるボティアは、地上部隊を運ぶトレーラーの助手席から、前方の空を飛行する巨大な機体を見上げて舌打ちした。

「なんだ、あの不格好な魔動機は。どうやって飛んでいるのか知らんが、空飛ぶ円盤に大砲だけがずらりと並んでやがる」

「随分大きな機体ですが、あの程度の速度で役に立つのでしょうか?」

 ソーマートースの隊員たちは、少なくない人数がコープスの機体を見たことがある。飛行する機体と言えば、コープスが所有するマッドジャイロを思い出すのだが、まるっきりマッドジャイロとは機動性が違う。

 単刀直入に言って、マッドジャイロを知るソーマトースの隊員たちのホワイト・ホエールに対する評価は「遅い」だった。どこからともなく飛来して、一撃離脱や高速輸送を行うマッドジャイロの印象が強すぎるのだ。

 だが、団長であるボティアの評価は違った。

「弾が届かない場所から砲弾をばら撒くんだ。強いとかじゃねえな。あれは戦闘機体じゃない。一方的な破壊の為の機体だ」

「アナトニエも新型を作っているという話です。コープスの連中が関わっているそうですから、今度の戦いは激しい物になるでしょうか……」

「あのデカブツに乗っている将軍様次第だな。あくまで試験だと割り切ってりゃ、軽くひと当たりして終わりだ。実験機の真下を守って、仕事は終わりだ。拠点に帰って酒が飲める」

 今回の指揮権を持つマイコスは、ボティアから見れば作戦の本質を理解してそつなくこなすタイプの軍人だ。戦闘試験を行い、成果を持ち帰る今回のような作戦にはうってつけのタイプと言えた。

 だが、戦いが指揮官の狙い通りに動くものであれば、世の中の将官たちはもっと楽が出来るし、戦死する事も無いだろう。

「熱くなって勝利に固執するような事が無けりゃいいんだがな」

「それにしても、何故正規軍ではなく我々が随伴となったのでしょうか?」

「簡単な話だ。新型が大失敗した時に俺たちのせいにするためさ」

 精々、敵の何機かを倒して、さっさと撤退してくれたらそれでいいんだが、とボティアは溢した。


 そして、国境にて魔動機を展開し、魔力の補充を完了したソーマートースが作戦行動を開始して、最初に国境でみたものはずらりと横向きに並んだトレーラー群だった。横倒しにされたトレーラー群は完全に国境を塞ぎ、それを乗り越えるのは魔動機でも時間がかかるのは明らかだ。

 ボティア達からは見えていないが、トレーラーバリケードの後ろには戦車型魔動機グランドランナーがずらりと並んでいる。

「団長、どういたしますか? 予定では示威行動を見せて敵の姿を確認して、そこを新型機が攻撃するという手筈だったのですが……」

「まさかトレーラーを使い捨ての盾にするとはな。随分と豪儀な事だ。アナトニエは案外金持ちだな……まあいい、車列の適当な三か所に発煙筒を投げろ。新型砲の威力を見せて貰おうじゃねぇか。穴が空いたら、そこから五機ずつがそれぞれ突入。一度射撃したら離脱だ」

「はっ!」

 自らの機体の前に仁王立ちしたボティアの指示を受け、兵士たちは順次用意を始める。

 ほどなく、誰かが魔道具で打ち出した発煙筒が煙を吹いて飛び、ずらりと並んだトレーラーの三か所にそれぞれ落下する。

 直後、ホワイトホエールからの砲撃が断続的に煙が立ち上る場所へと撃ちこまれた。

「こりゃすごいな。ケヴトロと戦う時は、あれが見えたら即座に撤退しないとな」

 はじけるような音を立てて、着弾した地点にあったトレーラーは紙を引き裂いたかのように切断された。地面も抉られたが、魔動機が通るには問題が無い程度だ。

 その威力にボティアが舌を巻いている間に、部下たちが乗った魔動機が二列になって裂け目へと入り込んで行く。

 ソーマートースの機体は、ケヴトロ帝国で使用されている人型戦闘用魔動機をベースにしている機体で、機動性も攻撃力も平均的で汎用性の高い機体だ。

 肩に担ぐタイプの砲を構えたまま進む機体には、それぞれ歴戦の兵士たちが乗り込んでおり、砲撃が終わったばかりの場所を、臆することなく予定通りに進んで行った。

 そして、トレーラーの列を部隊が一通り通り抜けた所で、アナトニエ側に距離を取って並んでいた戦車型魔動機の砲口が彼らを迎えた。

「何事だ! 何が起きている!」

 突然の轟音がトレーラー群の向こう側から聞こえて来た事で、ボティアは慌てて自らの機体に飛び乗り、さらに近くの味方トレーラーの荷台によじ登った。


 そこでは、トレーラー群に空いた三か所の穴に向かって砲塔を固定した、戦車型魔動機による集中砲火に蹂躙される、部下たちの姿があった。

「……クソが! サイレンを鳴らせ! すぐに撤退させろ!」

 コクピットから身を乗り出して怒鳴りつけたボティアは気付かなかった。

 砲撃を続ける戦車型魔動機の背後から飛び立つ、マッドジャイロの姿に。


☆★☆


「スームさん、わたくしをコープスに入れて下さいまし」

「はあ?」

 ノーティア国境の建物に入り込み、非戦闘員が逃げてしまっている事を確認した後、いくらかの食糧と書類を盗み出してきたスームは、ノーマッドのコクピットに入った途端にコリエスから頭を下げられた。

「まあ、一応理由を聞こう」

 くるりと巻いた書類を鞄に詰め込み、シートの下に押し込む。代わりに水筒を取り出して、水を飲んだ。

 すっかりと日が暮れた中、小さな照明だけがコクピット内を照らしている。

「アルバートを撃った男は、本国ではすでにわたくしが死んだ事にされていると語りました。ノーティアの王政府はわたくしを切り捨てたようです……」

 先ほどの指揮官はノーティア貴族の子息であったので、コリエス死亡の情報を知っていたそうだ。最初は驚いていたが、コリエスはアナトニエの謀略によって亡くなったという形で宣伝されているらしく、コリエスの両親は悲劇の人物として扱われているらしい。

 それに抗議したアルバートは殺害され、寝返っていたコリエスをアナトニエ内で発見して討伐した事にするため、彼女の命も狙った、とコリエスは語った。

「今、国へ帰れば秘密裏に消されてしまうでしょう」

「しかし、わからない事がある。ノーティアの連中はお前が死んだ事にした理由だ。アナトニエに賠償金なり支払ってしまえば手打ちになるだろうに。お前を死んだことにして奪還を諦めてまで、なぜアナトニエとの交渉を渋る?」

「正確にはわかりませんが、想像はつきますわ……」

 暗い顔をしたコリエスに、カップに注いだ水を渡し、スームは話の続きを待った。

「ノーティアはケヴトロ帝国との長い戦いでかなり疲弊しております。金銭的にも、政治的にも限界が来ております。王がどこかでケヴトロ帝国との戦いを止めたいと考えているのは間違いありません」

 コリエスは、一部の貴族がケヴトロ帝国との講和を目指す事を王に進言していた事を覚えている。彼らが唱えたのは一部の領土を割譲する事で停戦をしようという案だった。このまま戦争を続けるよりは、その方が損失が少ないというのだ。

 コリエスが聞いた限りでは、その案は王や主戦派によって却下されたのだが。

「もし、戦力的に脆弱なアナトニエの一部でも奪い取る事ができれば、アナトニエを共通の敵としてケヴトロと接近し、アナトニエから奪った領土の一部を差し出す事で停戦とする……わたくしの勝手な想像ですが」

「だが、王も却下した方法じゃないのか?」

「奪った物を割譲すれば、現在の領土を減らす事にはなりませんから、貴族の誰かが領土を失う事もありませんから……」

 話を聞きながら、スームはそこにケヴトロ帝国側からの工作もあったのではないかと考えていた。タイミングが良すぎるし、今の時点での停戦はケヴトロ帝国にとっても都合が良い。

「まあ、いいか」

「えっ?」

「国同士が何をやっていても、どこぞの王宮で何があっていても、俺には関係ないしな。戦場があれば行くし、無ければ魔動機を弄っているだけだ。政治なんて考えても疲れるだけだしな」

 さて帰るか、とベルトを締め始めたスームの肩を掴み、コリエスはちょっと待ってください、と止めた。

「そんなあっさりと!」

「俺には別に関係無いし。国を見限るんだったら、もうお前にも関係無い話じゃないか? 恨みがあるならあるでいいけどな、それを理由に動くんじゃあ傭兵は無理だ。そのノーティアに雇われる可能性もあるんだからな」

「な、名前も変えて仕事も文句を言わずに頑張りますわ! ですから、コープスに乗って魔動機に乗せてください!」

「最後は結局それか! ……お前意外と薄情だな」

「留守の間にたっぷり考えましたわ。アルバートに助けて貰った事は感謝しております。ですから、わたくしは懸命に生きる方法を考えましたの」

 薄い胸を張ったコリエス。どうやら自分なりに命が助かった事の意味を考えていたらしい。

「生き残って力を付ければ、いずれ復讐の機会も得られます。それに、今アナトニエに雇われているコープスに入れば、ノーティアと対峙する事にもなりますし」

「ノーティアの国境部隊は潰したんだ。お前の言う通りノーティアが困窮しているなら、別の手を考えると思うぞ。他にノーティアと対抗する機会は……あるな」

 考えていたスームはある事を思い出した。

「コリエス。お前の護衛に対する報酬の後金がまだ支払われて無いな」

 少なくとも、アナトニエ王都を出発するまでは入っていなかった。

「今回の騒動が終わってから、クロックに相談してみるか」

「あ、ありがとうございます!」

 コリエスはスームの手を両手で握りしめてお礼を言ったが、スームが考えていた“相談”は彼女の入団についての事では無い。

 彼の頭にあったのは、未払いのノーティア王城に直接乗り込んで、回収してみようと言う闇金紛いの提案だった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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