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23.三つの戦場

23話目です。

よろしくお願いします。

 アナトニエ王国、ケヴトロ帝国側国境。

 つい数か月前のケヴトロ帝国軍侵攻の際には悠々と通り抜けられた国境も、今ではしっかりとした警備態勢が敷かれていた。

 国境は金属製の網で封鎖され、街道上のみ通行できるようになっている。そこでは武装した兵士たちが入国・出国共に監視と検問を行い、怪しい所があれば、新たに建築された詰所へと連行され、取り調べが行われる事になる。

 通常は数台の戦車や人型魔動機が行き交い、ふわふわと空を飛ぶ飛行船型魔動機が上空からの監視をしているこの場所も、今は多数の魔動機が整然と並び、飛行船型魔動機のさらに上空を、マッドジャイロが警戒飛行を行っていた。

 国境からやや手前、ケヴトロ帝国から隠すようにして、アナトニエ軍本体とストラトーの機体が整列し、本部や資材集積所として天幕が作られていた。

「そんな事は、そっちで決めてくれませんかね」

「はぁ……」

「勘違いしちゃあいけない。わしらは傭兵で、あんたがたの上司でも何でもないんだ」

 ここまでの道中も到着してからも、クロックは思った以上にやりづらい状況にうんざりしていた。

「ストラトーの兵員は預かったが、王国軍がどうするかはあんた方で決めてもらえませんかね。作戦が必要なら提案もするし、教えられる情報は出しますがね、基本的には“アナトニエ王国がどうするのか”をしっかり決めてくれないと、わしらも動くにうごけませんわ」

 新たな編成となったアナトニエ王国軍で、ケヴトロ国境方面軍の責任者に任命された将は、獄死したイアディボとは違い、妙に傭兵に頼る男だった。中級貴族の子弟という事だが、本人は魔動機の操作は一切できず、単に貴族向けの寄宿舎学校で戦史の成績が良かった為に、軍属になった男だ。

「そうは言われましても、僕も新しい魔動機をどう使えば良いかわかりませんし……」

「まったく……そういう事は出発前に確認しておいていただきたい物ですな。簡単ですが、資料をお渡ししておきますのでね」

「ああ、これは助かります」

 作業のためのツナギのようなデザインのアナトニエ軍服では無く、どこにでもいるような文官風の地味な格好をした将は、名をカタリオと言った。年のころは二十台半ば。スームと同じくらいだろうか。童顔で、軍人とはとても思えない程へらへらと緩んだ顔をしている。

 クロックから紙片を受け取ったカタリオは文字に目を走らせて大げさに頷いた。

「あはは。これは素晴らしい性能ですね」

「はあ……とりあえずは何をするかを決めてくれませんと、わしらも動きようがないんですがね」

「ん~。それは敵さん次第ですしね……とりあえずは今やって貰っている観察を続けておくべきでしょうかね?」

 そうしましょう、そうしましょうと言いながら離れて行こうとしたカタリオは、ふとクロックを振り返った。視線は手元のメモに釘付けになったままだが。

「傭兵団長殿、この“グランドランナー”は随分頑丈にできているようですが……以前の侵攻で使われた新型砲には対抗できますかね?」

「ああ、設計したスームの奴は、余程薄い箇所にでも直撃しない限りは問題無いと言っておりましたな」

「そうですか!」

 パッと顔を上げたカタリオは、満面の笑みを見せた。

「であれば、並べておくだけでも盾になりますね。重量もあるし、早々突破はできないでしょう」

「……魔動機を盾に?」

「いけませんか?」

「い、いや……。戦場ではままある事ですから、悪いとは言いませんがね。最初はなから盾にするつもりで運用するというのは、あまり聞いたことがありませんな」

 魔動機の建造費用は一般的に高い。戦闘行為に使用はしていても、使い捨てのような真似はしない。

「そのスームさん、僕はお会いした事は無いんですけれど、なるべく安価で単純な、大量に生産できる魔動機を作ったと言うのは、要するに兵器は消耗品だという認識があっての事じゃないかなぁ。僕の勝手な想像ですけどね」

 ヘラヘラと笑いながら、カタリオは頬を掻いていた。

「単純に考えて、人型魔動機が撃ち抜かれるよりグランドーランナーに穴が開く方が安上がりなんですよ。どの道、こっちから攻め込むような事は考えちゃいませんから、入って来られないように塞いじゃった方が早いし楽ですもん」

 もう一つ、とカタリオはコープスの機体が積まれたトラックを指差した。

「貴方がたが使われている“通信機”あれ貸してもらえませんかね?」

 あれ見てくださいよ、と上空で監視しているフライングアーモンドが、底部をちかちかと光らせているのを指差して、カタリオはため息を吐いた。

「遠方の味方に信号で知らせるのは良い方法だと思いますよ。旗なんかと違って、暗い夜でも使えますから。でも、誰かがずっと上を見てないといけないのは、ちょっと大変ですよ。長椅子に寝転がる方法も考えましたけど、飽きて寝ちゃいそうですしね」

「……いや、あればかりはわしらの秘匿事項でして。申し訳ありませんが、お応えできませんな」

「ああ、やっぱりそうですか。残念だなぁ、あんなに便利そうな物はないんだけれど」

 うちのポンコツ開発部じゃとても作れそうに無いしなぁ、とブツブツ呟きながら、カタリオはアナトニエ軍が臨時本部として設置した天幕へと向かった。

「じゃあ、面倒が起きないようにお互い祈っておきましょう。団長殿」


☆★☆


 ノーティア側の国境。狂い谷という渓谷によって分断されたこの国境には、フェンスは設置されていない。橋を行き来する商人や旅人を止め、調査しているだけだ。それでも、以前より格段にチェックは厳しくなっていた。

ここでも、ケヴトロ側故郷と同様にアナトニエ軍とストラトーの機体が到着し、橋の傍に作られた検問所からやや離れた場所で陣が敷かれ始めていた。

 傭兵側の責任者ミテーラと、アナトニエ王国軍の将は過不足なく打ち合わせを行い、飛行船型魔動機フライングアーモンドによる哨戒を続ける事に決めて、現在は有事の際の出撃手順について、実際の現場に合わせて調整をおこなっている。

 スームは、現在ノーマッドによる二度目の偵察飛行に飛び立った所だ。前日に行った一度目の偵察は、国境までの移動に魔力の消費もあった事と、コリエスに疲れが見えた事も有り、短時間で終了させていた。

「今回は、国境を越える」

「はい。わかりました」

 素直シートベルトを締めたコリエスは、昨日よりは大分落ち着いていた。マッドジャイロにぶら下がって揺れているよりも随分と快適な飛行だった事もあるが、新型機ノーマッドを昨日のうちにたっぷり堪能したためでもあった。


 アナトニエ軍が驚きの目で見上げる中、高度を上げた機体を大山地と反対側、海上から回り込むようにしてノーティア王国領へと侵入する。

 望遠鏡を使って監視できる程度まで高度を落とした所で、スームとコリエスは国境警備の部隊を改めて確認した。

「国境の兵は昨日と変化が無いな」

 とはいえ、通常の警備業務にしては魔動機の数が多い。

「あれは……」

「どうした?」

「国境から少し離して樹海寄りに並んでいる機体は、狙撃用の砲を牽引するタイプですわ。それに、部隊長向けの機体も見えます。通常の警備強化にしても、攻撃特化の機体が多すぎますわ」

 コリエスの言葉を聞いて、スームも望遠鏡を巡らせて確認する。

 彼女が言う通り、スームにも見覚えのある機体が並んでいる。狙撃用の機体は一般的な機体とほとんど見分けがつかないが、長距離狙撃を可能にする長い砲塔を支えるため、肩に特殊なパーツが付いている。

 部隊長向けの機体は、一般機よりも少しだけ大きい。指示を出すためのギミックを背負っている事も特徴だ。それが二機、長距離狙撃機体に挟まれるようにして立っている。

 機体には兵員は乗っていないようだ。アナトニエ側から見えないように樹海に機体を隠すようにして並べているらしい。

 さらに国境から離れた場所には、一般兵用の人型魔動機が並んでいる。

「……確かにいるな。機体は全部で六十機と言ったところか」

「何か、見慣れない資材も見えますわ」

 コリエスが見つけたのは、長い金属製の板だ。優に十メートルはあるそれは、鉄骨の左右に何かしらの加工をした物に見える。

「ひょっとすると、あれは橋か」

 狂い谷も、樹海の中に入れば亀裂は狭くなる。魔物との戦闘になる可能性もあるが、損耗率は多少あっても通り抜けが可能な事は、以前ガーラントが侵入した事で照明された。

「もう少し手前の、谷の幅が狭い部分なら、あれをつなげて渡る事も可能かもな。狙撃用の機体は砲を牽引するための台車とつなぐことができるし、肩に固定もできる」

「それでは……!」

「ああ。ノーティア側が再度の侵入を考えている事は間違いないな」


☆★☆


 王城で留守をしているセマは、執務室の机に肘をついて、頭を悩ませていた。

「さっさと嫁に行こうかしら」

 ため息交じりに呟いたのだが、本当にそれしか解決方法が無いかも知れない。

 前線への物資輸送や、後追いで送る魔動機技師のとりまとめなど、王都内外を忙しく回って城内の執務室へ戻ってきた所で、ドアの下に差し込まれた手紙を見つけた。室内で仕事をしていた秘書たちも気付かなかったという。

 そこには“コープスに対して王子に動きあり。ご注意を”とだけ走り書きされている。

「これを寄越して、私にどうしろと言うのかしら。兄と政争しろとでも?」

 彼女は責任ある立場にある人物が当然行うべき義務として、国を守る為の事業を父である王に対して精力的に推した。それは決して王位継承を狙ってポイント稼ぎをしたかったわけでは無い。

 ところが、この動きを勘違いして自分を持ち上げている勢力が、俄かに勢いづいている。それがセマの抱える当面の悩みだった。

 この兄弟は、行動力と野心をちぐはぐに持って生まれてきたのかも知れない。

「せめて面と向かって言ってくれないかしら。そうすれば直接注意するのだけれど……第一、私がこんなに忙しいのも問題なのよ。帝国が何を狙っているのか知らないけれど、外交で得られないなら戦争を止めてお金を稼いで買いなさいよ」

 疲れが溜まっているせいか、普段であれば言わないような愚痴を並べる。秘書たちは聞こえない振りをしながら、気を遣って書類を届けに行きます等理由を付けて退室して行った。

 悪い事をしたかも、と思いつつも、眉間を指でほぐしながら背もたれに身体を預けた。白塗りの天井をぼんやり見上げていると、王族に生まれた事が良い事かどうかわからなくなってくる。

「今考えるべきは、ケヴトロとノーティア二国の動きなのに、身内が揉めてたら話になりません」

 セマは今年十八歳になる。王侯貴族としては行き遅れに片足を突っ込んだ状態だが、戦争中の国に嫁ぐのは、政治バランス的に憚られ、国内にもこれと言った有力な貴族が存在しなかったせいで、あれよあれよと言う間にこの歳になってしまった。

「ふぅ……」

 一呼吸置いて、冷めてしまった紅茶を飲む。

 少し苦みが強く感じられたが、そのおかげで少しは頭がすっきりした。

「冷静に考えれば、適度に良い暮らしが出来れば良いのであって、権力など必要ないのです。貴族の妻になった所で、大人しく屋敷で趣味に没頭するか、精々観劇に出かける程度。外で商売でもしていた方が、私としては気楽ですね」

 貴重な陶器のカップを両手でつかみ、ひやりとした感触を楽しむ。

 どう考えても、日がな一日深窓の令嬢をやっているのは性に合わない。話し相手も居れば別だが……と考えた所で、コリエスの事を思い出した。考えてみれば、彼女も同じ年で、軍務、特に魔動機に対する興味が高じて、ほとんど館に留まらず、婚期を逃しつつある。

 コリエスが王城に滞在している間、幾度か話をしたのだが、その話題の多くが魔動機関連であった事に、今さらながらセマは笑ってしまった。少しだけ、スーム個人に対する好意的な評価もあったが、九割は機械の話。年頃の女性の話題ではない。

 だが、会話をしている間に彼女の事が羨ましくなったのは本心だ。

 身内が間の悪い時期に騒動を起こして、城に軟禁される憂き目にあったが、それまでの彼女は活き活きとしていた。

「決めた。騒動が収まったら、お父様にお話して、城を出てしまいましょう。人を集めてお店を出すのも良いですね。何をやりましょうか。うふふ……」

 思考が逸れて現実逃避を始めたセマの意識を引き戻したのは、執務室をノックする音だった。

 ハッとして髪を整えながら呼びかけると、紙がすれる音がして、ドアの下から紙が差し込まれた。

「またですか……」

 うんざりした顔をして立ち上がったセマがドアを開くと、廊下には誰も残っていなかった。

 床に残された二つ折りの紙片を拾い上げ、立ったままで開く。

「まさか……」

 そこには、兄であるキパルス王子が狙っているのが“スームの捕縛”である事を示唆する文書があった。

 もちろん、頭から信じ込むわけにはいかないが、セマにはキパルス王子がそれを狙う可能性はある、と想像できた。

 単純に考えて、セマが失敗した事に成功したという成果は分かりやすい。分かりやすいからこそ、話は広がりやすい。

 比較して、セマがやっているような後方支援のための事務処理などは目立たずわかりにくい。軍人の中には彼女の働きを評価してくれる者も少なくないが、戦争経験の乏しいこの国では、貴族にとっても民衆にとっても評価されにくい仕事だ。やっている側からすれば「こっちも戦場だ」と言いたい程には忙しく、殺気だっているのだが。

 コープスが開発した新型を導入した事は王の判断だと発表しているし、戦果が上がれば、それもセマでは無く王の功績だと評価されるだろう。

 セマとしては自分が地味な仕事に向いている事は理解していたし、目立つ仕事をしたいわけでも無かったので、王子が仕事をして目立つ事に対しては何も文句は無い。

 だが、その成果を上げるための行動が、敵を作る結果になるのは問題だ。

「まさか、お兄様がそこまで考えが回らないとは思いませんが……」

 しばし考えたセマは、兄に注意だけでもした方が良いのでは、と踏み出し、ふと立ち止まった。

 妹から窘められて兄がどんな気持ちになるだろうか、と考えると、この選択は間違っている気がしてくる。もし紙片に書かれた事が真実だとしたら、逆に兄を意固地にさせる可能性が高い。

 王族としてそれぞれ教育されてきて、兄の人となりそこまで熟知しているわけでは無い。幼い頃に母を失った事もあり、家族でだんらんなどを楽しむような経験も無い。

「……お父様に相談してみましょう」

 足早に執務室を出て行こうとしたセマを、再び聞こえたノックが止めた。

「どなたですか?」

「秘書のイフラでございます。先ほど、ケヴトロ帝国国境から連絡がございました」

 聞き覚えのある声に、セマはすぐにドアを開いた。

「殿下恩自ら!? なんと勿体ない……」

「良いですから、内容を教えてください。あ、待ってください。書いているならそれを」

 しきりに恐縮している秘書を急かして、内容を読み上げさせようとして止めた。内容によっては、音読されて余人に聞かれては困る場合もあるからだ。

 手渡された紙片を広げ、目を通す。

「はぁ……新型を作って優勢だと思い込んでいましたが、現実はそうそううまくいきませんか」

 ため息交じり零したセマが見たのは“ケヴトロ帝国から魔動機と思われる巨大な飛行物体が接近中”との知らせだった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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